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作品名:二つの重なった世界 作者:雨月兎流

第7回   追憶
「人喰い男がいると仮定して話を進めるけどいいかな」
 僕は大きく頷いた。みあも同じように頷く。
「仮定ではなくて確定でも良いけどね、まぁそんなことを話していると話がややこしくなるから仮定としておこう。人喰い男ということは人を食べるのかな、それとも人を消してしまうから比喩表現として人喰いなのだろうか。いずれにせよ最終的に被害者が存在しなくなるのだからこの際前者なのか後者なのかという疑問は考察に含めない事にしよう」
 勢いよく語ると京一さんは机の上に置いてあったたこ焼きを一つ口に運んだ。我慢できなかったのだろう。僕たちがいなかったら今頃たこ焼きは一つとして残っていないはずだ。
 次のたこ焼きに伸ばそうとした手を止めて、京一さんは話を再開した。
「私はこれに良く似た話を知っているよ。さっき仮定でなくて確定でも良いと言ったのはこの似た話を知っていたからなんだ。これは噂でも伝奇でも寓話でもない実話でね。これに関しては君もよく知っているだろう。いや、知らないという方が正確かな。難しいところだ。まぁ実に曖昧で矛盾した表現だけどこの状況下では知っていながらにして知らないというのが適切かもしれない。あぁすぐに話を混乱させてしまうのが私の悪い癖だ。すまないね。話を戻そう。私が知っている話と今回の話に共通項を見つけ出すことは容易い。詳しい説明は後に回すとして私が今考えていることを簡潔に述べると、この一件はみあさんではなく、君中心で動いている、ということなんだ」
 ここまで一気に捲し立てた京一さんは大きく息を吐いた。同時にたこ焼きに手を伸ばす。
「僕中心とはどういうことですか」
 言葉通りの意味だよ、と京一さんは言う。説明は後回しのようなことを言っていたからたこ焼きを食べ終わったら説明してくれるのだろうか。気づくとみあは僕の服の裾を強く握っていた。不安げな瞳で僕を見ている。京一さんの話についていけないのだろう。
「さて、私から質問があるんだけどいいかな」
 こちらも聞きたいことがいくつもあったけれど、僕は頷いた。
「ありがとう、私が聞きたい事というのはもちろんあの事件のことだ」
 あの事件。そう言われて思い当たるのはただ一つ。昨日みあに出会って話を聞いた時から浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた記憶。僕だって気付いていた。みあの話と僕の記憶にある事件の符合点。
「君は本当にあの時のことを覚えていないのかな」
 幾度となく問われた台詞。それは僕の心を揺さぶる。「犯人の顔は、身長は、服装は」事件が起こった後数え切れないほど、何度も何度も尋ねられた台詞がよみがえる。
「僕は……覚えてないんです何も」
 今から十二年前、当時小学二年生だった僕は近所に住んでいた女の子と一緒に公園で遊んでいた。学校が終わってから遊んでいたはずだから時間帯は夕方。僕と女の子が遊んでいた公園で事件は起こった。被害者は僕とその女の子。事件の全容は不明。僕は公園で倒れ、意識を失っている所を発見され病院へ搬送される。以後昏睡状態。女の子の消息は不明。
 事件発生当初は誘拐として捜査が為されたが犯人側から何の連絡もなく、程なくして捜査は行き詰まりを迎える。その頃僕は二か月間の昏睡状態から目覚めていた。警察は唯一の目撃者である僕に話を聞きにきた。七歳の小学生の証言に信憑性があるのか疑問だが、ともかく僕は警察やら周囲の大人やらに事件のことを聞かれた。事件の被害者であり、生存者、唯一の目撃者である僕の証言は犯人逮捕への希望でもあったのだ。しかしながら一つ問題があった。
 全てを目撃していたはずの僕の記憶は真っ白だった。
 僕は事件の記憶、そして事件以前の記憶さえも失っていた。昏睡状態から目覚めたとき、当然の事ながら自分がどうしてここにいるのか分からなかった。ベッドに横たわる僕の手を握っている人が誰なのか分からなかった。僕が目覚めたことに喜び涙を流す男の人が誰なのか分からなかった。今でこそ冷静に思い出せるが、当時の僕は発狂寸前だった。それに加えて質問責めの日々。僕はただ分からないを繰り返すだけだった。
 それから紆余曲折あって僕は当時の記憶を封じ込め、思い出さないように生きてきた。お陰で上手く人間関係を築けない性格になってしまったというのは余談である。
「当時のことは警察の人や周りの大人が話してる内容を聞いて知っているくらいです」
 記憶を失った直後僕の記憶力は異常で、当時見たり聞いたりした事は今でも鮮明に思い出せる。その異常な記憶力は年を重ねるごとに低下していき、今では昨日食べた朝食が何だったか思い出すのも一苦労だ。確か昨日は遅刻しそうで何も食べなかったんだったな……。


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