金曜日の夜、バイトを終えた乃亜がアパートに帰ると、ナツミがドアの前に座っていた。 「どうしたの?ナツミ」 ナツミはただ笑って俯くだけだった。 「また、プチ家出?」 乃亜の言葉に彼女は小さく肯いた。 「しょうがないなぁ」 乃亜は肩をすくめると、玄関のドアを開けてナツミを招き入れた。 ナツミは「えへへぇ」と小さく笑うと、乃亜の後から玄関に入ってスニーカーを脱いだ。 「大丈夫なの?こんなにしょっちゅう家出して」 「親も、時期帰ってくるのが判ってるからね」 ナツミはそう言って笑うと「永遠に家出されるよりはマシでしょ」 熱いコーヒーをテーブルに置いた乃亜は 「でも、彼氏は一人暮らしじゃなかった?」 「最近、課題で忙しいから家には来るなって」 「そう…なんだ」 ナツミはコーヒーを飲みながら 「でも、一緒に出かけてはいるんだ」 そう言いながら、首をすくめて笑う。 「そう……」 乃亜は少しだけ不安げに笑った。 その時彼女は、何だかとても嫌な予感が頭を過ったが、何も感じなかったふりをした。 「ナツミ、ご飯は?」 「実はまだなんだ」 「じゃあ、外に食べに行こうか」 そう言って、二人は乃亜の自転車に一緒に乗って、駅に続く並木通りにあるファミレスへ向かった。 並木通りはゆるい下りになっているが、二人乗りの自転車は思いのほかスピードが出た。二人の髪の毛が物凄い勢いで、後ろにはためいていた。 「あっ、ヤバイ!」 「何が?」 ブレーキを握っても止まる気配の無い事に気がついた乃亜に対して、ナツミは髪を風で靡かせながらのん気に訊き返した。 「止まんないよ…… ほら」 乃亜がそう言った時、向かっていたはずのファミレスを通り過ぎた。 「なぁあにやってんの?乃亜ぁ」 「あんたが重いから止まらないのよ」 自転車は五十メートルほど先でようやく止まりきる事ができて、二人は仕方なく上り坂を歩いて引き返した。 「もう。ブレーキ遅いんだよ。乃亜」 ナツミが笑いながら、乃亜の肩をバシバシと叩いた。 「だって、ニケツでここ下ったの初めてなんだもん」 自転車を押す乃亜も、何だか楽しい気分でひたすら笑った。 ドリンクバーで二時間粘って、再び乃亜のアパートへ戻ると、ナツミはバックの中にちゃっかり部屋着のスエットを持って来ていた。 「ねぇ、今日は一緒に寝よう」 その夜、床に布団を敷こうとする乃亜にナツミは言った。 「えっ、べ、別に、いいけど……」 少し困惑した笑みの乃亜に、ナツミは笑って 「大丈夫だよ、あたし変な趣味はないから」 二人は一緒のベッドで眠った。 シングルベッドの為、少し窮屈だったが、身体が触れ合う温もりがちょっとだけ乃亜には心地よくて、でも、ちょっとだけ恥ずかしかった。 翌日の土曜日、乃亜とナツミは一緒に買い物をして昼食を共にした。 西武百貨店の催事場で大々的な古本市をやっていると言う張り紙を見て、二人は興味をそそられ足を運んだ。 「ねぇねぇ、これ見て。スッゴイ昔のアイドル」 ナツミが雑誌のコーナーで昔のアイドル雑誌を見つけてケラケラと笑っている。 「うわっ、キッツー」 乃亜も、八十年代のアイドルを見て思わず声を上げる。 「あ、でも○○ちゃんのデビュー当時、可愛くない?」 「えぇっ、なんか、田舎もん丸出しじゃん……」 別に買う気はさらさら無い二人だが、自分達の知らない時代のモノがやたらと珍しく目に留まって、小一時間も古本市で時間を潰した。 夕方にはナツミが彼氏の所に行ってみるというので、所沢の駅で別れた。 「追い返されたらまた宜しくね」 ナツミはそう言って笑うと、乃亜に手を振った。 「あ、そうか……」 上り電車を見送った乃亜はそう呟くと、再び駅を出て、丸井百貨店へ足を戻した。 なんだかバタバタして忘れていたが、明日はナツミの誕生日だ。何か買っておいてあげよう。もしかしたら、今夜にも再び彼女が来るかもしれない。 乃亜は久しぶりに誰かに何かを買うと言う行為に、少しだけ胸が弾む気持ちでエスカレーターに軽々と足を踏み出した。 しかし、乃亜がナツミの笑顔を見るのは、この日が最後となった。
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