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作品名:ルジウェイU 作者:ナルキ辰夫

第39回   ★☆避難★☆
 深夜ランロッドは二人の子供達の寝顔を眺めていた。

 「あなた、もうそろそろ寝たら」

 夫婦の寝室から妻の声が聞こえてくる。

 「ああ」

 「眠れないの?」

 「疲れているはずなんだが、頭が冴えて眠れないんだ」

 「無理も無いわ、ここ最近あなたの仕事は重要性を増してくるばかりですからね」

 「まったくだ、これも因果なもんだ」

 「政治に嫌気がさして逃げる様にここに来たのに、・・・・・」

 ランロッドは子供部屋から寝室の戻り、妻の寝ている横に腰を落ち着けた。

 そして手に持っていたウイスキーの入ったグラスを口元に近づける。

 「後悔してるの?」

 「いいや、感謝してるよ」

 「よかった、私もここはとても気に入っているの」

 「それはいいことだ」

 「このクーデター成功すると思う?」

 妻の何気ない問いに、ランロッドを深く溜息をついた。

 「クーデターか、・・・・」

 前は興された方だが、今度は逆の立場だ、因果なもんだ。

 ランロッドはルジウェイに来る前、ある小国の政府内にいた、だが政変が起こり事態が一変すると亡命を余儀なくされた。

 救いは政府内では技術職だったため、紆余曲折の末ルジウェイに身を置くことになった経緯があった。

 ランロッドが昔の思い出に浸っていると、携帯電話の着信音が深夜の寝室で鳴り響いた。

 「誰?こんな真夜中に」

 と迷惑そうな顔をする妻。

 うっ、うちのボスだ。ランロッドは慌てて携帯を取ると通話ボタンを押す。

 『ランロッドさん、起きていたんですね』

 「ええ、あなただって、・・・」

 『無理なお願いだが、頼みたいことがある』

 「はい、覚悟はしています」

 『今夜中にルジウェイ全市民を地下シェルターに避難させてくれ』

 「・・・・」

 ランドッロは暫くコクトが何を言っているのか意味が理解できないでいた。

 それから徐々に顔の筋肉が小刻みに震えてくる。

 「ははは、・・・・」

 「想像以上に無理難題ですね、・・・」

 「モルタニア軍の攻撃は避けられないということですか?」

 『無理か?』

 「私が断ってもどうせやるつもりでしょ?」

 『もちろん、市民の生命がかかっている』

 『内々だがシュミレーションチームは既に移動している、彼らと連絡をとって協力を要請してくれ、避難ルートや地下シェルターの必要な情報はマーメイが持っている』

 『それとルジウェイ警察の方にも話は伝えてある、協力してくれるはずだ』

 ランロッドは少し呆れる様な感心す様な複雑な気持ちがした。

 この年下のボスは突拍子の無いことを指示してくるが、それに応じてちゃんと実現可能な環境も用意してくれる、以前の自分の上に居た無責任な連中とは大違いだと。

 この方に仕えることが神の御意志なのか、・・・・・。

 「了解しました、まずはマーメイプロジェクトのメンバーを総動員する必要があります、それに今夜中となると、多少派手になりますよ、なんせ眠っている連中を叩き起こさなければなりませんから、かまわないですか?」

 『犠牲者がでるよりはましだ、まかせる』

 「了解しました」

 『頼んだぞ、じゃ』

 「あっ、ボス」

 ランロッドは慌ててコクトに声を掛けたが既に携帯は切られていた。

 要件だけ言って切りやがった、・・・・。

 「あなた、・・・」

 「聞いての通りだ、直に子供達を起こしてくれ」

 「戦争がはじまるぞ」



 深夜の砂漠では数人の男達が何かを探す様にうごめいていた。

 「将軍に連絡しろ」

 「ヘリのパイロット1名と乗客の1名を確保した、今から部隊に戻る、と」

 「イエッサ!」

 ルジウェイから命がけで脱出したモンヘとヘリのパイロットはヘリから少し離れた場所でモルタニア軍の斥候に身柄を拘束されていた。

 「私はルジウェイ総務局の局長、モンヘだ。早急にワゲフ将軍に合わせろ」

 「うるさい!、両手を頭に乗せてろ」

 顔中傷だらけに成りながらも威厳を保とうとするモンヘに対して、モルタニアの兵士はめんどくさそうにモンヘの背中を銃で小突いて、車の方へ向かって歩くように指示する。

 モンヘとパイロットを車両の後部座席に乗せた後、最後に残った兵士がルジウェイの方を何気なく振り向く。

 「何が始まったんだ、・・・・」

 兵士の視線に映る都市ルジウェイが急に明るく輝き始めた、同時に野外スピーカから途切れ途切れに、何かを訴えている音声が聞こえてくる。

 兵士は車両に飛び乗ると運転手に向かって叫んだ。

 「車を出せ!、急いで部隊に戻るんだ、急げ」

 モンヘらを乗せた斥候用の車両は、猛スピードで深夜の砂漠に砂埃を巻き上げながら、部隊の方へ向かって走らせて行った。


 「ブオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ・・・・・・・」


 「ブオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ・・・・・・・」


 深夜ルジウェイ市民は大音量の警報と避難を呼びかける野外スピーカからの音声で叩き起こされた。

 テレビ、ラジオ、マーメイプロジェクト広報用のWEBサイトからも非難を呼びかけるメッセージは流れていた。

 メッセージは人工合成された女性の声だ、コクトが良く利用するマーメイの洗練された音声である。

 『モルタニア軍による予期せぬ事態を避けるため、ルジウェイ市民は速やかに近くの地下シェルターへ避難してください』

 『シェルターへは地下鉄の入り口から行くことが出来ます、地下鉄の入り口にはルジウェイ警察及び案内ロボットが待機していますので、彼らの指示に従うようにお願いします、』

 『混乱を出来だけ避けるため手荷物は一人様1つの手提げバックのみとします、また車での移動は禁止されています、徒歩での移動が困難な方はマーメイプロジェクト又は警察までご連絡してください』

 『尚、全市民の避難が終了するまで警察車両が巡回していますので、助けが必要な場合は遠慮なく呼び止めてください』

 警報と避難を呼びかける放送で無理やり起こされた多くの市民は、最初何事かと動きが鈍かったが、各メディアで繰り返し避難場所や避難経路の説明が具体的に流されると徐々に行動し始めた。

 数分後には警察やマーメイプロジェクトの電話器は途切れることなく鳴り響く、そのつど急遽編成されたヘルプディスクによって、丁寧な説明がなされると、多くの市民が地下鉄の入り口に殺到し始めた。

 しかし市民の問い合わせに答えているヘルプディスクのメンバーですら、ほんの一時間前に避難の段どりを、マーメイの緊急マニュアルでレクチャー受けたばかりある。彼らは皆このような緊急マニュアルがあること事態驚いていた、既にこうなることが予測されていたのかと。

 マーメイプロジェクトビルの2号棟3階のコクトの執務室兼マーメイプロジェクトスケジュール管理室では、ランロッドが他のメンバーと伴に慌しく避難誘導の陣頭指揮を取っていた。

 スケジュール管理室には巨大な液晶パネルが運び込まれており、パネルにはルジウェイの全体図と赤い光点がまばらに点滅していた。避難状況を一目で把握できるシステムが持ち込まれていたのだ。

 そのパネルの横ではアミアンが忙しそうにキーボードを叩いていた、システムのオペレータとしてスケジュール管理室に呼び出されていた。

 ランロッドはまず総勢250人のマーメイプロジェクトのメンバーを呼び出し、マーメイに依頼して地下シェルターを含むルジウェイの地下系の説明を受けさせた。もちろんルジウェイ警察署でも説明用の映像は流された。

 その後半数の人員を地下シェルターに向かわせ市民の受け入れ準備にあたらせ、残り半数はマーメイプロジェクトビルに残り市民からの問い合わせに対応できる体制を敷いたのだった。

 そしてスケジュール管理室のメンバーは刻一刻と寄せられる避難状況を把握し、ルジウェイ警察と密な連絡を取りスムーズに全市民がスムーズに避難できるように、誘導作業の中心的役割を行っていた。

 ルジウェイ警察はスケジュール管理室の情報を元にルジウェイの全ての居住区を回り、避難誘導を呼びかけ、一人で避難することが難しい人に対しては、直接出向いて警察車両で避難させた。

 オニールは一人でも多くの人員を市民の誘導に当たらせるために、公金の不正流用で拘束していた多くの容疑者を一時的に解放し、地下シェルターへ避難させた。

 ランロッドは数時間でこの様な体制が出来ること事態驚きながらも、陣頭指揮を取っている。

 コクトと伴にマーメイプロジェクト広報として時の人となったベトラは緊急記者会見の準備の為にマーメイから詳しい状況聞き取っている様子だ。

 そこえ、急にルナが現れる。

 しばらく行方不明になっていたルナの突然の出現にスケジュール管理室のメンバー全員が驚き立ち上がる。

 最初に口を開いたのはランロッドだった。

 「ル、ルナさん、無事だったのですね、心配しました」

 ルナは無言でうなずく。

 「みんな、少しだけ私の話しに耳を貸してくれる?」

 ルナは青白く鋭い視線でその場にいる全員を睨みつけるように見渡す。その迫力に誰も逆らうことは不可能に思えた。

 「ランロッド、ベトラ、フジエダ、アッシュ、フレーバー、チャーム、貴方方6人はコクトを支える重要な位置にいます、今回のモルタニアの件はほんの些細な出来事の一つにしか過ぎません、但し失敗はゆるされませんけど、・・・・」

 「トリガーであるアミンも、同様に肝に命じてください」

 「は、はい」

 トリガーって私がきっかけ?とアミアン。

 「薄々感じてはいるでしょうけど、このルジウェイは大きな目的を持って作られた都市です、マーメイはその守護者、そしてコクトはマーメイによって選ばれたこの都市の王」

 王様か、・・・、ランロッドは心の中でつぶやく、そして妙に納得する。

 「だけど、いくらマーメイの後ろ盾があるとはいえ、コクト一人ではあまりにも荷が重過ぎます、貴方方は彼を助けて、彼がやろうとしていることに最大限、協力してあげてください」

 未来の貴方方の子孫のためにも、・・・・・。

 ルナの最後の言葉は殆ど聞き取れないぐらいの小さな声だった、ベトラがかろうじてそれを聞き取ることができた。

 ルナはそう告げると、くるりと振り向きスケジュール管理室を出て行こうとすると、ベトラがルナを呼び止めた。

 「ルナさん待って!、何処へ?、コクトさんは?」

 ベトラには言葉を選んでいる余裕が無かった、単語単語でルナにぎこちなく問いかける。

 「コクトは明日、ルジウェイ最高評議会の面々と対決をします、私もそれに参加する予定です」

 「多分これが、私がコクトの為にできる最後の仕事となるでしょう」

 「みなさんは、今やるべきことを確実にこなして、コクトの手を煩わすことが無いようにしてください」

 「では、お元気で」

 ルナはあっさりとそう言うと、スケジュール管理室を出て行く。

 「ルナさん・・・、お元気でってどういう意味?」

 ベトラが勇気を振り絞ってどうにかルナに声を掛けると、ルナは今までに無い最高の微笑を返した、ルナは心底よろこんでいるようだった。

 ルナはベトラに返事を返すことなく部屋を出て行く、ルナが部屋を出るといままで黙り込んでいた電話器の呼び出し音が引っ切り無しに鳴り響いた、まるでルナがいる間は時間が止まっているかと思うぐらいだった。

 「ル、ルナの言うとおりだ、今やるべきことを確実にこなそう!」

 ランロッドは我に返ると、そう言って自分を奮起させる。

 ベトラはまだ何かルナに聞くことがあるような気がし、急ぎ足でルナの後を追ってスケジュール管理室を出ると、廊下にはルナの姿は無かった。

 代わりに長身の女性アーリの姿があった、アーリは記者会見の準備が整ったのでベトラを呼びに来ていた。

 「ちょうど良かった、ベトラこちらの準備はできたわ、貴方の出番よ」

 「ア、アーリ」

 「ルナさんを見なかった?今ここを出たばかりだけど、・・・・」

 「?」

 アーリは頭を横に振った。

 「いいえ、たった今廊下でたむろしていた記者さん達全員を会議室に押し込めたばっかりだけど、ルナは見なかったわ」

 「そ、そう」

 ベトラは小さく、そうつぶやくきうつむいた。

 ルナさんもう逢えないの?、接した時間は物凄く短い時間だったけどルナは私の理想とする女性像に一番近い人だったの、これからも色々教えてもらおうと思っていたのに、・・・・。

 「さようなら、ルナ、・・・・」

 「えっ!?」

 ベトラは一瞬頭の中でルナの声がしたような気がした、あなたは偉大な母、コーリ・ティモシェンコの娘でしょ、がんばって、・・・、と。

 ま、まさか、・・・、気のせいよね、今のは。


 アーリはドア越しにスケジュール管理室の中を覗き込む。

 「フジエダさん、アッシュさん、前と違って記者会見場は殺気立っているいるわよ、ベトラを確りと守ってよ!」

 「お、おう!」

 フジエダとアッシュは胸を叩いて、アーリに答える。

 マーメイプロジェクトビル2号棟の3階に設置された記者会見室には、マスコミ関係者らが集められ、ベトラによる緊急記者会見が行われ様としていた。



 ルジウェイ中央病院の玄関先では、コクトとフレアそして二人の護衛として付き添っているロボットのマクロが、急遽駆けつけてきた院長のバートン・リヒターと話し合っていた。

 「院長、僕らが出て数分後に病院そのものが地下に沈みます、よっぽどのことが無い限り入院中の患者らが移動することはありません」

 バートンは信じられないと言った顔で首を横に曲げる。

 「信じられない、ミスターコクト、いつの間にそんな仕掛けが成されたんです?」

 「建設当初からですよ」

 コクトは笑顔でそう言うと「では失礼します」とバートンに声を掛け、フレアとマクロの肩に手を置き、病院の外に出る。

 「マクロ、初めてくれ」

 『了解しました、マスター』

 マクロの胸のLEDが激しく点滅し始めた。

 「本当にこの病院自体が地下にもぐるの?」

 フレアは病院の方を振り向きコクトに尋ねた。

 コクトは両手を広げて答える。

 「さぁー、でも直に判るよ」

 マクロの胸のLEDの点滅がゆっくりと一定の間隔になり始めた。

 『始まります』

 マクロがそう言うと、地面の下から鈍い地鳴りが響いてくる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・・・

 10階建、病床数550床の巨大なルジウェイ中央病院がゆっくりと沈み始めた、コクトは横目でマクロを見る。

 「他にもこの様な仕組みのビルはあるのか?」

 『いいえ、ルジウェイ中央病院だけです』

 「そ、そうか」

 コクトはそれ以上は何も質問せずに、巨大な病院の建物が地下に沈んで行くのを眺めていた。

 『マスターコクト、ミセスフレア、ここから離れましょう』

 「えっ、どうして?」

 フレアがマクロの方を振り向く。

 『私達今立っている駐車場は、病院が地下に沈んだ後の蓋として病院の上に移動します、もちろんそれ以外にも3重の分厚い鉄板が病院の上を塞ぎますので多少の爆撃では病院を破壊することは出来ないように成っています』

 『それに手配していた迎えの車もそこまで来ていますし』

 コクトが道路の方を見ると肩を落とした、確かにこちらに向かってくる車のライトを確認するが、あれは同見ても普通の乗用車では無いのがすぐわかった。

 レイモンの事件の時、オニールと二人で乗り込んでフレアを助けに行った、コマンダー用の装甲車だったからだ。

 「相変わらず段取りがいいな、それに頑丈そうな車だ」

 コクトは苦笑いでマクロにそう言うと、マクロは満足そうに胸のLEDを激しく点滅させた。

 『はい、私はマーメイと連携し現状をマクロ的に把握し、最適な選択が出来るようになっていますから』

 コクトとフレアは目を合わすと溜息を漏らし、マクロの自慢話を直に聞いてあげる。

 「思いつきで付けた名前だと思ったけど、案外ピッタリの名前ね」

 フレアがコクトに向かってそう言うと、コクトは頭をポリポリ掻きながら「確かに」と答える。

 『何か?』

 マクロが二人に尋ねる。

 「な、何でもないよ」

 「早く車に乗りましょう」

 コクトとフレアは急ぎ足で、迎えに来た装甲車に向かった。

 「ゴットン」と鈍い振動が地面を伝わってくると、今度は地面が横に滑る音が聞こえてきた。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ、・・・・・

 病院が完全に地下に沈んだ後、蓋をする様に駐車場そのものが病院の上を塞ぐ音だ。

 コクトとフレアは病院のあった場所を再び振り向く。

 「ここに病院があったなんて夢見たい」

 「まったくだ」

 『マスター、ミセスフレア、早く乗ってください、夜は短いですよ』

 「はいはい」

 コクトとフレアはマクロに急かされ、装甲車の後の観音開きのドアから中に乗り込んだ、中は狭くお世辞にも乗り心地は良いとは言えなかった。

 観音開きの分厚いドアが閉まると、何時の間にか集まってきたマーメイ親衛隊の武装ロボットが装甲車の上に乗り込んだ、装甲車はまるで蟻にまとわりつかれた角砂糖の様な状態である。

 『では発車します』

 マクロがそう言うと装甲車のエンジンが唸り出し、ゆっくりと動き出す。

 マクロは運転席に座り装甲車に指示を出していたが自分では運転していない、車両自体がマクロの命令を聞き動かしている。

 フレアはマクロの隣の助手席に座り、コクトはマクロとフレアの真後ろ、装甲車の中央席、コマンダー用の席に座っていた。

 『これから、マスターのアパートに寄ります、マスターは着替えを取ってきてください、それからミセスフレアのアパートに行きます、そこで二人はシャワーを済ませ明日の為に少しでも睡眠を取るようにしてください』

 「マ、マクロ、さっきからミセスって言うけど、私結婚して無いわよ」

 フレアは恥ずかしそうに小さな声でマクロに話す、するとマクロは直に後ろを振り向きコクトに対し怒るようにLEDを激しく点滅させた。

 『マスター、まだ口説いていないんですか?、しっかりしてください!』

 『お二人には恋愛ごっこしている暇はありません!』

 「うっ」とコクトは思わず身を引く。

 「す、すみません」

 「が、がんばります、・・・」

 『まったく、もう』

 フレアは助手席で知らん振りを決め込んでいた。


※※※深夜3時※※※


 多くのルジウェイ市民は地下に巨大なシェルターがあることを知らなかった、建設当初からいる市民はその存在を知っていたがこれ程の規模だとは想像もつかなかった。

 自分が担当していた場所に対しては詳しく知ってはいたが全体を把握している人は限られていたからだ。何故か意図的にそう仕向けられていた様だ。

 アウトーサークルからセンターサークルに向けに猛スピードで走らせている1台の乗用車があった。

 ところがアウトサークルとセンターサークルとを結ぶ橋の入り口はルジウェイ警察の車両で封鎖されていた。

 乗用車は警察官により停車させられる。

 「車での避難は禁止されています、直に降りてください」

 「この橋を渡った直そこに両親が住んでいるんだ、迎えに行かせてくれ」

 「お願い、父は足が悪いの」

 若いカップルは窓越しに警察官に懇願していた。

 「残念ながらそれは無理です」

 「住所を教えてください、センターサークル担当の警察官に迎えに行かせます」

 「何言っているんだ、アパートは直そこなんだぞ、通してくれ」

 若い男が怒り出しすと、警察官は溜息を漏らし橋の方向を指差した。

 「車を降りて良く見て下さい」

 「な、何があるんだよ」

 男は車を降りると橋の方へ視線を向ける。

 「そ、そんな、・・・」

 男の視線の先にはあるはずの橋が無かった、対岸のセンターサークルとは横幅80メートルの水路で遮られていた。

 よく見ると水路が激しく波打っていて微かに橋の姿が見え隠れしていたが、それもゆっくりと沈み見えなくなる、後は激しく波打っていた水面も穏やかになり、そこに橋があった痕跡も消え去って行った。

 「さあ、そこの車にお乗りください、地下鉄の入り口まで連れて行ってあげます、そこからシェルターに行けます、ご両親ともシェルターで直に会えますよ」

 「二人を地下鉄入り口まで連れて行ってくれ、それと二人の両親の住所も聞き出し、向こう側の連中に連絡することも忘れるな」

 「はっ」

 若いカップルは警察官に言われるがままに警察車両に乗せられ、近くの地下鉄入り口方向へ送られて行った。

 この時点でルジウェイにある全ての橋は水路の下に沈められていた、そのためルジウェイは各ブロック毎に水路で隔離され、陸路での移動が困難になり移動手段は空か地下通路だけとなる。

 もちろん地下通路は市民の避難が終了次第、分厚い鉄板とコンクリートの扉で塞がれるため、攻め込む側からすると何処をどう攻めるか悩むところであろう。


 ルジウェイの西、約10キロ地点でキャンプを張っているモルタニア機甲師団では、寝ている者は一人もいなかった。

 全員がルジウェイから鳴り響く警報や避難を呼びかける野外放送で叩き起こされていたのだ。

 多くの兵士が神々しく光り輝くルジウェイを見ていた、最後の断末魔の叫びの様に、ルジウェイ方向から鳴り響いていた警報や野外放送の音量が徐々に小さくなってくると、神々しく輝いていた街灯の光も音量に合わせるかの様に消え始める。

 そして全ての街灯が消え警報や野外放送も沈黙すると、ルジウェイそのものが闇に消え去った錯覚に陥った。大空に輝く満天の星々がそれをいっそう際立たせている。

 一人の兵士がつぶやく。

 「ルジウェイが消えた?、・・・・」

 この時モルタニア機甲師団の多くの兵士は赤子の手を捻るようなぐらいにしか思っていなかったルジウェイ進行が、実はそう簡単ではないと思い始めていた。


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