例えばそれが偶然だったとして、そのような偶然という類のものはいくつも続くものだろうか。
僕が目覚めると時計の針は止まっていて、鳴るはずの目覚ましは機能を停止していた。 非常についてない。
起床予定時刻を三十分以上過ぎていることに気づいた僕は急いで着替え家を出ようとした。ドアが開かない。以前から建てつけが悪くて開け閉めに妙な抵抗があったこの扉。こういう緊急時に僕の前に立ちはだかることになろうとは思っていなかった。ドアノブは回るがドアが開かない。僕は助走をつけて体当たりを試みた。結果から言うとその試みは成功して僕は外に出ることができた。だがその代償として家とドアは乖離してしまった。簡単に言うとぶっ壊れた。
非常についてない。
試練を乗り越え開始時刻寸前に教室へ滑り込んだ僕はある事に気づいた。夜遅くまでPCに向い仕上げたはずのレポートが無い。そもそも鞄に入れた記憶が無い。仕上げて満足した僕はそのまま眠りについたのだろう。当然の結果と言える。おかげさまでドアを壊してまで出席したこの授業の単位を落とすことがほぼ確定してしまった。未来予知はできないが、事実に基づいた未来予測なら僕にもできる。
非常についてない。
帰宅途中の僕は今日の出来事を思い返して溜息をついた。僕の不注意と言ってしまえばそれまでだが、それにしても今日は不幸な日だ。寄り道をする気も起きず僕は真っ直ぐ家に向かった。僕の家はアパートで築数十年のボロいやつだ。木造に鉄を無理やりくっつけたような歪な作りのアパート。あちこちが痛んでいる。木材の軋む音があちこちで聞こえ、床はうぐいす張りだぜ!と友達に自慢してみても虚しいだけ。そんな二階建てアパートの一階最奥に僕の部屋がある。
アパートを見ながら歩く僕の視界に一人の少女が映った。映ってしまったと表現した方がいいのだろうか。少女が座っている。地面に、一人で。ここまでだったら見過ごせる。女の子が一人でいたら危ないな、くらいの感想しか抱かない。問題は場所だ。僕の部屋の前に座っている。まるで僕の帰りを待っているかのように座っている。
関わらない方がいい。むしろ関わりたくない。安易に話しかけて誘拐なんて思われたら最悪だ。今日の僕ならそういう面倒なことが起こりかねない。なんと言っても今日は不幸な日だ。
「あっ……」
少女が声を上げた。こっちを見ている。明らかに僕を見て声を上げた。知り合いではないはずだ。少女は見た感じ小学三、四年生。従妹の椿ちゃんだってもう中学校に入ったと聞いている。椿ちゃんと言えばこの間柔術を習い始めたとか何とか言っていた。技の実験台にされかねない。今のうちに体を鍛えておこう。ということで小学生の知り合いはいないはず。
僕の停止しかけた思考とは裏腹に少女は立ち上がりこちらに向かって走ってきた。僕は身構えた。まさかこの子も柔術を。どんな攻撃が繰り出されるのか全く予想できなかった。右か、左か。はたまた上か下か。身構えた僕に少女は速度を落とすことなく突っ込んできてしがみ付いた。そして泣きだした。右でも左でもなく、泣き出したのだ。正直言って子どもの扱い方はよく分からない。落ち着かなければどうしようもない、と考えた僕は抱きついたままの少女を引きずって部屋へ入った。お茶でも飲ませて落ち着かせようと閃いたのだ。
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