花びらが遊歩道を白く覆い尽くして、陽の光りに照らされていた。 散りかけの桜は、遅咲きの木と相まって再び頭上は満開に近い花の戯れに包まれる。
春の合同展覧会三日目、例によって紫里が持って来た弁当を食べていると、近くで声がした。 「ユカリー」 僕は声の方を振り返り、ギョッとする。 金髪……いや、アレはブロンドと言うのだろうか。 紫里の名を呼んだのは、真っ白肌でブロンドの娘……僕は他のユカリがいるのだろうと思った。 思わず周囲を見渡すが、ブロンド娘は明らかにこちらを見ている。 紫里が小さく手を振って、ブロンドの彼女はこちらへ近づいて来た。 「知り合い?」 僕は紫里に小声で訪ねる。 紫里は小さな水色の箸をくわえたまま「ふん」と頷く。 「クラスの友達」 「クラス?」 僕が驚いたのは、紫里に近づく彼女の髪がブロンドだからではない。 水色のボタンダウンシャツに赤いタータンチェックのスカートを揺らしながらホクホクと近づいて来る。 ブロンドは自然だ。彼女にしてみれば。 紫里の目の前で立ち止まった彼女は、茶色の瞳で笑う。 「ユカリ、ボーイフレンド?」 どこかたどたどしく、それでいてなんか悠長に言葉を発する。 紫里のクラスメイトは外人だった……異端者というか、異国の人。 「今ね、ホームステイに来てるの。ルーシー」 紫里は僕に微笑んで、次にルーシーを見上げる。 「ワタシ、ルーシー・ルーテシアだお。ヨロシクだお」 紫里でもルーシーにでもなく、僕は声をだす。 語尾の「だお」ってなんだ? 本場の白人の肌は、春の紫外線を浴びて、ほんのりピンク色をしていた。 それが少しテカッて、まるで風呂上りのように色気があるのだ。少しカールしたブロンドの髪が、妙に艶やかだ。 クルリとカールした長い睫毛は、ホンモノだろうか? でも、どうして「だお」なんだ? 「こちら友達の哲くん」 「ヨロシクだお〜。トオル」 ルーシーはそう言って頭をコクリと下げると、紫里の隣、僕とは反対側に座る。 「イイネ、オベントウ。ユカリガツクッタ? ウラヤマシイだお」 「あ、ルーシーも食べる?」 紫里は自分の弁当から、だし巻き卵を一切れ箸に突き刺して、ルーシーの口の前に差し出す。 彼女は白人女性の割には小柄で、背丈も体格も紫里とそう変わらない。 ニコリと笑うと、小さいな顔を突き出して、紫里の差し出した卵焼きを口へ入れた。 「オイシーだお!」 ルーシーは頬を膨らませて笑った。 うっすらと浮かぶそばかすさえ、なんだかチャームポイントになっている。 好聖館高校は、積極的にホームステイなど海外の生徒を受け入れているらしい。 ルーシーの他にも三人ほど外国人留学生がいるそうだ。 彼女はホームステイ先の家族と、桜見に来ていたらしい。 いささか不思議な日本語を悠長に話す異国のルーシーは、十分ほど紫里と話すと 「ジャアネ。ユカリ、トオル」 何故か僕にだけはウインクを飛ばして立ち上がると、ブロンドの髪を揺らしながら桜が立ち並ぶ敷地の遊歩道を去って行った。 そんな感じで結局展覧会の間も、ほとんど毎日彼女と会っていたという事になるだろう。 その日の紫里はよく写メを撮った。 「あの桜、まだかなり咲いてるね」 紫里は、屋外展示場で暇そうな僕を見つけては引きずりまわす。 ゴールデンウイーク後半のデートでは、何度もプリクラ機器の前で頬を寄せ合った。 「あれも撮ろう」 「あ、ああ」 「ほら、あっちのやつ新型だよ」 「おい、これ1回500円だぞ」 「じゃあ、あたしが出すよ」 日差しは日を追うごとに強さを増して、それに釣られるようにカップルとしての高揚感が高まる。 僕はそんな喧騒にも似た怱忙《そうぼう》に呑み込まれながら、恋愛の幻影に獲り付かれていたのだ。
【5月5日21: 58】
…………………… ホームステイをしているオーストラリアの学生に会った。 フロンドの白人の少女は不思議な色気に包まれていた。 彼女が使う不思議な日本語。その語尾の「だお」は、どうやら日本のインターネット掲示板の影響らしい……。
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