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作品名:僕らの方程式2 作者:

最終回   休日に論ずる休日
「振替休日ってどういうこと」
 憤然として彼女は言った。5月の陽射しが机に反射し、彼女の顔面に陰影をつくる。
「どうもこうも」僕は一度彼女を見、また本の上に視線を戻す。
「世間は休日、大学も休講」
「それはさっき聞いたわ」
 彼女は君が言ったんでしょう、と言わんばかりにビッと僕を指差す。彼女が例によってこの空き部室に現れたのはつい先程のことだ。扉を開けるなり「どうして誰もいないの?」と宣った。どうやら通常通り授業があるものと思っていたようだ。そこで僕は今日が振替休日で休講である旨を簡潔に伝えた。

「何がどうして振り替えた訳?」
 何がそんなに不満なのか、口を尖らせ彼女が言う。僕は仕方なく読みかけの本を閉じ、姿勢を正した。わざとらしく咳払いなんかもしてみる。
「いいかい、今年の『みどりの日』は日曜日だったんだ。だから今日はその代わりだ」 僕が小学生に教えるようにゆっくり優しく簡潔に言うと、案の定彼女は眉間に皺をよせ、嫌悪感を露にした。
「そこまでして休みをとる必要があるの?」
 確かに、今年は4月の『昭和の日』から丸々一週間がゴールデンウィークだった。僕らの学び舎たる大学が休みに挟まれている、というだけで何の休日でもない30日と1日まで休講にしてしまったからだ。長すぎるにも程がある。余りの長さに何をするのが最も有意義なのか計りかね、途方に暮れているうちに何もしないまま休暇を終えようとしている僕の気持ちも考えてほしい。
 しかし。
「いいかい、日本では一年間にこれだけ休まなければいけない、と法律で定められているんだ。『国民の祝日に関する法律』という」
「はあ」彼女が気のない返事を返してくる。
「それには祝日が日曜日と重なった場合、翌日の月曜日が代わりに休日になることが定められている」
「へえ」
 相槌を打ってはいるものの、彼女は相変わらずじっとりと僕を見る。いつの間にか向かいにあるパイプ椅子に腰を落ち着け、興味はないけど聞いてあげようかしら、という様子で頬杖をついている。
「ただ、去年と今年のゴールデンウィークは異例で、連休の最初が日曜日になってしまったから、水曜日に振替休日が来て、土曜日から数えて5連休になってしまったと」
「ふうん」
 演説を終えても、彼女は一向に納得しないようだ。僕は溜め息をついた。
「いいじゃないか、休みが多くても。授業に縛られず好きなコトできるし」
「君は授業があろうとなかろうと此処でサボってるじゃないの」
 ごもっとも。
「法律だかなんだか知らないけれど、そんなに休みばっかとってるから学力低下だの日本の未来が危ないだのと言われてるんじゃないの」
 青春を謳歌しているはずの女子大生が、連休一つで斯様なことを憂いているとは嘆かわしい。
「いつからそんな愛国主義者になったんだ?もう少し女子大生らしい発想を持ちなよ」
「そういうことは男子学生らしい生活リズムを整えてから言いなさい」
 ぴしゃりと言い返された。今、日本中の引きこもりを敵に回したな。
 僕は椅子の背もたれに身を預けた。パイプ椅子の間接が軋む。
「休みが多いほどアイツと遊ぶ機会だって増えるんじゃない?何が不満なのさ」
 アイツとは言わずもがな、僕の大学での唯一の友人でもある彼女の彼氏のことだ。ところが彼女は心底いぶかしげに目を細めた。
「何の為に?」
「は?」
「何の為にアイツと二人で連休を過ごさなきゃならないの。何のメリットが有るわけ?」
 ちょっと待て、君たちはデートのひとつもしないのか?僕はぽかんと口を開けた。それこそ何の為に付き合ってるんだ。
「よくわからないけれど、それが彼氏彼女ってモノじゃないの?」
「誰がそんなコト決めたのよ」確かにそこまでは法律も縛ったりはしないけれど。
「少なくとも毎日会う必要はないもの」
 あ、そういうことか。どうやら全くデートしない訳ではないらしい。僕は改めてまじまじと彼女を見る。不満に顔を歪めても尚整った顔立ち。今日は少し早い真夏日の為か、胸元の開いたシャツにミニスカートという出で立ちだ。ほっそりとした手足。アイツはよく彼女をモノにできたもんだと感心してしまう。
 これで笑顔を見せるようになれば振り返らない男はいないだろうに、と思う。僕は未だに彼女の笑う顔を見たことがない。
「けれど意外だね、君はそんなに学校が好きだったの?」
 笑顔と同様に、僕以外の誰かと話すのも見たことがない。人のことは言えないが、ちゃんと友達がいるのか常々心配していたのだけれど。
 彼女はいつもの様につん、と口を尖らせ、窓の外を見た。
「別に」
「じゃあ何が不満なのさ」
「用もなく学校に来てしまったことで浪費された時間の虚しさを嘆いているのよ」
 確かに無駄足もいいところだ。ミニスカートの裾から覗く彼女の白い足を見て、あながち無駄な足でもないよ、と言いそうになる。こらえる。
「でも、此処で僕と話してることの方が時間を無駄にしてる気がするのだけど」
 彼女ははた、と伏せていた目をあげた。同時に窓の外で青葉が落ちていくのが見えた。
「話し相手になってあげたのよ」
 心なしかさっきより険しい仏頂面を作って彼女は言う。
「君の為にわざわざ時間を無駄にしてあげたの。感謝してほしいものね」
 吐き捨てるように言い切ると、がたんと音をたてて立ち上がる。くるりと背を向け、足音高く部屋を出た。あっという間だった。


 扉を閉める直前、彼女は振り返った。
「ところで君はどうして居る訳?」
「此処は僕の部屋であるも同然だからね」
 僕は事も無げに言った。
「此処に持ち込んである本で、どうしても読みたいのがあったんだ」
 彼女は一瞬、疑わしげに目を細めた。が、「ふうん」と言って扉をぴしゃんと閉めた。

 僕は彼女の足音が遠ざかるのを確かめてから、ほっと胸をなでおろす。
 だって、まさか言えないじゃないか。


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