伊賀
「右府様よくぞご無事で。拙者、狐につままれたる心地でござる」 と、徳川家康は、どんぐりまなこを瞬かせている。 「狸の貴殿が狐にの。これは愉快な事じゃ」 と、織田信長は、不敵さがだいぶ抜け落ちて、好感度が上がった感じだ。
『本能寺の変』の報せを、出先の堺で受けた徳川家康は、急ぎ本国へ帰るべく、伊賀越えの途中であった。 伊賀忍者、百地百々太夫(ももち・ももだゆう)の計らいで、伊賀百地の隠れ屋敷にて、織田信長と対面していた。
宙賊エステボーより身を隠す為に、総勢三十五名のフェロモン号クルーも、蘇生した織田信長に森蘭丸、そして江守友和とともに、この隠れ屋敷に身を寄せていた。 織田信長にとっては、いよいよ仇の本拠地に入った事になる。 明智光秀の放った鉄砲の弾丸で、一度は皆の前で死んだ身体なのだが、その程度の事でチャラにはならない事は、百も承知していた。 復讐に燃える伊賀者達の視線を、痛いほどに感じる。 だが、『人間五十年』が信条の信長も、何故だか、再び死ぬのは嫌になっていた。 フェロモン号なんぞを見てしまったせいで、カルチャーショックを受けたからであろう。 「のう蘭丸。人間一度死ぬと、かえって命が惜しゅうなるのう。不思議なもんだでや」 「上様、一度死んだ人間じゃにゃあ、この気持ちは解らんなも」 などと、二人で言い合っている。 「きびし〜! このあたりで勘弁してちょーよ」 などと、柄にも無くおどけて見せても、白々とした冷たい反応が返ってくるばかり。 まあ、それが当たり前である。 「地獄の閻魔様が、もう一度生き返って、死ぬより辛い生き様を繰り広げて、罪の償いをしろ。と、おっしゃったのだ」 と言う友和のとりなしで、伊賀者達はやっと、落ち着きを取り戻した。 役行者(えんのぎょうじゃ)をルーツとする伊賀忍者は、皆、信心深いのである。
危険な逃避行の緊張から開放され、やっと血の気の戻った家康が言った。 「右府様、いっそ一緒に三河に参られては如何でござる? 急ぎ兵を取りまとめ、取って返して、憎き明智のやつばらを、成敗してくれましょうぞ」 と家康はこぶしを握り締める。 「いやいやそれには及ぶまい。のう蘭丸、徳川殿に申し述べよ」 と信長は、いたってのんびりした様子である。 「はっ、実は、あれなる、霊験あらたかなる江守友和殿の言によりますと、明智光秀めにおきましては、羽柴筑前殿によって近々、山崎の地にて大敗を喫しまして、落武者狩りの土民の竹槍にて、あい果てる定めでござるとか」 と蘭丸。 「何と羽柴殿が? されど羽柴勢は今まさに、毛利と大いくさの、真っただなかではござらんか?」 と家康。 「しからば後の世では、これを『中国大返し』と呼び、おおいに褒めそやすとの事でござる」 と蘭丸。 「うーむ、はしっこき奴! ……いや、あっぱれなお方と申すべきかのう」 と渋い顔の家康。 信長が、コトミ艦長を、ちらちらと見ながら言った。 「徳川殿、わしも猿の顔が見とうなった故、山崎へでも参ろうかと思うのだが、……構わぬかの? コトミ殿」 パラライザー(麻痺銃)の手入れをしながら、うなずくコトミ艦長なのだが、なんとなく顔が赤い。 濁り酒が、すっかり気に入ってしまって、ちびちびと舐めているのだった。 相手をしているフェロモン号船医の、きなこ大佐は、自前のワイングラスを真っ白にして、やはり濁り酒が気に入っっている様子だ。 台所では、aタイプが、たくあんをポリポリかじっている。 美女揃いのフェロモン号クルー達は、野戦服姿の為、いつものキワドイ、バンピレラのような露出はないものの、屋敷の中を、モデルのように恰好よく歩き回っている。 外へも出て行く。 美女クルー達は伊賀の里の中を、あちこちと歩き回っているのだ。 伊賀の里はまさに、花盛りとなった。 眩しげに眺めながら徳川家康が言った。 「右府様、拙者も同道しとうござる。いやいや、美女を追いかけたい事も正直、ありますが。たまらん。まっこと艶やかじゃのう」 「三河様、よだれが」 と蘭丸。 「くっくっくっくっく」 と信長が笑う。 よだれを拭いてから、顎を引き締め、家康が言った。 「山崎の地にて羽柴勢のお手並み拝見。うん、合戦見物も、また一興かと存じまする」 その時、徳川の家来になっている伊賀忍者、服部半蔵が明智光秀の探索から帰って来た。 「半蔵構わぬ、皆様の前にて述べよ。皆、苦境を共にする、お味方じゃ」 「しからば御免。明智の本陣にては、摩訶不思議なる風体の男共が、奇怪なる乗り物を乗り回し、その者共の大将とおぼしき者、明智光秀の客将となった由にござる。名はヨシユキと申す」 コトミ艦長の顔が険しくなった。 「宙賊エステボーのボス、ヨシユキだわ。……歴史を変えるつもりよ。ついでに私達もおびき寄せるつもりね」 船医のきなこが言った。 「なんて悪辣な奴!」
宙賊エステボーヨシユキ
伊賀百地の隠れ屋敷の中で、友和は桔梗とaタイプに挟まれ困っていた。 生まれ落ちてこのかた、こんなにモテた事は無い。 気晴らしに外へ逃げ出すのだが、外では綺麗な沙織と可愛い小鹿が友和を奪い合うのだ。 まさに女難であった。 「ああ、色男は辛いなあ」 小鹿のひざ枕を借りて、沙織の酌で濁り酒を飲む。 『二十分間の世界』で約束していたaタイプとの桃色ごっこを、さっそく繰り広げたいのだが、百地屋敷は、いや、伊賀の里は、どこもかしこも、フェロモン号クルーの美女達が闊歩していて、淫(みだ)ら曼陀羅(まんだら)に及ぶ場所など、全く無いのであった。 「ああ、溜まるなあ。沙織殿、また、くノ一の秘儀、お願いしたいなあ。いってって」 小鹿につねられた。
明智の本陣では、宙賊エステボーのボス、ヨシユキが濁り酒に酔っ払っていた。 明らかに明智光秀は迷惑顔なのだが、エステボーの圧倒的な武力のデモンストレーションを見せられ、ビビリまくっているのだった。 光秀は、明智左馬之介に愚痴をこぼす。 「信長にどつき回されて、辛抱してきたわしじゃが、どうにもこの星回りから抜けられん。このヨシユキという御仁、無礼なうえに話が、さっぱり解らんのう。……辛いのう」 などと言いつつも、善行の酌をしながら、ご機嫌をとる。 エステボー・ヨシユキは、陣屋女郎を両脇に侍らせ、したたか酔っ払っている。 「光秀さん聞きなさい。── 隷属愛玩種のチンコロンなどと落しめられてな。 反抗した俺達の先祖は、キョコーンとエステボーに別れたんだけど、男尊女卑文化圏の星系を地盤に持つキョコーンと違って、辺境星をぽつぽつと基盤にしている俺達エステボーは、宙賊などと呼ばれて、まるで犯罪者扱いなのさ。 実際俺達は、チンコロンの脱走者が多いんだよ。 だから実質的には、奴隷開放軍なんだ。 ……さて、このたび、キョコーンのユータロから申し出があってね。ふふふふ。 あの負けず嫌いが、ダルマ・ローター2重星空域の戦闘で、ボロクソ負けたんだよ。 ……ふふふはははは愉快愉快。 余程悔しかったんだなあ。 フェロモン号のクルーを捕まえてくれたら、男尊女卑文化圏の星系を、一部割譲するって言うんだ。 悪くない話だよ。 うん、悪くない。 これで根無し草とはおさらばさ。 それにフェロモン号のクルーは、艦長のコトミを始めとして、いい女ばかりなんだよ。 たっぷり愉しんだ後で、ユータロの極上のエリアと交換してやるぜ。 ひっひっひっひっ。 これで俺も、元老院議員になれるのさ。 もう誰にも、宙賊なんて呼ばせないぜ。 何が隷属愛玩種チンコロンだ。 ふざけやがって! チンコロンいやつまり、男性種の時代を造ってやるぜ。 光秀さんよう、俺こそチンコロンいやつまり、男性種の救世主だと思わない? な、分かるかい?」 光秀の禿げ頭をビタビタひっぱたきながら、抜き撃ちにハイパワーブラスター(熱線銃)をぶっ放す。 「きゃあ」 とばかりに陣屋女郎が悲鳴をあげる。 松の木が蒸発した。
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