新しい部屋は、何だか自分の居場所ではないような気がして落ち着かなかった。 クローゼットがあるので大きな箪笥は捨ててしまった。小さな鏡台と本棚。小さなローテーブルに新しく買った液晶テレビ。 勉強机と共用のパソコンデスク。そして、木製のシングルベッド。 生活用品は取りあえず揃って、生活観も充分あるにも関わらず、何故か落ち着かない。 フローリング風の床は思いの他冷たかったので、小さなラグを敷いてみた。それでも、床に座っても、ベッドに座ってもどうにも落ち着かない。 男たちと入るホテルの方が、よっぽど落ち着くかも知れない。 乃亜は、父親の葬儀が終わって一週間もしないうちに引っ越した。 四十九日なんて知ったこっちゃあ無い。 最初の数日間は、静かな夜を連日過ごす穏やかさに心が安らいだ。それは確かだった。 しかし、さらに一週間経った頃、異常な身体の疼きに耐えられず、乃亜は自分から小手指の歯科医に連絡を取った。 そう……この落ち着きの無い身体は部屋の問題ではない。 乃亜はあの男がいなくなるまで、週に何度も凌辱され続けた。 出張で出かけた時にはその日数分逃れる事が出来たが、帰ってくるとその分その行為は連夜に渡り続いた。 小柄な彼女の身体は、それを好む男の心を知らないうちに誘惑していたのかもしれない。 考えてみれば、母親も線の細い小柄な女性だった。 十三歳の夏から続いたおぞましい体験は、何時の間にか麻薬のように彼女の小さな身体に染み渡り、全身の性感帯を犯していた。 あの男の残した呪縛は、タトゥーだけでは無かったのだ。 乃亜は、歯科医の男に何時も通り入間市駅まで車で送ってもらい、そこから自転車で自分のアパートへ向かった。 乾いた夜の冷たい風は身体を包むように流れて、少しだけ心地よかった。
乃亜はバイト先で真鍋がDVDを返却しに来るのを待っていた。しかし、5日経っても姿を見かけないので、こっそり貸し出しデータを覗いたら、何時の間にか返却になっていた。 気付かなかったのか……いや、そんなはずは無い。おそらく自分の入っていない時に返却に来たのだ。 真鍋幸(こう)……今度はしっかりとフルネームを確認した。 何処の学校に通っているのだろう。 乃亜は、もう一度彼に会いたかった。あの真鍋幸という男と無性に話をしてみたいという衝動が胸の中に膨れ上がった。 こんな気持ち初めてだ……異性に心が揺れ動いたのは初めてでは無い。 しかし、今までは夜な夜な繰り返される父親の行為に後ろめたさを感じて、同世代の男の子に対して正面から向き合う事を恐れていた。 自分の汚れた身体に嫌悪を抱き、自分を好きになれない。そんな自分が、誰かを好きになってはいけないと思っていた。 あの男が死んだ事によって、少なくとも自分の意志に反した凌辱を受ける事は無くなった。それが、乃亜の心を少しだけ開放的にしたのかもしれない。 とりあえず住所もチェックして電話番号も記憶した。電話は携帯番号だったが、まさかいきなり自分から電話をするわけにも行かないし、家を尋ねて行くわけにも行かない。 もともと乃亜にはそんな勇気などないのだ。 もし、この左胸にタトゥーが入っていなかったら……いや、それは言い訳なのだ。いきなり素肌をさらすわけでもない。 しかし、普段は見えない部分に対しても人はコンプレックス抱き、それが行動を消極的にする事は確かなのだ。 乃亜はラストまでの店員に挨拶をしてバックルームへ入った。お店は深夜二時まで営業しているが、高校生の乃亜は十時に上がりとなる。 裏口から出て自転車に乗ろうとした時、乃亜の携帯電話が鳴った。
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