僕達は国道に出る通りまで来ると、どちらとも無く立ち止まる。 夕暮れの中に、車のヘッドライトが流れてゆく。 何時の間にか頭上を黒い雲が覆っていた。 重く沈んだ黒雲の遥か先に、僅かな陽が沈もうとしている。 「哲、向こうだよね」 紫里が抑揚の無い声で呟くように言った。 「送るよ。家まで送る」 僕は紫里がどれ程ショックを受けているのか計り知れなくて、不安だった。 覚悟していた悲劇が訪れた時、人はこんなにも抜け殻のようになってしまうのか。 僕は紫里を促して、歩いた。 電車に乗ればいいのに、何故かそれが言い出せなくて彼女が向うまま歩いた。
白壁の三階建てが見えたとき、上空から雨音が落ちて来た。 それはあっと言う間に景色を黒く塗りつぶす。 僕は彼女を急かすように促すが、紫里は立ち止まって肩を震わせると突然電柱の傍らにしゃがみ込んでしまった。 僕は一緒にかがんで彼女を抱きとめた。 彼女の濡れた背中が冷たい。 うう……えっう……と唸るような呑み込むような呻きを出して紫里は泣いた。 僕のシャツに彼女の涙がぽたぽたとシミを作って、雨の雫と同化する。 涙はどれほど流しても、決して枯れることはないらしい……。 僕が彼女の濡れ始めた髪の毛を撫でると、二人の頬がくっついていた。 生ぬるい液体で彼女の頬は熱く濡れている。 それが涙なのか雨なのかもう判らない。 親友を亡くした彼女が不憫だった。愛おしかった。 そのまま濡れた唇を合わせた。 紫里は僕にしがみ付くように、縋《すが》るように僕の唇に吸い付いて、二人の舌が激しく、優しく絡み合う。 頬にはりついた髪の毛をそっと指で払う。 震えていた。 紫里の舌も唇も、頬も、肩も、腕も、足も……絶望と寂しさで全てが震えていた。 彼女の涙か唾液か鼻水か、あるいは雨水か判らない液体が口に流れ込んで、僕はそれを吸い上げるように飲み込む。 僕の背中にしがみ付いた彼女の指が食い込む。 少しだけ解った気がする。 彼女のオニキスのような、謎めいた無垢な瞳の輝き……それは、囚われの孤独、そして孤高……。 親友をなくす恐怖。 僕達が日頃下品なバカ話で盛り上がっている最中も、紫里はひとりでそれに立ち向かっていたのだ。 誰かが彼女の悲しみをくみ上げてやらなければいけないような気がした。 それは彼女の家族でもなく、学校の友人でもなくて、僕なのだ。 兎瞳と共に時間を共有した僕の役目のような気がした。 「うう……ごめんね……」 「いいよ。べつに」 意味も解らず、紫里の声に応えていた。 きっと僕自身、今にも泣き出しそうな顔をしていたと思うけど、なんとか堪えた。 頬を伝っていたのは、たぶん空から落ちてきた雫だと思う。 雨は直ぐに小雨に変わった。 夏の夕闇に吹く風は、冷たく二人の肩先を掠めた。 僕の唇と舌先が、彼女のスベスベして濡れた頬の丸みを撫でる。 紫里の顔は、なんだか甘酸っぱくてブルーベリーの味がした。
【7月16日AM2: 57】
………………………… 今日、いやもう昨日なのだが、僕は同い年の人の葬儀を経験した。 葬儀に参列する事自体が初めてだった。 つい最近言葉を交わし、笑顔を交わした彼女は、もう呼吸もしないただの抜け殻と化していた。 それがなんだかとても不思議に思えて、僕は目頭を熱くする事さえ忘れていた気がする。 ただ言えることは……疲れた。 葬儀というのはあれほどにエネルギーを吸い取られるのか。 それとも、目の前の悲しみを乗り越える為に、あえて慌しく喧騒に満ちた静寂の行事として執り行うのだろうか。 途方も無く長いようで、あっけないほど短い三日間は終わった。 疲れているはずなのに、眠れない……。
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