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作品名:月と太陽 作者:太郎

第1回   出会い
ある晴れた日の朝8時、僕は音楽大学付属の高校入試のために試験会場に向かっている最中だった。ポケットに手を入れながら駅の階段を早足で降りた。階段の下には大きな桜の木が立っていて、よく見ると細い枝から小さい芽を出しているのがわかった。春風がとても気持ちよく、僕の心を躍らせた。
『これから入試だよ、がんばるね!!!』
『うん、がんばってね!応援しているよ。じゃあまたね☆』
中学の時に毎日一緒に登校していた中西とのメールを終え、入試のことに頭を集中させた。肩から掛けたショルダーバックに楽譜が入っているか、外から手で形をなぞって確認した。
 試験会場に着いて教室のドアの前で整理番号をもらい、中に入ってキョロキョロ自分の席を探していた。すると突然誰かが僕の名前を後ろから呼んだ。小走りで僕を追いかけてくる。
「おはよう!ねぇ、君もしかして北野正浩君?」
「え、うん、そうだけど。」
「やっぱり!君のことは僕の先生から聞いているから知ってるんだ。ピアノで受験するんだろう?僕もそうなんだよ。」
「そうなんだ!よろしくね。僕の中学から音楽系に進む人がいないから初めての場所でちょっと不安だったんだ。何処から来たの?名前は?」
「宮城から来たんだ。宮城の仙台!近藤康輔だよ。北野君を見かけたら声かけようと思ってたんだ。」
「宮城か!わざわざこんな遠くまで。・・・そうそう、席を探してたんだけど見つからなくて。。」
「だよねっ、沢山席があるからわかりずらい、僕の番号はっと・・・、あ、北野君とは離れているからまた後でね!そうだ、お昼一緒に食べない?」
「いいよっ、じゃぁこの試験が終わったらまたあとで。」
実技試験本番前で緊張していた、僕は同じコースを受験する同級生に知り合いができて少しホッとした反面、実技試験の方が心配で頭の中で密かに予習を始めていたものだから、一緒にお昼を食べるのが少し億劫だった。できれば1人で食事をしながら頭でもう一度一曲頭の中で通して不安を少しでも解消させたかった。でも彼の悪気の全くない表情を見ていると断る雰囲気でもなかったし、断る気も起きなかった。少しの後ろめたさを感じながらも、僕は席に着いて余暇を無駄にすまいとさっそく机の上に楽譜を広げて指を動かし始めた。そして小論文の試験を終えるとすぐ昼休みになった。彼は教室の後ろのドアを出た廊下の壁に背をもたれて携帯を見ながら僕を待っていた。
 「あ、おつかれ!小論文どうだった?」
 「うーん、適当に書いたよ。お昼、どこで食べる?」
 「せっかくだから新しく出来た学食に行こうか」
すぐに学食に向かい、向き合って食事をした。僕が受かったら彼が落ちるかもしれないし、彼が受かったら僕が落ちるかもしれない。そんな複雑な状況の中で、僕は彼をどのような目線で見ればいいか少し戸惑っていた。僕達はライバル同士なんだ。僕はまた不安になってきて頭の中で試験曲を復習し始めた。食事を終えるとお互い試験曲の練習をするために音楽実践練習室に向かった。「じゃぁまたあとで」と言ってお互い個別の練習室に向かう。1階から3階までどこを見回しても試験前ということあって満室で空いてない。小さな窓から部屋の様子を見てみるとみんな必死な顔で最後の仕上げにかかって集中して練習している。髪の長い綺麗な女の子のヴァイオリンの音色、メガネを掛けた真面目そうな男の子は肩を固く固定したままスネアの8分音符を延々と刻んでいた。どこも空かなそうなので仕方なくまた1階に戻ってみると、試験課題曲のピアノの音色が聞こえてきた。ずいぶんはっきりしたタッチで、僕も今日演奏する曲とは思えないほど雰囲気が違って聴こえた。その音色の場所を聞きあてて中を覗くと彼がいた。一音一音入魂という感じで、初めて聞くピアノの音だった。でも汚くなく、自然と体に溶け込んでくる音色だった。
 彼が窓を覗いている僕の方に目をやった。僕は何故か慌てて窓から離れて見ていないフリをした。また別の部屋を探そうと隣の部屋を覗き込もうとしたとき彼のいた部屋のドアが静かに開いた。
 「部屋がないの?ピアノ使う?」
彼はそう言った。その言葉に僕はちょっと驚きと恥ずかしさを感じた。僕は彼にライバル心を燃やしていて、彼より部屋を先に取られて先に練習をされていることに嫉妬していたということに、そのとき初めて気づいた。そして彼のその言葉に少し戸惑いつつも、彼の優しさに驚きながら部屋に入っていった。そして二人でどちらかが試験管に成りすまし、本番同様に演奏をし合った。試験直前だということを忘れさせるくらい楽しい時間を過ごした。だって近藤君がわざわざドアを開けるところからシミュレーションするからだ。僕も渋々彼の真似をしてドアを開けて中に入るところからやった。その時は笑ってしまったけど、二人とも演奏しているときはとても真剣だった。
 実技試験はお互いそこそこうまくいった。二人はメールアドレスと携帯番号を交換して、「健闘を祈る!」という感じでその日別れた。それから2週間後、見事に二人とも合格していた。結果を知ってから知ったのだが、近藤君はどうやらとても優秀なピアノの実力の持ち主らしく、日本全国の中学生三学年で行われるピアノジュニアコンクールの3年生の部門で特別賞をもらったことがある実力者だそうだ。僕は小さい頃からピアノを鬼の先生にしごかれてきているけど、コンクールのような華やかな場所に参加したこともなかったし、近藤君がとても輝いて見えた。

 そして僕達二人は入学してからもとても仲が良かった。一緒にお昼は食べるし、時間が合えば帰りも一緒に帰った。近藤君は読書がとても好きらしくて、沢山本の話をしてくれた。僕は本が大の苦手で少し頭が痛くなりそうだったけど、近藤君の喋る姿は面白かったし、一緒にいて楽しかったから不思議と聞き飽きることはなかった。
 「僕ね、神様を信じてるんだ。あ、無宗教なんだけど、神様はいると思うんだ。」
 「そんな話誰ともしたことがないよ。近藤君は、そういう本が好きなの?」
 「こういう話大好きなんだ!まぁ、そんなに馬鹿みたいにそんな本ばっかり読むわけじゃないけど。」
 「じゃぁ今度貸してよ!僕本苦手だけど、なんか面白そうだから。」
 「じゃぁ貸すよ!明日5冊くらい持ってくるよ。」
僕は少し疑問に思った。僕は小さい頃から毎日何時間もピアノのことだけを考えて練習し続けてきた。近藤君もあの実力ならきっと僕と同じくらい、いや、もしかしたらもっと毎日練習してきたかもしれない。それなのに彼は毎日それと同時に読書も沢山してきたんだ。僕は読書をしてこなかった。僕にとって5冊の本を読むというのは、大変な課題である。小学校の時国語の授業で図書館に90分いさせられて子供用の本の3分の1くらいを読むのが精一杯なくらいだ。それなのに彼にとって5冊というのは気軽に読める量であって、しかも自ら好んで読むものなんだ。僕は彼は頭もいいのだと思った。
 僕は家に帰っていつものようにピアノに向かった。ベートーベン作曲、「悲愴」の第二楽章を弾き始めた。僕が大好きな曲だ。僕は帰ってから寝るまでその曲を練習しつづけた。

 あくる朝、また1階の練習室からピアノのメリハリのある音色が。中を覗くと近藤君だった。そして僕が昨日の晩練習していた「悲愴」の第二楽章を弾き始めた。その音はあき変わらず一音入魂。でも溶け合って綺麗で、それでいてはっきり何かをこちらに伝えてくる不思議な魅力があった。
近藤君が座ってる椅子の右下に袋に入った5冊の本が置いてあった。その横に近藤君のであろうショルダーバックが置いてある。その中からもブックカバーがしてある分厚い本が一冊見えた。(また近藤君本読んでるのか、、すごいなぁ)と感心しているとピアノの音が鳴り止み僕の方を近藤君が見ていた。ドアを開けると
 「本、持って来たよ。感想聞かせてね。」
とドアの隙間から5冊の本が入った少し重そうな袋を僕によこした。
 「うん、でも僕に読めるかな。難しい話じゃない?」
 「全然難しい話じゃないよ!すっごく面白いよ!僕の好きな本ベスト5だよ。あ、でも実家にあるのも含めるとベスト5ではないかも。でもとにかく面白いから!」
そう言って僕はその5冊の重たい本を家まで持って帰った。いつもならピアノの練習をするためにすぐ向かうのだが、その日はこの僕が本に向かっていた。なんとなく一番ぺージ数の多そうな分厚い本を手にとってみた。1ページ目を開くと最初のページにタイトルが書かれてあった。

『光と影』

そして次のページを開くと、西洋の綺麗な顔をした美少年がピアノを弾きながら泣いている絵が2ページつかって一面に書かれていた。僕は何故かその絵を見て心臓がドクッと急に動いた。その美少年の顔が、どことなく近藤君に似ていたのだ。近藤君はちっとも西洋の顔立ちではなくて目は細く、鼻も高くなく、日本の典型的な顔立ちなのに。僕は何故か飲み込まれるようにその本の冒頭を読み始めて、最後まで止まらなかった。







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