20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:オヤジSFアドベンチャー特異点友和 山崎の合戦1 作者:千駄山ロッカ

第1回   1
  密書


 それは、バー「ジャック・ルビー」からの帰り道であった。
 ジャック・ルビーの店内には、パブ喫茶「ロマーノ」の連中が飲みにきていた。
 ロマーノの従業員同士のくせに、バーテンの拓郎とマリちゃんが、ベッタリくっついて、いちゃいちゃしていた。
 ──くそ、若い者は、羨ましい。
 善行(よしゆき)もいたのだが、酔っぱらっていて、迎えにきている美那子(みなこ)は、明らかにおかんむりの様子だ。
 ──くすくす。善行の奴、よほど帰りたくないらしいな。贅沢な奴だ。
 その後、まりもちゃんが見知らぬ男と入ってきた。
 友和(ともかず)が話しかけても、ろくに返事もしない。
 ──不愉快だなあ。
 友和はロマーノの夜の部(パブ・タイム)の、チイママである伸恵(のぶえ)を誘い出し、ラーメンを食べに行く事にしたのだが、たまたま居合わせた、四十路のオカマのナミちゃんがくっついてきたのだ。

 時空のほころびとでも言うべきか? 『二十分間の世界』から、やっと脱出する事ができた友和であった。果てしなくリピートを続ける循環世界を体験し、更には、そのパラレル・ワールドの中で、宇宙文明とでも呼ぶべき、銀河連盟の世界とも接触してしまったのだ。
 久々に平凡な日常に戻ってきたのだが、運命は、この超常体験が専門の男を、放っておいてはくれない。


「何で俺がこんなもん持つんだよ!」
「あ〜ら友和さん、男でしょ。これくらい何よ〜」
「自分だって男じゃないか!」
「あら、ナミちゃんはオカマなの〜」
「自分の事をナミちゃんなんて呼ぶな!」
「もお〜友和さんの怒りんぼ」
「何だ! このへなへなした、〜〜波線は!」
 オカマのナミちゃんのボストンバッグは、やたらめったら重いのだ。
 ショーパブで使う衣装やら化粧品やら、きっとオカマの七ツ道具も入っているに違いない。
 伸恵が言う。
「ぶつぶつ言わないで持ってあげなさいよ。ナミちゃん、美味しいラーメン屋さんってまだなの?」
「すぐそこよ。ナミちゃんの、おウチのそばなの」
「あー、お前! 始めから俺に荷物、運ばせるつもりで!」
 コンビニの前で立ち止まると、ナミちゃんが言った。
「ナミちゃんちょっと買い物してくるから、ここで待っててね。友和さん、何か欲しい物ある?」
「あ、ちょっと、あたしも行くー」
 ナミちゃんと伸恵は、橋のたもとのコンビニに入ってしまった。


 友和はタバコを取り出した。
 文太橋(ぶんたばし)のたもとには、公共の灰皿があるのだ。
 文太橋は鶴田川(つるたがわ)に架かっている橋なのだが、近頃の流行である喫煙者苛めの風潮にもかかわらず、この橋のたもとの、ちょっとした広場にあるベンチの脇には、ちゃんとした大きな灰皿と、喫煙場所が用意されているのだった。
 ──ああ、公衆電話と汚い公共灰皿が、うじゃうじゃあった時代が懐かしい。
 などと思いながら、ホームレスの親父達が、宴会を繰り広げているベンチの脇で、ボストンバッグをぶら下げたまま、つっ立ってタバコを吸っていると、河原の方からかすかに、女のうめき声が聞こえてくるではないか。
 ──お、アベックかな? もしかしてアオカンだったりして?
 さっそく、覗きに行きたい友和なのだが、大きなボストンバッグを、宴たけなわのオヤジ達の前に、放り出して行く訳にもいかない。
「おまたせ〜」
 ナミちゃんと伸恵がコンビニから出て来た。
「これもお願い〜」
 今度は、サッカーボールのように大きな、コンビニの袋を友和に押し付けた。
 袋には、競馬新聞まで差し込んである。
「これ、オ・ダ・チ・ン」
 オカマのナミちゃんは、荷物で両手のふさがっている友和の、シャツの胸ポケットにタバコを一箱入れながら、どさくさまぎれに乳首をまさぐってくる。
「うひゃ、よせ! ナミちゃん! くすぐったい」
「友和さん、どお? ナミちゃん上手い? 感じる?」
 伸恵が笑っている。
「馬鹿! オカマに触られたって嬉しくも何ともない。やめろ! ちょっちょっちょっ……ほら、……聞こえないか? ……確かに聞こえる。……変だぞ? 苦しそうだ。きっと何かあったんだ!」
 友和は河原に向かって走り出した。
「何よ〜」
「友和さーん」
 ナミちゃんと伸恵の声を尻目に、重いボストンバッグとコンビニ袋を両手にぶら下げたまま、土手の下の河原に向かって精一杯急いでいる。
 それでも実際には、ゼエゼエと息を切らして、犬のフンを踏んづけながら、よたよたと走って行く、五十二歳の友和であった。


 水辺には確かに人が倒れていた。
 それは黒い木綿の作務衣(さむえ)のような衣裳を着た、若い女であった。
 友和は荷物を放り出して女を抱き起こした。
 そして驚いた。
 衣装の背中はベットリ濡れているではないか。
 しかもそれは、あきらかに、生温かい血液によるものなのだ。
「おい! 大丈夫か? しっかりしろ!」
 女は切れ切れの、か細い声で言った。
「これを、都(みやこ)の薬師(くすし)、真鍋妙技斎(まなべみょうぎさい)様へ……」
 女は細い指先で、胸元の縫い目を解いて、油紙の包みを取り出すと、抱きかかえている友和に渡し、そのまま気を失ってしまった。
 月の光に照らし出された女の顔は、はっとするような美形であった。そして、首筋から胸元にかけて、目も眩む程の柔肌の色香なのだ。
「大変だ! 伸恵さん、救急車を呼んでくれ!」
 返事が無いので振り向くと、──
 ──全てが無くなっていた。
 消え失せてしまった。
 伸恵もナミちゃんも、橋のたもとの喫煙場所も、ベンチで宴会を繰り広げていた親父達も、コンビニも、舗道にいた筈の手相見の親父も、行き交う人々も、ビルも道路も外灯も、看板も車も野良猫も、そもそも文太橋も無くなっているのだ。
 月明かりの下、土手の草むらが、風にそよいでいるばかり。
「ああ、またか、畜生!」
 流石は超常現象に慣れている友和である。
 驚愕の余り腰を抜かす。などという事は無いのだ。
 驚いているには違いないのだが、女から香る甘やかな匂いに、引き寄せられていたせいで、感情が麻痺していたのかもしれない。
「とにかく、こんな美人を死なせる訳にはいかん。……いよっしゃー!」
 友和は気合いを入れると女を担ぎ上げ、ボストンバッグとコンビニ袋をぶら下げ、河原に落ちている、女の物であろう短刀を拾い上げ、犬のフンには気をつけながら、とにもかくにも、歩き始めたのだった。


 水辺を少しだけ進んだ所で、無人の小屋に着いた。
 心臓がバクバクする。
 もう行けない。
 歩きたくない。
 小屋の周りには小舟が何艘かあった。
 月明かりの下、あきらかに修復中のものもあるので、舟小屋とでも言うのだろうか? ──友和に解る訳がない。
 小屋の中は真っ暗で何が何だか、現代人の友和には全くお手上げかと思われた。
 しかし友和はツイていた。
 オカマのナミちゃんのボストンバッグの中は、まさにドラエモンのポケット並であったのだ。
 そんな訳でさっそく『思い出づくり・ラブ・キャンドル。フレンチ・バニラの香り』を灯もして、女の装束を脱がせる。
 こんな場合、脱がせなくては、傷の手当ができない。
 うん。仕方が無いではないか。
 美形の女は身長百五十センチとちょっと、の小柄な身体なのだが、ウエストのくびれもたまらない、筋肉の適度に発達した、それはもう見事なプロポーションであった。
『抗生物質入りの軟膏』を、背中の刀傷に厚く塗り込め、『バンドエイド』で隙間なく止めてやる。
 女が朦朧としている事をいいことに、タウリンたっぷりの『ドリンク剤』を口に含み、『鎮痛剤』と一緒に、口移しで飲ませた。
 熱が出てきて汗をかき始めたので『解熱系の風邪薬』も飲ませた。
 いずれもナミちゃんのボストンバッグの中味なのだ。
 布団も毛布も有るわけが無いので、ムシロの上に横たえた裸の身体を、背広と競馬新聞ですっぽりと包んでやる。
 新聞紙とは以外に重宝な物で、けっこう暖かいのだ。
 さて、治療の為とはいえ、水辺に行ってタオルを絞ってきて、全身くまなく拭いてやっていると、フレンチ・バニラの香りのせいもあって、妙な気分になってくる。
 だけど友和は、あくまでも真面目に念入りに、尻も太ももも、乳房や陰部までも、綺麗に拭いてやった。
 さっぱりとしたところで、ナミちゃんのフリルたっぷりのピンクのブラウスを着せたのは、いかにもこの場にそぐわない感じだが、これも仕方がない。
 それから、血のりに汚れた装束を抱えて水辺へ行き、これもナミちゃんのボディーソープを使って洗濯をした。


 現代人と違い、薬の効きめも良いのだろう。朝日が差し込む頃になると、女は元気に目を覚ました。
 ピンクのブラウス一枚を着ただけで、船小屋のムシロの上に、しかも、友和の背広と、競馬新聞に包まって寝ている状況に、顔を赤らめ、ちょっと驚いた様子ではあったが、どうして、どうして、落ち着いたものだ。
 梁に干してある洗濯済みの装束を、その美しい切れ長の目で確かめると、とりあえず、安心したらしい。
 友和はコンビニ袋から、アイソトニック飲料の1・5リットル入りペットボトルを取り出して、ふたを開け、解熱系の風邪薬とともに女に差し出した。
 この風邪薬の主成分はイブプロフェインである為、鎮痛作用も強い筈だと考えたからだ。
 にやけた顔にならぬように、顎に力を込めて話す。
「あいにく、コップが無いんだ。ラッパ飲みでいいから飲みなさい。痛みが止まるし、熱も下がる」
 女は口を開いた。
「そなたは、薬師なのかえ?」
「くすし? そういえば、ゆうべも言ってたな。医者の事だろ? それにしても、薬師とはな。……やっぱりそれしか無いよな。どれくらい昔なのかな? 今度はタイムトラベルって訳かあ。タイムマシンがあるじゃなしって。……まったく!」
 女が聞いた。
「此処は何処なのじゃ?」
「それは、こっちが聞きたいセリフだ」
 トンチンカンな問答が暫らく続いた。
 女の名は桔梗(ききょう)と言った。
 満に直すと十七歳との事である。
 なんと、現代の娘ならばギャルではないか。
 しかし、この落ち着き払った色気は、一体、何処から来るのだろう?
 敵か味方か気にかかる様子であったのだが、やがて友和の風体や、言葉や、持ち物が、遥かに理解を超えた物ばかりである事もあり、この世の中とは利害を持たぬ、いずこからの旅人である。という、たどたどしい説明にも一応、納得してくれたのだ。
 桔梗は、だぶだぶのピンクのブラウスの、袖をつまんで左右にぴんと引っ張り、奴さんのように大きく胸を反らしてみて、それから言った。
「これはバテレンの装束らしいの? 綺麗なものじゃな」
 友和は、キャンドルに照らし出された、ゆうべの桔梗の、たまらない裸体が目の前にちらついて、思わず生つばが込み上げてきた。
「ごめんな。悪い汗をかいてたから、そのまま冷えると悪化すると思ってな。裸にして拭いてやったけど、なんにもしてないよ」
 真っ赤になった桔梗が言う。
「何をお言いやる、友和殿はわらわの命の恩人じゃ。礼を申します」
「いやあ、なんだか照れるな。傷は痛まないか?」
「どうやら薄傷(すかで)であったようじゃ。大事無い」
 次いで桔梗は、ボストンバッグの横に、無造作に置かれている、抜き身の短刀に目をとめると、キラリと目を光らした。
 そして静かに言った。
「そなた……密書を見たのかえ?」
 だしぬけに空気が重くなった。
 これが殺気というものか? 
 返答如何によっちゃ、この短刀でバッサリと。って事だろう。
 成る程。大変な時代に来た事は確かだ。
 それはともかく、友和は腹が立った。
 ──やれるもんならやってみろってんだ。
 この恩知らずのくそ女め! 
 オッパイもっと触ってやりゃよかった。
 しかし友和は、人生経験もそれなりに豊富な、つまり、オヤジなのであった。
 だから、小娘なんぞをはぐらかすのは、お手の物なのだ。
「あのね、密書は見てないよ。裸は見たけどね。密書なんて、どうせ見たって読めないし、全然興味もないんだよ」
 と言いながら、油紙の包みを取り出すと、チョコレートのパッケージの、透明ビニール包装を剥がして、それで包み、ハート形のシールで止めてやった。
「濡らしちゃ困るもんなら、これで大丈夫。絶対に濡れない」
 桔梗は、ビニール包装となった密書を受け取ると、やっと安堵の表情を浮かべた。
 さて、デンジャラスな数分を、どうにか切り抜けた友和は、緊張の後だけに腹がへった。
 コンビニ袋にはカップ麺も入っていたので、なんとかお湯を沸かしたいのだが、かまどには鍋釜の類いは見当たらない。
 ──そうだ、コンビニ袋の中の、白桃の特大缶詰を先に食っちまって、空き缶でお湯を沸かそう。
 チョコレートを食べ、目を丸くする桔梗に、かまどに火を入れていいものかどうか尋ねると、煙りを出すのはまだまずいとの事であった。
「手下(てか)の者がおっつけ参ろうが、今はゆるゆる待つしかないのじゃ。されど、このちょこれい糖と申すは、まことに美味よのう。そうよ、友和殿にはこれをしんぜよう。小一日は空腹も紛れよう」
 桔梗は伊賀秘伝の丸薬を差し出した。
 ──秘伝はとても不味いのであった。
 桔梗は伊賀忍者であり、当代頭領である百池百々太夫(ももち、ももだゆう)の妹だと名乗った。
「下忍の者を二人失った。幼き頃よりの友がらじゃ。わらわの身代わりとなり、殺されたのじゃ。せめてこのちょこれい糖を食さしてやりたかった。千草に楓、成仏しておくれ。南無……」
 桔梗はひざまづき、西に向かって手を合わせる。
「そうか。西方浄土とか言うもんな。こっちが西なんだな」
 思わず友和も西に向かい手を合わせる。
「そうじゃ、こちらが西じゃ、京の都も在ります。そしてこちらが安土じゃ。あの魔王がおるのじゃ。そなた、安土の魔王に招かれしバテレンではあるまいな?」
 西方から斜め右後ろ、つまり北東を指差して、厭わし気にその美形を曇らす。
「安土って、もしかして、魔王って信長の事かい?」
「そうじゃ。右大臣織田信長じゃ。程なく天下も、かの仏敵のものとなろう。悔しき仕儀じゃ」
「あ! そうか! 確か伊賀は信長に?」
「皆殺しじゃ! 父上も母上も、ジジ様もババ様も皆、信長になぶり殺しにされたのじゃ。刃向かう者は皆殺し。それが信長じゃ。魔王じゃ!」
 桔梗の美しい顔は、にわかに憤怒の色を帯びる。
「まあ、だけど、信長も長生きは出来ないよ。確か五十歳前には死ぬ筈だ。本能寺でね。人間五十年〜って謡いながら腹を切るんだよ。明智光秀に裏切られて」
 これでも精一杯、慰めているつもりなのだ。
「そなた、何故そのような事を?」
「ははは、こんなの常識だよ」
 この友和の、破天荒な言いざまに、驚いた桔梗の顔からは、たちまちにして憤怒の色が消え失せた。
 そして 隙間だらけの板張りの壁から差し込む朝日に、美しい娘らしい優しげな顔を輝かして言った。
「ほほほほ痛快な殿御じゃな。ほんに小気味よい事を申されます。友和様、なにとぞ兄上に会って下さいませ。どうかお頼み申します」
 ──おっ、友和殿が友和様になったぞ。
 友和を見る桔梗の表情が、ちょっぴり媚びを含んだものに変わっていた。
 美人からの、好意の兆しを感じた友和は、すっかり嬉しくなってしまって、精一杯反りかえって、偉そうに答えるのであった。
「まあ、何も予定は無いし、いいでしょう」



次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4429