20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:記憶の断片 作者:三毛猫三郎

第5回   近くの池

かなり昔のことだが、その池は、牛の乳を集める集乳所と畑のそばにあり、ミノルたち
の子供の遊び場だった。小川に笹の葉で作った舟を流すと、流れに浮かんだ笹舟はヒュー
ム管のトンネルを通って池に入り、水流が弱まると、風で方向を変えて散らばった。

 夏場には、その池に蒸気で走るポンポン舟を走らせた。ローソクに火をつけると小舟の
釜は「ペコペコ、ペコペコ」と音を発し、船尾から水面下に降ろした二本の管から熱い
蒸気を噴射した。舟はかなりの速度で池の水面を走ったが舵が効かず蛇行した。舟体を
ブルキで造り、燃料のローソクを満載して火力を上げたが、重すぎて沈没することもあった。

 ミノルの従兄のヒロユキは釣りが得意だった。畑に捨てた籾殻の下には沢山のミミズが
いて魚の餌には不自由しなかった。たまに、うどん粉を酢で練った団子を使うこともあった
が、たいていはミミズを爪で半分にして釣針に通した。魚のいる場所がわかるらしく
ヒロユキが釣針を投げ込むとすぐ浮がピクピクと動き、鮒などが吊り上げられた。ミノル
の収穫は少なく「殺生はするものではない」などと言い訳を呟いた。夕方になり薄暗くなる
と魚が水面を跳したので、その光景に見とれた。

 ある日ミノルは、父親のマゴが保存していたラッキョウを持ち出して、池へ行った。
それは稲穂に集まる雀を追い払う「スズメ脅かし」の火薬でラッキョウの形をしていた。
ラッキョウを針金で竿の先にくくり付けて導火線に火をつける。タイミングを測って
水中に入れると「ボコ」と鈍い音がして泡が水面に上がってくる。しばらくすると
フラフラになった魚があちらこちらから浮かんでくるのであった。しかし火薬で魚を
捕ることは禁じられていたので頻繁にはできなかった。

 その池は防火水槽として村の消防団が管理していて、底に貯まった土を年に一回上げる
のが常であった。横付けした消防車からホースを伸ばしエンジンが唸ると、見る見る内に
池の水は減り底を見せた。大きな鮒や鯉が残った水の中でたくさんバシャバシャと暴れて
いる。消防の青年団たちは池の泥を上げる作業を二の次にして、魚を捕らえて竹篭に入れ
た。その魚たちは天婦羅にされて、今夕開かれる消防団の酒宴の絶好の肴となった。池の
周辺に上げた泥は日がたつと、また池の中に崩れ落ちたので「宴会のための魚とりだ」と
子供たちは文句を云った。

 冬になると池には氷が張り、ミノルたちは、おっかなびっくり氷に乗った。安全を確か
めると靴の底や下駄スケートで滑って遊んだ。子供たちのたいていは膝にツギが当たった
ズボンを履き、釘をよく踏み抜くゴムの短靴をはいていた。

寒さが加わり池の氷の厚みが増すと、氷を砕いてイカダにして遊んだ。氷の中心部分に
乗り竹竿で岸辺をつつくと周りの氷を押しのけてゆったり動いた。ミノルも池の中ほどで
調子よくイカダを動かしていたら氷が割れて水に落ちた。夢中で氷の上に這い上がったが
半身ずぶ濡れになった。家に飛んで帰ると、母のトシは怒りもせず、むしろ嬉しそうに
「風邪をひくな」と云って着替えを出した。ミノルは震える身体を炬燵にすっぽり潜り
こませると、その暖かさに目を閉じた。

2008/12/18


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 36