「海に来てまで海眺めるなんて、君、相当変わってるよ? まあ、私も言えないけどね」 初対面の僕に対して、失礼な程に突っ掛かってくる。容姿とのギャップが激しい。 「あ、ごめん……あっちじゃこの位のコミュニケーションが普通だったけど、日本は違うんだもんね。実は私、日本に来たばかりでさあ」 今時、留学生なんて珍しくない。名門大学となれば、物凄い数の留学生を抱えている。 「君、どこの大学? もちろん今日の海洋調査に来た学生でしょ?」 とにかく良く喋る子だなと思った。でも、あまり嫌な気はしない。清楚な格好なのに底無しに明るいこのギャップは、意外と悪くなかった。 「日本首都海洋大学四年の蒼野って言います。海洋学に女性って、結構珍しいですよね」 その女性が突然、眉間にシワを寄せた。そして、ゆっくりと僕を睨みつける。何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろうか。 「……嘘でしょ? 本当に海の上にいたの?」 その言葉は全く理解不能だった。海の上にいるに決まってる。僕は海洋遺伝学部の大学生なのだから。 それはあまりにも唐突だった。謎発言をした直後、その女性が勢い良く抱きついてきた。そして、変な歓声を上げる。 「蒼野宙!! 信じられない!!」 信じられないのは僕だった。今日はどうなっているのだろう。日頃良いことをしているご褒美なのだろうか。 そこで気付いた。彼女が何故、フルネームを知っている? 「まさか、私のこと覚えてないの?」 胸が熱くなった。何かが込み上げてくる音がした。面影が全くないせいか、それとも僕の中の記憶が曖昧になっていたせいか。世界で一番再会したかった人が、目の前にいるのに気付けないなんて。 「陽菜……?」
カナダに留学した陽菜は、想像を絶する努力をしたらしい。当時のカナダはまだ、戦争の傷跡が生々しく残っている地だった為、苦しい生活が続いたようだ。そんな中、幼い記憶を頼りに海洋遺伝学者への夢を追い続け、最も難しい大学に入学したと話してくれた。 「まあ、可愛くなっちゃったし、私のこと分からなくても当然か」 あまりにもサラッと言うので、全然嫌味っぽくないのが彼女らしいところだ。そういう君だって、名前を言わないと気付かなかったくせに。
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