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作品名:七つの蔵 作者:Reddcherry

最終回   1
 空が美しいあかね色に染まったある夕方の道を、老人と子供が歩いています。老人の方は白髪のお爺さん。子供は六歳くらいの男の子でしょうか。男の子は時折道端に気になるものを見つけては立ち止まり、興味深々、観察するのですが、お爺さんはそれに気づかず歩き続けます。男の子はハッとしてお爺さんの後慌てて追いかけます。こんな事を繰り返しながら、あかね空の下を二人は家に向かいました。歩いている途中、男の子がお爺さんの手を握りながらこんな事を言いました。
 「ねえ、お爺ちゃん。僕の名前は七蔵でしょ?これって、お爺ちゃんがつけてくれたんでしょ?パパが言ってたよ。」
 老人はニコニコしながら男の子の方へ顔を向け、うなづきました。
 「どんな意味なの?七蔵って。教えて。お爺ちゃん。」
 老人は立ち止まり、男の子の頭の上にポンっと手を乗せ、こう言いました。
 「ははは。坊や。それはね、七蔵って、七つの蔵って漢字で書くだろう?もう書けるかい?いいかい?お爺ちゃんにも、坊やにも、お前のパパもママにも、世界中の誰にでも、心の中…分かるかい?心の中に、みんな七つの蔵を持っているんだよ。蔵っていうのはね、まぁウチでいえば物置きみたいなところさ。自転車だったり、パパの釣り道具だったり、それらがしまってあるところ。分かるだろう?それが、心の中にもあるんだな。その蔵の中身を七つ全部知る事ができれば、その人の人生はとても幸せで、明るく、楽しく、ほら、あの空の色みたいにきれいなものになるんだよ。」
 男の子はうんうんと、真剣にお爺さんの話を聞いています。お爺さんは続けます。
 「ただね、七つの蔵一つ一つには鍵が掛かっていて、それぞれの鍵を見つけないとその蔵は開かないんだ。その鍵はどこにあるのかって?ははは。それは自分で見つけるしかないのさ。これから坊やが大きくなって、わしのようなお爺さんになるまでに、どこかに鍵は落ちているはずさ。一日一日を大事に過ごすんだよ。坊や。わしはな、お前が必ず七つの鍵を探し出して、七つすべての蔵を開けてくれる事を願って、この名前をつけたのさ。」
 「お爺ちゃんは開けれたの?七つの蔵を。」
 「いいや。六つ目までは開けたんだが、七つ目の鍵が見つからなくてなぁ。」
 「お爺ちゃんでも見つけれなかった鍵を、僕が見つける事ってできるのかなぁ。」
 「はは。だからこの名前をつけたんだよ。さぁママが晩ご飯の支度をしてるぞ。急いで手伝いに行こう!」
 二人は急ぎ足で家への道を進みました。
 それから何十年か経ちました。
 坊やの名付け親のお爺さんも亡くなり、坊や自身も、その頃のお爺さんと同じくらいの年になっていました。
 「お休み。七蔵爺ちゃん。」
 「ああ。お休み。」
 孫におやすみのあいさつをしてベッドに入る、お爺さんになった坊や。
 彼はしばらく天井を見つめながらボーっとしていました。フと目線を変えると、目の先に、どこかの夕焼けのが描かれた風景画が掛かっています。見事なあかね色です。彼は、思い出したかのようにハッとしました。
 そうだ。昔、子供の頃、お爺さんとこんな空の下を散歩したっけ。名前の話をしたなぁ。ははは。お爺さんが言ってたっけ、七つ目の鍵が見つからないって。わしもそうなんだなぁ。六つは開ける事ができたんだが…。そうだ、今までの事を整理してみよう。七つ目の鍵のヒントがあるかもしれん。七蔵お爺さんは、目を閉じて、今まで開けた蔵の事を振り返りました。
 一つ目は、「友達の蔵」だ。友達というものはかけがえのないもので、楽しい話も友達に話せば倍になり、辛い話は逆に半分になる。時には家族以上の関係にもなる。お互いに必要としている大事な関係。それが友達。
 二つ目は、「希望の蔵」。希望は、人生の大きな壁はもちろん、ちょくちょく現れる小さな壁などに当たった時の突破力の源になる。希望が無ければ明日へのやる気もでないし、暗い誘いからの抵抗力も少ない。希望は大いなる未来への原動力なんだな。
 三つ目は、「情の蔵」さ。愛情、友情、人情、風情。いろいろな情があるけど、みんな大事で、人、物、あらゆるものを問わずに思いやりの心を持つ事で、自分の心がまごころで満たされる。すべては思いやりの気持ちを持つ事。自分から始める事。
 四つ目は、「ゆとりの蔵」。勉強、仕事。バリバリやるのはいいけど少しは一息いれて、小休止。頭や心の中がパンパンにつまってると、次に入ってくるはずのものが入らず、結局捨ててしまう事にもなる。ゆとりがあれば、頭や心の中を整理できて、大事なものでも流さずしまっておける。
 五つ目は、「健康の蔵」。どんな偉人、賢人でも不健康じゃあダメなのさ。健康であれば、当然、日々の行動、言動も健康なものになる。健康はいいアイディアをだす上で、重要不可欠なものさ。
 六つ目「愛」。人はやはり一人では生きられないんだな。かと言って、二人、三人いればいいかって、そうでもない。愛だよ愛。愛がなくちゃいけない。男同士、女同士も愛情がないとダメさ。犬や猫、インコだって同じ。花にもプラスチックにもね。男と女だったら、なおさら大事だけど、やっぱり一番は、二人で育てたその愛を子供に注いでやる事。子供にその愛を注入するんだよ。愛にはそこら辺じゃ売ってないエキスがたくさんはいってるからね。
 七つ目……何だろう。お爺さんも見つけれなかった七つ目の鍵。開けれなかった扉。うーん。何だろう。とりあえず分かるのは今まで開けた六つの扉の事だけ…。…しかし今こうして振り返ってみると、いままで開けた六つの蔵のお蔭で、どんなに幸せな生活を送れたんだろう。どんなに有意義な日々が過ごせたんだろ。大切な友達、苦しい時にも忘れなかった希望、いろんな場面で出会った情、正しい判断をする為のゆとり、いい考えをださせる健康、家族への愛。これだけでも十分なくらいだ。これらのおかげでいい思い出がいっぱい……、思い出がいっぱい…。あ!分かった!七つ目の蔵!
 七蔵お爺さんは、七つ目の鍵を見つけたのです。
 七つ目は「思い出の蔵」だ。どんなに裕福で、どんなに不自由ない生活を送ったところで、振り返ると思い出も何も無いなんて淋しいもんさ。思い出はその人の卒業文集みたいんなもんで、白紙の文集なんてあるかい?楽しかった事や面白かった事は勿論、苦しかった事、辛かった事で書き尽くされなければいけないんだよ。何も書けないなんて、何も書くことが無い思い出なんてダメなんだよ。お爺ちゃん、僕は分かったよ。開ける事ができたよ、七つ全部の蔵を。六つ開けた時点で、七つ目は自動的に開くようになってたのかも知れないね。とにかくありがとうお爺ちゃん。お蔭で僕はこんなにも幸せな生活が送れたよ。おやすみ。お爺ちゃん…。
 七蔵お爺さんは、そのまま満足そうに目を閉じたのでした。


  おわり







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