昼休みになったが、朝から誰も話しかけてこない。
あたしへのいじめが続いているのか、関係なしに話しかけたくないのかは分からないが・・・。
給食は嫌でも教室でなくちゃいけないから、黙々と食べ終えた。
弘子とは、あれから目も合わせていない。 向こうにしてみれば、あたしのことなんて見たくもないだろう。
「山田、ちょっといいか?」 廊下を歩いていると、教室で給食を食べ終えた尾上先生が呼び止めた。 まだ口がモゴモゴしているので、急いで食べ終えたのだろう。
「・・・なんですか?」
はっきりいってしばらく人と話したくないんだけど・・・。
「・・・ん・・・まぁ、目的室行こっか。」 そう言うとスタスタとその方向へ向かった。
・・・この先生、目的室好きだなぁ・・・。
嫌々ながらあたしは先生の後をついて行った。
「まぁ、座れや。」 先生は椅子を引いて、机をトントンっと叩いた。 そして自分もそのすぐ前の席に座った。
・・・・・・近っ、真ん前!?
しぶしぶ席に着く。
「・・・・・・ありがとな。」
・・・・・・? いきなり、なぜにお礼を・・・?
意味が分からず、先生をキョトンと見てしまった。
「・・・昨日、山下のとこ行ってくれたんだな。」
・・・あぁ・・・美樹のお母さんから連絡あったんだ・・・。
「・・・いえ・・・別に・・・。先生がお礼言うことじゃない・・・んじゃないですか?」 「・・・いや・・・。俺はなんにもできなかったから・・・。実は先生もな、山下のところ行ってたんだけどな・・・一度も顔を見せてくれたことはなかったよ。」
少し弱気にも聞こえるトーンだ。 ・・・一度も・・・ってことは、何度か美樹の家に行ってたんだ。
「やっぱり、先生より身近な友達の方が、力になるな。」 「・・・・・・」 「はっきり言って、昨日の様子じゃ、あきらめてた。・・・かえって、お前らに聞いたのは間違いだったかもって思ってたし。・・・余計なことしたかもってな・・・。」 「・・・・・・先生が・・・。」 「ん?・・・なんだ?」 「・・・先生が言ってくれたから、あたしは行こうと思ったよ。・・・だから・・・先生のしたことは、余計じゃないと思う。」 「・・・そうか?」 「・・・うん・・・言われなかったら、そのまま過ぎていたよ・・・。美樹の苦しむ姿に気付くことなく・・・。だから・・・先生がお礼言うことじゃないよ。」 「・・・そっか・・・まぁ・・・情けない話、いつから山下の周りで変化が起きてたのかなんて、気付かなかったし・・・休んでいるのも、山下のお母さんの言うこと鵜呑みにしてた。体調が良くないからしばらく休みたいってな・・・。でも他の先生から、助言もらってな・・・。一度様子見に行ったがいいってことで、山下の状況がわかったんだ。」 「・・・・・・」 「ほんっと・・・いつも偉そうなこと言ってるけど・・・教師失格だな・・・って、こんなこと山田に言ってることすら、駄目だな。ははっ・・・。」
そう言って笑う先生の顔がすごく、痛々しく見えた。 先生は先生なりに悩んで、行動して、どうにかしようとしてたんだ。 そんなこと気にもしてなかったけど、こういう結果にならなかったあの頃は、相当悔やんだんだろうな・・・。 過ぎ去った過去の先生に同情してしまった。
「・・・先生。いじめなんて、わからないようにするもんなんだよ?先生たちに気づかれないようにって。だから先生が気付かなかったのは、当たり前だよ。むしろ、気付いてても行動しない教師だって、世の中にはいるんだし。先生のしたことは、間違いじゃなかったよ。少なくともあたしにとっては・・・。」 「・・・なんか・・・山田なんだけど、山田じゃないみたいだな。」 「えっ?・・・な、な〜に言っての?」
やばいやばい・・・ついつい今の自分がでてしまう・・・。
「・・・そうか・・・わかった!」
・・・へ?・・・何が?
「その口の利き方だ。」 「・・・は・・・?」 「おまえ先生に対してなんだ?そのタメ口は!」
・・・あ、そこ・・・ね。
「言ってることは、まぁ、納得させられそうになったけど・・・けど、ちゃんと敬語を使え、敬語を。おまえよりは年上なんだし、一応・・・教師だからな。」
先生は、少しふっきれたように、最後の言葉を言った。
「・・・は〜い、すみませ〜ん。」
あたしは、半笑いで答えた。
「感情がこもってない!ったく・・・」 先生は席を立って、頭をポリポリとかいた。 「・・・そういえば・・・先生って、いまいくつなの?」 「・・・いくつですか?・・だろ?」 「あ〜・・・いくつですか?」 「・・・28だよ。」
げっっ!!年下かよっ!?
「・・・それがどうした?」 「えっ?・・・いやぁ・・・」
30過ぎてると思ってた。
「・・・老けてる、とでも?」 「い、いえっ・・・」 「・・・別にいいぞ、気使わなくても・・・。年相応に見られないのは、慣れてるから。」
怒っている様子はなく、本当に慣れた感じだ。
「・・・いや・・・ただ先生になって、何年なのかなぁって思ったから・・・。」 「ん?そうだな・・・7年目・・・か。」 「ふ〜ん・・・。」
そういえば、尾上先生って、今でも教師やってるんだろうな? 今が28なら・・・45歳・・・かぁ。 あたしと15違ってたんだ。 そんなこと考えた事もなかったや。 それに30歳の時のあたしに比べたら、断然しっかりしてるじゃん。 絶対あたしには無理だな。 こんな思春期まっさかりの子供の相手なんて・・・。 幼稚園児の相手もまともにできなかったあたしには・・・。 ふと保育士をやっていたことを思い出す。
「・・・そんなことより・・・おまえ、大丈夫なのか?」 「へ?・・・なにが?」 「・・・・・」
黙ったまま上から見下ろしている。 というより、睨んでいる?
・・・あぁ・・・
「・・・なにがですか?」 言い直すと納得して続けた。 「・・・朝のことだ。あんな派手にやって・・・。」 「・・・え?・・・先生知ってたの?」 「知ってたも何も、廊下まで丸聞こえだったぞ。隣の教室にも聞こえてたんじゃないか?あんだけ大声で言ってたら。」 「・・・なんで・・・ホームルームん時なんにも言わなかったから、知らないと思ってた。」 「あえて、言わなかったんだよ。北田の様子もあの調子だったし・・・下手にいじらない方がいいと思ってな。」 「・・・そっか・・・ちょっと・・・言い過ぎだったよね。」
再度弘子に言った事を、反省する。 一度立ち上がったが、先生は再び席についた。
「・・・まぁ・・・北田にとっては、衝撃的だっただろうな・・・。今まであんなこと言われたことなさそうだし・・・。」 「・・・・・・」 「・・・でも、言われたことで、北田も何か考え変わるだろう、いい方にも悪い方にも。今はすぐに正しい答えは出なくても、そのうちおまえの気持ちがわかる日が来るんじゃないか?それが明日かもしれないし・・・何年も先のことにもなるかもしれんがな。」
先生の言葉がしみじみとあたしの胸に響いた。
「問題は山田だろ?」 「え?あたし・・・?」 「クラスから完全に浮いてしまっただろ?山下以上にな。」 「・・・たしかに。でも、別に気にしてない。というより、気にしないようにしてる。かな?」 「・・・難しい問題だけど、一人で抱え込むなよ。せっかくクラス全員揃うところで、おまえが登校拒否になったら元も子もないからな。」 「えっ!?全員って・・・やっぱり美樹学校来るって?」
俯きかけたが、先生の言葉に顔を上げた。
「あぁ。月曜から来るそうだ。まぁ、その時の山下の心境にもよるしな。無理してもしょうがないし、こういうことは徐々にやっていった方がいいだろう。」 「そっかぁ〜。よしっ!あたし休みのとき美樹んとこ行こう!」 「あんまりプレッシャーかけるなよ。」 「当たり前じゃん!あ〜あ・・・ほんとは学校も一緒に行きたいんだけどなぁ・・・通学全然逆だもんなぁ・・・朝迎え行こうかな・・・?」 「・・・朝起きれるのか?遅刻ギリギリの奴が。」 「ひっど!!ここ2日の話じゃん。大丈夫、その気になれば!!」 「くすくすっ・・・ま、その調子なら大丈夫そうだな。さてっ。」
席を立ち、背伸びをした。
「まだ時間あるな・・・一服してくるか。」
先生は、壁時計に目をやり、ズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。 そして、教室からベランダに出て、携帯灰皿をもう片方のポケットから取り出した。
・・・そういや、尾上先生って、煙草臭かったの覚えてるな。 あの時はただ単に臭い、と毛嫌いしていた部分があったけど、今だからか、その臭さに嫌な気はしない。 以前煙草を吸っていた人との付き合いもあってか、なんとなく懐かしい感じがした。
「・・・・・・」 「・・・なんだ?」
先生はあたしの視線が感じられ、煙草をくわえながら聞いてきた。
「・・・おいしい?」 「は?・・・あぁ、これか。・・・まぁな・・・というか、生徒の前で吸うなんてよくないな・・・。」
この時代は、まだそんなに禁煙に対してうるさくなかったし、PTA的にも先生が学校でたばこを吸うことは、問題視されてはいなかった。
「・・・別にあたしは吸ってみたいとは思わなから、大丈夫じゃない?」 「・・・そうか・・・っいやいやいや・・・」
先生は納得しそうになったが、思いとどまるかのように煙草をもみ消した。
「気にしなくていいのに・・・。」
あたしは本音でそういった。 が、それがかえって先生にとっては場が悪く感じたんだろう。
「・・・いいんだ。さ、おまえも行っていいぞ。昼休み残り少なくなったけどな。」 「・・・別に楽しい時間過ごせたわけじゃないからいいよ。」
頬杖ついて座っていたが、背伸びをしながら立ち上がった。
「・・・何かあったら、言えよ、遠慮なく。ま、あんまり山田ばっかり気にかけてると、ひいきしてるって思われるかもしれんが・・・ん?・・・かえって、それが溝を深めてしまうか・・・?」 「―――っぷ、くくくくっ!」
慰めるつもりが、逆に不安になっている先生の言動に思わず吹き出してしまった。
「―――っ!!おまえな〜、人が真剣に・・・」
少し顔を赤らめ、先生は近付いてきた。
「・・・ごめんごめんっ、別に馬鹿にしてるとかじゃなくて・・・」
なおも笑いを堪える。
「・・・一緒のことだ!」
そういって、あたしの頭に先生の手が飛んできた。
−−っ!!
一瞬叩かれるかと思いきや、大きな手は頭をつかむようにぐしゃぐしゃっと撫でただけだった。
ドキッ―――!!
変な緊張感が走った。
「・・・ったく、おまえと話してると調子狂うな・・・。またタメ口になってるぞ、気をつけろ。それから・・・」 あたしはきっと、変な顔してたと思う・・・。 さっきまでの余裕がなくなってた。
「・・・・・・」
先生は、マジマジとあたしの顔を眺めた。
・・・な・・・なに?・・・これ?
「・・・もっと中学生らしくしてろっ。洒落っ気出す前にやることあるだろ?」 「・・・え・・・?」
まだ動揺が隠せない。
「・・・眉毛細くなってるぞ。ったく、こういうことはいっちょまえだな。」
そういって、頭から手を外し、教室から出て行った。
・・・・・・眉・・・のことか・・・。
しばし呆然とたたずむ。
−−−っ!! あたしってば・・・なに動揺してんのよ! ちょっと接近したからって・・・っていうか、相手は尾上先生だよ。 おかしいっ・・・ありえないしっ!!
・・・きっと、久しぶりに男の人に頭を触られたからだ。 ここ何年も手すら繋いでないし、まともな会話もないし・・・免疫力が落ちてんだね。
なんとでもないことなのに、あんなにあせって・・・はぁ〜・・・情けな・・・。 でも・・・間近で先生の顔見たのも初めてだなぁ・・・。 先生っていう存在がおっきいから、異性としてなんて考えた事もないもんなぁ・・・。 改めて見ると・・・けっこう渋い感じだよな・・・髭の剃り残しが不精っぽくて、そのせいで年齢以上にみえるんじゃ・・・っは!!
もうやめやめ!! 変なこと考えるのよそうっ!!
顔をパンパンッと叩いて気合いを入れる。
・・・・・・何考えてんだか・・・
あたしも教室を後にした。
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