エステボー・メロス
夜になった。 伊賀者の陣屋から、程近い、合戦前夜の丘の上には、老婆が一人立っている。 ──ああ。あたい程、いい女だったくノ一が、このまま朽ち果ててよいものか! 必ずや『お宝星』へ行ってやる! 摩利支天(まりしてん)様、我が願い叶えたまえ! 星空に向って九字(くじ)を切る。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! きえーい!」 夜のしじまを切り裂く激しい気合である。 柘植(つげ)のおババであった。
そんな次第の折りも折り、一人のエステボーが、合戦を前にして、早くも投降してきたのである。 勿論これは、エステボー・ヨシユキの謀略に決まっている。 この男、名をメロスと言って、ヨシユキの腹心の一人であり、密命を帯びていた。 メロスは元々、フェロモン号の船医、きなこ大佐の実弟なのだ。 しかし、245ヶ星系の世界では、実弟であれ何であれ、男性種は、きなこの家のチンコロン(隷属愛玩種)でしかない。 きなこへの思慕、忘れ難く、むさくるしいエステボーの陣中から、隙を見て脱走してきた。 という筋書きであった。 ヨシユキはこう言った。 「いいかメロス。フェロモン号のクルー達に一服盛ってだな、合戦の最中だけでも戦闘不能にするんだ。そうなれば、エステボーの火器に対抗手段のない秀吉軍なんか、蜘蛛の子散らして逃げるに決まってる。これで明智光秀の天下となる。な。その後で、悠々フェロモン号のクルーをひっくくって、男尊女卑星系へ飛んで、ユータロと取引しようと思う。女共は、ステッペン・ウルフ(エステボー・ヨシユキの旗艦)の船内で、たっぷり愉しむとしようぜ」 こんな悪辣な作戦であった。
「まあメロス。あなたは自由と冒険を求めて、ウチから逃げ出したんじゃなかったの? 大学だってお母さんが、行かせてあげるって言ったのに。(父親は勿論、チンコロンでしかない)どうせ大学出たってチンコロンはチンコロンだって言って、出て行ったんじゃないの」 と船医のきなこ。 「姉上。いや、きなこ様。許して下さい。理想と現実は違ってたんです。やっぱりエステボーは、単なる宙賊でした。実際には、ロマンもヘチマも、理想もクソもないんです。あ、ごめんなさい。汚い言葉を使ってしまった」 と、メロスは、ひざまずき涙を流している。 「そうね。改心したって言うんなら、わたくし的には、許してあげてもよくってよ」 と、腕組みをしながら、きなこ大佐は言う。 「ちょっと待って! きなこ。簡単に許しちゃダメよ!」 と宙行士のマグダレナ中佐が言った。 「なんとなく怪しいわ。時期が時期だもんね」 と、戦闘機パイロットのaタイプ中尉。 「警備隊長のイルゼ少佐に任せましょ。嘘発見器にかけてもらえば一目瞭然よ」 と、コック長のクララ中尉。 「あらだめよ。イルゼは、濁り酒に酔っ払って眠ってるわ」 と陸戦隊長のジェーン大尉。 「それにゆうべは若ざむらいと、むふふふふ。お楽しみ」 と、戦闘機パイロットのフジコ少尉。 「ほら。嘘発見器。持ってきたわよ。私達でやりましょ」 と、工兵隊長のチェジウ大尉が言った。
こうしてメロスは身体中に電極を繋がれて、嘘発見器を使った尋問を受ける事になったのだが、女性将校達は『尋問要項』の存在を知らなかった。 本来ならば、隷属愛玩種チンコロンの制度を有する、完全女権社会に対する叛逆心を見抜く為の、この『尋問要項』なのだが、素人である彼女達は、ただいたずらに「踏み絵」の如く、憎きエステボーのボス、ヨシユキに対する忠誠心を試すような尋問を行った。
「エステボー・ヨシユキって、本当は低脳なんですって?」 「ハイ。あまり賢い人じゃありませんね」 「じゃ、やっぱり馬鹿なのね?」 「ハイ。そういう事になります。ハイ」 「ヨシユキってインポなんですって?」 「ハイ。若い頃はそーとー悩んだみたいです」 「今でもそうなの?」 「ハイ。今は薬の力で、なんとか」 「笑っちゃうわね。……笑いなさい」 「ハイ。アッハハハハハ」 「なるほど。嘘はないわね。禿げ野朗って言いなさい!」 「ハイ。ハゲヤロー!」 「じゃ、薄っ禿げ野朗!」 「ハイ。ウスッパゲヤロー」 「ホント。あなた忠誠心、全然ないみたいね」 「でしょ。でしょ」 「自分で思った通りに、悪口言ってみて」 「じゃ。エステボーヨシユキの変態ヤロー! 短小のクソヤロー! お前の時代はもうすぐ終る。ジジイ早く引退しろ!」 「微動だにしないわ。OK。忠誠心0よ。疑いは晴れたわ。やっぱり、チンコロンの方がいいのね?」 「ハイ。当然です」 と、この時、嘘発見器の針が、ぐぐっと動いたのだが、安心しきった女達は、誰も見ていなかった。
(へへへ。すまねえなあ、ボス。忠誠心0とはな。も少しあるんじゃないかと思ってたけど。笑っちゃうよな。まあ、見てな。このマヌコロンども、みんな俺様がかっさらって、ユータロに高く売りつけてやるぜ。エステボーはみんな、金と女が欲しいからな。いずれ俺様の元へ駆せ参じるって寸法よ。そうだ。いよいよエステボー・メロス様の時代が始まるぜ)
という次第でメロスは、陣中での行動の自由を得た。 謀略が始まるのだが、なかなかチャンスが無い。 しかも、フェロモン号クルーの腕時計には、高性能ポイズン・センサーその他、もろもろのライフ・ガード・センサーが内蔵されている為、メロスの用意してきたケミカル・ポイズンには、どうしても反応してしまう。 刻一刻と時間は流れ、メロスは焦っていた。 (ヤバイぜ。合戦が始まっちまったら、どうにもならん。そんときゃ俺は、チンコロロンに戻るしか無いって事だよな)
ところで、この謀略の匂いに、ベテランくノ一が、気付かぬ筈がない。 木立の上から、柘植(つげ)のおババが囁きかける。 「きっしっしっしっし。メロス殿、お困りじゃの?」 流石は女忍者である。 歳を取っても抜群に身が軽い。 メロスは驚いた。 「げっ、お前は、おババ! ……何か用があるのか?」 「きっしっしっしっし。毒じゃろ? 毒。しびしびっと、一服盛ってやるんじゃろ?」 「げげっ! どうして、その事を……」 「じゃの道は蛇さ。あたいがやってやろうか?」 「何が望みだ!」 「あいな。お前様達も、ふぇろもん号の女共のように、『宝船』に乗ってきたのじゃろ? その船に、あたいも乗せてっとくれ。そして、『お宝星』へ連れてっとくれ」 「なんだ、そんな事か。いいか? 合戦に参加できないように。しかも、殺しちゃいかん。解るか?」 「任しとけ。丁度ええ毒があるんじゃ」 「よし。特別に教えてやろう。俺達の時空船は、琵琶湖の湖中に隠してあるんだ。成功したら、乗せてってやるぜ」 「メロスよ。『お宝星』の約束、たがえるでないぞ!」 木立の上で、ふっと消えた。 もしかして、落っこちたのかもしれないが、とにかく。 消えた。
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