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作品名:あの頃へ 作者:こまち

第52回   52
「・・・ねぇ・・・降りるよ・・・」
「・・・っ、いいよっ、・・・っ、・・・っ」
「だってっ・・・」
「・・・っ、いいからっ。・・・っ、これもっ、・・・っ、いい体力作りっ・・・」

ちょっとした上り坂になり、明らかにスピードダウンしたことで、あたしは自転車から降りたかった。
だけど意地になってるのか、本当に体力作りのためか、松井君は止まろうとはしない。
立ちこぎになって、止まってしまいそうなスピードを一生懸命保っていた。

そして、やっと坂の上まで来て、足の動きを止めた。
・・・・・・シューーーーーッ・・・
今度は一気に下り坂を降りて行った。
風もすごい勢いで感じられる。

「・・・気持ち・・・」
登りきった達成感からか、松井君は力が抜けてスピードに任せたまま、ハンドルだけを握っていた。
あたしは今までと違うスピード感に多少驚き、思わず腕の力が入ってしまった。

下り坂を降り切って平坦の道になり、またペダルをこぎ始めた。
・・・が、すぐに自販機が見えて、ブレーキをかけた。

「・・・ちょっと休憩。」
そう言って、自転車を少し傾けあたしを降ろした。
自転車をこぎ始めてから、20分くらいは経っただろうか。
夜とはいえ、真夏の暑さと体力の消耗で水分が欲しくなるのは当たり前だ。

「・・・何飲む?」
お金を入れ、聞いてきた。
「え・・・あぁ・・・お茶・・・」
「・・・・・・お茶!?」
松井君は振り返って聞き直してきた。

・・・?
変か・・・?

なんで聞き直されたのか分からず、自販機に目をやった。

そっか・・・!
この時代って、お茶を自販機で買うなんて、まだ主流じゃなかったっけ?

現にこの自販機には、お茶は販売されてなった。

「・・・っ、紅茶・・・で・・・」
「・・・紅茶・・・ね・・」

松井君はスポーツドリンクを買い、一気飲みしてしまった。
あたしも松井君ほどのどは渇いていないはずなのに、思ったよりカラカラだった。

「・・・・・・半分くらい来た?」
「え?・・・あぁ、うん、そうだね・・・・・・あのさ・・・家まではいいよ。ここからだって別に歩いて帰れるし・・・。」
いくら、美樹に頼まれたとはいえ、帰りの事もあるし、家まで送ってもらうのは気が引けた。
「・・・いいよ、別に・・・。」
松井君は空になった缶をごみ箱に入れた。
「でもさっ・・・」
「・・・美樹のやつに絶対言われるよ・・・ちゃんと送り届けたかって。」
「そんなの、適当に言えばいいじゃん。あたしだって合わせとくし・・・。」
「・・・いいってば・・・家に、早くも帰りたくもないし・・・。」
「・・・なに・・・それ・・・?」
「・・・・・・どうせ、あんたのこと送れってのも、美樹が俺の事気使ってのことだろ?」
「え・・・」
・・・ばれてる?
「・・・・・・あいつと鉢合わせにならないようにって。」
・・・・・・やっぱり・・・か
無言でいるあたしで確信したようだ。
「・・・じゃなきゃ、あんたのこと送れなんて、普通は言わないしな。距離も距離だし・・・」
・・・美樹の気遣いをを無駄にしないためにも、素直に動いたってことか・・・
「・・・飲んだ?」
一回飲んだっきり、口へ進まないあたしに聞いてきた。
「あ・・・」
すぐに残りを飲み干し、缶をごみ箱へと入れた。

車輪止めを外し、自転車へまたがった。
「さぁてと・・・行くか・・・。」
あたしも少し傾けられた自転車に乗ろうとした。

・・・・・・あ・・・

が、持っていた巾着袋からタオル地のハンカチを取り出した。
「・・・汗拭いたら?」
動いていた体を休めて水分を取ったからか、松井君の額からは汗が流れていた。
「えっ・・・いいよ、汚いし・・・」
「そんな気にしなくていいよ・・・あっ・・・これもきれいじゃないや・・・」
「・・・は?」
「・・・・・・トイレの後使ったし・・・でも大丈夫!ちゃんと手洗った後だから。」
「・・・・・・くすくす・・・当たり前だろ?」
笑って差し出したハンカチを手に取った。

なんとなく、胸の奥がキュッ・・・となった気がした。
・・・なんか、こんな間近で笑った顔見たの・・・久しぶりかも・・・
元々あんまり笑わないしな・・・

そして、顔を一通り拭いたあと、そのハンカチを自分のポケットにしまい込んだ。
「・・・洗って返すわ。」
「えっ・・・いいよ、別に。」
「いいから・・・それより乗ったら?」
「・・・あ・・・うん・・・」

そしてまた手のやりどころに困ってしまう。
当たり前のように抱きつくのも変だし・・・
あんまり躊躇するのも変だし・・・

「・・・行くぞ。」
「・・・あ・・うんっ・・・」

松井君のかけ声に、思い切ってさっきと同じ態勢を取った。

〜〜〜っ//
・・・こんなことぐらいで照れてしまうなんて・・・
まるで中学生じゃん・・・!!
・・・・・・見た目だけはそうなんだけど、この時のあたしは、完全に中身まで中学生に戻ってしまっていた。

それから、自分の気を紛らわすために、沈黙でいるよりも話しかけた。
「・・・ご両親・・・心配するよね?」
「・・・美樹が言っとくって言ってたから大丈夫じゃない?・・・それに両親じゃなくて、父親だけだし。」

・・・っ!!
そうだった・・・松井くんち・・・父子家庭だった・・・
あたしって・・・無神経・・・

「・・・そう・・なんだ・・・」
「・・・・・・言っちゃいけないこと言ったって、思ってんだろ?」
「えっ・・・いや・・・」
「別に気にすることじゃないよ・・・昨日今日の話じゃないし・・・」
「・・・・・・だいぶ・・・前?」
「うん・・・3歳の時。」
「3歳!?・・・そっか・・・早いね。」
「・・・元々体弱かったらしくてさ・・・俺産むのも一苦労したんじゃね?」
「・・・そうなんだ・・・・・・お母さんの事・・・覚えてる?」
「え・・・?」
「あっ、覚えてないよね。3歳なら・・・」

・・・あたし何聞いてんの!?
思い出すのつらいじゃん・・・

「・・・いや・・・なんとなくだけど・・・覚えてる部分もある。」
「・・・っ!」
答えてはくれないと思っていたのに、松井君は懐かしそうに言った。

「・・・・・・ほとんど・・・抱っこばっかされてた気がする・・・顔とか、声とかはさすがに覚えてないけど・・・・・・でも、存在自体は・・・覚えてるかな・・・」
「・・・・・・そっか・・・・・・すごいかわいがられてたんだろうね。一緒にいた時間短くても、そういう風に思えるってことは・・・」
「・・・・・・・・・」
少し間が空いたから、てっきり松井君を怒らせたと思ってしまった。
「・・・・・・あんたって・・・変わってんね。」
「え・・・?」
「・・・今まで母親いないこと言うと、大抵の人は、かわいそうとか、大変だったねとか、労いの言葉かけんのに。」
「・・・・・・つまり・・・あたしが無神経・・・とか?」
恐る恐る聞いてみた。
「くすくすっ・・・そうじゃないよ・・・ただ・・・母親がいたってことを・・・改めて認識した・・・って感じ。」

・・・つまり・・・怒っては・・・いないんだね。
なんとなくホッとした。

「・・・あんたんちは、両親いるんだろ?」
「あぁ、うん。両方とも健在だよ。」
・・・・・・この先16年後もね。
「・・・やっぱ、ケンカとかすんの?」
「やっぱりって・・・お父さんとケンカしないの?」
「・・・する内容がない。」
「あぁ、そう・・・・・・あたしんちは・・・前はよくしてたかな?ケンカっていうか、お母さんが一方的に言ってくるのが多かったけどね。」
大人になってからのやり取りを思い出す。
「ふ〜ん・・・」
「・・・今思えば・・・言いたくてじゃなくて、あたしが言わせてたんだなって・・・毎日毎日、だらけてたしね。」
「・・・じゃあ、今はちゃんとしてんだ?」
「・・・なにそれ?・・・してないとでも言いたそうな・・・」
「そんなこと一言も言ってねーじゃん。勝手にそう解釈してんだろ?」
「・・・言わなくても、そういう風に聞こえるんだけど・・・」
「・・・・・・被害妄想もいいとこだな・・・」
「なによそれっ!?」
「――いって!・・・おまえ、お腹締めすぎ・・・」
思わず腕の力が入っていて、松井君のお腹を圧迫していたみたい。
「あぁっ!・・・ごめん・・・」

だんだんと、いつものあたしらの会話になり、雰囲気になり。
さっきまでの焦りは無くなっていた。

そして、やっと家に到着した。
「・・・・・・すげ〜・・・こんな山奥に家があるんだ。」
「〜〜〜っ、田舎で悪かったわね・・・」
確かにこの辺は、美樹や松井君ちと違って、過疎化の村みたいですけど・・・。
「・・・・・・じゃ、帰るわ。」
これからの道のりに気合いを入れる。
「あ、うん・・・大丈夫?」
ここまで送ってもらっておいて、どうすることもできないが・・・
「道は繋がってんだし、大丈夫だよ。じゃあな・・・」
「うん・・・気をつけてね・・・」
街灯もなく、自転車のランプだけが頼りで、松井君を見送っていたが、すぐに松井君の姿は暗闇の中に消えて行った。

・・・・・・ほんとに家まで送ってもらうとは・・・。
・・・あっ!!・・・お礼・・・言ってないし・・・
お茶くらいっ・・・あげれば良かった・・・

あまりにも気が利かない自分にあきれてしまった。


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