20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:若草物語 作者:Reddcherry

最終回   1

   若草物語

     1

 そもそもウチの先生は、すごくデキル人なんだな。どんな事件もタチドコロに解決しちゃうしね。しかも三メートルばかし離れたゴミ箱にもポイと紙くずを投げりゃあスコンと入っちゃうんだから。何でもさ、アメリカの何とかバード大学ってところを全生徒の三十五番以内の成績で卒業したらしいんだな。
 すごい。
 FBIから誘いを受けたみたいだけどさ、結局は日本でね、神社の片隅にあるベンチに腰かけて、足にハエを止まらせながらもハトにエサをやる事が忘れられないってんで断ったらしいんだ。それで日本に帰ってきてから、この探偵事務所をはじめたってワケなんだな。
 櫻井探偵事務所。
 僕はここで先生の助手をしてる森田六郎。先生からは「ロク」って呼ばれてるんだ。何かカッコいいだろう?「ナナ」だったらまるで女の子だぜ。結構自分でも気に入ってるんだな。「ロク」って呼ばれるのがさ。
 僕と先生は幼なじみで、僕からすりゃあ五つ年上の先生はアニキみたいなもんさ。あ、そうそう。小学生の頃にね、二人で百円づつおこづかい持ってさ、近くの駄菓子屋に行ったんだ。僕は適当に欲しい物をカゴに入れるだろ?でも適当っていってもさ、百円は超えないように考えて選んでたつもりさ。するとね、先生が来てさ、僕のカゴをチェックするんだな。それから人差し指を頭に当ててさ、目を閉じるんだ。そして一分後に
 「ロク!ガムはやめとけ。三円はみ出る。」
 って言うんだぜ。たかが一分だよ。その間にまだ子供だった先生は、消費税の計算までしてたんだ。すごいだろう?ちょっとした思い出さ。で、話を戻すけど、僕が高校を卒業してから、就職もしないでアルバイトしながらフラフラと生活してる時があったんだ。その日も接骨院のバイトが終わってさ、コンビニでハートチップルとマミー買ってさ、家に向かってたんだ。
 誰かが後ろからポンと僕の肩をたたくんだな。
 後ろ振り返るだろ?
 先生が立ってたんだな。
 「接骨院のバイト、今日までだろ?一週間前に院長さんに話してたもんね。まだ次のバイトは決まってないんだろ?とりあえずさ、ウチの事務所を手伝ってくれよ。」
 つって、いきなりこうだぜ。しかも何でそんな極秘情報を知ってるんだ?この人・・。
 でも、そんな細かい事は僕は気にしない方なんだな。モチロン、返事はオッケーさ。当然だろ?ちなみに、その後(交渉成立後)、二人で歩きながら帰ってる途中に先生がさ、
「ここ二週間ばかし尾けさしてもらってたよ。」
 だとさ・・・・。
 まぁ、そんなワケで、それからの僕は変わったね。毎日毎日先生の手足となって、テキパキとさ、自分で言うのもなんだけど、そりゃあうまくやってるんだな。僕もいつかは先生のような立派な探偵になってさ、世のため人のために活躍するヒーローになりたいね。
 いやぁ、言っちゃったよ。分かる?とにかく先生はすごい人なんだよ。言葉じゃ表現できない程にね。分かんないだろうな。ここに来てちょうど三年になる今日、改めて振り返って先生のスゴさを実感したんだな。こんな特別な日だから、今日はちょっと早起きして事務所の掃除をしてるんだ。窓もピカピカ、本棚もスッキリキッチリ。
 よしよし。
 えぇと、昨日までの浮気調査も片付いたしと、これで完璧だね。今日も気合入れて行こう!
先生がいれば怖いモンなんて無いさ!
僕と先生のコンビは、明智小五郎と小林少年みたいなもんだもの!
僕はすこぶる上機嫌で自分のデスクに腰掛けた。今日は一体どんな事件がくるんだろうか?もうワクワクしてくるんだな。
あ!そうだ!
僕は、鉛筆でも二、三本削っとこうかなと思って自分のデスクの鉛筆立てを見たんだ。線引きと割り箸しか無いじゃん。あれ?と思ってさ、引き出し開けようとしたその時、
 ジリリリーン!
 と、電話がなったんだ。
 「ハイ!こちら櫻井探偵事務所です。」
 と、僕は慣れた口調で電話を取った。
 「あ、ロク?おはよう。僕だけどさ。」
 「先生!おはようございます!」
 「あのさ、どうも盲腸らしいんだ。悪いけどしばらく入院する事になると思うからさ、後頼むよ。簡単な事だけ引き受けてくれりゃあいいかさ。難しそうだったらパスしていいよ。大丈夫。ロクならできるから。一週間くらいで復活できると思うから。よろしくね。じゃ!」
 ガチャ!ツーツーツー・・・・。
 頭の中にさ、
 受話器を握りっぱなしの僕からさ、
 カメラがゆっくりと引いていく映像がさ、
 浮かんだんだな・・・・。ホラ、ドラマとかでよくあるでしょ?
 静まり返る黒と白のツートンの壁に囲まれた事務所内。響き渡るヒョロ長い振り子時計のチクタクチクタクっつう音。天井のシーリングファンの淋しげな回転。事務所の前を自転車に乗ったオバチャンが、チリーンチリーンとベルを鳴らしながら通り過ぎて行く。
 そして僕は、静かに、ゆっくりと受話器を置いた。
 ・・・・・・。
 ガーン!
 僕一人で!?
 どうすんのさ!!?
 先生あっての僕だのに!!
 何もこんな日に一人にしないでも!!!
 いろんな思いで頭の中はそりゃもう大騒ぎ
さ。イカンイカン。落ち着け落ち着け。僕は、ミルクコーヒーをズズズと体の中に流し込んだ。
 フゥゥゥゥ・・・・・・。
 すると、アラ!不思議!少し落ち着いてきたんだな。まぁ、簡単な事だけでいいってワケだし・・・。でもさ、簡単な事ってどんな事?
 ・・・・。
 一週間か・・・。長いな・・・。
 あ!そうか!その間に仕事の依頼が無ければいいんだよ。はは!そうか!ははは!
 は、ははは!そうかそうか!
 ははははは!そうかぁ〜!
 僕は、キャスター付きのイスに座ったまま事務所の中を笑いながらグルグルと回ったんだな。
 ははは!そうか!そう・・・・、
 イスを止める。
 イスから立ち上がる。
 ネクタイを締め直す。
 右手でコブシをググッと握る。
 イカン!
 こんな考えしてちゃイカンよ!僕はポカポカポカっと自分の頭を叩いた。
 ・・・三年・・・。
ここで働いて三年!僕でも一人でデキルっ事を先生に見せてやるんだ!その為の試練でありチャンスなんだよ!今日から一週間は!僕はイスに座り直し、コロコロと自分のデスクに戻った。そして、再びミルクコーヒーをズズズと体の中に流し込んだのさ。
 フゥゥゥゥゥ・・・・・。
 と、コレも再び一息。
 よし!やろうぜ!やってやりまっせ!先生が盲腸って、ちょっと面白いけどさ、今日から一週間は僕に任せてよ!先生!僕は先生のデスクを見つめ、ソコに先生の姿を映し、コクッとうなづいた。やってやりますよって事なんだな。そして、電話が鳴るのが先か!依頼人が来るのが先か!僕は待ったね。
 そして、またしても静まり返る事務所。
 チクタクチクタクと時計の音だけが聞こえる。しかしさ、さっきまでワクワクしながら待ってた電話がね、恐怖の産物に見えるんだな。分かる?「恐」というパパと「怖」というママから生まれた子供だぜ。この電話は。
 チクタクチクタク。
 ・・・・・・・・。
 チクタクチクタク。
 ・・・・・・・・。
 ガバッ!僕は立ち上がった!
 花に水やってこよっと。」
 僕は象さんのジョーロに水を入れ、事務所の外にある花壇に向かった。
 「あ〜。いい天気だなぁ。」
 最近は、雲ひとつ無い空よりも、少しばかりある空の方が好きだな。よって今日は非常に良い天気。暑い夏も終わって、過ごしやすくなった秋の初め。いい季節だね。こんないい時期に盲腸なんてさ、やっぱり面白いや。ププッと吹き出しながら何気に向かいの通りを見ると、入居待ちだったテナントが決まったみたい。えぇと、何だろ?ってな事思いながら、僕は内ポケットからミニ双眼鏡を取り出して覗いた。
 花屋か!よし!
 花屋ってさ、カワイイ女の子が働いてるイメージが僕にはあるんだな。そしたら事務所の花は全部その店で買うようにしてさ、だんだんとそのカワイイ子と友達になってさ、いつしか恋人になったりしてさ!いやぁ、いいねぇ!
 象さんのジョーロから水がダラダラ流れ、自分の靴を濡らしながらも僕はニヤリと秋の心地よい空の下、つっ立ってたんだな。そして、事務所のドアを開け、中に戻った瞬間、
 ジリリリリーン!
 と、恐怖の産物が遂に口を開いたんだ。
 ジリリリリーン!
 いやぁ、ハートにヒビがはいったね。
 ジリリリリーン!
 象さんのジョーロ、床に落としちゃったっつうの。
 ジリリリリーン!
 オソルオソル近づいて行く。
 ジリリリリーン!
 間違い電話、間違い電話!
 「間違い電話でお願いします!!」
と、気合を入れつつ受話器を取る!
 ガチャ!
 「ハ、ハイ!櫻井探偵事務所ですけれども!!」
 声が裏返っちゃったぜ。過ごしやすい季節だのに額から汗がツゥ〜っと滴り落ちてるしさ。
 さぁ、お前はどっちだ!?
 間違い電話野郎か!!?
 それとも!!!?
 電話の人はこう言ったね。
 「あの〜。仕事を依頼したいんですけど。」

    2

 殺人事件ってさぁ、普通は警察に言うものだろう?何でウチに言ってくるの?まぁ、警察に言えない事情ってのがあるらしいんだけどね。それにしても。それにしてもだよ。数ある探偵事務所の中でウチを選ぶとはね。そう!先生のいないこんな時に限ってね!と、鏡に向かって話していた僕は、さらに続けたんだな。
だってさ、さっきの電話の人、
 「このままだと、あさっての夜に必ず殺人事件が起こります。それを阻止してほしいんです。」
 っていう内容の事を言うんだぜ。本当はこんな抽象的じゃなくて、もう少し細かい事言ってたけどね、もう僕は焦っててさ、この二事しか覚えてないんだな。まぁ、二、三時間したら詳しく説明する為にココに来るっつううからその時に聞けばいいやって思ってたしね。ああ!そうなんだ!今から来るんだよ!
二、三時間って言うけどさ、こういう場合はやっぱり二時間で来るっていうつもりで行動するのが常識だろう?えぇと、まず事務所は今朝ピカピカにしたから良しと。表の花壇の水やりも良しと。僕は事務所の中をグルグル
と腕組みしながら歩き回ったんだ。何かおかしいなぁ。何か足らないんだよ。何かが足りない・・・。ナニカガタリナイ!
 あ!
 僕は足をピタッと止めた。
 そうだ!僕の落ち着きが足りない!
それからね、深呼吸をしたり、ミルクコーヒーを飲んだり、顔をピシャピシャッと叩いてみたり、逆立ちして一人シリトリやってみたり、僕はとにかくいろいろやったんだな。で、ようやく落ち着いてきてさ、ふと時計を見たんだ。いやぁ、カップラーメンの三分の方が長いね。こういう場合の二時間よりはさ。もう約束の時間だよ。
フフフ・・・。でもね、そう言ってもさ、二時間でこっちは計算してるからさ、最低あと三十分は来ないでしょ?って思ってたらさ、
 コンコン!
 と、ドアをノックする音がきたのさ。マイったね、こりゃ。ピッタリ二時間だぜ。電話で二、三時間って言ってたじゃん。どう計算して二、三の「三」が出てきたんだよ!僕はプリプリしながらもネクタイをキュッと締め直してさ、ドアを開けたんだな。
と、どうだい。そこにはね、クルクルっと、いやボサボサっと・・・。まぁクルクルボサボサの髪型でさ、目なんか五百円玉くらいデカいんだな。その上、ツンとした鼻に口尻がキュッと上がった極上なマシュマロリップ。顔は僕の手のひらで隠れちゃうくらいさ。服装はさ、白いワンピースに赤いブーツですぜ。ホラ!アノ!昔の映画の!ホラホラ!何て言ったっけ?有名なヤツ!とにかくそれに出てた女優を連想させるカワイイ感じのヤツを着てるんだぜ!
 ズバリ!僕のタイプ!
 そう!その女の人が立ってたんだ。ドアを開けた所にさ。で、
 「あの、さっき電話した者ですけど。」
 と、こうさ。
 「あ、ハイ!浅井ルリ子さんですね?お待ちしておりました。私、森田六郎と申します。さぁ、どうぞこちらへ。」
 僕は振り向きざまに小さくガッツポーズしたんだな。もちろん彼女に見えないようにね。
 僕はまず、彼女をソファーに座らせて、ミルクコーヒーでもどうですか?って聞いたのさ。気が利いてるだろう?そしたら彼女さ、
 「シイタケ茶かコンブ茶あります?」
 ときたぜ。いやぁ・・・・
 ズバリ!僕のタイプ!センスいい!
 ははは。どっちも無いっつうの。シイタケもコンブもさ。僕は走ったね。お茶屋まで。五百メートル。フォームなんか陸上選手並だったな。
 五分ばかしで戻ってきてさ、よく見ると入り口のドア開いてるじゃん。
 「あ、ひょっとして、僕がいない間に誰か来ました?」
 って、ぼくはルリ子ちゃんに聞いたんだ。
そしたら彼女、
 「いえ、誰も来ませんよ。六郎さんがドアを開けっ放しで出て行ったきり・・・。」
 ほぉ・・・。そうだったのね。
 でもさ、ここで大変嬉しいことが二点ある。
 一、ルリ子ちゃんが軽くウケていた点
 二、ルリ子ちゃんが、僕の事を六郎さんと名前で呼んでくれた点
 いやぁ・・・いいわ。いい!うん!とてもいい感じ!ジェームス・ブラウンなら間違いなくここで
 「ア フィールグー!」
 なんつって言うんじゃない?まぁ、そんなこんなでさ、シイタケ茶を入れてさ、彼女の前にススっと置いてさ、小生もその向かいに座ったってワケ。いよいよ本題に入るためにね。・・・・でもね。ルリ子ちゃん、いちいち仕草がカワイイんだな。シイタケ茶を飲むときにさ、湯呑みを掴んだんだよ、ルリ子ちゃんが。たぶん熱かったんでしょうな。
 「アツッ!」
 って言って慌てて自分の耳たぶ触るんだよね。耳たぶをさぁ。このリアクションする人ってそうそういないぜ。しかも何故か両手で両耳なんス!それで、そのまま笑うんだな。笑い方なんかゴールディー・ホーンの若い頃の!アレよアレ!肩をすぼめて顔をクシャっとさせるヤツ!アレだぜ。アノ顔で笑うんだぜ。で、ちょっとコボしたってんで出したハンカチにさ、クマさんの刺繍がはいってんだよ。もうマイッちゃうね。コンボだよコンボ!カワイイ仕草のコンボ!略すとカワコンさ。いやはや神がかってるよね。
で、何だったっけ?あ、そうそう。これから本題に入りますぜ。

    3

 「何故こうなったかを話す前に、私の住んでいる所の事を説明しておきますね。」
 って、ルリ子ちゃんは、シイタケ茶をズズズっとやり、コトっと湯呑みを置いた後、話始めたんだ。
 櫻井探偵事務所があるこの町から、南北に延びる国道を南に向かう。僕がバイトしてた接骨院を通り過ぎ、カドに豆腐屋がある信号機を右に曲がる。しばらく道なりに真っ直ぐ進んで行くとY字にぶつかる。右に行くと怖いお化け屋敷で有名な「ストロベリーフィールズ」っていう遊園地。左に行くと港に辿り着くんだ。その港からでてる連絡船に乗って波に揺られる事三十分。「鈴木島」って島に到着するワケ。その鈴木島には五つ程村があって、ルリ子ちゃんは、その中の「山田村」に住んでるんだってさ。で、なんとルリ子ちゃん、山田村の村長の娘なんだって。つまりセレブだよな。いやぁ、どうりでキラキラして見えたワケだ。納得!納得!セレブ!セレブ!はははは!・・・って、そんなセレブ様にサンマなんて出していいのか?まぁいいだろ?ルリ子ちゃんが食いたいって言ったんだし。なんつって僕はサンマを焼きながら自問自答したのさ。え?一体この状況は何とした事かって?ははは。そうだろう、そうだろうよ。それはこうさ。ルリ子ちゃんが村長の娘だっつうトコまで話が進んだ時、僕さ、ウカツにもエア抜きしたくなってさ・・・。え?エア抜きって何かって?マイガー!知らない?屁だよ!屁!屁をしたくなったんだよ!
それでさ、
 「あ!話の途中でゴメン。茶菓子でも出すね。」
 なんつってさ、事務所の奥にある小さいキッチンに、茶菓子用意しに行くフリしてエア抜きしに行ったってワケ。左手で茶碗とかガチャガチャ音立てながらさ、右手でウチワ、尻の付近パタパタ仰いだんだな。仰ぎながらキッチンの影からソッと事務所覗くと、手塚治虫の「ブッダ」を黙々と読んでるルリ子ちゃんが見える。席を立つ前に渡しといたのさ。ナイスだろう?ジェントルメンだろう?そうしてる間にキッチン内の空気も安定してきてさ、ウチワしまったよ。さて、ココからが問題。だってさ、茶菓子なんて無いんだもん!しかも僕、その事分かってたし。でもさ、どうしてもエア抜きしたかったんでツイツイ・・・・。まぁ、そんな事で悩んでてもしょうがないし、とりあえず冷蔵庫開けてみたらさ、あったワケよ。サンマが。で、冗談でさ、ハハ、冗談で、だよ。
 「ゴメン。茶菓子無いみたい。サンマならあるけどね。サンマ食べるかい?」
 ってルリ子ちゃんに聞いてみたの。もちろん断るかと思ったし、その時はコンビニまで走るつもりだったさ。そしたらさ、
 「サンマ!?食べる!食べる!ハラワタ有でお願いします!」
 ブッダの本をポーンとさ、ポーンと二メートルばかし飛ばしてさ、ただでさえデカイ目をさらにデカくして、口はアラレちゃんの笑顔並に広げて、手はアレよ!アレ!キリスト教徒が祈ってる時の手。両手をこう、ガッチリとさ、指の間に指入れて・・・分かるだろう?そんでもってよ、そんでもってさ、飛び上がって喜んでんだな。
 いい!やっぱりいいわ!
 で、焼いてるワケね、秋の味覚サンマを。焼く前にサンマの水分をキッチンペーパーでしっかり取ってさ、酒を入れたトレイにサンマ入れて、そこに塩。イスの上から振ったね。さながら粉雪が舞い落ちるように。しばらくおいてから、いよいよ「焼き」だよ。表面をカリっとさせる為に先ず、裏側を五分。ひっくり返して四分。頑固オヤジも唸らせる手際の良さで残すところ、
 ハイ!三秒前!
 二!
 一!
 カーット!
 さてさて、このサンマちゃんをゆっくりと皿にのせ・・・おっとっと!半分ちぎれる!ははは。大丈夫大丈夫。ヨイショッとね、コレ。ハイ、皿にのせました。で、何だっけ?あぁ、大根おろしのせるっしょ?ややぁ!いいねぇ。
 やりました!森田六郎作、サンマの塩焼きの完成ッス!さぁ運びましょ。あ、待って。その前に顔チェック。ルリ子ちゃんに一番いい顔で届けたいからね。僕は冷蔵庫の横の柱に掛かってる鏡を覗きこんだ。
 ・・・・・。いい顔してらぁ。キリッとした眉毛、澄んだ目、愛嬌のある鼻と口。ア イヤー!アゴにサンマのパーツが張り付いてらぁ。きっと焼いてる時に付いたんだね。良かったぜ、顔チェックしてさ。しっかし、いくらサンマの塩焼きがプロ並に焼けたっつったってもさ、ははは、アゴにパーツ付けてたらカッコつかんよね。はははは。
 「何してんスか?」
 ゲゲェッ!ル、ルリ子ちゃん。いたの?
 「ブッダ四巻欲しいんですけど・・・。あの、鏡に向かって何してんですか?」
 「あ、どうも。へへへ・・・。コレ?この事?あ、コレはね、なんつうかな、ホラ、例えば夢の中で妖精に出会ったとするじゃん。場所は・・そうだな・・・、お花畑!あ、いやいや!ははは。ごめん。田んぼの真ん中にしよっか。そこでさ、まず老人がいてさ・・
あ!そうだ!サンマ!サンマが焼けたんだっけ!」
 「え!?出来た?サンマの塩焼き!やったぁ!」
 ・・・・・。
 ウマイ・・・僕・・・。カワすのうまいよ。ルリ子ちゃん戻ってったし。全然気付かず、しかも喜びながらさ。
 そんで、僕は無事、ルリ子ちゃんにサンマの塩焼きを届けたんだな。
 「みんなハラワタは苦いって言うけどね、私は甘く感じるんですよ。」
 ルリ子ちゃんは、秋の味覚サンマの塩焼き(森田六郎流)を幸せそうにほおばりながら言うのである。
 二人でサンマの塩焼きをツツきながら、この居酒屋っぽい雰囲気の中で、僕はルリ子ちゃんが(山田村)の村長の一人娘である事の続きから聞くことにしたんだな。
で、結局まとめるとこうなったのさ。
 ルリ子ちゃんの父親、つまり山田村の村長である浅井健三郎氏は困っていた。何故なら、(跡取り)が欲しいからである。あ、今、何だよ!そんな事かよ〜。どんな事かと思ったらさぁ、バッカじゃーん。って思った人もいると思うよ。実際僕も思ったしね。でも、それがさ、どうも複雑な話なんだな。山田村の村長ってのは、浅井家で代々受け継がれてきて、今年で十一代目だってさ。スゲーよね。
で、浅井家は子供は必ず一人。一人しか作らないんだとさ。で、今まで十一代続いた浅井家は、どういう訳か、男の子しか生まれなかったんだな。で、問題なく、その息子に村長という役職を引き継がせてきたってワケね。でも、現村長の浅井健三郎氏も、そのお父さんも、そのまたお父さんも、みんな考えてた事は一つ。そう!
 女の子が生まれたらどうしましょう!
 である。
 しかし、十代目山田村村長(浅井三平氏)までは、うまい具合に男の子が生まれてきたんだな。ま、女が生まれたらさ、そん時考えよっと。なんつう考えで今まできてたらしいね。もちろん、浅井健三郎氏もそうね。そりゃそうさ。そうなっちゃうよ。十一回子供が生まれてさ、全部男の子だよ。心の片隅には(もしかして・・・)っつう事考えてるけども、ま、最悪そん時考えりゃいいじゃんってな考えになるさ。僕だってそう思うもん。
 で、結局、生まれちゃったワケね・・・。女の子が。ルリ子ちゃんがさ。いやぁ、困った!困った!(山田村村長説明書)には、女の子が生まれた場合なんて事は書いてないしさ。村中集めてさ、どうする?どないしましょ?なんつって会議したらしいんだな。でも、その会議がさ、みんな久しぶりに集まったってんで、同窓会みたいな感じになっちゃってワイワイ昔話に盛り上がっちゃったらしいんだ。楽しい人達だよね。村の一大事なのにさ。
で、盛り上がりが落ち着いてきた頃、一人の村人が、思いついたように、
 「そんなら、養子もらえばいいじゃん」
 って言ったんだって。
 納得!この意見にその場にいた一同は納得したんだとさ。ちなみに僕もそう思ったよ。
 で、ルリ子ちゃんが二十歳の誕生日を迎えた日から、浅井家の養子、ルリ子ちゃんのダンナ、山田村十二代目村長探しが始まったってワケ。もちろんルリ子ちゃんの知らない所でね。
     
     4
 
 秀才で有名な煙草屋の息子の照井シゲル。お爺さんやお婆さん、子供達、誰にでも優しい、ペットショップ手伝いの町田正彦。ロシア人ハーフの二枚目、鈴木モルドフ和夫。明日の天気を六割の確率で当ててしまう、村一番の霊能力者、田原大作。などと、村のナイスガイ達の名前が次々と挙げられたらしいんだな。で、中でも圧倒的に指名されたのが、石松金太郎、二十七才。学力はソコソコだけど、スポーツに関しては抜群。特に格闘技。村のボクシングジムに通っていて、将来はプロのボクサーになるとかならないとか・・。とにかく腕っ節は最高で、学生時代はかなり暴れん坊だったらしいよ。そんなんで、村で石松金太郎に逆らうヤツなんて誰もいない。ケンカが強いから?そうそう。ま、それはモチロンだけどさ、なんつったって一番のポイントは顔。今までの実践で作り・・・直された顔。その上ボクシングジムによって更に鍛えられた顔。そんな顔を見て、村の人達は尊敬の意味も込めて、彼の事をこう呼んだんだんだな。
 ゴッツイ石松。
 この顔と遭遇したら、どんな猛者であろうとスミマセンスミマセンなんつって道を譲るんだってさ。しかも戦いになったところでゴッツイ石松は無敵。で、極めつけは、親が金持ち。いやぁ、ははは、すごいねこりゃ。んでもって、決まりでしょ?ね?みんな。っつう感じで決まっちゃったんだな。彼に。で、その翌日に浅井健三郎氏から、ルリ子、大事な話があるんだが・・・。って、跡取り候補決定の件が伝えられたってワケよ。
 いいじゃんいいじゃん。彼、ケンカも強いしさ、家は金持ちだしさ、いいじゃん!ゴッツイ石松?はは。良かったじゃん!ってココまで話を聞いた時点で僕はルリ子ちゃんに言ったんだな。するとルリ子ちゃん、悲しい顔してさ、
 「違うんです。良くないんですよ。良くないのよ!親達は知らないけど、彼・・・アノ野郎は最低なんです!」
 って言うんだな。
 ふんふん。ふん!え?うそ!あ、そう!へぇぇ。え!?げっ!うん、うん。ほぇ〜。って、僕はルリ子ちゃんに、彼女が悲しさと怒りを混ぜたような気持ちでそう言った訳を聞いて驚いたんだな。
 石松金太郎。ゴッツイ石松。確かに最低な男だ。なんつうかな・・・。ジメってる。性格がジメジメしてる。気に入らないヤツや、事に遭遇すると、ウラでコソコソとするタイプらしいんだな。ケンカが強いんだから正面から堂々とぶつかっていけばいいんだろうけど、好きなんだね、きっと・・・。ジメジメ攻撃が。だって、小学生が学級委員になりたいが為に、ライバルの子の家に調理前の豚ホルモン五百グラムをさ、毎週金曜日に差出人不明のまま送り付けるかい?学級委員決定までの間一ヶ月だぜ。中学生が、好きな子がバレンタインに自分にチョコをくれなかったっつって、下駄箱の中のその子の靴の中に生ガキつめるかい?知らずに足入れたらグチュッてなるんだぜ。高校生が、授業態度が悪いって自分に注意してきた先生にムカついて、その先生の車のタイヤを、四本ともパンクさせ、その上事前にこの日の為に自分で作ってきたトリガラスープ(大なべ一杯)を車の中にぶちまけるかい?これ、ニオイとれないよ。ま、ここら辺は大まかなヤツ、いわば氷山の一角ってヤツで、まだまだたくさんあるらしいけど、一つ一つ挙げるとキリがないんだって。故に被害者総数はなんと百人以上だってさ。被害者達はみんな、犯人の見当はついてるんだけど、訴えたところで、その後の仕返しが怖いってんで、結局みんな泣寝入りしちゃうらしいんだな。そりゃそうだよね。彼は精神的暴力も、肉体的暴力も得意なんだから。それがゴッツイ石松なんだからさ。
 「いっやー、さっきはゴメン。知らなかったとはいえノンキにあんな事言っちゃって。しっかし、とんでもないのを押し付けられたもんだね。」
 僕は、煙草に火を付けながらルリ子ちゃんに言った。
 「ええ、はい。たまんないッス。」
 ルリ子ちゃん、こう言いつつシイタケ茶を一口。そして続けて、
 「私、断ったんです。縁談。だって・・。だって、そうでしょう?分かりますよね?ゴッツイ石松ですよ?もし六郎さんが私の立場だったらそうするでしょ?あんなヤツの妻なんて、あんなのと一生過ごすなんて・・。絶対の絶対イヤ!」
 ドンッ!!
 ルリ子ちゃんは興奮のあまり、握った手を力いっぱいテーブルの上に振り下ろした。
 古かったんだねぇ・・・いやいや。そういや痛んでたわ。え?ああ、これこれ。テーブル。だってか弱い女の子がさ、ちょっとドツいたくらいで普通割れるかい?はは。そう、割れちゃったんだな。今。
 「ご、ごめんなさい!いやだ!私ったらホント・・・。」
 「いいよいいよ!気にしないで。もともとガタがきてたヤツだったからさ。これでやっと新しいの買えるってもんだよ。」
 テーブルチェンジ。シイタケ茶も用意。あ、僕もついでに飲んでみるかな。ウマイの?これ?ズズ・・。マズイ。やめるかな。そしてルリ子ちゃんの話は再開。
 「ゴッツイ石松のジメジメ攻撃は、やっぱりホルモン五百グラムから始まりました。しかも、キッパリと縁談を断った日の翌日からね。」
 ルリ子ちゃんは、頭に手をやり、うつむき、(私はマイっているのよ)という仕草をした。この後、ルリ子ちゃんの苦労話が続くんだけど、僕が要点を再びまとめてみました。
 ホルモンから始まったジメジメ攻撃は、タラの白子八百グラム、蟹の甲羅だけのやつ三匹分などと続き、時々、作戦のつもりかケーキ詰め合わせや、愛媛みかんダンボール一箱など、まともなモノも送りつけられてきた。
犯人が分かっているこのジメジメ攻撃に、ルリ子ちゃんは耐え続けたが、確実に精神はジワジワと崩されていった。彼女としては、このまま無視してれば、いつかはヤツも諦めるだろうと思ってたらしいんだな。が、あまりにシツコイ、ほんっとにシツッコイ攻撃に、自分が先に殲滅されてしまうと感じたルリ子ちゃんは、幼なじみで、よく一緒に散歩したり、神社でキャッチボールをしたり、焼き肉を食べたり、時には悩み事を相談したりする、中島国広という同い年の男の子に助けを求めた。今までのいきさつを中島に伝えると、彼はとても素晴らしい助けの言葉をくれたそうだ。でも感動しすぎて、言葉の内容は覚えてないんだってさ。これにより、殲滅寸前までいったルリ子ちゃんの精神は、見事に修復され、元通りになった事は確かであった。中島と別れた後、ルリ子ちゃんは、この幼なじみの存在をとても嬉しく思った。その夜は、久々に出た食欲から、天ぷらうどん三人前を平らげたそうだ。
 しかし、やられた。中島が襲撃されたのだ。
村一番のコエダメに落とされたそうだ。この知らせを受け、ビックリしたルリ子ちゃんは、中島の家に行こうとしたが、考えてみると、中島が襲われたのは、自分と仲良くしているのをヤツが知ったからで、このまま中島の家に行くとまた彼が襲われる。ルリ子ちゃんは、
悲悔しい気持ちで家に引き返した。すると、自分宛に一通の手紙が届いていた。
 「コレです、コレ。」
 と言って、ルリ子ちゃんはバッグから手紙を出し、僕に差し出した。
 赤い封筒。僕は中から手紙を取り出し、読んだんだな。
 (十五日の夜までに考え直せ。さもないと、次の犠牲者を出す事になる。今度は命の保障は無いぜ。)
 ワープロで書いてくるところが、無機質なというか、感情の無い、冷血な感じを与えてくれるね。
 「これって、やっぱりゴッツイ石松からだよね?十五日の夜・・・。今日が十三日だから・・。あ、そうか!これであさっての夜に殺人事件が起こるって・・・。」
 「そうなんです。」
 「でもさ、こうは書いてあっても流石に殺人って事無いんじゃないかな?これまでのやり口からするとさ。」
 「いいえ。ヤツ、暴走寸前なんです。ヤツは過去に二度暴走した事があるんですけど、その被害者二人とも、危うく殺されるところだったんですから。十人がかりでヤツを取り押さえて、ロープでグルグル巻いて、寝袋につめて、一晩放置したら暴走モードみたいなのが解けたらしく、何も覚えて無い状態になって・・・って、とにかく暴走してしまうと最悪なんです。しかも今回は村長の座もかかってるし。村の知り合いに相談しようにも、幼なじみの二の舞になってしまうだけだし。身内の事なんで警察にも言いにくくて・・。それで、探偵の方なら何かいい方法を見つけてくれるだろうって思ったんです。こういうの、マンガで読んだ事あるし。」
 ここでルリ子ちゃん、ゴールディ笑い。
 「そ、そうか・・。フンフン・・。あ、ちなみに探偵なんか他にあるのに何でウチを選んでくれたの?」
 「テキトーです。テキトー。タウンページをパラパラやって、一番最初に目に付いたんで。」
 ルリ子ちゃんは、シイタケ茶をズズッとやった。
 「あ、まだあるよ。シイタケ茶。」
 なんつって僕は立ち上がった。
 その時、
 ガチャ!
 入り口のドアが開いた。僕はドアに目をやって、ルリ子ちゃんは振り返ったんだな。
 「え?ヒロちゃん!」
 ルリ子ちゃんが立ち上がって叫んだ。
 「アレ?知り合い?」
 「さっき話しにでてきた幼なじみの中島国広君です。」
 ヒロちゃんと呼ばれた男は、開口一番こう言った。
 「み、水下さい!」

     5

 中島国広は激怒した。大好きなルリちゃんが結婚?しかも相手はあのゴッツイ石松だって?他の男ならまだしも、よりによってあんなヤツとは・・・。その夜、彼は枕をティアードロップスで濡らした。そして次の日、ルリ子が縁談を断ったという噂を耳にした。中島は大いに喜んだ。ご無沙汰してた先祖の墓参りに行った。枕も干した。そして次の日、ルリ子がゴッツイ石松からのジメジメ攻撃を受けているという噂を耳にした。中島は再び激怒した。
 「イカン!イカンよ!国広!このままでは!守らなくちゃ!ルリちゃんを!」
 勢いだった中島は、上着をオリャーと脱ぎ捨て、上半身裸で鏡の前に立った。そして、ヘコんだ。
 「僕には、僕にはヤツと対決する勇気も腕力も無い・・・。でも、このままじゃいけないんだよな。何とかしなくちゃ。で、でもなぁ・・・。」
 中島は自分の部屋でウロウロしながら考えた。何かいい方法はないかと。ウロウロしてるうち、本棚の角にガツンと足の小指だけをぶつけた。イデッ!つって屈むと、頭を再び本棚にガツンとぶつけた。本がバラバラと中島の上に落ちてきた。もはや中島、痛さと情けなさで泣きそうである。っていうか、ちょっと泣いた。落ちてきた本の中に、(シルバーアクセサリー)なんつう洒落た本があるのが目にはいった。ルリ子にシルバーアクセサリーを誕生日プレゼンツとしてプレゼントしようとして、勉強の為に買った本であった。
 「うぅ、ルリちゃん・・・。結局あげてないや。くそぅ・・。シルバーか・・。石のヤツでもいいなぁ・・。ダイヤ?はは。無理無理。・・・。ん?ダイヤ!?ダイヤモンドを磨くにはダイヤモンド。あ!毒をもって毒を制す!ハムラビ法典!ジメジメにはジメジメを!おぉ!」
 中島国広。覚醒。
 「そうかぁ!ジメジメだよ!これで僕はルリちゃんを守るんだ!ジメジメ防御で!よぉぉしゃあぁぁぁ!」
 中島は、ラオウが天に還るが如く、右手を高々と掲げた!
 「くにひろー。ご飯できたよー!」
 「ほーい!」
 中島は、スタスタと階下へ降りていった。
 ジメジメ防御、作戦開始。
 次の日中島は、緊張の面持ちで、五軒向こうのルリ子の家に向かった。そして周囲に怪しまれないように郵便受けを見る。アルアル!噂どおりだよ!そこには差出人不明の怪しげな小包が入っていた。デッデッ、デッデとミッションインポッシブルのテーマを頭の中に流し、ササッと小包を抱え込み、自分の家に帰った。開けてビックリ玉手箱ってな感じで、浦島太郎並みに中島はその小包の中身にウゲゲェッと驚愕した。小包の箱を破ると、中には卑猥な本の切り抜きでクチャクチャに包まれたモノがあった。その包みを開けてみると、そこにはブドウの皮と種。つまりブドウの食いカスがタンマリとあった。重さにして一キロ。何てヤツだ。これじゃあルリちゃんがマイッちゃうぜ。中島は、ビニール手袋を装着し、ブドウの食いカスの包まれた卑猥な本の切り抜きを箱から取り出し、ゴミ袋にいれ、月曜日の燃えるゴミの日に出した。そして、代わりに箱の中に、イチゴショートやチーズケーキなどを詰めて、怪しまれないように周囲に気を配りつつ、再びルリ子の家の郵便受けに戻した。中島は満足した。いいんじゃない?コレいいんじゃない?なんつって喜んだ。その後も、隙をみてはルリ子の家に届いている差出人不明の怪しげな小包を、ササッと自宅に持ち帰り、不吉な中身を排除し、お米券やら愛媛みかんやら明るいモノにすり替え、ルリ子の家に戻した。こうして、ジメジメ防御を開始して二週間ばかし過ぎた頃、中島の家にルリ子から電話があった。ルリ子の声は沈んでいて、相談があるので会って話したいという事だった。
 「ルリちゃん。かなりやられてるな。ジメジメ防御が効いてないのか?ま、とにかく会おう!」
 って中島は、待ち合わせ場所の、ルリ子とよく行く居酒屋に向かった。そこで中島は、ルリ子から今までのいきさつとその苦労を、ワーッと押し寄せる波のように告げられた。自分のジメジメ防御の事は伏せつつ、ルリ子を元気付けようと、中島はあーだこーだ言った。そのうち、自分で喋っている言葉に我ながら感心し始めた。ルリ子も同じように感心しているように見えたので、調子に乗った彼は、そのペースのまま続けたのだった。何を喋ったかって?ははは。覚えて無いっつうの。自分に酔っちゃって。興奮しちゃって感動しちゃってさ。でも、ルリちゃんを元気にさせた事は間違いないと思うね。ルリ子と別れた帰り道、中島はこう自問自答した。よし、明日からもジメジメ防御がんばるぜ!って飛び上がったその時、目の前に黒い大きな影が現れた。月の光が少しづつその正体を明かしていく。ゲゲッ!ゴ、ゴ、ゴッツイ石松!そう、中島の前に現れたのは、ヤツだった。
 「お前か、中島国広ってのはよ。」
 返事をするまでもなく、目の前に火花が飛び散り、気付くと村一番のコエダメの中にいた。どうやってコエダメから這い出し、家に帰ったかは覚えてないが、とにかく帰った。
 次の日布団の中で目覚め、こう思った。
 怖い・・・。ゴッツイ石松、やっぱり怖いよ。
 布団から出たくなかった。次の日、その次の日も彼は元気が出なかった。そのまた次の日の晩ご飯はカレーだった。それを見た彼は、コエダメが思い出されてゲンナリした。しかし、何とか二杯平らげ自分の部屋に戻った。そして、しばらくボーッとしていた。すると、
 いいのかい?
 という声が、かすかに聞こえたような気がした。回りを見わたすが誰もいない。気のせいかと、再びボーッとしかけたその時、
 いいのかい?そんなんでさ。
 と、今度は確かに聞こえた。慌てて声のした方を見た。彼がいた。中島は彼を知っていた。そう、彼は天使のクニちゃん。中島がピンチに陥った時に、たまに現れる。
 「いやぁ、クニちゃん。久しぶり!」
 ホントだね。君が財布を失くした時以来だね。
 「そうそう!そんな時もあったっけ。あの時はありがとう。結局財布はでてこなかったけどさ、クニちゃんに励まされたおかげで元気でたよ。ま、中身も千二百円しか入ってなかったしね。」
 いやいや。いいってばさ。それより、いいのかい?
 「え?」
 え?じゃないよ。ルリちゃんの事さ。君が助けてやらなくちゃ、彼女、潰されちゃうよ。
 「あ、あぁ。そうなんだ。分かってるよ。」
 いいや、分かってない!今の君はまるで・・・。アレ?まるで何て言おうとしたんだっけ・・・。
 「ははは。」
 ははは。ま、とにかく、いくらゴッツイ石松が怖いっつったって、このままじゃいけないよ。ムーブメンツを起こさにゃあかんて。いいかい?今、ルリちゃんが必要としてるのは、結果じゃなくて、アクションだよ。そりゃ、結果がうまく行けば最高だけどさ、今やるべき事は、進行形を彼女に与えるんだよ。分かる?守ったっつう事より、守っているっつう事が大事って事さ。
 「あ、そうか・・・。分かるよ・・・。僕分かる!分かったよクニちゃん!」
 分かってくれたかい?君は男だ。ルリちゃんは女。動け!ムーブメンツを起こせ!ラーラーラ、ラララーラー!」
 「あ!ヘイジュード?」
 ははは!ラララーラー!へーイクニヒロー。
 歌いなが天使のクニちゃんは消えていった。
 「ありがとう。ありがとう!クニちゃん!
僕、やるよ!やるったらやるよ!男だもの!オトコダモノーッ!」
 中島は、布団から飛び出した。
 再び、中島国広。覚醒。
 「ジメジメ攻撃?はは。もうやらないよ。正々堂々と正面からいってやるぜ。僕が守っているっていうのをルリちゃんに見てもらって、安心させてやるんだ。よし!僕のこの心意気、男らしく守りますっていう誓いを宣言しに、行こう!ルリちゃんの家に行こう!」
 そして次の日の朝、中島はルリ子の家に意気揚々と向かった。
 「アレ?」
 ルリ子の家のすぐそばまでやって来た中島は、玄関から出て行くルリ子を発見した。
 「よ、よし!今だ!はは。丁度よかったよ。・・・・。ま、待てよ。どこ行くんだろ?こんな朝から。う〜ん・・。よし!ここはあえて声をかけずに尾行しよう!」
 中島、結局ジメジメ防御。
 フンフン、船に乗って・・・。ハイ、降りました。え?タクシー!?ヤバッ!慌ててタクシーを捕まえる中島。
 「運転手さん。前のタクシーについてってよ。」
 ハイ!降りてと・・。ここから歩きか。へぇ、結構歩くね・・・あ!入った!建物に入りました!って、ここって、探偵事務所!?な、なして!?う〜ん。どうしよ。どうしよ。
入っちゃう?いやいや!入っちゃおっか?いやいや!
 中島、この場所で三時間躊躇する。
 「よ、よ〜し!行こう!」
 そして、彼は桜井探偵事務所のドアを開けたのだった。

     6

 六郎、ルリ子、中島の役者三人が揃った桜井探偵事務所。場所は再びココ。
 「つまり中島君は、ルリ子さんが心配で追ってきたと、ゆうこと?」
 顔立ちは良い方だが、全体的に華奢で、前髪が目の付近まで被さってるわ、なで肩だわ、色が白いわ、内股だわで、なんとも頼りなさそうな中島君に、僕は水を差し出しつつ聞いた。
 「そうなんです。あ、ありがとうございす。頂きます。んっんっんっんっ・・・・。」
 あまりの緊張に(ま)が抜けてんじゃん。しかも両手でコップ持ってるし。僕は中島君が水を飲みほすのを、こう思いながら待った。ルリ子ちゃんは?あ、ブッダ読んでる。中島君を見る。んっんっ・・・。まだ飲んでる。
チクタクチクタクチクタ・・・。
 チリーンチリーン・・・。
あ、オバチャン。なぁんだ、買い物行ってたのかぁ。そうかそうか、買い物かぁ。あ!今日火曜日だから駅前のアノ店!絶対そうだよ!あはっ!絶対アノ店の帰りだ!だって袋にやたら・・・。
「ぷはぁ!ごちそうさまです。ふぅ。」
 コトッとテーブルにコップを置きつつ中島君。
「ははは。こんな丁寧な飲み方する人もそういないね。」
 「え?」
 「あ、いいのいいの。ま、座って座って。」
 ルリ子ちゃんの隣に中島君が座り、僕は二人の正面に座った。
 「ヒロちゃん、わざわざ村から来てくれたんだ。でも、私、村の人達に迷惑がかからないようにってココに来たの。コチラが森田六郎さん。・・・。それで、その、特にヒロちゃん。ヒロちゃんには大変な思いをさせてしまって・・・。きっと大好物のカレーも食べる気しなかったでしょう?」
 ブッダにシオリを挟み、テーブルの上にそっと置いた後、ルリ子ちゃんは中島君の方を向き、彼の膝に手をあてこう言った。
 しかし慌てて中島君、
 「いやいや!いいんだよ!いーんだよ!あんなのねぇ、あの〜その〜、そうそうパック!泥パックと思えばさ、ホラなんかこう、浸かる前より肌が綺麗になったんじゃない?とかさ、なるし。それに、あ!カレー?ははは。カレーライスの事?いつもの通り四杯食ったよ。いやぁ、うまいよね!カレーはさ。一体誰が考えたんだろう?分かります?六郎さん?あ、違う違う!つうか何だっけ?あ、そうだ!僕はね、ルリちゃん!僕は男だ。だから・・・。」
 「よくないわよ!もう私、これ以上他の人を傷つけたくないの!そんなの見たくないのよ!このままじゃヤツは暴走するわ。きっと。この手紙見て。もう私たちで解決出来る問題じゃないのよ。」
 ルリ子ちゃんは例の手紙を中島君に渡した。
 「いいかい?中島君。ルリ子さんはね、中島君の事はもちろん、山田村全員の事を考えて僕のトコロに相談に来てくれたんだ。その手紙の内容すごいだろう?僕はまだ詳しくゴッツイ石松の事は知らないけどさ、君なら分かるよね。その恐ろしさが。」
 プルプルと小刻みに震えながら渡された手紙を読んでる中島君に、僕は言った。
 読み終えたらしく、中島君は手紙を折りたたみ、テーブルに置いた。そしてこう言った。
 「確かにこの手紙はグッとくるね。プンプンだよ、危険な香りがね。でも僕は、あの事件以来変わったんだ。今までの僕も間違ってなかったけど、更にそこに、パワーが加わった気がするんだ。進化した僕は、結果というよりも進行形という・・・。」
 「ま、今日のところはコレぐらいにしといて、うちに帰んなよ。僕は僕でベストな方法を考えるから。大丈夫。誰も失わないさ。あさってだね?朝一番で山田村に行くからね。」
 僕は、長くなりそうな中島君の意見を遮り、こう締めたんだな。
 「それじゃぁ、よろしくお願いします。六郎さん。サンマ美味しかったです。では、あさっての朝、港でお待ちしてますね。」
 ルリ子ちゃんが立ち上がって言った。
 「あ、お願いします。ありがとうございました。水。」
 つって中島君も立った。
 僕は二人を通りまで見送った。
 そして、事務所に戻ってきた。
 チクタクチクタク・・・・・。
 無言のまま、両コブシを握り締め、そのまま上に持ち上げる。ロッキーのポーズね。
いいわ。
 いいぜ。今んとこいいぜ。メモもテキトーに取ったし、手紙もあるし、山田村マップも書いてもらったし、さぁて、後は作戦会議だね。いやぁ、いいわ。いいじゃん。いけるいける。僕できるって!一人でもできるって!ははは!いい!
 なんつって、しばらく喜びの余韻に酔いしれた。その後、特に電話も無く来客も無かった。で、デビュー戦順調って事で冷蔵庫からワンカップを取り出し、鏡に向かって乾杯したんだ。で、三杯目かな?飲み干したトコでそのまま寝ちゃったんだな。
 翌日、ルリ子ちゃんからの電話で目が覚めた。
 「おはようございます。六郎さん。どうですか?作戦の方は?」
 「あ、はは。うんうん、いいよいいよ。なかなかいい感じに練れてるね。もう一スパイスが欲しいかな?なんてさ。ははは。」
 ウッソ。嘘ついちった。だって昨日浮かれポンチで飲み過ぎてそのままソファーでバタンだもの。でもそんな事言えるかい?プロだぜ?つくしかないっしょ〜。僕がこんな事考えてるとは知らず、ルリ子ちゃんは会話を続けた。
 「昨日は大変だったんですよ。夜、ヤツが暴れたらしくて。暴走まではいかなかったみたいですけど、ホント、もう寸前ですね。こういう個人的な事だったら、警察でもオッケーなんでガッチリ捕まえてもらいたいんですけど、ウチの村のお巡りさんって、みんな年寄りばっかなんですよね。ま、コチラはこんな感じです。とにかく明日の朝お待ちしてますね。」
 「了解。明日まではヘタに手は出してこないと思うけど、十分気を付けてよ。じゃ、僕は作戦の続きをやるとするよ。明日よろしくね。うん。じゃあね。」
 ガチャ・・・。受話器を置いた。
 そうだ。作戦練らないと。僕は、シャワーなんていいやってんで、サラッと顔を洗い、ボサボサの頭をセットし直し、ネクタイをキュッとやり、ミルクコーヒーを飲んだ。そして、歯を磨きながら、象さんのジョーロを持って、花壇に水をやりに行った。
 「コレ、何て花だろう?全体的にミドリ。葉っぱが二枚。はは。雑草と変わんないじゃん。でもこんな地味なヤツでも成長すると色鮮やかな花を咲かせるんだよな。すごいすごい。」
 外の空気をたくさん吸い込み、事務所に戻り、口をすすぎ、再びミルクコーヒーをズズズ。目は完全に覚めた。さて、やりますか。僕は自分のデスクに座り、メモ帳、マップ、そして手紙を広げ、作業を開始したんだな。
 いやぁ、練ったねぇ。考えたねぇ。ルリ子ちゃんと石松。果たしてどちらをベースに張り込むか?ルリ子ちゃんの家から石松の家までの距離、時間。調べたさ。石松に仲間はいるのか?いた場合はこう!いない場合はこう!二パターン準備。昼飯は何時にとるか?ルリ子ちゃんにケータイを持たせ、常に僕と連絡が取れるようにする。その際、僕は要所要所でルリ子ちゃんの緊張をほぐす意味で、面白い事を言わなくちゃいけない。その内容は?日没までは、二人を交互に監視するが、日没後はルリ子ちゃん重視にする・・・などなどね。完璧だよ。コレ。奇跡的に今日も電話、来客も無しときて、スイスイスラスラ進んじゃった。よし!本番は明日。頑張ろうぜ、六郎!お前ならやれる!ゴー!六郎!つって体力温存の為、僕は事務所を後にし、自宅でぐっすりと寝たんだな。

     7 

 殺人予告日当日。朝。
僕は、船で山田村のある鈴木島へ。
「ああぁ。」
口からすべり落ちるように言葉が漏れた。甲板で、海の風に吹かれ、アゴの肉をほぐされている犬のような顔をしていると、自然漏れたんだな。だってさ、気持ちいいんだもん。天気もいいし、鳥も泳いでるし。え?鳥が何で泳いでるかって?はは。比喩だよ、ヒユ。翼をバサバサやらず、大きく広げて飛行してる鳥は、飛んでるっつうより空を泳いでる風に見えるんだな。
 「ああぁ。」
あ、また漏れちゃった。ま、しいて言えばちょっと寒いんだけどね。あ、何か見えてきた。あれか!鈴木島。へぇ、けっこうデカイんだ。ぼやけて見えていた島も、船が近づくにつれ、だんだんハッキリとしてきた。
「この船は、間もなく鈴木島に到着します。お荷物のお忘れございませんようにお願いします。本日はご利用ありがとうございました。」
しゃがれたオッサンのアナウンス。出発の時もそうだったけど、船長か?この声。ハウリンウルフじゃん。そして、オッサンの言う通り、間もなく鈴木島に着いた。よっこらせって、僕は船から陸地に足をおろした。わぁ、何かいいじゃん。このノストラジックな雰囲気。のどかで、やさしい感じ。停泊する船、木造の待合室、ちょっとした店、とりあえず一台しか確認できない車、ニコニコしてる地元の人。これらを見ながら僕はこう思った。
 あ、でも今夜は・・・!
 って、僕は気分を無理矢理入れ替え、キリッとした表情で、そのままズンズン歩いていった。すると、やぁ、いたいた!ルリ子ちゃん・・・と、もう一人。アレ?中島君?おいおい、いいのかい?二人一緒にいて。
 「六郎さ〜ん!」
 ルリ子ちゃんが駆け寄ってきた。後から中島君も。
 「おはようございます。六郎さん。船はどうでした?」
 ルリ子ちゃんは息を弾ませながら言った。
 「おはよう。いやぁ、最高だったよ。いいもんだね、船は。それより、中島君大丈夫なの?もし石松に見つかったらマズイんじゃ。」
 「ははは。ヤッパリ正義は勝ちますね。六郎さん。」
 中島君は前髪をかき上げつつこう言った。
 「え?何?」
 頭の上に?マークがぺコーンつって立った僕に、ルリ子ちゃんが説明してくれた。
 「六郎さん!ヤツは逮捕されました!昨日の深夜、スナックでまた暴れたらしいんですけど、通りかかったお巡りさんに取り押さえられたんです。で、そのお巡りさんっていうのが昨日この村に赴任してきたばかりの人で、見た目は熱血警官って感じの人なんですけど、あはっ、ヤッパリ中身も熱血でした。しかも一人でヤツを押さえ込んだっていうし。すごいですよね。それで、これからですよ!その熱血お巡りさんが押さえ込んだ拍子にヤツのポケットから、なんと違法薬物の入った袋が落ちたんです。もうソッコー逮捕ですよ。で、いろいろ調べたところ、ヤツはボクシングの試合前にもその違法薬物を使ってたみたいなんです。とにかく、この一連の事を知ったヤツの親はカンカンに怒って、ヤツとは親子の縁を切ったそうです。さらに、この村には一歩でも入る事を禁止したそうなんですよ。つまり、永久島外追放って事です。今朝、ヤツのご両親がウチに来て、謝罪と共にこの事をすべて説明してくれました。」
 「そうかぁ、そうなんだぁ。ははは。よかったね!これでみんな平和に暮らせるって事じゃん!ハッピーエンドって事だよ!よかったね!よかったよかった!。」
 こうして三人は喜んだ。いいじゃんいいじゃん。で、その後、僕はルリ子ちゃんと中島君に案内されて、山田村を観光した。ルリ子ちゃんの家、中島君の実家の八百屋。二人がよく遊んだ神社、石松が最後に暴れたスナック、今では村のヒーローとなった熱血警官のいる交番。あ、いるいる。なるほど、熱血を絵に描いたようなお巡りさんだ。それから中島君が落とされた村一番のコエダメ。デ、デカイ。ココでは中島君が興奮気味に事件をリアルに再現してくれた。途中で演技に熱が入り過ぎ、再びコエダメに落ちそうになり、僕らを驚かせた。そして、山田村を満喫した後、二人に見送られ、ハウリンウルフの船に乗り込み村を後にした。
 あれから一週間。
 僕は成長した。一皮むけたって感じかな。電話や客にビビる事も無く、受けた仕事を上手くこなす事が出来るようになった。ま、小さい仕事だけどね。考えてみると、あの山田村の一件は、仕事という仕事じゃなかったけど、僕を進歩させる素材には十分なったんじゃないかって思うんだな。ホント、感謝感謝だよ。
 ジリリリーン!ガチャ!
 「ハイ!こちら櫻井探偵事務所です!ええ、はい、ええ、ええ。分かりました。はい、そうですね、ええ、では十一時頃に。はい、お待ちしております。それでは失礼します。」
 ガチャン。
 ズズズ。ミルクコーヒー。ふぅ。あ、そうだ。お花に水。僕は立ち上がり、象さんのジョーロを持って表に出た。ポストに郵便物があるのに気付く。やぁ、ルリ子ちゃんからだよ!僕は水をやり終え、手紙を持って事務所に戻り、自分のデスクで読んだ。え?結婚?たはっ!中島君とかぁ!うん、いい夫婦になりそうだ。ははは。アレ?って事は、中島君が、何代目だっけ?山田村の村長かぁ。へぇぇ。」
 パサッて、何か落ちた。
 写真。ルリ子ちゃんと中島君が幸せそうに二人で並んでる写真。僕は思わずニヤついた。よかったなぁ。ハッピーエンドで。あ、そうだ。確か・・・。つって僕は、デスクの引き出しをガラッと開け、ガサガサやった。あったあった!前にどっかの店で衝動買いした、銀で出来たシンプルなデザインの写真立て。コレに入れて飾ろう!僕はさっそく写真をセットし、デスクに置いた。フフン。僕の記念すべきデビュー戦の思い出。あぁ、それにしてもルリ子ちゃん、カワイイなぁ。
 その時、ドアがガチャッと開いた。
 そして、なつかしい声が事務所に響く。
 「おはよう。ロク。」
 「おはようございます!先生!」
 つって僕。

             おわり


■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 392