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作品名:あの頃へ 作者:こまち

第95回   95

既に日が落ち、だんだんと暗くなり始めている。
そのせいで、外来患者が来ない時間だからか、ここロビーの照明は消されていたため、暗く感じる。

あたしと松井君は、いくつかある長椅子に、微妙に距離を空けて座った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

あたしらの間では、定番の沈黙が続く。
いつもなら、その沈黙を破るのは彼の方だった。

でも、今回は・・・・・・最後くらいは・・・あたしから破りたかった―――


「・・・美加さんと、話せた?」
「・・・・・・ああ・・・少しだけど・・・話せた。」
「そっか・・・・・・ほんと・・・無事でよかったね・・・」
「・・・・・・ああ・・・」
「・・・・・・あたしさ・・・松井君に・・・黙ってたことがあるんだ・・・」
「え・・・?」
「・・・美加さんも、ずっと・・・ずっと・・・松井君と同じように悩んでたんだよ。」
「――っ・・・」
「・・・歳の差とか・・・立場とか・・・・・・たぶん、年上である美加さんの方が、すごい悩んだと思う。」
「・・・・・・だからっ・・・それは、あんたが勝手に思い込んでることだろ?・・・だいたい・・・なんでそんな話するんだよ。」
「・・・・・・思い込みじゃない。」
「――っ・・・」
「ましてや、適当でもない。」
「・・・・・・」
「あたしは・・・今まででも、松井君と美加さんのこと・・・そんな風に言ったつもり、一度もない。」
「・・・・・・」
「・・・春休みに・・・美加さんと二人で話したことあるんだ・・・」
「―――!・・・」
「美加さんには・・・誰にも言わないでって、言われてたけど・・・でも・・・二人の過去を変えてしまったあたしが・・・言うべきだと思う・・・」
「・・・・・・二人の・・・過去?」

松井君にとって意味がわからないだろう。
でもそのことを気にするわけでもなく、核心に触れる―――



「・・・・・・美加さんは・・・松井君の事・・・好きだったんだよ。」



「―――っ!!」



「その気持ち・・・隠して、抑えて・・・」
「・・・・・・っ」
「・・・・・それは・・・松井君だって・・・同じことでしょ?」
「――俺はっ・・・俺は・・・」
「・・・もう・・・無理しなくていいんだよ?」
「――あんたとっ・・・無理につきあってないっ・・・我慢してつきあってないっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・ほんとに・・・あんたのこと好きで・・・もっと一緒にいたくてっ・・・」
「・・・・・・」
「・・・ケンのことだって・・・かなり嫉妬した・・・あんたから見たらそうは感じなかっただろうけど・・・でもっ・・・とられたくないって・・・ほんとうにそう思った・・・」

松井君は・・・彼は決して嘘をついてない。
ましてや、あたしを気遣って・・・ってこともない。
これもまた・・・彼の本心なんだ・・・

―――っ・・・・・・

「・・・・・・それだけで・・・あたしは充分だよ・・・」

もう・・・これ以上・・・松井君の事・・・困らせたくない・・・悩ませたくないっ・・・

「だから・・・今・・・松井君が今、大事にしたい人の側に行っていいんだよ?」
「・・・・・・」
「自分でもっ・・・気づいてるでしょ?」
「・・・・・・」
「あたしはっ・・・松井君が・・・素直にそうできるように・・・そうさせるために、ここに来たんだよ?」
「・・・・・・」



「・・・・・・あたしたち・・・・・・別れよ。」



この言葉を告げた瞬間・・・
・・・あぁ・・・つきあってたんだ・・・あたしたち。
そんなことを思ってしまった。



外に出ると、タクシー乗り場にちょうど1台止まっていた。
松井君はあたしを見送るため、一緒に出てきた。

あたしたちが近付いたことで、タクシーの後ろドアが開いた。
乗り込もうとドアに手を置く。
そして、振り返り彼を見た。

「・・・じゃあね。」
笑って別れの挨拶を言う。
「・・・・・・あぁ。」
それに対し松井君は、いつもの無表情。

・・・彼らしい。

そんな事を思いながら、タクシーに乗った。
行き先を運転手に告げ、それを運転手が確認しドアを閉めようとした時だ―――

バンッ――!!

―――!!

閉まろうとしたドアを松井君が手で押さえていた。

「――ちょっと君っ!危ないだろ!!」
運転手も驚き、松井君に注意をする。

「・・・・・・っ」
すぐに何も言わない彼を、見つめていた。

「・・・・・・松井君・・・」
声をかけると同時に、こっちを見た。



「・・・・・・ごめんっ・・・」



すごい小さな声で・・・でもはっきりと聞こえた。



「・・・・・・うん・・・」

ほんとうは、もっと気のきいたこと言いたかったけど・・・言葉が出てこなかった。

もうこれ以上は無理、と思い最後の力を振り絞るような感じで言った。



「・・・・・・ばいばい・・・っ」



それから、松井君の手はドアから外され・・・タクシーは出発した―――



車が走り出してすぐも経たないうちに・・・頬には、涙が次から次へとつたっていた。
一気に張りつめていた糸が切れたかのように・・・あたしは脱力していた。
気持ちも、涙腺も・・・

ほんとうはうれしかった。
めちゃくちゃうれしかった。
松井君があたしとのことを本気で向き合ってたことが・・・。
嫉妬だって・・・してくれてたんだ・・・っ

そのことを、考えれば考えるほど・・・涙は止まらなかった。


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