東京都台東区千束3丁目。一般的に“吉原”と呼ばれるこの場
所にサユリの働いているソープランドはある。
サユリは仕事が終わると、いつもタクシーで帰宅していた。
終電もギリギリ走っている時間に終わるのだが、心身共にク
タクタの身体に電車はキツい。
「お疲れ様でした。また明日」とマキが手を振っている。
サユリも軽く手を振り「お疲れさま」と言った。
サユリは国道まで歩いてタクシーを乗るようにしている。
この国道まで歩く時間が、“ソープ嬢”から“自分”に戻れるよ
うな気がしていた。
いつものようにタクシーに乗って「池袋、西武」と行き先を告げ
た。
「いつもお疲れ様。大変だねぇ〜」とタクシーの運転手がサユ
リに声をかけた。場所と時間帯と風貌でソープ嬢というのが分
かるらしい。
そんな言葉を聞くたびにサユリは虫唾が走る思いにかられる
のであった。
店で聞けばなんの変哲もない言葉でも、“自分”に戻ってから
言われるとムカッとする。しかしサユリは、そんな言葉を聞くた
びに“心まで風俗に染まっていない”と確認するのだ。
しばらくするとタクシーは池袋に到着し、サユリは西武の前か
ら歩いて自宅である賃貸マンションに帰った。
マンションのエントランスを抜けて玄関の前にさしかかると、部
屋の電気が点いていた。サユリが玄関を開けると
「おかえり〜!サユリちゃ〜ん!」と髭の剃り後がある女性らし
き人物が声をかける。
「ただいま。花梨。ももちゃんは、まだ?」
「まだねぇ〜。アフターかしら?」
サユリは自宅マンションを3人で借りている。
ソープ嬢のサユリ。キャバ嬢のもも。オカマの花梨。
今のサユリにとって、自分の子供以外で心を許せる数少ない
友人達だ。
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