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作品名:あの頃へ 作者:こまち

第117回   117
「長年のブランクがありますが・・・一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」

5月に入り、あたしは新しい職場へと立っていた。
突然の辞職届を提出し、さっさと退社したのは、一般社会人として非常識だとわかってた。
でも、今までの会社も、さほどあたしの辞職届を困惑するでもなく、あっさりと承諾してくれて・・・変な意味で、功を奏した。

「・・・クスクスクス・・・そんな気負いにならないで。」

そして、新しい上司の園長先生。
昨年まで、教師という立場にいた。
定年を迎え、老後をゆっくり・・・というわけでもなく、また教育者としての立場を迎えようとしている。

「お互い、初心者同士ってことで・・・頑張りましょ。」
先生のかもし出す雰囲気が、根っこからの優しさを感じられた。

遅すぎるスタートかもしれない。
でも、やらずに後悔するより・・・まずはやってみよう。
ちょっと前のあたしからしたら、考えられない行動だ。



そして・・・もう一つの現実―――



「緊張した?」
またパソコンに向かいながら彼が言う。
それは、冷やかしてる感じにも聞こえる口調だ。

「・・・当たり前じゃん!・・・この歳で再就職なんて・・・」
出されたコーヒーをスプーンで無意味に回しながら答えた。

「クスクス・・・まぁ、いくつになっても関係ないじゃん。もしかしたら、これが最後じゃないかもだし・・・」
「――!!・・・それどういう意味?」
「・・・別に深い意味はない。」
そう言いながらでも笑ってる。
「・・・んもうっ!!人ごとだと思って〜っ・・・辞めないしっ!ぜ〜ったい辞めないっ!!」
半ばムキになっていた。
でも、そんなあたしに彼は相変わらず冷静で・・・

「・・・そんなのわかんないっしょ?」
「あのね〜っ、人がやる気出してんのに・・・どうしてそんなこと言えるかな〜・・・」
「・・・・・・辞めたくなくても、辞めなくちゃいけない時だって、あるんじゃない?」
「・・・は!?・・・なにそれ?」

意味がわからない・・・リストラ・・・ってこと?

「・・・まぁ・・・辞めなくても、長期休暇ってことにすればいいのか。」

・・・長期・・休暇!?
・・・って・・・―――っ!!
・・・まさ・・かっ・・・!!

だんだんと彼の言っている意味を理解する。
あたしには似つかわしくない言葉が思い浮かぶ。

もしかして・・・・・・結婚―――

――っでも!・・・勘違いかもっ・・・うんっ・・・あたし早とちりが結構得意だし・・・って、そんなの得意と言わないか・・・


♪♪♪♪♪〜・・・
彼の携帯が鳴り、着信名を見て呟く。

「・・・またか?・・・勘弁してくれよ・・・」
そう言いながら、立ち上がり台所へと向かった。
「・・・はい、もしもし・・・はい・・・」
電話に受け答えしながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

また、仕事の追加かな?
当分出掛けられないかも・・・。
そんなことを思いながら部屋を見渡す。

再就職の挨拶を終え、約束をしていた松井君の家へとお邪魔していた。
本当は待ち合わせしてたんだけど、急な仕事が入って、さほど時間は掛からないから松井君の家で待っていた。

・・・あ・・・

ふと、台所にいる松井君に目をやる。
ダイニングの椅子に腰をおろしてまだ電話で話している。

それを確認すると、本棚の一番下に手をやった・・・そして、端から2冊目の冊子に手をやる。
あの時の・・・夢の中で見た、アルバムの続きだ。

パラ・・・パラ・・・

やっぱり・・・同じだ。
幼い子供が3人・・・松井君に、美樹に・・・美加さんだ。
・・・でも・・・今のあたしの感情は、あの時と違ってた。

強がりとかじゃなく・・・この写真を、穏やかな気持ちで見れた。
そして、自然と頬が緩む・・・

どんどんページを捲る・・・初めて見る写真になった。
途中で取り上げられたから、続きを見れなかったっけ・・・・・・――!!

あるページで・・・ある写真に、釘付けになった―――



・・・・・・もしかして・・・これを見られたくなくて?

・・・っぷ・・・ぷぷぷっ・・・

頬が緩むどころじゃなくなってしまっていた。
手で口を押さえた。
これ以上、漏れないように・・・笑い声が。



「・・・・・・静かだと思ったら、勝手に見やがって・・・」


――――――っ!!


いつの間にか、電話を終えて松井君が戻ってきていた。
携帯を握り締めて、見下ろしている。

「・・・あ・・・ごめん・・・・・・電話なんだって?」
ニコっと笑って誤魔化そうとしたが、すぐさま手に持っているものを奪い取られた。
「・・・こんなの見て、何がおもしろいの?」
松井君はしゃがんで、アルバムを元の場所へとしまう。
「別に・・・おもしろがっては・・・・・っぷ・・――!!」
思わず吹きこぼしてしまった・・・それが、答えだ。

「・・・――っ!!おま・・え・・・もしかして見たのかっ!?」
珍しく松井君が動揺している。
・・・無理もない・・・彼の、知られざる過去を見られたんだから・・・!

「・・・っクスクスクス・・・かわいいじゃん・・・っぷ・・くくくくっ・・・」
だめだ・・・抑えようとすればするほど・・・さっきの写真が頭に焼きついて離れない。
「・・・〜〜っおまえな〜っ・・・」

あたしが目にした写真は・・・女の子が写っていた。
でもそれは、美樹でも美加さんでもない。
女の子の恰好をした・・・松井君だったんだ。

お人形さんのような洋服を着て、化粧をして・・・きっと、6つ年上である美加さんのイタズラなんだろう。
されるがままされてる感じで・・・なんの抵抗もなく写真に写っていた。

あの松井君が・・・中学の時モテてた彼が・・・クールと言われてた彼がっ・・・っぷ・・くくくくく・・・っ
そう思い返すだけで、あたしの笑いは収まらなかった。


「・・・いつまで笑ってんだよ。」
その場所から立ち上がろうとしないあたしに、松井君は腕を掴んで立ち上がらせようとした。

「〜〜〜っ・・・あ〜・・・ごめんごめん・・・」
笑い過ぎて、涙が出てしまう始末だ。
掴まれていない方の手で、涙を拭いながら立ち上がる。



「・・・なんか・・・ムカつく・・・」



松井君はそう呟いた。

「・・・だから〜・・・ごめんってば〜・・・―――!!」

まだ笑いが収まりそうにもなかったが、悪いと思いながら彼を見上げた。
・・・が、顔をまともに見れなかった。

というか・・・あたしの唇は塞がれていた―――

「――っ・・・んっ・・・」

思わず押し倒されそうな勢いのキスに、あたしは両腕で距離を取ろうとした。
でもそれはすぐに阻止され、さらに深く唇を重ねる・・・何度も何度も・・・角度を変えながら・・・

そのキスに・・・あたしも拒むことを止め・・・彼の背中へと手を回す・・・
・・・・・・
・・・・・・

・・・が、突然キスが止められた。
そして考える隙もなく、あたしの腕を引っ張って歩き出した。
既に力の抜けていたあたしは簡単に連れていかれる。



・・・・・・え?・・・この流れって・・・



彼の部屋へと入る。
そして、ベットへと体ごと押し倒されていく。

「ちょっ、まっ―――」
声をかけるもの・・・両腕の自由が奪われ、あたしの上に覆いかぶさったまま見下ろしてきた。

「・・・・・・っ」
「・・・あっちですんの・・・なんか気が引ける。」
―――っ!!
「・・・自分の部屋なら気ぃ使わなくていいし・・・」

そう言いながら、顔を近付けてくる。

「・・・――っ仕事はっ!?」
「・・・え?」
「・・・さっきの電話・・・仕事じゃないの?」
「・・・・・・違った。」
「え?」
「・・・もう・・・しなくてもよくなった。」
松井君はそう言いながら、軽くキスをしてきた。
「・・・・・・そう・・なんだ・・・」
そう答えるあたしに・・・またキスを・・・そしてまた・・・



あたしたちは、夢の中ではなく・・・身も、心も・・・今、結ばれた―――


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