ゴールデンウイークが明けた日は大雨で、残っていた桜の花は見事に散り終えて道端に湿った花道を作っていた。 その翌日から、日差しは急激に強さを増した。
「いいよなあ、好聖館の娘……」 最近、幸彦が嫌味っぽく僕の横でよく呟く。 僕の現状を認めながら、まだどこか事実を否定している。 みな、好聖館の生徒は見たままに清楚で上品で奥ゆかしくて、とっつき難い……そう思っている。 正確ではないが、僕の学校で好聖館高校の生徒と付き合っているのはごく少数で、学年に一人いるかいないからしい。 それだけ高値の花だから、理想は幻想を生む。 実際はありふれたごく普通の女子高生と何も変わらないのだけれど。
何時ものように放課後、紫里と一緒に時間を過ごしていた時、僕はふとした事に気付いた。 それは今日、教室で見た光景が頭を過ったからだ。 クラスの女子がプリクラノートを見せ合っていたのだ。 以前のクラスの友人と撮った物や、×印のついた元カレ。新しい今カレ……。 それぞれに見せ合いながら、教室の隅でギャーギャーと甲高い笑い声で盛り上がっていた。 しかし紫里は……? 以前、彼女がスケジュール帳を取り出した時、そこには一枚もプリクラが張られていなかった。 いや、表紙の内側に一枚だけ、知らない女の子と撮ったものが一枚貼られていた。 手帳を取り出した時カバンの中が少し見えたが、他にプリクラ手帳らしき物も見えなかった。 彼女はアレだけ僕と撮ったプリクラを何処にやっているのか? 普通は身近な物に貼りたがるのが女子のパターンで、手帳だったり携帯だったりそれは様々だが、何故か自然に目に入り易い場所に貼りたがるのもだ。 しかし、紫里の持ち物には何処にも僕と撮ったプリクラの姿は見えない。
紫里はコーラのLサイズのストローに口を着けて、ブクブクっと吹く。 「他の飲み物頼めばよかったんじゃない?」 「なんで?」 「炭酸苦手なんだろ? コーヒーとか飲めば?」 僕は自分のアイスコーヒーを指でつつく。 「苦いのヤダ」 「じゃあ、オレンジジュース」 「ミカン嫌い」 紫里は目を細めて甘えたように笑うと、再びコーラをブクブクと吹く。 彼女は果物に例えると、きっとブルーベリーだ。 見かけはとっつき難い不透明絵の具のような濃い紫色で、国産の果物と比べるといかにも異色な色合。 上品そうだが、苦いか酸っぱそうで近寄りがたい。 見た目では誰もが触れる事に躊躇するけれど、口に入れると濃厚な甘さがある。 彼女のクールで清楚な装いと、甘ったるい感じの内面はブルーベリーだ。
そろそろ聞いてみようか……僕は喉元で押さえ込んだ疑問を切り出す。 「なあ。紫里は、プリクラ帳とか持ってないの?」 「えっ?」 モスバーガーの窓際でホッとドックを咥えながら、彼女は僕の問い掛けに目をパチクリとさせてくぐもった声を上げた。 僕は食べ難い照り焼きバーガーの端っこを齧りながら 「だって、さんざんプリクラ撮ってるのに、何処にも貼ってないしさ」 紫里は炭酸の抜けたコーラでホットドッグを喉に流し込むと、長い睫毛を何度も瞬きさせる。 「あたしは家にしまう派だから……だってほら、何処かに貼ると劣化してダメになるじゃん」 彼女は笑った。 「そうか。そうだよな」 「そうだよ。あたしは机の中にコレクションしてるの」 言われてみれば確かに、大切なステッカーとかはよく使わずにしまう事も多い。 彼女にとってのプリクラシールも、そんな部類なのか。 机の中にしまっているのがベストだろう。普通、コレクションといったらそんな風に大切にしまっておくものだ。 好聖館だしな……。 僕は無理にでも自分に言いきかせる。
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