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作品名:あの頃へ 作者:こまち

第56回   56
・・・ザック、ザック、ザック・・・
立ち止まったあたしに、松井君は歩いて近づいてきた。

「・・・・・・なんか、あったの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・様子が変だったって・・・ケンと田口が言ってたけど・・・」
「・・・・・・」

あたしの2、3歩前まで来て止まった。
そこからだと、嫌でも視界に入ってくるし、向こうからもあたしの表情はわかってしまう。
これ以上黙っていると、変に思われると思い、自転車にまたがった。

「・・・別に、なんでもないよ。・・・急いでたから・・・」
付け足して告げると、ペダルに足を置いた。

いかにも、もうこぎ出すんだと、わからせるために。

「・・・そう・・・・・・これ、サンキューな。」
松井君は、手に持っていたハンカチを差し出した。

・・・これのことか。

祭りの帰りに貸したものだ。

「・・・今日じゃなくても、良かったのに・・・」
ハンドルから片手を離し、パッとハンカチを受け取りポケットに入れた。
そして、すぐさま自転車をこぎ出した。

「・・――おいっ!・・・」
少し進みかけたあたしの腕を、松井君が掴んできた。

―――っ!!

とっさにブレーキをかける。

「――っ、なに?――っ・・・」

掴まれた腕を振り払おうとした。
でも、それを制するかのように、更に力強く掴まれた。

「・・・なんで、怒ってんの?」
いつもより低い声だ。

「・・・別に、怒ってないよっ・・・」
「怒ってんじゃん!・・・明らかに、態度出まくってるだろ!?」
「――っ、だから・・・違うってば!」
あたしも更に力を入れて、腕を振った。

今度は、彼の手が振りほどけた・・・その瞬間、目があった。

―――っ・・・

今まで何度かある・・・
ひるむことなく見てくるこの鋭い視線・・・
何もかも、見透かされてしまいそうな・・・

一瞬にして、あたしは彼から目を逸らした。

「・・・・・・誤解っ・・・されるから、行ってよ・・・」
弱々しい声で呟いた。
「・・・はぁ!?・・・誤解?・・・なんのことだよ。」
「・・・松井君のファンの子に・・・一緒にいるとこ見られたら、誤解されるんだってば・・・」

・・・また、卑怯なあたしがそこにいた。

「・・・・・・そういうの・・・迷惑っ・・・」

そんなこと言いたくもないのに、勝手に口が動いてしまう。

「・・・・・・・あんまり・・・話しかけてこないでっ・・・」

次から次へと・・・言ってしまった・・・




「・・・・・・・・・わかった・・・」

・・・ザック、ザック、ザック・・・

一言だけ言うと、松井君はすぐさま振り返り、グラウンドの方へ歩いて行った。

・・・・・・・
再びペダルをこぎ出す。
そして、下り坂をスピードに任せたまま走らせる。



・・・―――っ・・・キキーッ!!

坂を終えたところで、ブレーキをかけた・・・前の視界が見えなくなっていたからだ。

ちょっと前に流した涙より、さらに量を増して・・・

「――うっ・・・――っく・・・」

あんなこと言いたかったんじゃない・・・
でも・・・何か言わなくちゃ・・・
自分の気持ちがバレそうで・・・
それが怖くてまた逃げた。

でも、今度のはあまりにも代償が大きかった。

彼を・・・松井君を・・・・・・怒らせてしまった。
・・・・・・好きになってほしいとか、そんな大それたことは思わないけど・・・嫌われたくは・・・なかった。
もう・・・あの笑顔なんて・・・見れないかも・・・


松井君はその後、あたしに話しかけることはもちろん、近づくこともなかった。
自分からなんてできるわけもなく、夏休みが終わっても、2学期が始まっても・・・

あたしらはまるで以前のように、顔見しりの、ただの同級生となったんだ。


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