気がつくと、いつもそこにいた。薄茶と灰色の、まだら模様のノラ猫。昼になると、いつもどこからかやってくる。
会社の昼休み。コンビニで簡単な食べ物を買うと、会社からすぐ近くの公園に足を運ぶ。閑静な住宅地の中にぽつんと存在する公園は、忙しさや騒がしさとは無縁の、都会のオアシスだった。 定位置となったベンチに腰を下ろして昼ご飯を食べていると、決まってノラ猫が現れる。ゆっくりと近づいてきて、一定の距離を置いてちょこんと座る。そしてくりっとした文字通りの猫目で、こちらを見つめてくる。その目があまりにまっすぐで、また目を合わせることがある種の合図になってしまうことを恐れて、いつも目を逸らした。 ノラになった猫は食べ物を得るため、よく物乞いするように人に近づいてくる。しかしそこで食べ物を与えてしまうと癖になり、いつまでもその場に居続けてしまう。中には貪欲化するものもいて、近隣住人に怒られてしまうこともある。 だから俺も、決して食べ物は与えなかった。 俺が食事を終えてしまうと、猫はそっと首を振って次の人のところに行く。公園で昼食をとる人間はたくさんいたから、選択肢はまだまだあったのだ。そうやって一人、また一人と場を取り次いでいく。その繰り返し。それでも、ノラ猫に食べ物をあげる者はいなかった。
あるとき、ふと疑問に思った――ノラ猫はどうしてそうまでして生きようとするのだろうか。 決まった時間に現れ、距離を置いて食べ物が与えられるのを待つ。無視されるとわかっているだろうに、それでも毎日待ち続ける。何度も、何度も。 そのひたむきな姿が、少し俺の目を彼に向けさせた。 猫に人間のような生きる理由があるのだろうか。それとも気の向くまま、ただお腹が空いたからいつも現れるのか。 猫は一言も声を鳴らさなかったから、その真意はわからなかった。 でも、彼と見つめあう時間は少し長くなった。
ある日、食べ物をもらえないと諦めたノラ猫が公園をスタスタと出て行った。ノラ猫の向かう場所。その行き先に妙に興味が湧いて、好奇心に駆られるままその後姿を追った。 軒と路地が入り乱れる住宅地を右に左に抜けていく。ノラ猫はゆっくりと、まるで付いて来いと言っているように前を歩いていく。どこへ行くのか、どこへ向かっているのか。 しばらく歩くと、ノラ猫は軽やかに飛び上がり、一軒の家の塀に飛び乗った。洋風造りの塀の上でノラ猫は、公園でいつもそうしているようにちょこんと座った。そして静かに、塀の中を見つめた。 その視線の先に何があるのか。俺は塀に飛びついた。奇天烈な、あるいは珍妙な光景が待っているのだろうか。腕に力を込め、痩せた体を持ち上げる。座るノラ猫の横から、中を覗いた。
その先にあったのは――まさしく、生きる理由だった。
家の中。窓辺に面したリビングに横たわる、一匹の白い猫。短めのつややかな白い毛に覆われた、小柄なアメリカンショートヘアー。こちらに気付くこともなく、すやすやとカーペットの上で眠っていた。 いつもここから覗いているのだろうか。こんな気付かれもしない、声も届かない場所から。ノラ猫は微動だにせず、ただ遠い眼差しで見つめていた。それは初恋のように、何でもないこの時間を永遠のものに感じているようだった。 「お前は……見つけてたんだな」 ひょっとしたらこのノラ猫は、白猫を見つけたのかもしれない。彼が何度目の生なのかはわからない。でも今俺の目の前に、確かに生きる理由を見つけた猫がいた。
それからも、ノラ猫は昼になると決まって現れた。公園には昼の安息を得ようとする人たちが集まり、ノラ猫はそんな人たちに物欲しそうな視線を送り続ける。 相変わらず俺も決まったベンチに座り、ノラ猫に食べ物もあげられなかったけど、一つだけ変わったことがある。 ノラ猫は、俺の隣でちょこんと座るようになった。
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