モンシロチョウが目の前にふわりと現れて、僕は慌てて首をすくめた。 青葉の香りが風に漂う。 肌寒い風と穏やかに降り注ぐ日差しに、青々と茂った河原沿いの雑草は、瑞々しい姿で揺れていた。 気がつけば、クローバーとタンポポが小さな土手を埋め尽くしている。
河川が本流から流れ出る場所には水門が在る。 その上の敷地に数本植えられたソメイヨシノの枝には、紅い蕾が目立ち始めていた。 まだ三月下旬だと言うのに、今年の桜は少々早いらしい。 桜が数本並ぶ小さな敷地では、今日も老人たちがゲートボールで賑わっている。 小さな運河を渡って国道を横切ると、友人宅へ向かう為に僕は、駅に続く歩道を自転車で走る。
相変わらず異常に混み入った駅の駐輪場の一画に自転車を無理やり押し込んで、僕は改札に向って歩いた。 この時、自転車のまま幸彦の家まで行っていれば、何もないまま時間は過ぎて行ったのだろう。 ただ消費するだけの日々をうつらうつらと堪能して、高校生活の最後の年度を迎えていたに違いない。 駐輪場と駅との間に一本だけあるしだれ柳がゆらゆらと陽を浴びて揺れていた。 僕たち高校生の、ふらふらとだらしなく歩く姿にどこか似ている。
改札の周囲にはよく見かける制服を着た、僕と同じ年頃の高校生たちが何人かいた。 今は春休みの最中だが、部活のある生徒は毎日学校へ行くだろうから、別に珍しい風景ではなかった。 同類詮索の癖のような物で、どこどこの学校かと制服をチラ見する。 もちろん同校の生徒がいたって、親しくなければ声なんてかけない。 この駅の改札口は小屋のような待合室になっている。 しかし小さくてボロいので息が詰まるから、僕ら高校生などは大抵外で時間を潰すか、さっさとホームへ出る。 立て看板とフェンスの向こうに、僅かに見えるホームの端が丁度目線の高さにあって、風にはためくスカートたちの裾がチラリと目に入って気になった。 ミニ丈のスカートから覗く白い脚は、同年代だってつい目がゆくものだ。 電車の来る時間が迫って一番近い踏み切りの警報機が鳴り出す。 閉じかける遮断機の下を、丸々とした主婦が駆け抜けているのが見えた。 改札口の手間にいた連中はみな、流れるように改札を抜けて行った。 もちろん僕も改札口へまっすぐ向かおうとしていたのだが……。 しかし、それとは逆方向に歩き出した誰かの姿を僕は視界の片隅で捉えていた。 パタパタと軽快な靴音と共に、誰かが駆け寄ってくる。 それは僕の方にと言うより、僕に駆け寄って来たのだ。 「あの……」 見知らぬ娘が僕の目の前で立ち止まった。 オリーブグリーンのブレザーにグリーンのタータンチェックのスカート……制服は知っている。 伝統ある進学校で名高い好聖館《こうせいかん》高校の制服は、地元高校生なら誰でも知っているのだ。 戦前からある由緒正しい進学女子校で、二年後には少子化の波を受けていよいよ共学になる事が決まったらしい。 僕は驚いて身を引く勢いで立ち止まると、自分に声を掛けようとしているのか、それが本当なのか確認する。 甘い香りが鼻をくすぐった。
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