20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:星屑の詩 作者:柳原奈生

第12回   第一章 第三話 【夕暮】2
 今回も、塾内で行われた共通試験の結果は、総合成績において葵生が二位と圧倒的な差をつけて一位に終わり、塾生たちはまたも嘆息つきながら苦笑いしていた。成績ばかりか、言うことも態度もとても沈着冷静でしっかりしており、しゃしゃり出ることはないけれど、口を開けば説得力があり誰もが納得するようなことを、それとなく示しているのが、本当に同級生なのだろうかと皆はめいめい思っていたのだった。
 最初は勢いのあった桔梗も、近頃はすっかり気圧されてしまったのか、成績のことに関してはすっかり口を閉ざしてしまっていた。桔梗は成績に波があり、良いときは素晴らしくて葵生には及ばなくても、皆の注目を集めるほどなのだが、悪いときには科目別ですら上位には乗ってくることがなく、やがて成績の良い人という塾生らからの認識からは外れていったようであった。
 そういうわけで、葵生は早くも塾内敵なしかと言われているが、やはり今回も英語では椿希に負けており、その椿希は満点に近い得点であったことを思えば、まだまだだと本人は思っている。こういうことは本人にしか、分かり得ない細かな部分の思いがあるのであろう。
 廊下に張り出された成績上位者の名前を見ながら、誰がどの科目において得意としているのか、何点差で勝ったのか負けたのかなどと、色々と分析をしていたところへ、染井の先輩で塾を紹介してくれた春成藤悟が隣の教室から出てきたので、久しぶりに積もる話でもと、学校のことや塾のことなど様々に語り合っていた。兄弟のような親密さで、互いに信頼し合っているので、ほんのちょっとしたことでも話に色がついて、気の置けない者同士、それはとても楽しそうな様子であった。
 藤悟こそが、葵生に塾を紹介した人で、葵生が中等部一年生の時に同じバスケットボール部で主将を務めていたのだった。つまり、二年年長にあたる。朗らかで親しみやすい性格で人望があり、それほど強豪校でもなかったため、腕前というよりは人望によって主将に選出されたのだった。中高一貫校ということもあって、三年生になってもすぐには引退せず、入ってきたばかりの一年生の面倒をよく見て、部活のことのみならず、学校のことや勉強のことなど、ほんの少しの大したことのないような悩み事まで丁寧に聞いてくれるのだから、藤悟が高等部へ進学する時には、同じ敷地内とはいえ寂しいような思いがしたものだった。
それからも、たびたび藤悟は中等部の部活に姿を現してくれていたので、その寂しい思いもすぐにどこへやらと吹き飛んで行った。あまりに頻繁に来るので、何故かと疑問に思って訊ねたところ、高等部の部活は大学進学を見据えて活動的でなくなるので、伸び伸びと出来ないためだと言っていた。葵生も今になって、藤悟の言っていたことがよく分かる。
 藤悟は成績の貼った掲示板をちらりと見遣ると、
 「葵生の成績をずっと見ていたけれど、ずっと一位を維持していて凄いよな。なかなか出来ることじゃないもんな」
と言った。葵生は、今までずっと見ていてくれていたのだと思うと嬉しくて、
 「そんな。俺はまだ一年生ですよ。うっかりしていると、周りに追い抜かれてしまいます」
 葵生は照れながらも、本心からそのように思っているので、つい語気も少し強くなってしまったのが、むきになって言い返したようで、恥ずかしくて顔をやや俯かせた。
 藤悟は掲示板を眺め続け、教科別や総合成績などを代わる代わる見比べながら、葵生の成績の釣り合いの良さに感心しきっていて、溜め息が思わず漏れてしまいそうだった。まさに受験生である藤悟は、好成績を取るのは、やはり得意科目に偏りがちになってしまっているので、このような理想的に調整の取れている状態が羨ましいと思っていた。
 「先輩だって成績はいい方で維持していますよね」
 葵生が言うと、藤悟は静かに微笑んだ。常に高い水準で成績を維持している藤悟は、志望校の合格圏内に入っていることもあって、比較的余裕があるように見受けられた。葵生は、高校一年生の今成績が良いよりは、受験生になって安定して良い方で保てているのが余程理想的ではないかと思っているので、そんな藤悟は部活を離れてもなお、まだ葵生にとっては憧れの存在であり続けるようであった。
 二人が廊下で立ち話をしているところへ、教室内にいた椿希が出てきて、こちらを見てにっこりと笑った。葵生は自分に笑ってくれたのだろうと思い、微笑み返したところ、椿希は藤悟を見ながら、
 「塾で会うとまた違った感覚がするね」
と言うので、葵生ははてどういうことなのかと、椿希の顔を怪訝そうに見詰めている。
 「ああ、椿希も久しぶり。確かにここで会うのは初めてだし、なんだか違う雰囲気がするね」
と、なんとも親しげな様子なので、葵生は二人が知り合いだったのかと気付いて、何故かどきりと胸が痛く跳ね上がる。
 「まさか葵生と椿希が同じ曜日のクラスだとは思わなかったなあ。二人を塾に紹介したのは俺だけど、それは知らなかった」
 藤悟がそう言っている間も、葵生は椿希に対する思いを藤悟が気付いてしまったのではないかと気が気でならず、動揺して顔を赤らめ、ひどく面映い感じがしている。なんとか言い訳をしてこの場を立ち去りたいような気分ではあるが、椿希と藤悟がどれほどの仲なのかを知りたい気もして、心もこうしようと定まらないでいるのだった。
 「私こそ、まさか藤悟くんが葵生くんを紹介していただなんて思わなかったわ。確かに二人は同じ学校だけど、そうだからと言って知り合いとは限らないでしょう。だからわざわざ葵生くんにも、藤悟くんのことを訊くこともなかったし」
 椿希がそう言うのももっともなことだと思い、葵生は聞いていた。
 「中学の時に、同じ部活だったんだ」
 藤悟がそういうと、なるほどと椿希は言った。葵生がバスケットボールが得意だということは、散々柊一が言っていたので知っていたけれど、まさか部活に入っていたとは知らなかったので、そういうことなら繋がりがあって当然だと納得している。
 二人の会話から少し距離を置いて聞いている葵生は、その雰囲気からなんとなく、ただの知り合いではないという気がして、一体どういう関係なのかと問い詰めたいような心地で、気を揉んでいるのだった。体も、かっと熱くなっていた。
 藤悟は最後に、
 「椿希、葵生を頼むな」
と言って、気を利かせたように、休み時間がまだ終わってもいないのに教室へ戻って行った。それをにこやかに見送る椿希を見ながら、葵生は一体全体どういうことなのかと、嵐が過ぎ去った後のようにぼんやりとした心地で思っていた。
 「春成先輩の知り合いなの。それにしてはやけに仲がいいように見えたけど、もしかして二人は付き合っているとか、そういう関係も疑りようはあるんだけどな」
 などと、わざと意地悪めいたことを言って、自分の気持ちを誤魔化そうとしているのは、素直になれない性分なのと、まだ恋に不慣れだからなのだろう。そう言ってはいるものの、葵生はどきどきとしていて、とても余裕などあるはずもなく、藤悟と交際しているという返事が返ってきたらどうしようか、と恐れているのだった。
 椿希は少しばかり逡巡させて、
 「知り合いというよりは幼馴染みね。家が近いのと、親同士が友達で、まあそういう感じなのかな。もう小学生の頃から知っているから、気心が知れていて、何かとお世話になっているの。残念ながら葵生くんの期待しているような、甘いロマンスなんて微塵もないの。からかい甲斐がなくてごめんね」
と、あっさりと言った。何もないということに安心しながらも、なんとなく気心の知れた間柄というのが引っ掛かって、やはりまだ心配の種は消えてくれそうにない。ましてや相手が先輩となると、こういう場合はどう対処すればいいものやらと、生真面目な葵生は考えていた。少しは慣れた者ならば、たとえ藤悟と椿希の仲に色めいたものがあったとしても、それに気付かぬふりをして、さらっと椿希の気を引くようなことでもするのだろうけれど、葵生はもし二人がただの幼馴染みではないようなら、そっとしておいて自分は身を引こうかと、消極的に考えているので、自然と表情も曇りがちになっていく。
 「私こそ、出来るものなら葵生くんをからかってみたいわ。でも、そう出来るようなものが何もなくて、隙のない人だと思っているのに」
と、悔しそうに椿希が言った。
 「それこそ大きな誤解だな。俺が隙のない奴だなんて、とんでもない。色々突っ込み甲斐のあることをやってしまったと、後悔することもたくさんあるのに、周りがそれに気付かないから、助かっているだけなのに。これからはもっと目ざとく見て、どんどん言えばいいんだよ。あまりこちらが赤面してしまうようなことさえ、言わないでいてくれるのなら」
と言うのが何事もないような様子なので、椿希は先ほどの葵生が憂いを含ませながら、何か物言いたげにしていたのは気のせいだったかと思い直し、にっこりと笑った。そんな椿希を見ながら、葵生も思わず微笑み返すものの、藤悟と並んで話していた二人の姿を並べて思い浮かべると、なんと似合いの二人なのかと、気持ちはまだ晴れぬままでいた。
 藤悟は誰もが目を見張るようなほどの美形ではないけれど、見る者を安心させるような柔和で優美な容姿で、傍にいると、ぱっと心が晴れやかになるような雰囲気のある人であった。そういうところが、やはり人を惹き付ける要素なのであろう。

 それから授業が再開されたが、葵生はどことなく落ち着かない心地で、憂鬱そうな表情をしていた。あの時は一時持ち直したようだったけれど、一人になってみると、あれこれと考えることも多くなり、授業にも集中出来ずにうつろになってしまっていた。
 中学受験の時に、母親が「同じ年頃の女の子に恋心を抱くようになって、受験に身が入らなくなってはいけないから」、と厳しく交友関係を取り締まっていたのも、今にしてみれば確かにそうなっては染井には合格していなかっただろうと、合点するのであった。今、五里霧中のような恋の彷徨い人同然のようになっていることを、母親に言ってしまえば、直ちに塾を辞めさせられかねないと思い、葵生は家ではいつもと変わらぬ風を装っているが、部屋の中では鬱々悶々と悩み苦しむことも多かったのだ。
 ただ、成績が悪くなってしまえば椿希に合わせる顔もなく、良い成績を取り続けて目立つことで、椿希がほかの塾生よりも注目してくれるのであれば、と思うことで、どうにか勉強から心が離れるということはなかったのであった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 38812