「長年のブランクがありますが・・・一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
5月に入り、あたしは新しい職場へと立っていた。 突然の辞職届を提出し、さっさと退社したのは、一般社会人として非常識だとわかってた。 でも、今までの会社も、さほどあたしの辞職届を困惑するでもなく、あっさりと承諾してくれて・・・変な意味で、功を奏した。
「・・・クスクスクス・・・そんな気負いにならないで。」
そして、新しい上司の園長先生。 昨年まで、教師という立場にいた。 定年を迎え、老後をゆっくり・・・というわけでもなく、また教育者としての立場を迎えようとしている。
「お互い、初心者同士ってことで・・・頑張りましょ。」 先生のかもし出す雰囲気が、根っこからの優しさを感じられた。
遅すぎるスタートかもしれない。 でも、やらずに後悔するより・・・まずはやってみよう。 ちょっと前のあたしからしたら、考えられない行動だ。
そして・・・もう一つの現実―――
「緊張した?」 またパソコンに向かいながら彼が言う。 それは、冷やかしてる感じにも聞こえる口調だ。
「・・・当たり前じゃん!・・・この歳で再就職なんて・・・」 出されたコーヒーをスプーンで無意味に回しながら答えた。
「クスクス・・・まぁ、いくつになっても関係ないじゃん。もしかしたら、これが最後じゃないかもだし・・・」 「――!!・・・それどういう意味?」 「・・・別に深い意味はない。」 そう言いながらでも笑ってる。 「・・・んもうっ!!人ごとだと思って〜っ・・・辞めないしっ!ぜ〜ったい辞めないっ!!」 半ばムキになっていた。 でも、そんなあたしに彼は相変わらず冷静で・・・
「・・・そんなのわかんないっしょ?」 「あのね〜っ、人がやる気出してんのに・・・どうしてそんなこと言えるかな〜・・・」 「・・・・・・辞めたくなくても、辞めなくちゃいけない時だって、あるんじゃない?」 「・・・は!?・・・なにそれ?」
意味がわからない・・・リストラ・・・ってこと?
「・・・まぁ・・・辞めなくても、長期休暇ってことにすればいいのか。」
・・・長期・・休暇!? ・・・って・・・―――っ!! ・・・まさ・・かっ・・・!!
だんだんと彼の言っている意味を理解する。 あたしには似つかわしくない言葉が思い浮かぶ。
もしかして・・・・・・結婚―――
――っでも!・・・勘違いかもっ・・・うんっ・・・あたし早とちりが結構得意だし・・・って、そんなの得意と言わないか・・・
♪♪♪♪♪〜・・・ 彼の携帯が鳴り、着信名を見て呟く。
「・・・またか?・・・勘弁してくれよ・・・」 そう言いながら、立ち上がり台所へと向かった。 「・・・はい、もしもし・・・はい・・・」 電話に受け答えしながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
また、仕事の追加かな? 当分出掛けられないかも・・・。 そんなことを思いながら部屋を見渡す。
再就職の挨拶を終え、約束をしていた松井君の家へとお邪魔していた。 本当は待ち合わせしてたんだけど、急な仕事が入って、さほど時間は掛からないから松井君の家で待っていた。
・・・あ・・・
ふと、台所にいる松井君に目をやる。 ダイニングの椅子に腰をおろしてまだ電話で話している。
それを確認すると、本棚の一番下に手をやった・・・そして、端から2冊目の冊子に手をやる。 あの時の・・・夢の中で見た、アルバムの続きだ。
パラ・・・パラ・・・
やっぱり・・・同じだ。 幼い子供が3人・・・松井君に、美樹に・・・美加さんだ。 ・・・でも・・・今のあたしの感情は、あの時と違ってた。
強がりとかじゃなく・・・この写真を、穏やかな気持ちで見れた。 そして、自然と頬が緩む・・・
どんどんページを捲る・・・初めて見る写真になった。 途中で取り上げられたから、続きを見れなかったっけ・・・・・・――!!
あるページで・・・ある写真に、釘付けになった―――
・・・・・・もしかして・・・これを見られたくなくて?
・・・っぷ・・・ぷぷぷっ・・・
頬が緩むどころじゃなくなってしまっていた。 手で口を押さえた。 これ以上、漏れないように・・・笑い声が。
「・・・・・・静かだと思ったら、勝手に見やがって・・・」
――――――っ!!
いつの間にか、電話を終えて松井君が戻ってきていた。 携帯を握り締めて、見下ろしている。
「・・・あ・・・ごめん・・・・・・電話なんだって?」 ニコっと笑って誤魔化そうとしたが、すぐさま手に持っているものを奪い取られた。 「・・・こんなの見て、何がおもしろいの?」 松井君はしゃがんで、アルバムを元の場所へとしまう。 「別に・・・おもしろがっては・・・・・っぷ・・――!!」 思わず吹きこぼしてしまった・・・それが、答えだ。
「・・・――っ!!おま・・え・・・もしかして見たのかっ!?」 珍しく松井君が動揺している。 ・・・無理もない・・・彼の、知られざる過去を見られたんだから・・・!
「・・・っクスクスクス・・・かわいいじゃん・・・っぷ・・くくくくっ・・・」 だめだ・・・抑えようとすればするほど・・・さっきの写真が頭に焼きついて離れない。 「・・・〜〜っおまえな〜っ・・・」
あたしが目にした写真は・・・女の子が写っていた。 でもそれは、美樹でも美加さんでもない。 女の子の恰好をした・・・松井君だったんだ。
お人形さんのような洋服を着て、化粧をして・・・きっと、6つ年上である美加さんのイタズラなんだろう。 されるがままされてる感じで・・・なんの抵抗もなく写真に写っていた。
あの松井君が・・・中学の時モテてた彼が・・・クールと言われてた彼がっ・・・っぷ・・くくくくく・・・っ そう思い返すだけで、あたしの笑いは収まらなかった。
「・・・いつまで笑ってんだよ。」 その場所から立ち上がろうとしないあたしに、松井君は腕を掴んで立ち上がらせようとした。
「〜〜〜っ・・・あ〜・・・ごめんごめん・・・」 笑い過ぎて、涙が出てしまう始末だ。 掴まれていない方の手で、涙を拭いながら立ち上がる。
「・・・なんか・・・ムカつく・・・」
松井君はそう呟いた。
「・・・だから〜・・・ごめんってば〜・・・―――!!」
まだ笑いが収まりそうにもなかったが、悪いと思いながら彼を見上げた。 ・・・が、顔をまともに見れなかった。
というか・・・あたしの唇は塞がれていた―――
「――っ・・・んっ・・・」
思わず押し倒されそうな勢いのキスに、あたしは両腕で距離を取ろうとした。 でもそれはすぐに阻止され、さらに深く唇を重ねる・・・何度も何度も・・・角度を変えながら・・・
そのキスに・・・あたしも拒むことを止め・・・彼の背中へと手を回す・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
・・・が、突然キスが止められた。 そして考える隙もなく、あたしの腕を引っ張って歩き出した。 既に力の抜けていたあたしは簡単に連れていかれる。
・・・・・・え?・・・この流れって・・・
彼の部屋へと入る。 そして、ベットへと体ごと押し倒されていく。
「ちょっ、まっ―――」 声をかけるもの・・・両腕の自由が奪われ、あたしの上に覆いかぶさったまま見下ろしてきた。
「・・・・・・っ」 「・・・あっちですんの・・・なんか気が引ける。」 ―――っ!! 「・・・自分の部屋なら気ぃ使わなくていいし・・・」
そう言いながら、顔を近付けてくる。
「・・・――っ仕事はっ!?」 「・・・え?」 「・・・さっきの電話・・・仕事じゃないの?」 「・・・・・・違った。」 「え?」 「・・・もう・・・しなくてもよくなった。」 松井君はそう言いながら、軽くキスをしてきた。 「・・・・・・そう・・なんだ・・・」 そう答えるあたしに・・・またキスを・・・そしてまた・・・
あたしたちは、夢の中ではなく・・・身も、心も・・・今、結ばれた―――
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