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作品名:記憶の断片 作者:三毛猫三郎

第1回   三毛の猫

  三毛はミノルが生まれた年に貰われてきた。父親のマゴは村の精穀所の仕事をし
 ており、鼠が穀物を狙って多くでるので、綿屋をしているマゴの幼友達の家から貰
 われてきた。だからミノルと三毛はづっと同じ年だった。尾の長い綺麗な模様の雌
 猫だった。
  ミノルが夏の盆休みなどに田舎に帰ると、母親のトシは決まって思い出して、三
 毛の話をするのだった。・・・・・

  夕方になっても三毛は家に戻らなかった。お釜から湯気が立ち美味しそうな臭い
 がしていた。かまどの薪の炎は赤かったが弱くなっていた。
 「いつもは腹を空かせて帰ってきて、足元に身体をすり寄せてくるのに、どうした
 のだろう」
  トシは心配になってきた。柱の古い時計から鐘の音、外は秋の早い夕闇が迫って
 きている。今朝から稲刈りが始まり、家族総出で上の原の小さな田圃に出かけたの
 だった。午後も稲刈りで、味噌汁と漬け物の簡単な昼食を済ませた後、再びリヤカ
 ーを引いて田圃に出かけた。そのとき三毛が後ろから小川のそばの蛙を追いかけな
 がら原の田までついてきた。三毛は田圃でイナゴなどを追いかけて遊んでいたが、
 刈り取った稲を束ね櫨に干す頃には姿が見えなかった。
 「きっと遊び飽きて、家に独りで帰ったのだろう」
  トシはそう思って余り気にも留めなかった。作業を終えて、蟹が這い出している
 小さな沢で、鎌や手を洗った。子供達や道具を乗せたリヤカーをマゴが引いて坂道
 を下り、家に戻ってきたのだった。
  トシは住まいと続いている穀物倉庫と精穀所のなかを捜してみたが三毛はいなか
 った。庭の葡萄棚や山羊小屋の方にも姿がなかった。もしやと思い、勝手口の前か
 ら原の田の方を見ていると、鍬を担いだアキ代が草の生えた道の中央を避けながら
 近づいてきてた。
  事情を話すと、
 「そういえば原っぱの田圃で猫が泣いていたよ。早く行ってみなよ」
  すこしガサツで男ぽい感じのアキ代が教えてくれた。彼女はマゴの小学校の同級
 生である。
  三毛は見つかった。やはり田圃にいてトシが抱き上げると、甘えて「ニャゴ」と
 ないた。家に帰って夕食が始まった。三毛は台所の土間に置かれた皿に首をかがめ
 て食べた。「ニャゴ、ニャゴ」言いながらガツガツ食べた。噛んだ煮干しをまぶし
 た冷や飯が馳走だった。
 「ほんとうに心配したね。でもよかった」
  トシは誰にいうともなく言って、ミノルと長男のタカシに木のお櫃からご飯を盛
 った。マゴは一日一杯だけの、焼酎割のコップ酒を大切そうに持って、ちびりちび
 りとうまそうに飲んでいる。居間の荒削りの天井から下がった丸い白熱灯が橙色の
 光を放っていた。 
  
  三毛は20歳まで生きた。それから30年余の時間がたった。今でもミノルが帰
  省すると三毛の話がでる。
 
 1999/09/25



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