「・・・ねぇ・・・降りるよ・・・」 「・・・っ、いいよっ、・・・っ、・・・っ」 「だってっ・・・」 「・・・っ、いいからっ。・・・っ、これもっ、・・・っ、いい体力作りっ・・・」
ちょっとした上り坂になり、明らかにスピードダウンしたことで、あたしは自転車から降りたかった。 だけど意地になってるのか、本当に体力作りのためか、松井君は止まろうとはしない。 立ちこぎになって、止まってしまいそうなスピードを一生懸命保っていた。
そして、やっと坂の上まで来て、足の動きを止めた。 ・・・・・・シューーーーーッ・・・ 今度は一気に下り坂を降りて行った。 風もすごい勢いで感じられる。
「・・・気持ち・・・」 登りきった達成感からか、松井君は力が抜けてスピードに任せたまま、ハンドルだけを握っていた。 あたしは今までと違うスピード感に多少驚き、思わず腕の力が入ってしまった。
下り坂を降り切って平坦の道になり、またペダルをこぎ始めた。 ・・・が、すぐに自販機が見えて、ブレーキをかけた。
「・・・ちょっと休憩。」 そう言って、自転車を少し傾けあたしを降ろした。 自転車をこぎ始めてから、20分くらいは経っただろうか。 夜とはいえ、真夏の暑さと体力の消耗で水分が欲しくなるのは当たり前だ。
「・・・何飲む?」 お金を入れ、聞いてきた。 「え・・・あぁ・・・お茶・・・」 「・・・・・・お茶!?」 松井君は振り返って聞き直してきた。
・・・? 変か・・・?
なんで聞き直されたのか分からず、自販機に目をやった。
そっか・・・! この時代って、お茶を自販機で買うなんて、まだ主流じゃなかったっけ?
現にこの自販機には、お茶は販売されてなった。
「・・・っ、紅茶・・・で・・・」 「・・・紅茶・・・ね・・」
松井君はスポーツドリンクを買い、一気飲みしてしまった。 あたしも松井君ほどのどは渇いていないはずなのに、思ったよりカラカラだった。
「・・・・・・半分くらい来た?」 「え?・・・あぁ、うん、そうだね・・・・・・あのさ・・・家まではいいよ。ここからだって別に歩いて帰れるし・・・。」 いくら、美樹に頼まれたとはいえ、帰りの事もあるし、家まで送ってもらうのは気が引けた。 「・・・いいよ、別に・・・。」 松井君は空になった缶をごみ箱に入れた。 「でもさっ・・・」 「・・・美樹のやつに絶対言われるよ・・・ちゃんと送り届けたかって。」 「そんなの、適当に言えばいいじゃん。あたしだって合わせとくし・・・。」 「・・・いいってば・・・家に、早くも帰りたくもないし・・・。」 「・・・なに・・・それ・・・?」 「・・・・・・どうせ、あんたのこと送れってのも、美樹が俺の事気使ってのことだろ?」 「え・・・」 ・・・ばれてる? 「・・・・・・あいつと鉢合わせにならないようにって。」 ・・・・・・やっぱり・・・か 無言でいるあたしで確信したようだ。 「・・・じゃなきゃ、あんたのこと送れなんて、普通は言わないしな。距離も距離だし・・・」 ・・・美樹の気遣いをを無駄にしないためにも、素直に動いたってことか・・・ 「・・・飲んだ?」 一回飲んだっきり、口へ進まないあたしに聞いてきた。 「あ・・・」 すぐに残りを飲み干し、缶をごみ箱へと入れた。
車輪止めを外し、自転車へまたがった。 「さぁてと・・・行くか・・・。」 あたしも少し傾けられた自転車に乗ろうとした。
・・・・・・あ・・・
が、持っていた巾着袋からタオル地のハンカチを取り出した。 「・・・汗拭いたら?」 動いていた体を休めて水分を取ったからか、松井君の額からは汗が流れていた。 「えっ・・・いいよ、汚いし・・・」 「そんな気にしなくていいよ・・・あっ・・・これもきれいじゃないや・・・」 「・・・は?」 「・・・・・・トイレの後使ったし・・・でも大丈夫!ちゃんと手洗った後だから。」 「・・・・・・くすくす・・・当たり前だろ?」 笑って差し出したハンカチを手に取った。
なんとなく、胸の奥がキュッ・・・となった気がした。 ・・・なんか、こんな間近で笑った顔見たの・・・久しぶりかも・・・ 元々あんまり笑わないしな・・・
そして、顔を一通り拭いたあと、そのハンカチを自分のポケットにしまい込んだ。 「・・・洗って返すわ。」 「えっ・・・いいよ、別に。」 「いいから・・・それより乗ったら?」 「・・・あ・・・うん・・・」
そしてまた手のやりどころに困ってしまう。 当たり前のように抱きつくのも変だし・・・ あんまり躊躇するのも変だし・・・
「・・・行くぞ。」 「・・・あ・・うんっ・・・」
松井君のかけ声に、思い切ってさっきと同じ態勢を取った。
〜〜〜っ// ・・・こんなことぐらいで照れてしまうなんて・・・ まるで中学生じゃん・・・!! ・・・・・・見た目だけはそうなんだけど、この時のあたしは、完全に中身まで中学生に戻ってしまっていた。
それから、自分の気を紛らわすために、沈黙でいるよりも話しかけた。 「・・・ご両親・・・心配するよね?」 「・・・美樹が言っとくって言ってたから大丈夫じゃない?・・・それに両親じゃなくて、父親だけだし。」
・・・っ!! そうだった・・・松井くんち・・・父子家庭だった・・・ あたしって・・・無神経・・・
「・・・そう・・なんだ・・・」 「・・・・・・言っちゃいけないこと言ったって、思ってんだろ?」 「えっ・・・いや・・・」 「別に気にすることじゃないよ・・・昨日今日の話じゃないし・・・」 「・・・・・・だいぶ・・・前?」 「うん・・・3歳の時。」 「3歳!?・・・そっか・・・早いね。」 「・・・元々体弱かったらしくてさ・・・俺産むのも一苦労したんじゃね?」 「・・・そうなんだ・・・・・・お母さんの事・・・覚えてる?」 「え・・・?」 「あっ、覚えてないよね。3歳なら・・・」
・・・あたし何聞いてんの!? 思い出すのつらいじゃん・・・
「・・・いや・・・なんとなくだけど・・・覚えてる部分もある。」 「・・・っ!」 答えてはくれないと思っていたのに、松井君は懐かしそうに言った。
「・・・・・・ほとんど・・・抱っこばっかされてた気がする・・・顔とか、声とかはさすがに覚えてないけど・・・・・・でも、存在自体は・・・覚えてるかな・・・」 「・・・・・・そっか・・・・・・すごいかわいがられてたんだろうね。一緒にいた時間短くても、そういう風に思えるってことは・・・」 「・・・・・・・・・」 少し間が空いたから、てっきり松井君を怒らせたと思ってしまった。 「・・・・・・あんたって・・・変わってんね。」 「え・・・?」 「・・・今まで母親いないこと言うと、大抵の人は、かわいそうとか、大変だったねとか、労いの言葉かけんのに。」 「・・・・・・つまり・・・あたしが無神経・・・とか?」 恐る恐る聞いてみた。 「くすくすっ・・・そうじゃないよ・・・ただ・・・母親がいたってことを・・・改めて認識した・・・って感じ。」
・・・つまり・・・怒っては・・・いないんだね。 なんとなくホッとした。
「・・・あんたんちは、両親いるんだろ?」 「あぁ、うん。両方とも健在だよ。」 ・・・・・・この先16年後もね。 「・・・やっぱ、ケンカとかすんの?」 「やっぱりって・・・お父さんとケンカしないの?」 「・・・する内容がない。」 「あぁ、そう・・・・・・あたしんちは・・・前はよくしてたかな?ケンカっていうか、お母さんが一方的に言ってくるのが多かったけどね。」 大人になってからのやり取りを思い出す。 「ふ〜ん・・・」 「・・・今思えば・・・言いたくてじゃなくて、あたしが言わせてたんだなって・・・毎日毎日、だらけてたしね。」 「・・・じゃあ、今はちゃんとしてんだ?」 「・・・なにそれ?・・・してないとでも言いたそうな・・・」 「そんなこと一言も言ってねーじゃん。勝手にそう解釈してんだろ?」 「・・・言わなくても、そういう風に聞こえるんだけど・・・」 「・・・・・・被害妄想もいいとこだな・・・」 「なによそれっ!?」 「――いって!・・・おまえ、お腹締めすぎ・・・」 思わず腕の力が入っていて、松井君のお腹を圧迫していたみたい。 「あぁっ!・・・ごめん・・・」
だんだんと、いつものあたしらの会話になり、雰囲気になり。 さっきまでの焦りは無くなっていた。
そして、やっと家に到着した。 「・・・・・・すげ〜・・・こんな山奥に家があるんだ。」 「〜〜〜っ、田舎で悪かったわね・・・」 確かにこの辺は、美樹や松井君ちと違って、過疎化の村みたいですけど・・・。 「・・・・・・じゃ、帰るわ。」 これからの道のりに気合いを入れる。 「あ、うん・・・大丈夫?」 ここまで送ってもらっておいて、どうすることもできないが・・・ 「道は繋がってんだし、大丈夫だよ。じゃあな・・・」 「うん・・・気をつけてね・・・」 街灯もなく、自転車のランプだけが頼りで、松井君を見送っていたが、すぐに松井君の姿は暗闇の中に消えて行った。
・・・・・・ほんとに家まで送ってもらうとは・・・。 ・・・あっ!!・・・お礼・・・言ってないし・・・ お茶くらいっ・・・あげれば良かった・・・
あまりにも気が利かない自分にあきれてしまった。
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