組立て工場の制御室ではシン・ツカヤマのチームが一仕事を終えぐったりとしていた。
1000台の汎用ロボットを武装させ、100台の巨大ダンプトラックの動作確認をし、それから武装したロボットをダンプトラックに乗せたのだ。
かなりの大仕事をやり終えた充実感が彼等にこれ以上動くことを躊躇わせていた。
その中で一番若いがチームのリーダであるシンだけは元気そうだった。
「マーメイ、ボスに至急連絡を取りたい、携帯も取らないし、アパートにも居ないし、何とかしてよ」
『・・・・、しばらくお待ちください直に繋ぎます』
「ほ、ほんと!?」
「はやくお願い」
シンがコクトからの連絡を待っている間、ぐったりと机にうつ伏せで寝ていた何人かが工場の外の異変に気が付き、窓越しに外を見ていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りの様な音と伴に巨大なゴムのタイヤが軋む音が聞こえてきた。
「おい、こっちの作業が終わったと思ったら、もう使い始めたぞ」
シンも確認するために窓の方へ行こうとしたが、コクトの顔がモニタに映し出された。 『お疲れ、どうした?』
「あっ、ボス」
シンはモニタの前の椅子に座った。
「ボス、やっとこちらの作業は終わりました、次の指示をお願いします」
モニタに映し出されていたコクトの顔が笑っていた。
『何時だと思っているんだ、みんな疲れているだろう』
『もう帰ってシャワーを浴びて早く寝ろ』
『と、言いたいが、・・・・』
「はい、なんでしょうか?」とシン、まだまだやる気満々そうに答える。
『工場とダンプトラックの格納庫は警備システムに任せ、全員自宅待機だ、とりあえず、家に帰ってシャワーを浴びた後、身支度を整えておくんだ』
「身支度ですか?」
『命令が来るまでは仮眠をとって置くのもいいだろう』
「ちなみに次は何ですか?」
『んんー』とコクトは胆を切る様に咳き込んだ。
『今夜中にルジウェイの全市民を地下のシェルターに避難させる予定だ、追ってマーメイプロジェクト全員にはその前準備として緊急呼び出しが行く』
『チームの皆にもそう伝え置いてくれ』
「は、はい」
「ち、地下シェルターですか?・・」
シンはモニタに映っているコクトの顔が何故か横顔で、その隣に女性が座っていることに気が付く、さらに女性の向こうには乗り物の窓が見えた。
「ボ、ボスいったいどこにいるんですか?それに隣の女性は?」
そのころコクトらは地下通路を専用のバスでルナが運ばれ、そしてバーンの入院しているルジウェイ中央病院へ向かっていた。
コクトとフレアをシンが見ているモニタに映し出していたのはマクロのCCDカメラであった、コクトとフレアはシンの姿をマクロの胸にある小型液晶モニタで見ていた。
「始めまして、フレアよ」
フレアは笑顔でシンに微笑み手を振った。
『ツカヤマ・シンです、声は前に聞いた事がありますが、姿を見るのは初めてです、よ、よろしくお願いします』
小さい液晶モニタに映し出されている、シンの顔が赤らんでいた。
確かにシンはモルタニアの小さな港町ティオリスのダンプトラックの中でコクトとフレアが話しているのを小耳に挟んだことがあったが面と向かって対面するのは初めてだった。
「声を聞いたことがある?」
フレアはコクトを横目で見るが、コクトはそれを誤魔化すようにシンに話し掛ける。
「い、今は地下通路を移動中だ、いずれお前たちも地下通路を通ってシェルターに移動することになる、たぶん驚くぞ」
「じゃ、そろそろ目的地に着くようだ、通信を切るぞ」
『あ、は、はい』
シンはまだ、色々聞きたがったが、コクトにうまく逃げられた。
マクロは胸の液晶モニタをしまい込むと、姿勢を直すように前を向く。
コクトらを乗せた地下通路専用バスは、猛スピードでルジウェイ中央病院に向かっていた。
約50人乗りの中型バスの中央の席に、マクロ、コクト、フレアが、そして前後に20体のマーメイ親衛隊の戦闘ロボットがコクトらを囲むように座席に座っていた。
但し内3対は先程の銃撃戦で大破しており胴体がバラバラに状態でシートに置かれている、シンがこの異様な状況を見たら目を丸くして驚いてしまうだろう。
バスは速度を落とし始めゆっくりと停車する。ルジウェイ中央病院の地下100メートル下の停留所に到着した。
そこは相変わらず閑散としている、ルジウェイ地下系のインフラ設備は既に整っていたがまだルジウェイ市民に公式に公表していないため仕方のないことだった。
「マクロ、彼らはもう戻していんじゃないか?」
「武装したまま病院に入るのも迷惑になるだろうし、・・・」
コクトはバスから降り自分らの後ろで整然と整列している歩兵ロボットを見ながらマクロにそう提案すると。
『いえ、オニールさんがルジウェイ警察の体制を整え、護衛がコクトさんとフレアさんの側に配置されるまでは、私も彼らも離れることはできません』
『ご辛抱してください』
マクロは腕を組んで「フン」と鼻息を漏らすような仕草でコクトの命令を拒否する。
フレア自嘲気味に笑うと、小さく咳払いをした。
「マクロ、まさか病院の中まで彼らを同行させる気?」
「マーメイの行動美学に反しない?」
コクトはフレアの方を見て「行動美学って?」と小声で質問を投げ掛けた。
「適当に言ってみただけよ」とフレアは舌を少し出す。
コクトは掌を額に宛てガクッと頭を落とした。
『・・・・』
マクロはフレアの言葉を真剣に検討しているようだった、しきりに胸のLEDを点滅させ、マーメイと交信していた。
『判りました、病院の中には私一人がお供します』
『彼らには病院の周りを警備させます』
『よろしいですか?』
コクトとフレアは顔を見合わせて笑いを堪えながらうなずいた。
「ああ、すまんな、気を使わせて」とコクト。
マクロは歩兵ロボットの方を向くと赤外線ライトを点滅させ、彼等に指示を送った。するとロボット達は一斉に左を向くと非常階段に向かって行進し始めた。
『彼らには、非常階段で病院の外へ出るように指示しました、これで病院の中で人目に触れることはありません』
『もちろん外では目立ちますけど、・・・・』
『では行きましょうか』
マクロは率先して地上の病院へ上がるエレベータに向かって歩き出した。
「マーメイとの会話にはいつも驚かされるけど、マクロみたいに実体が伴うと、ロボットにも人格みたいなものが存在する気がしない?」
「マクロはどうも特別な作りをしている様だ」
「女の子みたいな体形だから?」
フレアは意地悪そうな目線でコクトを横目で見た。
「ち、違うよ!」
少し焦るように否定するコクト。
『私がどうかしました?』
マクロは立ち止まってコクトとフレアの居る後ろを振り向くと「な、何でもないよ」とコクトとフレアは二人して話を誤魔化す。
3人はエレベータに乗り込むと地下100メートルからルジウェイ中央病院の救急センターのある1階まで上がった。
1階のフロアに出るとフレアは直に受付に駆け寄り、ルナのところへ連れて行く様に夜勤の看護士にお願いする。
看護士もいやな顔一つせずに案内をしてくれた。。
コクトらがルナの居るる集中治療室に案内されると、二人の若い警察官がルナの警護の為に入り口に立っていた。
二人はコクトとフレア、そしてマクロに気付くと敬礼をする。
「ご苦労さん」
フレアが二人の警察官の労を労う。
集中治療室はガラス張りのため部屋の外からでもルナの様子は見ることができた。
ルナの体中には包帯が巻かれており、腕には栄養を補給する点滴の針が刺さっていた、口と鼻を人工呼吸用のマスクが被っている。
それと生命維持装置用の無数のセンサーも体中に取り付けられていた。
「かなり衰弱が激しいです、現在は人工呼吸機でどうにか生命を維持していますが、・・・、後は彼女の生命力に掛けるしかありません」
看護士はあまり容態が好ましくないことを告げる。
「分かった、ありがとう」とコクト
「それでは私は、・・・・」
看護士は軽く会釈をすると、受付の方へ戻っていった。
マクロの胸のLEDが点滅している、マクロは何も言わないがマーメイと交信をしている様だ。
マクロはコクトとフエアを見上げる様に見ると『バーン博士の所にも早めに行った方がよさそうですよ』と意味ありげな言葉を話す。
「行こうか」
コクトはフレアの肩に軽く手を乗せた。
「ええ」
コクトは二人の若い警察官に声を掛ける。
「引き続きルナの警護をお願いします、彼女はルジウェイの未来の鍵を握る女性です」
「は、はいっ」
二人の警察官はコクトに敬礼を返す。それからコクトとフレアの後ろを付いていく子供ぐらいの背丈のマクロを興味深そうに視線で追っていた。
「前に格納庫で歩兵ロボットを見た事があるけど、あんなかわいい形をしたロボットは見た事ないぞ、・・・、あれも戦闘用か?」
「ああ、たぶんそうだろう」
「みろよ、ちゃんと腰には物騒なもをぶら下げている」
視線の先には、マクロの腰と左太ももあたりに装着されている電気ショック銃があった。
「それに今や時の人である、コクトが護衛も無しでこんなところに来るとは考えられないしな」
深夜のルジウェイ中央病院、人口約10万のルジウェイ唯一の病院である、ひっきりなしとまでは行かないが、やはり救急車で運ばれてくる人は何人かいるようだ、夜勤の医師や看護士は皆忙しそうであった。
二人の若い警察官は回りを見て誰も居ないことを確認すると姿勢を崩して雑談し始めた。いくら重要な任務とはいえこう単調だとつらいものがあるのだろう。
「モルタニア軍はここに進行してくると思うか?」
「多分くるだろう、もう目と鼻の先まで来ているらしいぞ」
「そうなると俺達も第一線で戦わされるのか、俺はまだここに来て半年もならないんだぞ」
「しょうがないだろ」
「うっ!・・・」
一人の警察官が自分達の後ろに人の気配を感じた。
「上着を貸して、・・・・」
振り向くとそこには集中治療室で重症用のベットに寝かされ、生命維持装置でかろうじて生命を維持しているはずのルナが裸足で立っていた。
体中には包帯が巻かれているが半分解け掛かっており全裸に近い状態だ。
コクトとフレアそしてマクロが病院最上階のエレベータホールへ着くと、フレアは急ぎ足でバーンの病室へ向かった。コクトとマクロは慌ててフレアの後に付いていく。
「フレア、どうしたんだ急に?」
コクトが声を掛けるが、フレアには聞こえていない。
コクトらがバーン博士の病室に近付くが、警護の警察官は居なかった。
容態も悪いなりに安定し、発見当初と違い特に理由もないためルジウェイ警察では警護を解いていた。
何かしらこの感じ、早く、早く、行かなくちゃ。マクロの言葉も気になる、たしかに「バーン博士の所にも早めに行った方がよさそうですよ」とルナの所で言っていた、どういう意味?
フレアは病室の前にたどり着くとノックもせず、少し乱暴にドアを開けて病室に入った。
「!」
バーンはいつもと変わらずベットに座ったまま視線は窓の外に向けられていた。しかしフレアは呆然と立ち尽くしたまま、バーンの姿を見ていた。
そこえコクトとマクロが入ってくる。
「フレアどうしたんだ、急に急いで」
「うっ!」
コクトも直にバーンの異変に気が付いた。
バーン博士、・・・・・・・・
あの時と同じだ、バーンが発見された日、僕が港町ティオリスでモニタ越しに見たあのバーンの姿と、・・・・。
確かにバーン博士はそこに居るのに何故か存在感が無かった。
バーンの体全体が薄っすらとぼやけた光で包まれているのだ。
フレアはバーンに近寄ると恐る恐るバーンの手に触れようと自分の手を伸ばす、バーンはそれに気が付きゆっくりとフレアの方に顔を向ける。
その顔には今までのうつろな表情はなかった、自分の意思を持った知性的な表情をしている。
しかし寂しそうな顔をしていた。
驚いてバーンに触れる事をためらっているフレアの手をバーンはゆっくりと握り締め、自分の膝元に置いた。
バーンはフレアを見つめるとゆっくりと微笑んだ、その目には薄っすらと涙が滲んでいる。
「お父さん、・・・・」
コクトは自分の後ろ、病室のドアの方に人の気配を感じると、振り向く。
ル、ルナ、とコクトは心の中で叫ぶ。
そこには体中に解け掛けた包帯をまとい、上半身にはルジウェイ警察のロゴの付いた制服を着けたルナが立っていた。
殴られて膨れ上がっていた顔の浮腫みもだいぶ治まっていて、辛うじて元のルナ顔が認識できるぐらいに回復している。
「バーンには最低限の生体エネルギーしか与えられていません、でも彼の望みは叶えられました」
「フレア、一応生身の体で貴方に触れることができたのですから」
フレアはルナの方を向くと睨みつけ、大声で叫んだ。
「どう言うこと!?」
ルナはそれを気にする様子も無く、傷ついた自分の腕の傷が回復していくのを眺めていた。
バーンの姿が少しずつ薄れ始め、その存在が無くなりかけてくると、バーンの唇がゆっくりと動いた。
何かを言っているようだが声にはならなかった、コクトには「フ・レ・ア」と言っている様に見えた。
そしてバーンの実態が完全に消えてなくなると、フレアは支えを失い前に倒れそうになった。
「!」
「フレア」
コクトは後ろからフレアを抱きしめるように支える、フレアはコクトの胸に顔を埋め肩をゆらして悲しみを堪えていた。
フレアもこれがバーンとの最後の別れだと感じ取っている様だった。
マクロは無反応で、胸のLEDライトだけが点滅している。
フレアが少し落ち着いてくるのを確認すると、ルナはマクロの横を通り過ぎ、コクトとフレアに近付く。それをマクロは黙って目の代わりをするCCDカメラでルナを追う。
ルナはシャム猫の様なうす青白い瞳でコクトとフレアを見つめた。
「コクトさん、明日はバーン博士の代わりに私が評議会に出席します」
「私からも彼らに伝えたいことがあります」
コクトとフレアはルナの姿を見て、目を疑った。ルナの拷問で傷つけられていた体が完全に回復し以前の姿に戻っていたからだ。
悪いけどバーン博士の生体エネルギーを少し分けてもらいました、この体を維持できる時間も限られているの、私にも最後の仕事をやらせてくれる、フレア許して。
「では、明日評議会で、・・・」
ルナはそう言うとコクトとフレアそしてマクロを残し、病室を出て行った。
コクトはルナを追い駆けようとしたが、フレアに腕を掴まれ制止される。
フレアは黙ったまま首を横に振った。
「わ、わかった」
とコクト。
数時間後、ルナは自分の部屋に戻ってシャワーを浴びていた、ルナの体の傷は殆ど消えて無く、絹の様な美しい地肌は同世代の女性達が嫉妬するぐらいに美しく輝いていた。
シャワーを終えるとバスタオルを体に巻いた状態で鏡の前に立つ、バスタオルが足元に落ちた。
ルナは鏡越しに自分の体を眺めていた。
「こう長くなると、この体にも愛着が湧いてきた様だわ」
「もし、このままでいられたら、・・・・・」
ルナは鏡に映る自分の姿を抱きしめる様な仕草をし目を閉じる。
そして数秒後「フッ」と鼻で笑うと、ゆっくりと目を開けて鏡に映る自分の姿を睨みつけた。
「あなたも、コクトが好きなの?、・・・・・・」
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