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作品名:Blueberry&Raspberry(ブルーベリー&ラズベリー) 作者:徳次郎

第5回   【4】成り行き
 紫里はとにかく人懐っこくて、人見知りする僕の心の扉を小さな隙間からグイグイと覗き込む。
 だけどそれは決して不快なものではなく、寧ろ心地よくて自分にこんなに女性との交際能力があるのかと錯覚させるほどだ。
 別に女の子と付き合えないような自閉的な性格ではない。
 ただ、いきなりナンパしてその日に食事をするとか、初対面でいきなり弾む話題を次々に繰り出すとか、そんな事が出来ないだけだ。
 確か恵美と知り合ったのも幸彦の中学の同級生で、最初は複数で遊んでいた。
 その前だって、グループで遊んでいるうちに気の会う相手を自然に見つけたような感じだった。
 だから、さっき会ったばかりのこの紫里とマックに入って会話も途切れず、予定の駅を通り越して繁華街に繰り出して一緒に歩いている自分を、何だか他人事のように冷静に分析してしまうのだ。
 しかし、分析しようとしている割には、どんどん彼女のペースにハマってゆく。
 やっぱり舞い上がっているのか……。

 紫里は歩いていると突然向きを変えて、小さな子供のように雑貨屋の店頭商品へ駆け寄る。
 引っ張れる僕も、急な方向転換にヨタついて、デレデレと苦笑に似た笑みを浮かべながら彼女の後を追うのだ。
 彼女は人の話しを聞くとき、飼い主を見つめる仔犬の如く、とにかくジッとこちらの瞳を見つめる。
 例えば雑貨屋で腕飾りやぬいぐるみを見ていても、僕が話しかけるとこちらへ振り返り必ず視線を向ける。
 僕は、仔犬のようなその視線が気恥ずかしくて、思わず目を伏せてしまう事もしばしばだ。
「ねえ」
「あぁ?」
「けっこう楽しくない?」
 紫里は丸々した白いフクロウのぬいぐるみを頬にスリスリしながら僕を見つめて笑った。
「あ、ああ……」
 僕は一瞬交わした視線をほんの少しそらす。
 ていうか、売り物に頬ずりすんなよ。
 本当はメチャクチャ楽しかったけど、それを見透かされないようにクールを装う。
「じゃあ、決まり?」
「えっ? なにが?」
 紫里は僕のスタジャンの袖を指先で掴むと、売り場を移動する。
「ねえ、このストラップお揃で買おう」
 まるで、数ヶ月の付き合いであるかのような口調だった。
 紫里は、変な毛糸球で出来たような小さな人形を二つ手に取る。毛糸の色で、恋愛や友情や金運など願掛け目的が異なるらしい。
 僕は彼女の勢いに押されるように、一緒にレジへ向った。




 低いビルの向こうから西日が眩しく照らして、影が長く伸びきっていた。
 駅のホームには帰宅途中のサラリーマンがザワザワと行き交う。
「コレで決まりでしょ?」
 帰りの電車に乗り込むと、紫里が言った。
 小さな小袋から、携帯ストラップをひとつ取り出して僕に差し出す。
「あ、ああ……うん」
 僕はぼんやりとした動作で、それを手に取った。
 その途端、心臓の鼓動が高鳴る。
 契約は交わされた。
 こんな始まりでいいのか?
 交際が始まったというにはあまりにもあっけなく、現実感もなかった。
 夜道で大金の入ったハンドバッグでも拾った気分だ。
 しかし僕は、自分でも知らないうちに彼女と契約を交わしていたのだ。
 それは、彼女しか知らない秘密の規約。
「じゃあ、メール教えて」
 彼女は自分の携帯電話を差し出す。
「あ、ああ……」
 僕も自分の携帯電話を取り出すと、彼女が僕に向けて差し出す携帯を困惑して見つめた。
「赤外線……使えるでしょ?」
「赤外線?」
 何となく聞いた事はある。しかし、そんな機能使った事もない。
「俺、やりかた知らないんだけど……」
「もう、しょうがないなぁ」
 紫里は苦笑すると「ちょっと貸して」
 僕の携帯をグイッと掴む。
 反射的に、僕の手はピクリと動いて反応した。
 彼女の白い冷んやりとした指が僕の手に触れたから。
 紫里は何か操作をしてから自分の携帯と向かい合わせに近づけた。
「はい、終わり」
 パチンと音を立てて、閉じた携帯を僕に差し出す。
「えっ? これでもう入ってるの?」
 僕は紫里から渡された自分の携帯を開いた。
 確かに水原紫里の名前と電話番号、そしてメルアドが入っている。
 アドレスを自動登録する。
「へぇ……」
 僕は呟くように携帯を閉じると、彼女から貰ったストラップを取り付けた。
「俺のも入ったの?」
「うん。もうバッチリよ」
 彼女の笑顔に見つめられながら、僕は携帯をしまう。
 紫里が自分の携帯に同じストラップを直ぐに着けない事に何の疑問を持たないまま……。
 間も無く僕が学校へ行く際に乗降する駅に着くと、紫里はそこで降りた。
「じゃあ、メールするね〜」
 彼女は目を細めて笑うと、少しおっとりとした口調で言いう。
 手のひらをこちらに向けて振った。
 僕は見慣れた駅のホームを歩く彼女を、見慣れない風景として暫く眺めていた。
 電車が走り出すと紫里は振り返って、窓の遠くからもう一度手を振る。
 気がつくと、僕も小さく手を上げていた。




【3月28日PM23: 33】

 ………………
 突然の出来事に僕は困惑する。
 それでも、明日からは今日までと違った新しい日々が待っていそうだ。
 世の中には変わった娘がいるもんだ。
 いや、世の中何が起こるか判らないというのは、本当らしい。





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