その想いは遠い遠い遥か彼方の惑星から降ってきて彼女の心に住み着いた。 小さな爆発と洪水を何度も繰り返しながら何年も居座ったが、 いつのまにか、彼女自身も知らぬうちに跡形もなく消え去った。 後に残ったのは胸の内側にぽっかりとあいたクレーターだけ。 彼女はそれを埋めるために毎日こうやって誰かと会って、 穴の表面が冷たい外気に触れないように感情を噴き出させているのだ。
彼女は「寂しい」ということについて殆ど表情を変えることなくそんな風に話し終えた。 それはまるで他人事のようで、また、なにか相手を酷く哀んでいるように思われた。 誰かに会えない日はどうするのかと尋ねると、 肩掛けのカバンから桃色の巻貝を取り出し、こんなふうに答えた。
「ここに入ってしまえば良いんだよ」
「だけどね、一度入ってしまうと生きて出て来れないの」
「ねえ、私はもう104回も死んだんだよ」
*
「気に入ってたんだけどなあ」
彼は壊れたエピフォンを撫でながら寂しそうに呟いた。 相手の思い入れとかそういうのを考えずに、ただとても似合っていたという理由から
「残念だよね」
と答えたのだけど、彼は最初から僕の言葉など求めていなかったようで 赤茶けたボディを静かに膝の上に乗せ器用そうな指でコードを弾きはじめた。
美しく歪んだ音色は彼の歌を夜に溶かして二人を蒼色に染めた。 そして心の深層のどこかにある光の届かない湿ったヒダを激しく揺さぶった。
その夜、彼は僕と出会って以来初めて、”彼女について”話さなかった。
*
日曜の午後、僕と彼女は市街から少し離れた高架下に居た。 二人で死んだ彼女の弔いをすることにしたのだ。 ブリキ製の大きめの灰皿に巻貝を新聞紙で包んで置いた後、 セブンスターの袋から使い捨てのライターを取り出して彼女に手渡した。
「ここからは君がやりなよ。」
というと、彼女は頷いて灰皿のすぐ傍にしゃがみこんだ。
炎はじわじわと新聞紙の表面を焼け焦がし、次第に激しく燃え盛った。 黒い燃えカスが二人に巻きつくように舞い散った後は、 茶色く焼け焦げた巻貝だけが灰皿の上に残った。 どうだった?と尋ねたが何も答えずに、 白く細い指先で朽ちかけの貝殻を手にとって静かに歩き出した。
おそらく僕たちはこれからもずっと心を通わせることはないだろう。 あのとき、黒い燃えカスが舞い上がった瞬間、 透き通ったもう一人の彼女が僕の身体をすり抜けていくのを見たのだ。 そして彼女がもう二度と取り戻すことできないその表情に、 僕の全ては奪われてしまったのだ。
彼女が去った後、咽返りながら残りのタバコを全部吸い切り、 空き袋を灰皿の上で焼いた。 最後に傍に咲いていた野生の百合をその隣に置いて、 彼女と同じようにひとりぼっちで死んでいった自分を弔った。
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次の日、彗星が墜ちた!とニュースが報じた。 モーリタニアのオアシス付近の砂漠に彗星が墜ちたらしい。 彗星が墜ちた! 彗星が墜ちた! 彗星が墜ちた!
彗星が墜ちた! 僕に墜ちた!? 何ということだ! 彗星が墜ちた!
耳の奥で彼の歌が流れているが、彗星はどこだ!? 僕は間違いなく僕なのだが、彗星はどこだ!?
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