初めて、時計の最後を見た。今まで一定のリズムを刻み続けていた秒針が、突然ダラリと滑り落ちる。頂点を目指していた秒針は、力なくうな垂れた。そして残った力で、必死に昇ろうと頑張る。でも、同じ場所を行ったり来たりするだけ。同じ一秒を、何度も何度も繰り返す。 そうして、秒針はピクリとも動かなくなった。
ふと夢から覚める。深く背中を預けたロッキングチェアーが前後に揺れる。温かな午後の日射しが少し目に沁みる。 夢の最後で見た止まった時計を思い出し、ダッシュボード脇に視線を送る。どっしりと腰を据える、アンティークなホールクロック。濃い茶色の体に、黄金色の文字盤が額縁に飾られた名画のように収まる。円形の大きな振り子が振れる度、心地よいリズムと睡眠物質が生まれる。 あの時計は違う。
最後の瞬間。それはあまりにも唐突に、そしてあっけなく訪れた。その儚さと無力さが、目に焼きついた。時を刻むことをやめた時計。一度だって休むことなく時を刻み続けてきた時計が、今は一秒も奏でない。膨大な時の流れの中で、その時計は静かに役目を終えた。 その姿がどこかセンチメンタルに感じられ、そっと手を伸ばした。
ふと夢から覚める。膝にかけていたタオルケットがはらりと床に落ちる。温かな午後の風が少し伸びた前髪を揺らす。 夢の最後で手を伸ばした時計を思い出し、壁に視線を送る。真っ白な壁に切り取られた、インテリアな掛け時計。薄い茶色の体に、こげ茶の文字盤が丹念に刷り重ねられた版画のように浮かび上がる。伸びた鐘状の振り子が振れる度、今見ていた世界と今見ている世界が交錯する。 あの時計も違う。
伸ばした手を引っ込める。どうして手を伸ばしたのだろうか。時を刻まなくなった時計は、すでにその存在意義を失くしていた。明かりを灯さない電球や音を奏でないピアノのように。生まれてきた意義を、もう持ち合わせていなかった。 でもそう考えたときに思い出した。交換もせず、日がな一日灯らない電球を眺めていたこと。鳴らない鍵盤で、誰に聞かせるでもなく必死に音楽を奏でたこと。 それらは道具としての本分は失っていたかもしれないけど、存在した証は持ち続けていた。何十年、何千日、何万時間を共にしてきた存在。そこにはすでに、同胞の念にも似た特別な感情が沸いていた。 もとより物も人間と同じで、生まれたときから魂を授かっているのかもしれない。依代たる体に降り、人間と同じ時間を生きる。そこには目的を全うするだけの道具、という認識は存在しなかった。そう考えれば、目の前で力尽きた時計は亡骸と一緒だった。死を想起させる時計が、今まさに最後のときを向かえ横たわっていた。死の舞踏のように頭の上で手を振った、長針と短針。様々な想いと想い出を抱えて、役目を終えた時計は存在していた。 その姿があまりにも美しくて、だからもう一度、手を伸ばした。
ふと夢から覚める。チックタック揺れるロッキングチェアーと、床に落ちたタオルケット。午後の日射しが部屋に注ぎ込み、温かな風が薄いレースをなびかせる。 時計なんてどこにもなかった。聞こえてこない時のリズム。静かな部屋には、ただ流れる風の声だけが響いた。 でも――僅かな重みを感じて、お腹の上に置いた手を見る。 手の中には、銀の懐中時計があった。
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