脳天気、友和
さて、飛昇天黒布(ひしょうてんこくふ)の術であるのだが、精一杯、頑張って飛んではいたが所詮、竹製の人力ぷろぺらは、気休めのような物。 設計者の友和にしてからが、 「やったあ! 浮かんだ浮かんだ」 と、喜んでいるだけの、あたりまえの話だが、飛んでるだけでも奇跡的な代物であった。 何処へ行くのか風まかせ。 やがて、強風に煽られた末に、次第に高度を下げ、伊賀へ向うどころじゃない。 結局、洛外の村はずれに、不時着してしまった。 すでにこのあたりは、明智の兵で満ち満ちていた。 兵共のかがり火が、そこかしこに見えるのだ。 どうやら近郷に展開している一万余の、明智勢の真っ只中に降りてしまったようだ。 「信長を捕えた事こそ、我らが念願成就(ねんがんじょうじゅ)。摩利支天(まりしてん)様のご加護(かご)あったればこそじゃ」 こう言って百々太夫(ももだゆう)は、信長と蘭丸を縛り上げ、長櫃(ながびつ)の中に隠し、闇に紛れて、出発点である真鍋屋敷へ戻ってきた。
一方、真鍋屋敷に留まっている友和は、一層、桔梗(ききょう)とねんごろになって、濁り酒をかっくらっては、朝な夕なに桔梗を抱き、その都度、 「おタネを、おタネを」 とせがまれ、 その度に、 ──☆特異点出現! とか、──☆パラドックス警報! とか、訳の分からない言葉が、頭の中で鳴り響いていた。
此処は真鍋屋敷の地下室である。 この屋敷は、からくりだらけの忍者屋敷であった。 百々太夫が紹介する。 「江守様、この御仁(ごじん)こそが本邦(ほんぽう)一の極悪人。魔王にして仏敵(ぶってき)の、織田信長殿じゃ」 不敵な面構えの信長は、周りの忍者共の憎悪の視線など、いっこうに気にかからない様子である。 「痛み入る。拙者が信長じゃ。そちは何者じゃ?」 元来がミーハーな男である友和は大喜びだ。 「うわーっ。ホントかよー。本物の信長? 凄いな。写真一緒に撮らなくっちゃな。携帯、携帯と。まずはツーショットでしょう。小鹿、ここを押すんだ」 小鹿に携帯を持たせて友和は、信長の肩に手を乗せて、歯を剥き出しにしてポーズを取る。 「無礼者! 天下様から手を離さっしゃい」 と森蘭丸が叫ぶ。 「あんたが、もしかして森蘭丸? とにかくツーショットだ。蘭丸さん邪魔しないでくれ。小鹿、たのむ」 フラッシュが光る。 「さあ集合写真だ。小鹿またたのむよ。(保存)にしてと。さあ、信長、百々太夫と、桔梗に沙織(さおり)。おい蘭丸、ちゃんと前見て。あ、そうだっ石川五右衛門。あんたの写真は貴重品になる。前に出て、しゃがんで、はい釜ゆでのポーズ! 後ろに忍者たち、並んで並んで。ハイ! ポーズ」 フラッシュが光る。 「さあ小鹿も撮ろうな。よーし可愛いよ。ハイ、ポーズ」 一同、呆気にとられているばかり。
その後、携帯の保存画面を見て、目を細める百々太夫と信長である。 「見事な物でござるな。じゃが、ちと小そうござるな」 と百々太夫である。 「あははは、百々ちゃん、延ばせるんだよ。なんぼでも大きく」 昼酒をかっくらいながら、桔梗と桃色ごっこを繰り広げていた無礼者の友和である。 すっかり酔っ払っているのだ。 「おぬしが空中船を造った御仁じゃな?」 「ご明察。ああ、それにしても、せっかく来たんだもんな、見たかったな安土城。残念だよ。あんたのバカ息子が、逃げる途中で火をつけて、もうすぐ灰になるんだ」 さっと信長の顔色が変わった。 「な、なんと、安土城が……いかさま信雄(のぶかつ)であろう。くそっ、た〜わけめ〜! 無念千万じゃ。くっくっくっくっ」 悔しさにわなわな震えているではないか。 「殿、おいたわしや」 蘭丸が抱き付き、もらい泣きする。 「人は愛さぬが城を愛す。ふっ、いかにも信長じゃな」 と百々太夫は首をすくめた。
音羽(おとわ)の城戸(じょうこ)と影丸が、にわかに現れた。 二人とも、満身創痍(まんしんそうい)の体(てい)である。 「明智の者が嗅ぎ付けてござる! 甲賀衆と水破(すっぱ)もおる! 多勢に無勢じゃ! 頭領、はよう抜け穴よりいでませい。追手は我らが引き受けまする」 伊賀の手練(てだれ)共がしんがりを買って出て、すぐさま助太刀(すけだち)に向かう。 かっ、かっ、かっ、かっ(手裏剣の刺さる音) ドムッ! キンキン! ぶしゅ! どしゅ! 「……!」(忍者は、けっして声を洩らさない) 階上で繰り広げられる峻烈な忍者戦の音を聞きながら、百々太夫は抜け穴への、どんでん返しを開く。 ギイイイイ。 「ささ、まずは江守様、少々狭いがご辛抱めされ。徳利なんぞは置いて行きなされ。桔梗、ちょこれい糖を忘れるな!」 「兄上ったら」 一人また一人、抜け穴へ入って行く。 穴はだんだん狭くなり、先頭の友和は、蜘蛛の巣を被りながら、四つん這いになって進む。
ズダダンドド〜ン! 地下室の吊り天井の落ちる音を後に、総勢、長い抜け穴より這い出すと、ある神社の裏手であった。 「ああ、いい空気じゃ。ほっとするの」 信長は鼻の下が真っ黒になっている。 「それ!」 号令一下現れた。 明智の兵の槍ぶすまに、ぐるり囲まれてしまった。 更にその回りは鉄砲隊である。 あっという間の出来事であった。 そして、明智光秀が現れた。 「上様、……いやさ。外道信長! よくぞ本能寺より逃げおおせたものよ。じゃが外道の悪運もこれまでじゃ」 精一杯、反り返っているのだが、その貫禄は、信長には遠く及ばない。 「なんじゃキンカ頭。柄にも無く天下が欲しゅうなったか? 身の程知らずの痴れ者め」 「ああ欲しいとも。わしが外道より天下を奪いしは、由緒正しき日の本の国を、正しき道に戻す為よ」 明智光秀は、とっても真面目な感じのオジサンであった。 「あ〜あ、どこぞのキンダチにでも乗せられおったのじゃろ。お前のような奴を、まことのド・ア・ホと申す。こりゃキンカ頭。お前の友がらの細川や筒井は、馳せ参じてはいまい。どうじゃ図星であろう。ドアホに命運を預ける笑止な大名はおらんのじゃ! いつもながら、詰めが甘いの。トロ臭えキンカ頭よ」 光秀はゆでだこみたいに真っ赤になった。 「おのれ〜! キンカ頭キンカ頭と、人も無げな言いざま、くそ、くそ、くそ。積年の恨み思い知れ! 鉄砲よこせ!」 鉄砲足軽から一丁ふんだくると同時に放った。 ドンッッチッ。 信長は、もんどり打って倒れた。 「おのれ光秀ー!」 蘭丸が脇差を抜刀して切りかかる。 「次よこせっ」 ドンッッ。 蘭丸もすっ飛んだ。 流石は鉄砲師範の明智光秀。 一発必中。一撃必殺なのである。 だが、これを見て、伊賀者達は激怒したのだ。 「おのれせっかくの信長を」 「楽に死なせおって」 「確かに詰めが甘いわい」 「トロ臭えキンカ頭とはまことよの」 「一寸刻みに切り刻んでやれたものを」 「わしゃ、全身の生皮をひん剥いて、塩ふってやるつもりじゃった」 「トロ火でジワジワ、あぶり殺してやりたかったのう」 「爪を剥がして、指を切った後で手足を切り落し、歯を全部引っこ抜いてから、こえだめにほうり込んでやるつもりじゃった」 遠のく意識の中で、ほっとする信長であった。 (さても、まっこと禍禍しき奴ばらよ。忍者程厭わしき者、この世にあろうか) 光秀も怒った。 「わしの事を悪しざまに言う奴は許さん。皆殺しじゃ。鉄砲隊、構え!」
──☆パラドックス警報。パラドックス警報。パラドックス警報。パラドックス警報。
またしても友和の頭の中で、鳴り響く意味不明な言葉。 しかも今度は、その友和の携帯も鳴った。 着メロは「森のくまさん」である。 光秀も明智の兵共も、呆気にとられて見守る中、友和は電話に出た。 「江守ですけど」 「友和さん、わ・た・し・……わかる?」 「わかった。モンローの久美ちゃんだろ!」 「戦国時代に居るくせに、なんで二十一世紀の東京から電話が来たって思えるの? あなた本当に脳天気ね!」 「じゃあ誰だよ、名を名乗れ。こっちは今、殺されるとこで忙しいんだ」 「aタイプって言ったら、思い出す?」 「え? あの『二十分間の世界』で出会った、マヌコロンのaタイプなのか?」 「そうよ。チンコロンの友和さん。お久しぶり」 「aタイプ! 今、鉄砲隊に殺されそうなんだ! 助けてくれー」 「OK。安心して」 はっと我に返った光秀が叫ぶ。 「皆殺しだっ! 放てー」 ズババババーーンンン。 「死ぬ! もう死んだ、絶対死んだ筈だ。あれ? まだ生きてるぞ? 不思議だ」 鉛玉はSF映画のように、空中に静止していた。 やがてパラパラと地面に落ちる。 そして、凄い轟(とどろ)きと共に、一天俄(いってんにわ)かに掻(か)き曇り、群雲(むらくも)の中から強烈なオレンジの光の塊(かたまり)が現れたのだ。
〜ドンドロドンドロドンドロドンドロ〜
時空艦、フェロモン号であった。 空を覆う巨大艦の出現に 驚き、いななく軍馬。 仰ぎ見て慌てふためく、雑兵共。 馬乗り身分の武士共の怒号が響く。 砂塵が舞う。 泡を食った明智軍団は、我先にと遁走して行く。 おろおろと取り残された光秀の、くびねっこをひっつかみ、馬上に引っ張り上げ、手綱さばきも見事に、パカランパカランと逃げ去ったのが、馬上湖水渡(ばじょうこすいわた)りで有名な、明智左馬之介光春(さまのすけみつはる)であった。 (光春は俗伝であり、秀満が正しいとの事なのだが、やはりここは、左馬之介光春でなくっちゃね) 百々太夫が叫ぶ。 「これぞまさしく、摩利支天(まりしてん)様の御技(みわざ)じゃ。日頃の信心の賜物(たまもの)。皆の者、やはりご加護(かご)はあったのじゃ!」 喜びに沸く伊賀忍者達は、勝鬨(かちどき)をあげた。 「えい、えい、おー」
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