赤々と燃え上がるような身体と深い漆黒の海に閉ざされた心。 自分で自分を抑えられない…… 一度スイッチが入ると、バッテリーが消耗し切るまで狂ったように快感を求めて、苦しくて切なくて…… この身体はいったいどうなってしまうのだろう…… 乃亜はベッドの上で、まるで放置したビーズ人形のようにグッタリと横たえて呼吸だけが荒々しかった。 真空に放り出されたかのように、彼女の耳にはしばらくの間何も聞こえない。 唯一聞こえるとすれば、高らかに波打つ自分の心臓の鼓動。それが次第に収まってゆくにしたがって、周囲の雑音が虚ろな意識の中に迷い込んでくる。 シャワーの音が聞こえる…… 身体の余韻の波が収まってくると、乃亜は周囲の音に対してようやく認識を示す。 激しいセックスの後、放心してしばらく動かなくなる彼女を知っている所沢の開業医、薗部は、いつも自分のペースで先にシャワーを浴びる。 薗部志郎。彼は、乃亜が父親以外の男と初めて経験した相手だ。川越に大きな個人病院を構える三十八歳。 と言っても、開業したのは父親で彼はその後を早々と継いだにすぎないのだ。何でも、五年前に父親はガンで亡くなったらしい。 「大丈夫か」 シャワーを終えた薗部は、ベッドサイドに腰掛けて微笑んだ。 乃亜はゆっくりと肯いて、空虚な笑みを見せると、自分もシャワーを浴びる為に浴室へ歩いた。 熱いお湯が身体に染み込んで、汚れを少しだけ洗い流してくれる。ボディーソープをたっぷりと使って全身を隈なく洗う。 彼女は何時も、左胸を丹念に洗ってみる。しかし、刻まれたカラスアゲハの美麗な翼は、決して消えはしない。 乃亜は男と交わる事によって、父親のトラウマを跳ね除けている。 最初は怖かった。しかし、通常ではありえない父親しか知らない自分の身体が、あまりにも無常に思えた。その思いを振り払う為に、出会い系サイトにアクセスした。 初めてホテルに入った時は、膝の震えが止まらなかった。 これは、唯一あたしがあの男にできる反抗だ……乃亜は自分自身に言い聞かせて壁易を飛び越えた。 何てことは無かった……どうって事無いじゃん。このぐらいはみんながやってる。 父親が彼女に施す行為に比べれば、みな優しかった。 彼女は倫理の一線を超える事で、奇しくも父親からの性的虐待がトラウマとして心をえぐる事から逃れる事が出来たのだ。 しかし今は……彼女は熱いお湯に打たれながら考える。 これも全てあの男のせい。あの男がカラスアゲハと一緒にあたしの身体に刻み込んだ呪縛のせいだ。早熟な身体を甚振ったあの男のせいであたしは……
チェックアウトの際、ロビーに通じるドアの横を通った時、乃亜は見覚えのある顔をそこに見た。 笹沢静果……乃亜の担任教師だった。 彼女はどう見ても高校生、つまり乃亜と変わらない年格好の男の子と部屋を選ぶロビーへと入って行った。 チェックインとアウトする者同士が顔を合わせない作りになっているこのホテルだが、実際はかなり近い場所を行き来する為、壁のアクセントにくり貫かれた穴からお互いの姿が見える時があるのだ。 乃亜は慌てて壁の飾り穴から遠ざかった。 担任の笹沢は確か二十九才。ガリガリに痩せているのに何故か出る所は出ている。 学校に来ている時はパンツスーツが多く、髪の毛もアップにしていてあまり化粧気も無い為、いたって地味な印象だが、今見た彼女の姿は、胸の大きく開いたカットソーにタイトなミニスカートを履き、髪の毛も下ろしてバッチリと化粧もしていた。 一瞬乃亜は、あれは本当に笹沢だろうかと自分の目を疑ったくらいだ。 しかし、あのエロティックな女は確かに笹沢静果だった。 教壇に立ち、時には道徳的な指導で声を荒げ、何かあったら相談に乗る素振りを見せて常に優位に立とうとする。 自分達生徒よりも、何でも知っている優れた人種を装っている教師…… 普段やっている事はあたしと同じじゃん……笹沢だって、結局男を欲するただの女じゃん。 「どうした?」 急に足取りの重くなった乃亜に、薗部が言うと彼女は急に足を早めて 「何でもない」
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