既に日が落ち、だんだんと暗くなり始めている。 そのせいで、外来患者が来ない時間だからか、ここロビーの照明は消されていたため、暗く感じる。
あたしと松井君は、いくつかある長椅子に、微妙に距離を空けて座った。
「・・・・・・」 「・・・・・・」
あたしらの間では、定番の沈黙が続く。 いつもなら、その沈黙を破るのは彼の方だった。
でも、今回は・・・・・・最後くらいは・・・あたしから破りたかった―――
「・・・美加さんと、話せた?」 「・・・・・・ああ・・・少しだけど・・・話せた。」 「そっか・・・・・・ほんと・・・無事でよかったね・・・」 「・・・・・・ああ・・・」 「・・・・・・あたしさ・・・松井君に・・・黙ってたことがあるんだ・・・」 「え・・・?」 「・・・美加さんも、ずっと・・・ずっと・・・松井君と同じように悩んでたんだよ。」 「――っ・・・」 「・・・歳の差とか・・・立場とか・・・・・・たぶん、年上である美加さんの方が、すごい悩んだと思う。」 「・・・・・・だからっ・・・それは、あんたが勝手に思い込んでることだろ?・・・だいたい・・・なんでそんな話するんだよ。」 「・・・・・・思い込みじゃない。」 「――っ・・・」 「ましてや、適当でもない。」 「・・・・・・」 「あたしは・・・今まででも、松井君と美加さんのこと・・・そんな風に言ったつもり、一度もない。」 「・・・・・・」 「・・・春休みに・・・美加さんと二人で話したことあるんだ・・・」 「―――!・・・」 「美加さんには・・・誰にも言わないでって、言われてたけど・・・でも・・・二人の過去を変えてしまったあたしが・・・言うべきだと思う・・・」 「・・・・・・二人の・・・過去?」
松井君にとって意味がわからないだろう。 でもそのことを気にするわけでもなく、核心に触れる―――
「・・・・・・美加さんは・・・松井君の事・・・好きだったんだよ。」
「―――っ!!」
「その気持ち・・・隠して、抑えて・・・」 「・・・・・・っ」 「・・・・・それは・・・松井君だって・・・同じことでしょ?」 「――俺はっ・・・俺は・・・」 「・・・もう・・・無理しなくていいんだよ?」 「――あんたとっ・・・無理につきあってないっ・・・我慢してつきあってないっ・・・」 「・・・・・・」 「・・・ほんとに・・・あんたのこと好きで・・・もっと一緒にいたくてっ・・・」 「・・・・・・」 「・・・ケンのことだって・・・かなり嫉妬した・・・あんたから見たらそうは感じなかっただろうけど・・・でもっ・・・とられたくないって・・・ほんとうにそう思った・・・」
松井君は・・・彼は決して嘘をついてない。 ましてや、あたしを気遣って・・・ってこともない。 これもまた・・・彼の本心なんだ・・・
―――っ・・・・・・
「・・・・・・それだけで・・・あたしは充分だよ・・・」
もう・・・これ以上・・・松井君の事・・・困らせたくない・・・悩ませたくないっ・・・
「だから・・・今・・・松井君が今、大事にしたい人の側に行っていいんだよ?」 「・・・・・・」 「自分でもっ・・・気づいてるでしょ?」 「・・・・・・」 「あたしはっ・・・松井君が・・・素直にそうできるように・・・そうさせるために、ここに来たんだよ?」 「・・・・・・」
「・・・・・・あたしたち・・・・・・別れよ。」
この言葉を告げた瞬間・・・ ・・・あぁ・・・つきあってたんだ・・・あたしたち。 そんなことを思ってしまった。
外に出ると、タクシー乗り場にちょうど1台止まっていた。 松井君はあたしを見送るため、一緒に出てきた。
あたしたちが近付いたことで、タクシーの後ろドアが開いた。 乗り込もうとドアに手を置く。 そして、振り返り彼を見た。
「・・・じゃあね。」 笑って別れの挨拶を言う。 「・・・・・・あぁ。」 それに対し松井君は、いつもの無表情。
・・・彼らしい。
そんな事を思いながら、タクシーに乗った。 行き先を運転手に告げ、それを運転手が確認しドアを閉めようとした時だ―――
バンッ――!!
―――!!
閉まろうとしたドアを松井君が手で押さえていた。
「――ちょっと君っ!危ないだろ!!」 運転手も驚き、松井君に注意をする。
「・・・・・・っ」 すぐに何も言わない彼を、見つめていた。
「・・・・・・松井君・・・」 声をかけると同時に、こっちを見た。
「・・・・・・ごめんっ・・・」
すごい小さな声で・・・でもはっきりと聞こえた。
「・・・・・・うん・・・」
ほんとうは、もっと気のきいたこと言いたかったけど・・・言葉が出てこなかった。
もうこれ以上は無理、と思い最後の力を振り絞るような感じで言った。
「・・・・・・ばいばい・・・っ」
それから、松井君の手はドアから外され・・・タクシーは出発した―――
車が走り出してすぐも経たないうちに・・・頬には、涙が次から次へとつたっていた。 一気に張りつめていた糸が切れたかのように・・・あたしは脱力していた。 気持ちも、涙腺も・・・
ほんとうはうれしかった。 めちゃくちゃうれしかった。 松井君があたしとのことを本気で向き合ってたことが・・・。 嫉妬だって・・・してくれてたんだ・・・っ
そのことを、考えれば考えるほど・・・涙は止まらなかった。
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