「んで、どうしてここにいたの」
お茶を入れて少女の前に出してあげると、少女は小さな声でありがとうと言った。さっきまで大泣きしていたのに今は落ち着いている。
「それは……あなたの願いを叶えるためです」
「うん?」
「だから、あなたの願いを叶えるため」
二度聞いてもよく分からない。僕はこの少女に、僕の願いを叶えてくださいとお願いしたことがあっただろうか。いやないだろう。絶対にない。まず面識がない。
「よく分からないけど、そろそろ家に帰った方がいいんじゃない?」
少女の発言を見事に受け流した僕の問いかけに少女は首を横に振った。帰りたくないのか、帰ることができないのか。
「そういえば君名前は?」
会話が止まってしまったので仕方なく僕は少女に名前を聞いた。
「……えっと」
急に名前を聞いた僕のことを警戒したのか、はたまた別の理由があるのか少女は少し言いよどんだ。
「あぁ、別に言いたくないんなら――」
「みあ」
みあ、少女はそう名乗った。田中みあちゃんなのか、高橋みあちゃんなのか、その辺は知る必要も無いことだろうから聞かなかった。
どうせ家に帰るように言い聞かせて、見送れば終わる関係だ。
「んじゃぁみあちゃん、家はどこ? 暗くなっちゃうし帰った方がいいよ」
「家は無い、です」
小学生らしからぬ返答だった。しかし僕はこんな返答が来るのを少なからず予感していた。特にこれと言った根拠はないのだけれど。
「あなたの願いを叶えるために来たんです。そうしないと……私は……」
痛みに耐えるような険しい顔で少女はそう言った。小学生くらいの年齢の子どもが普段見せる無邪気な笑顔、少女の表情はそれとはかけ離れていた。でも僕は知っている。どんな時そんな表情をするのかを知っている。だから僕は少女の言うことが冗談だと思えなかった。そんな表情をする時はとても心が苦しい時だから。
「僕の願いを叶えるってどういうこと?」
少女に少し興味が湧いた。
「あなたの望むことを私が一つ叶えます」
「なんでも?」
「はい。ただその前に私の願いを叶えて貰いたいのです」
雲行きが怪しくなって来た。会話の流れからして高額な壺でも売られそうな雰囲気だ。しかし相手は小学生。恐るるに足らん。
「君の願いってなに?」
「ある事件の解決に協力してもらいたいのです」
少女は俯いて言った。俯いたその顔からは感情が読み取れない。事件という単語がこれほど嫌な響きに感じたのは久々だ。故郷のお母さん、どう考えても今僕は厄介事に巻き込まれています。
「やっぱり今日はついてないな」
思わず呟いた。言葉にしたところで何も変わらない。変わらないけど呟いてしまった。
「協力して貰えますか?」
少女は俯いた顔を上げ、僕の顔を見つめた。不安の色が濃い瞳。そこに僅かながらのぞく期待。
なんでも願いを叶えるという対価を払ってまで叶えて欲しい願い。私が願い叶えてあげるからあんたも願い叶えてよね、といういかにも小学生らしい発想。普段の僕なら笑っていた。笑い飛ばして、部屋から追い出していただろう。だが今日は不幸な日だ。不幸な日を楽しむために厄介なことに巻き込まれてみるのも悪くない。今の僕はそう思った。
「ある事件って何なのか分からないけど、しっかり説明してくれるなら協力するよ」
単純に気になったというのもある。事件とは何か、少女はなぜ僕に頼むのか、そもそも少女は何者なのか。その答えが得られればいいと思った。そんな僕の言葉に少女は涙で答えた。泣きながら何度も何度もありがとうと言った。 少女の涙を見て僕は気付いた。この少女は何か大切なものを失い孤独を生きているのだと。大粒の涙を流す少女の姿は昔の僕と被って見えた。故に孤独に差しのべられた手がどれだけ嬉しいかもよく分かった。
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