ルジウェイにはルジウェイ最高評議委員会の決定を執行する機関として、行政府があり大きく都市管理局、経済産業局、治安局、司法局の4つの組織と、各局を束ねるルジウェイ最高評議委員会直属の総務局の5つの組織が存在する。
総務局はコアサークル内にあり1階建ての扇形のビルが3層重なった形の独特の外観であった。
ルジウェイ総務局局長室の窓から両腕を後ろで組んで外を眺めている体格のいい中年の男がいた。総務局局長のア・モンヘ・ダイムラーである。
局長室のドアを叩く音がした。
「入れ」
ドアが開き、紺のビジネススーツを着こなしたスタイルのいい女性がモデル顔負けの颯爽とした歩き方で入ってきた。
「局長、ただいま戻りました」
「ごうくろう」
「で、奴は誰かと接触したか?」
モンへは高級な革張りの椅子へ腰を落ち着かせ、キューバ産の高級葉巻にピストルタイプのライターで火を付けた。
葉巻独特の匂いが部屋中に広がるが女は嫌がる様子もなく脇に挟んでタッチパネルタイプのコンピュータのディスプレイ部分をモンヘの方へ向けた。
「コクトと接触した人物に特に疑わしい人物はいませんでした、桟橋の管理人、貨物船の乗組員数名ぐらいです」
女は港町でコクトが接触した人物を、順を追ってディスプレイに写し、モンヘに見せた。
「もういい、わかった」
モンヘは葉巻を深く吸い、煙をゆっくりと口から吐き出す、それから葉巻を灰皿に押し付け半分潰れるぐらい強くねじって火を揉み消した。
「バーンが現れたんだ、何か動きがあってもおかしくないんだがな」
女はコンピュータの電源を切り脇に挟む。
「本社の方から急かされたのですか?」
「ああ」
「我が社は莫大な金をルジウェイにつぎ込んでいるのだ、そろそろ見返りがないと社内的に好ましくない」
「あのブラックダイヤが我が社に途轍もない利益をもたらす可能性があるのは分かっているのだが、問題はいつ利益をもたらしてくれるかだ」
「ところが我々は、どこにあるかさえ分からないときている」
モンヘらは謎の黒い鉱石のことを「ブラックダイヤ」と言う暗号名で呼んでいた。
彼女の名はルナ・ルーニック、モンヘと同じテルベ社の社員である、今はルジウェイに派遣され、ルジウェイ総務局局長モンヘの秘書として働いている。
テルベ社内でのルナの評価は、その美貌と才能により「完璧な女」と影でささやかれるぐらい誰もが一目を置く存在であった。
「レイモンが自国に持って帰った可能性は?」
ルナは猫の目の様な視線をモンヘへ向けた。
「レイモンは持っていない。やつの国でも問題になってるらしい、その辺は我が社のエージェントが確認している」
「まだこのルジウェイのどこかにあるはずだ、レイモンを追い払ったコクトが知っている可能性が一番高いのだが、・・・」
「コクトを尋問しないのですか?」
ルナは首を横にし、そう質問すると、モンヘは腕を組みルナを睨みつけるが直に視線を下に落とし、大きく溜息を漏らす。
「無名のエンジニアとは言え、ライエンを追い払った奴だ、後ろ盾が誰だかわからない内は手出しはできない、それに総務局局長にはそんな権限はない、君が知らないわけないだろ」とモンヘは語気を強めた。
「はい、そうですね局長」ルナは少し微笑んだ。
モンヘはルナが非凡な才能の持ち主であることをうっかり忘れるところだった。
「なにかいい手があるのか?」
ルナは両目をゆっくりと閉じ、そしてゆっくりと開いた。
「局長一つ私に案があります」
「なんだ」
モンヘはさっき消した葉巻にもう一度火を付けようとピストルタイプのライターのトリガーを「カッチ」「カッチ」と数回引くが、なかなか火は付かない。
「コクトにマーメイプロジェクトの全権を与えることを提案します」
ルナの言葉と同時にモンヘがピストルタイプのライターのトリガーを引くと火が勢いよくピストルの口径から「ぼわっ」と吹き出した。
葉巻には申し訳ない程度の火がついたがモンヘの前髪の一部が焦げ、あたりに獣の毛が焼けた匂いが充満した。
「なんだとー!?」
「あちち」
モンヘは慌てて焦げた髪の毛を手で払う。少しパニック気味になっているようだ。
ルナは何事もなかったように話を続けた。
「以前、局長はコクトを取り込もうとなされましたが、私が見る限りコクトは局長にはなびきません、逆に局長に対して不信感を抱いてしまっています」
モンヘは不愉快な顔を隠そうとしなかった。
「私を侮辱する気か?」
ルナはモンヘを無視するように、話を続ける。
「コクトを取り込むにはまず、彼の立場を管理する側にするのです。そのあと徐々に手なずけて行くべきです」
「それに、マーメイプロジェクトは総務局、直轄のプロジェクトですから、おのずと、コクトの直属の上司は局長となります」
モンヘはくわえていた葉巻を口から「ぽろっと」落としかけそうになり慌てて両手で取り繕う。
モンヘもテック社のバックがあるとはいえ総務局局長にまで登りつめた人物である、それなりに頭の回転は速い。
「なるほど、コクトを都市管理局から移籍させるか」
「いい案だ。早速手配してくれ、委員会への提案は私の方でしておく、いろいろ揉めるとは思うが、なんとかなりそうだ」
「しかし委員会も驚くだろうな、連中はマーメイプロジェクトの責任者は自分の域のかかった人物にしようと企んでいるが、まさか私が彼を推薦するなんて誰も考えつくまい」
モンヘは立ち上がりルナの方に近づいて行った、そして後ろに回りそっとルナの腰に手をあててルナの耳元に顔を近づけた。
「君のような頭の良い秘書を持った私は、実に運がいい、感謝するぞ」
ルナは気にするそぶりを見せずに毅然と話し始める。
「局長、私はコクトの秘書としてマーメイプロジェクトに参加します。そうなれば影で彼をコソコソ監視しなくて済みますからね」
「なにっ!」
モンヘはいずれルナを自分の物にするつもりであった。
ルナを離したくは無かったがしぶしぶ了承するしかなかった、たしかにその方がルナのいうとおりメリットが大きいからだ。
「っく、わかった。好きにすればいい!」
モンヘは少し感情的に怒鳴った。
「では、そのように手配します、委員会の方はよろしくお願いします、局長」
ルナはモンヘに触れられているのを無視するかのように、くるっと局長室のドアの方を向くと、入ってきた時と同じ様にそくさと出て行く。
その後ろでは少し落ち込んだ様子のモンヘが地団駄踏んでいた。
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