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作品名:記憶の断片 作者:三毛猫三郎

第9回   村の公会堂


 ミノルが生まれ育った田舎の村の公会堂は、バス通りから神社に通じる路の角にあり、敷地の周囲を葉が柔らかい松の木の垣根が囲んでいた。大きな石柱の門を入ると正面に大きな松の樹があり、ぐるっと回ると広い石畳の玄関だった。玄関の屋根は太い梁とがっしりした柱で支られて、軒下に燕がよく巣を造っていた。

 雨降りの日には広い石畳の玄関でミノル達はパッチンなどをして遊んだ。パッチンには相撲力士の絵などが描かれていて、床に打ちつけて相手のパッチンを裏返すと自分のものになった。上着のボタンを外してモモンガーのように広げて風を起こすとパッチンは容易に裏返った。兄貴分のカズアキが
「これはうまくできたろう。油に湿すと重くなっていいぞ」
とパッチンを五枚くらい重ねて周囲を糸で綺麗に括ったものをミノルに見せた。それは離れた場所から投げて積み重ねたパッチンに乗ると下のパッチンが獲得できるゲームのもので、皆できばえを競い合った。パッチンはミノル達にとって宝物で大切に保管していた。

 馬乗り遊びも石畳の玄関でできた。二組に分かれて馬の長さを競うのだ。一組目の一人が柱を背にして立ち足を広げ、その股下に二人目の頭を入れ、腰を折り背中を平らにして馬を作る。それに他の組の者がジャンプして飛び乗ると、更に前の組が馬を足してゆくのである。ジャンプに失敗して落ちる者もいたが馬は百足のように長くなった。助走して勢いよく、どんどんと乗る。
「あー、うー」
 と顔を真っ赤にして馬は踏ん張る。ふらついている馬に
「頑張れ、つぶれるな、がんばれがんばれー」
 と声が飛ぶが、堪えきれずに、ドッと崩れてしまう。擦り傷程度はできたが、日が暮れるまで夢中になって遊んだ。

 雨が降らない日は缶蹴りをした。鬼ごっこと隠れんぼを一緒にした遊びで、蹴り出した空き缶が地面に描いた円の外にある時は鬼に見られてもよかった。鬼が隠れている者を捜しているうちに円の中の缶を蹴り出すとゲームはリセットされた。また、誰かが蹴って
「カラ、コロ、カラン」
 と缶は遠くに転がったので、ミノルは息を切らして公会堂の裏手に隠れた。太い桜の樹がありヤニがべったり手に付いたので、”このヤニで舟が動くか明日試してみよう”などと考えたりした。

 掃除などで公会堂の玄関開いているときがあり中に入れた。下足を脱ぎ、お寺の拝殿のような階段を上がると回廊になっていて、障子の向こうが畳敷の大広間だった。上を見ると周囲を円曲させた高い格子天井から大きな白熱灯が等間隔に下がっていた。酒の臭いがぷんぷんすることがあり
「また青年団が昨夜酒盛りをして騒いだんだね。そう云えば外に一升瓶がゴロゴロしていたよ」
 とミノル達は鼻をヒクヒクさせた。そしてドタバタと中を走り回っているうちに、「こらー、勝手に入っちゃだめだよー」
 と見つかって、外に出された。

 公民館では映画をときどき無料で上映したので、大人も子供もそれを随分と楽しみにしていた。夕食を早めに終えると家族で出かけた。母親のトシは
「大勢集まるから必ずマスクをするんだよ」
 と風邪をよくひくミノルに重ねて云った。
 映写機が
「カタカタ、ジリジリ」
と音を立てながら天井から下がった幕に白い光を放った。数字が映し出されて、皆から一斉に
「6、ゴー、4、サン、2、イチ」
 と声が出て、ニュースが始まった。その白黒の映像をワクワクして見入りながら、一本調子のアナウンスに耳を傾けた。しかしニュースに続いて上映された本題の映画は大体においてミノルには少しも面白く感じなかったのだったが・・・。

 秋の収穫が一段落したころには青年団主催の演劇が公会堂で開かれた。正面の舞台の上には小道具の松の木や石がセットされ、国定忠治などが演じられた。手作りのライトに照らされたカツラ姿の村の名優が
「赤城の山も今宵が限り、可愛い子分の・・・・・」
と台詞をいうと、
「いいぞ、○○ちゃん」
などと声とともに、オヒネリやテープなどが投げ入れられた。

 夏の盆踊りは公会堂の庭で催された。日が暮れると「炭坑節」や「東京音頭」などが聞こえてきて、うきうきした気分になったミノルが公会堂に行くと始まっていた。太い松の木に沿わせた櫓の上で青年団が太鼓をたたいている。
「ドンガラ、カッタ、ドン、ドンガラ、カッタ、ドンドン」
 と太鼓の音が気分を高めてゆく。櫓から四方に伸びた提灯の下で、浴衣を着て団扇を持った女性連が笑いながら輪になって踊り、小さな女の子も見よう見まねで踊っている。公会堂の門の横には店もできて、冷たいアイスボンボンやアイスキャンデーを売っている。興奮で収まらなくなったミノル達男の子は、その周りで、手にした花火に火をつけて、盛んに「バーン、バーン」と花火を破裂させた。

 あれから、公会堂がどうなったかミノルは見ていないが、田舎にいる従兄弟から
「若い衆は少なくなって消防団も高齢化したが、会合はあるし、盆踊りも毎年している」
と聴くと、公会堂はまだまだ健在だと思うのである。

2009/2/17


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