それからコウと乃亜は、頻繁に会うようになった。もちろん、結衣島乃亜として。 一見澄ましていて、とっつき難そうに見える彼だったが、何処にでもいる普通の男の子だった。 コウは所沢にある高校に通っている。自宅は武蔵藤沢だったから、彼が入間まで来る時もあったし、乃亜が所沢まで出る事もあった。 日曜日には航空公園まで出向いて、芝生の上で乃亜が作ったお弁当を広げたりもした。 淡い陽射しに照らされた彼の茶色い髪が、風でそよぐ姿が乃亜は好きだった。そして、彼の笑顔の中で光る澄んだ瞳は、まるで精霊が宿ったように乃亜の心を捕らえた。 彼の瞳に見つめられると、乃亜の心は少しだけ浄化されるような気持ちになった。 何度目かに会った夜、コウが乃亜の部屋に来た。 「一人暮らしの部屋に入ったのは初めてだな」 コウはそう言って笑うと「女の匂いがする。いや乃亜の匂いかな」 「何それ? どんな匂い?」 「甘くて、切ない香り」 「フレグランスかムースの香りでしょ」 乃亜は、紅茶の葉をティーポットに入れると、お湯を注ぎながら言った。 「そうかもね」 コウはただ笑って、ベッドの上に腰を下ろして足を投げ出した。 「ねえ、亜矢乃とは、した?」 「なんだよ急に」 「ううん。何となく訊いてみたかったの。だって、あんなに開放的は笑顔を浮かべるんだもの」 コウは紅茶を一口飲むと 「俺にその気は在るんだけど、彼女、意外と固いよ」 乃亜はコウの言葉に思わず吹き出した。 「キミは?」 「何?」 「乃亜も固いの?」 「試してみる?」 コウは乃亜の顔に自分の顔を近づけると、そのまま唇を重ねた。 乃亜は彼に押し倒されるまま、身体を委ねた。 彼女は、初めて自分からTシャツを脱ぎ捨てた。何故かは判らなかったが、燃え上がる身体の熱が、そうさせたのかもしれない。 そんな気持ちになったのは初めてだった。これが人を好きになると言う事なのだろうか。 全てを受け入れて欲しくて、全てを見て欲しくて…… コウは、一瞬乃亜の白い胸に目を止めると 「綺麗だ……」 乃亜はほくそ笑んで「胸?それとも、カラスアゲハが?」 「これ、カラスアゲハって言うの?」 コウはその美麗な翼を優しく撫でると「小さいときに見た時ある」 「あたしの事は縛ったりしないでね」 「何?」 コウは、乃亜の胸の上で顔を上げた。 「エッチなDVDを借りてたでしょ」 「ああ、あれは、自分ではとても出来ないから面白いんじゃないか」 そう言って微笑むと、彼は乃亜の胸に頬をつけた。 コウの頬はスベスベしていた。その温かさが乃亜の胸に優しく伝わり、それはずっと奥の方まで染み渡った。 肋骨を抜けて心臓を抜けて、そして心の奥まで浸透すると、何だか自分の気持までが優しくなるような気がした。 彼の反応を見るまでは怖かったけど、全然恥ずかしくなかった。 彼ならきっと受け入れてくれると思った。 もしも、まだナツミが生きていてくれたら、今ならきっと打ち明けられる。彼女もきっと受け入れてくれるだろうと思った。そして、ちょっぴり悲しい顔で慰めてくれたに違いない。 生きているうちに打ち明けておけばよかった。 彼女の生死とはまったく関係ない事なのに、ナツミに秘密を持っていた事が、何だかとてつもない後ろめたさを生み出して、涙が込み上げてきた。 生々しい息使いのコウが、途端に愛しく感じて、乃亜は彼の頭を両腕で抱えるように包み込んだ。 自分が少しだけ大人になった証拠なのだと思った。
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