翌日、相変わらず空には雲ひとつ無い快晴であった。
コクトは病院の出来るだけ入り口近くの空いている駐車スペースを見つけると、車をそこに止め、小走りで病院の中に逃げるように駆け込む。
「朝だと言うのにこの直射日光の強さは強烈だぞ」
「まぁ、いくら綺麗に整備され作られた都市とはいえ、赤道直下ではしょうがないか」
「早く地下鉄を運行してくれないもんかねー、まったく」
コクトは暑さに文句を言いながら、病院中央の吹き抜けの広間を通り抜け、最上階へ昇るエレベータに乗り込んだ。
「ぷっ!」
上昇しているエレベータの中でコクトは思い出したように吹き出してしまった。
「マーメイとの最終接続テストが終われば、いつでも運行できるってことは、俺らのせいか」
「まいったね、これは」
ルジウェイの地下には各サークルに沿って地下鉄道網が整備されている、運用されれば車なしでも快適な都市生活を満喫できるのだが、無人で運行される仕組みとなっているため、マーメイとの接続は必須である。
それも今後コクト達が本格的に行おうとしているマーメイプロジェクトの作業の中に含まれていた。
都市ルジウェイで最も目立つ建物がルジウェイ中央病院である、ルジウェイはビルの高さを低く統一している、その理由としは災害などに敏速に対応できるようにと、隠された理由として都市の防衛を容易にするためだ。
その中にあってなぜ病院をわざと目立つように他の建物より高くしたかと言うと、単純に災害発生時に病院を目立たせるようにするれば、負傷者の搬送に便利であるからである。災害時の目印の役割も兼ねている。
コクトがバーンの病室のドアのに近づくと病室を警護している若い警察官二人がコクトに敬礼をした。
コクトはてっきり尋問されると思ってたので、少し驚く。
「コクトさん、オニール警部補よりバーン委員との面会が済んだら連絡が欲しいとのことです、よろしくお願いします」
「オニール?ああ分かった、ごくろうさん」
コクトは自分が偉くなたような気がして優越感に似た感情が湧き出てきた、が、直に自己反省をする。
俺は直に調子に乗るからな、反省、反省っと。
病室のドアを数回ノックした。
「コクトです、入ります」
病室のドアを開け病室にはいると、バーンがベットに座って外を眺めている、コクトが入ってきたのは分かるらしかったが興味がないらしく反応は無かった。病室にはフレアも居なかった。
バーンとコクトの二人きりである。
てっきりフレアが居ると思っていたコクトは少し動揺する。
コクトはバーンのことは知っていたが、面識は無かった。
「ジャン・フィデル・コクトです、フレアの友人です」
と、言うのが精一杯であった。
バーンの視線が外の景色からゆっくりとコクトの方へ向かう、そしてコクトを捉えた。しかしバーンの目は「腐った魚の目」と言った表現がピッタリのまったく精気が感じられない。
コクトが知っているバーンのイメージは、科学者と言うよりはっきり物事を言う政治家タイプで人々を引き付けるカリスマ性があった。
「コ・ク・ト?」
バーンがつぶやいた。
コクトは一瞬バーンの目の色が濃くなった。
ん、気のせいか?
「はい、コクトです」
バーンは、コクトを精気の無い視線で捉えたまま病室に置いてある、マーメイの端末をぶるぶる震える人差し指で指差す。
すると、端末に備え付けられているカメラのLEDランプが激しく点滅し始めた。
コクトはバーンが指差しただけでマーメイが反応したので、少し怖くなり生唾をごっくっと飲み込む。
マーメイを指先だけで操作する機能なんて無いはずだが、・・・・。
『コクト、バーンが会話を求めています。よろしいですか?』
人工的に合成された女性の声で、会話型コンピュータマーメイからの接続確認メッセージである。
コクトはマーメイの端末とバーンを交互に見比べる。自分の目の前にいるバーンがわざわざマーメイを介してコクトにコンタクトを求めてきている?
「つ、繋げてくれ」
『はい、バーンと代わります』
マーメイがそう告げた瞬間、「ピカーッ」と、マーメイの端末から閃光が走った。
「ひっ!」
閃光は無数の帯状の光で構成され部屋中を舐めますように照らし出していたが、一本また一本と、コクトの額に集まってきて一つの束になる。
コクトの頭部と端末のモニタが色とりどりの閃光の束で結びついた、コクトの体は完全に凍りついてしまった様に、立ったまま微動だにしない。
コクトは大声で叫んでいるつもりだったが、本当に声になって回りに聞こえているような気はしなかった。それでも叫ばずにはいられないぐらい頭の中は混乱していた。
勝手に自分の頭の中に色とりどりの閃光の帯が遠慮なく入ってくるのだ、まるで大量の光の水流が頭の中に流れ込んで来る様に、自分に何が起こっているのか考えようとすらできなかった。
頭の中を遠慮なしに縦横無尽に駆け回ってた光の帯がゆっくりと落ち着いてくるように動きが緩やかになってきた。
コクトは頭の中が光で満たされているような感覚なった、そして少し考えることもどうにかできるようになってくる。
この感覚は前に経験したことがある、・・・そうだ!レイモンの事件の前日だ。
そしてフレアと初めて出会った日、・・・・・・。
『終わりのメッセージコードを受け取ったジャン・フィデル・コクト』
少し年輩そうな太い男の声がコクトの頭の中で反響する。まるで脳みその中に直接スピーカを突っ込まれた状態で聞いているようだった。
バ、バーン博士?
『・・・・』
コクトの問いに返事はなかった。
『必要な情報は情報は伝えた、すまん後は、君らにまかすしかない』
『私にできることは限られている』
バ、バーン博士なんでしょ!?
必要な情報は伝えたって、何のことです?
コクトは必死で叫んでいるつもりだが恐らく声にはなっていないだろう、全てが頭の中での事が進んでいる、誰かと意識の中で会話しているようだった。
頭の中を無秩序でそして緩やかにうごめいていた光の帯の動きが徐々に早まりだした。
『コクト』
「は、はい!?」
『・・・・』
『フレアをたのむ』
「!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
コクトはバーンの思いが自分の意識の中に入り込んできたのではないかと思うぐらい、バーンを感じた。
言葉にはできない、物凄い情報量が自分の意識の中に押し込まれてくる、このまま光の情報の中に自分の意識が埋没して行くようだ。
しばらくすると、全ての事象は跡形もなく消え去った。
「無」がコクトの意識を占有する、時間の概念さえない、もし魂が存在しないとしたら、死んだらこんな状態なんだろうと思う。
「コクト、コクト起きて」
遠くから天使の声が聞こえてきた。
洗練されたマーメイの人工音声とは違った、耳に心地良い美しい波長を感じる。
「うっ」
「・・・・」
「ここは?」
コクトが目を開けると、目の前にフレアの宝石のような青い透き通った瞳が、心配そうにコクトの顔を覗いていた。
コクトはマーメイの端末のモニタの前で、キーボードを枕にして座ったままうつ伏せに寝ていた様だった。
右頬に、キーボードの後がくっきりと象られている。
マーメイの端末の電源は既に切られていた。
「思いっきり熟睡していたみたいだけど、疲れていたの?」
コクトは頭を上げると、キョトンとする。
首を左右に振って、数回まばたきをすると、改めてフレアを見つめた。
「フレア、何してるの?」
フレアはバーンの着替などを取りにいってたらしく、フレアの足元には大きなバックが置いてあった。
「何してるのって、ここは父の病室でしょ!」
コクトはフレアのこめかみあたりに少し血管が浮き出ているような気がした。
やばい!
「すみません、ちょっと寝ぼけてました」
「まったく、もう」
フレアの顔が少し笑っていたので、コクトはほっとした。
「私が遅いんで眠ってしまったの?ちゃんとお父さんの相手はしてあげた?」
フレアは怒りながらも、大きなバックをベットの横にあるタンスの方へ持って行き、バーン博士の着替えをタンスの中に詰めていった。
ちらっと、バーンの方を見る。
バーンは相変わらずである。
「ふぅ」
「しようがないね、話し相手にはならないか」
フレアは着替えを入れ終わると、両手を2回ほどパンパンと叩いた。
「コーヒー、入れるわね」
「あ、ありがとう」
コクトは頭を数回小突くと、腕を組んでうなずいた。
「うーーーーーーん」
バーン博士と何か会話をしたような気がしたんだが、夢か?くっそ、何も覚えていない。
コクトはフレアがコーヒーの準備をしているのを確認すると立ち上がり、ベットに座ってブツブツ独り言をつぶやいている、バーンの近くまで行き、耳元でヒソヒソとささやいた。
「バーン博士、何も覚えていないんですけど、僕に何か言いました?」
「・・・・」
バーンと視線が合うとコクトはどきっとした、それからバーンは人差し指をゆっくりと上げ、コクトの後ろを指差す。
また、バーンがマーメイの端末を介してコンタクトを取ろうとしているのと思い、緊張する、今度は気を失わない様にと身構えて、後ろを振り向く。
「コーヒー、出来たわよ」
「・・・・」
「あ、ありがとう」
コクトは無理やり笑顔を作り、フレアよりコーヒーを受け取った。
「お父さんと何か話ができた?」
フレアはベットの横に置いてある椅子に座り、コーヒーカップに口をつけた。
「ああ、色々会話したよ、夢の中でね」
「どんな?」
フレアは透き通った青い目を輝かせ、コクトを見つめた。
「そ、それが、・・・」
「目が覚めたと、同時に忘れてしまった、全然覚えていない」
コクトもフレアも半分冗談での会話である、コクトは本当にバーンと会話したのか、いまいち自信がなかった。
二人とも、少し吹き出した様に笑いあった。
「で、フレア」
「バーン博士の容態は、ずーっとこの状態なの?」
フレアは大きくため息をする。
「ええ」
「全然変化は無いわ、まるで魂の抜け殻みたいでしょ」
コクトはフレアが入れてくれたコーヒーを飲み干すと、マーメイの端末が置かれているテーブルの上にカップを置き、バーンを見ているフレアの後ろに立った。
そしてフレアの両肩に手を乗せ少し揉むように掌にに力を加える。
「大丈夫だよ、僕の夢に現れたぐらいだ、もう直話が出来るようになる前兆だと、思うよ」
フレアは黙ってうなずいた、気丈にしているが、やはり精神的にはかなり堪えているようだった。
フレアの左手が肩に乗っているコクトの右手に乗せられ、やわらかく握り締める。
コクトにとっては久しぶりのフレアとの再会である、それに今日は休みを取ってある。バーン博士の見舞いは半分口実と言ってもいい、今日はゆっくりフレアと過ごせると思っていた。
フレアとの関係も、レイモンの事件以降何の進展も無いのだ、キスどころか手を握ったことさえまだない。
コクトが今日は良い日になりそうだと思った瞬間。
病室のドアを叩く音がした。
「総務局局長の秘書、ルナ・ルーニックが面会を求めています、どうしますか?」
ドアの外で警備をしている警察官の声がした。
っく、何でだよっとコクトはがっかりする。
「どうぞ」
フレアがドアの方に向かって答えた。
ドアを開けて入ってきたのは、総務局局長モンヘの秘書、ルナ・ルーニックだった。
「お邪魔します」
ルナは病室へ入ると、コクトそしてフレア、最後にベットに座っているバーンへ視線を移動し、部屋の状況をチェックするように確認する。
ルナの手には小さな花束があった。
ルナは、フレアに近づくと「これを」と、花束を渡す。その間にもルナの目はフレアの姿を隅々まで観察しているかのように目でなぞる。
そして横目でコクトの存在を確認する。
「はじめまして、フレア。ルナ・ルーニックです」
「あ、ありがとう」
「すみません、どういったご用件で?」
むろんフレアがルナと会うのは、今回が初めてである。
「局長の命令でバーン委員の様子を伺って来いと、もしよければ局長の方からこちらに来てバーン委員とお話がしたいとのこです」
ルナがベットに座っているバーンの方を見ると、ルナと目が合ったバーンはぶるぶる体を震えさせて怯えた。
まるで悪いことをした子供が母親にしかられる直前を思わせるようにだ。
バーンは怯えながらゆっくりとルナから視線をずらす。
「無理そうですね」
「ええ、まだ誰とも話ができない状態なんです。体の方はどこも異常が無いみたいなんですけど」
フレアは残念そうにバーンの方を見る。
ルナは今度はコクトの方に視線を投げかける。
コクトは自分の心臓の鼓動が早くなったような気がした。
ルナはフレアとはまったく違ったタイプの洗練された美しい女性だ、ルナを見てときめかない男はいないだろう。
「はじめましてコクトさん、ルナです」
ルナはコクトのほうへ手を伸ばして握手を求めた。
ルナの顔にはコクトに対して思いっきり親しみを込めた笑顔があった。
フレアに対して見せていた美しいが冷たい感じのする顔つきとのギャップにコクトは動揺する。いや、オロオロした。
左右どこの手を差し出せばいいのか一瞬迷った。
「こ、コクトです」
ルナの手は冷たい、港町ティオリスで自分達を監視していたのが本当にこの子かと疑った。マーメイもハッキリとは断定していなかたので恐らく別人だろうと思った。
「コクトさんにも局長から伝言があります」
「俺に、なんですか?」
コクトにはまったく心当たりが無かった。モンヘのような偉い人には二度と会う機会は無いだろうと思っていたからだ。
フレアがコクトの横っ腹を数回こずいた、フレアの目は「いいかげんに手を離したら」と言っている。慌ててコクトはルナの手を離した。
「あなたの指揮の下に、第二次マーメイプロジェクトが正式にスタートされます。私もあなたの秘書として各機関との調整役に任命されました。今日の夜か遅くても明日にはルジウェイ最高評議委員会から発表がある予定です、これから忙しくなりそうですよ」
フレアは両手を口に当てて「すごい」と、叫びそうになるのを押さえた。コクトはまだ状況が理解できていない。ルナの言っていることは分かるのだが、「あなたの指揮の下に」と言う言葉がどういう意味を持つのか分からなかった。
「コクトさん、さっそくですが今後のことで打合せすることが山ほどあります。旧マーメイプロジェクトのビルまで同行お願いします」
「フレア、当分の間コクトさんをお借りします」
ルナは、コクトの腕に自分の腕をからませ無理やりコクトを引っ張って行く。
ちらっと横目でフレアを見て口元が少し微笑んだ。
コクトは「フレア、・・・」と、フレアに助けを求める仕草をするが、ルナに引っ張られるまま病室の外に出て行った。
「バタン」
病室のドアが閉まる音がした。
まるで時間が止まったように病室の中は静かになった、病室にはバーンとフレアの二人だけが取り残されたように。
だんだんフレアの顔が膨れてきた。
「なによ、あの女!」
「父さんどう思います!?」
フレアがバーンの方を見ると、バーンはわざとぼけた振りをしているのか、今までと同じ様に相変わらず窓の外を見てぶつぶつつぶやいている。
「もう!」
フレアは怒りをどこにぶつけていいか分からないかのように、腕を組で仁王立ちの状態で父バーンを見ていた。
(^^)
病院の下では警察車両が一台とオニールが数人の部下と一緒に待機していた。オニールはコクトに気付くと、軽く敬礼をした。
「コクト、一躍時の人だな」
「何で、お前までここにいるんだ?」
オニールは顎でルナ方を示す。
「プロジェクトの物理的なセキュリティ対応と、責任者であるコクトさんの護衛をルジウェイ警察に依頼しています」
ルナがオニールの変わりに答える。
「ちょっと大げさ過ぎないか?」
「いったい俺を何から護衛するんだ!?」
オニールはコクトにそれ以上しゃべるな、とでも言うように掌を広げてコクトを静止する。
「俺も最初はそう思ったんだが、お前の美人秘書の話を聞いて納得したぞ、心配するなお前の身辺は俺達が守ってやる」
オニールは腕を組んで「うん」「うん」と一人だけ納得している、コクトの疑問には答えていない。ルナはそれを見て「くっ」と笑う。
「詳しくは車の中で話しましょう、オニール警部補マーメイプロジェクトのビルまで願いします」
「了解!美人秘書どの!」
そしてその夜、テレビニュースやルジウェイ公報用のホームページで第二次マーメイプロジェクトの開始が発表された。
それは個人用の機器を除く全てのコンピュータシステムがマーメイを中心としたコンピュータネットワークに組み込まれることを意味する。
現在は一部のシステムのみが連携されていたが、全てとなると大事であった。
ルジウェイの行政機関や研究機関等全てのシステムが連携されるとなると、いい面を見ると特に事務処理などは極端に効率化が進み今の人員の半分以下で済むだろうと試算されている。
そして一切の経費の不正が不可能になってしまう。また研究機関の情報の連携がスムーズになるためその効果は計り知れない。
危惧されることは、マーメイさえ押さえておけばルジウェイの全てを支配できることを意味する。権力者にとっては喉から手が出るほどだろう。
もちろんそれは当初からの問題で、それを防ぐために強力なセキュリティシステムがルジウェイには存在する。
セキュリティシステムはルジウェイ憲章に忠実にシステムのシステムの使用権限を確認するため、法的に根拠の無い人間が自分の権限以外のシステムにアクセスするのを絶対的に防いでくれるのだ。
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