「本当にありがとうございます」 瞳を赤くした少女は何度目か分からない感謝の言葉を告げた。誰かに感謝されるのはすごく久しぶりな気がした。 「それで、もう少し詳しく話を聞かせてくれないかな」 少女が落ち着いたのを見計らって聞く。 「はい、すみません。解決に協力してほしい事件と言うのは今から一週間以内に起こるはずのものです」 起るはず? 「まだ事件は起こっていません。でも間違いなく起こります」 厄介な話がこれ以上厄介になることはないだろうと安心していた僕の予想はあっさりと裏切られた。 「厳密にいえば、起こっていない事件を解決することはできません。ですが未然に防ぐことならできます」 その通りだ。少女は僕に事件が起こるのを防ぐ手伝いをして欲しいというのか。僕が協力することは先程の会話で決定済みの事項である。まぁ手伝いたくない、と言うことも可能だろうが、一度言ったことを曲げるのはなかなか気の進まない話だ。 「それで、その事件というのはどんなものなの」 僕はとりあえず話の続きを促した。 「それは……」 少女は困ったように下を向いた。言えないと言うのだろうか。国家機密です、と言われた時の反応を考えることにしよう。 「笑いませんか?」 少女はこちらの表情を窺うように聞いてきた。国家機密?君じゃ話が通じない、上司を呼んでもらおうか。という数秒前に用意した台詞は大事に墓場まで持っていくことにしよう。 彼女がそう聞いたことによって、この「事件」という大それた単語に含まれる危険性や難易度は相当下がった。笑われるかどうか気にする内容の事件。例えば、「学校に宿題を忘れてきちゃって……このままだと明日宿題を提出できないんです。学校まで一緒に宿題を取りに行ってください!」みたいなことだろう。要するに、明日宿題を忘れるという事件を未然に防いで欲しいという、実に小学生らしい、小学生ならではの事件。そんなかわいらしい事件は子ども免許皆伝、大人初級の僕が介入すれば解決だろうが防止だろうが容易なことだろう。 「もちろん笑わない」 そんなお気楽な事を考えながら僕は軽く頷いた。それを受けて少女は安心したように話し始めた。 「今から一週間以内に公園で誰かがその存在を消されます。誰かはまだ分かりません。でも確実に誰かがこの世から姿を消します」 またしても僕の予想は外れ、僕のお気楽思考は没となった。加えて事件の難易度は急上昇した。少女の話を鵜呑みにするのなら、人の命が関わる事件ということだ。限りなく危険だ。起こるはずの事件。まだ確定していない被害者。僕がこの事件に対して何らかの行動を起こすことによって、まだ確定していない被害者Aさんの位置に僕が据えられることもあるのではないか。そんな思考がよぎる。ついでに余計な事を思い出してしまった。いや、今はそれを思い出す必要はないだろう。今日は不幸な日だけれどこれ以上セルフで不幸を積み重ねることもない。自滅してしまう。 「やっぱり笑いますか?」 少女は僕の返答次第で壊れてしまいそうなほどに儚く感じた。 「いや、笑わないって約束したからね。笑わないよ。それにそんなにおかしな話でもないさ。僕は同じような事件を知っているからね」 浮き出てきた記憶につられて思わず言ってしまった言葉。そう、僕は知っている。もちろんそれは未来の話ではなく過去の話だけれど。 少女は俯いていた顔を上げた。彼女の顔に浮かんだものが驚きなのか喜びなのか分からなかった。 「これからよろしくね」 ――僕と少女、みあの物語はこんな感じで始まった。
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