総務局局長室では3人の側近と待機していたモンヘに緊急の連絡が入っていた。
「局長!武装警察がこちらに向かっています」
「下で女を拷問している連中は全員捕まったみたいです」
「何だと!?」
モンヘは椅子から飛び上がると、銜えていた葉巻を落とした、葉巻はモンヘの手の甲に当たる。
「あちち!」
モンヘは慌てて葉巻の火の粉を振り払うと、床に落ちた葉巻を拾い上げ灰皿の上に置いた。
こいつはキューバ産の質の良い代物だぞ、もったいない、・・・。
「で、ジョブズはどうした?」
携帯を耳に宛て外部の状況を聞き出している男が携帯のマイクの場所を抑えながらモンヘに向かって報告を行う。
「うちの連中と一緒に拘束されたようです」
「武装警察は既にエレベータでこちらに向かっています、もうすぐ来ます」
「ばかな!?」
「警備の連中はどうした?それに警備システムは稼動していないのか?、いくら警察でも正式な令状がないとここには入れないはずだぞ」
男はそんなこと聞かれても俺が知るかといわんばかりに首を横に振った。
「くっそ」
モンヘは引き出しから銃を取り出しズボンのベルトに突っ込む。
「行くぞ!こんなところで掴まってたまるか」
モンヘらが局長室を出ると同時にエレベータのドアが開いた。ちょうどエレベータフロアを挟んでモンヘらと武装警察が鉢合わせになった。
局長室のドアの横にある秘書室では、状況を知らない女性秘書官が何事かと眠たそうな目を擦りながら、モンヘらと警察官らを交互に見直す。
局長秘書である以上局長のモンヘが帰宅しないかぎり帰れる立場ではなかった、かと言って今は深夜のため外部からの連絡もないためやることも無く、ついうたねをしていた様だ。
「モンヘを捕らえろ!」
オニールがモンヘを指差し、武装警察官に命令する。
「はっ」
武装警察官らは自動小銃を構え、小走りにモンヘらに近付く。
モンヘは銃を取り出すと「打て!打て!、やつらを近づけるな!」と数発の銃弾を武装警察に向かって撃ち込んだ。
それに応じて3人の側近も銃を取り出し発砲する。
「キャッ」と女性秘書官は慌てて机の下にもぐりこんだ。
「パンパンパン、パンパン」と乾いた銃声音がエレベータフロアを包む。
武装警察らは直には反撃せず、柱の影や防弾の透明な盾に素早く身を隠した。オニールもエレベータの中に身を隠す。
「まったく、しょうがない連中だ」
「しかたない発砲を許可する!」
「はっ」と武装警察官らは自動小銃の銃口をモンヘらに向け、一斉に発砲した。
「ダダダダダダ」「ダダダダダ」「ダダダダダ」
モンヘらの周りに無数の銃弾が打ち込まれた。モンヘらも柱や警察から死角となっている壁の間に転げるように身を隠した。
「お前らはここで連中を足止めにしていろ」
とモンヘは3人の側近にそう言うと非常階段に向かって走り始めた。
「局長どこへ!?、俺らはどうなるんですか?」
「心配するな後で助け出してやる」とモンヘは走りながらそう言うと非常ドアを空け外へ逃げ出した。
「ダダダダダダ」「ダダダダダ」「ダダダダダ」
「ひっ!また来た」
警察の銃弾の雨が激しくなると、3人の側近らは銃を撃つことができず両手で頭を押さえその場で身を丸くして銃弾や被弾するコンクリート片から身を守った。
「これじゃ足止めどころじゃないぜ」
一人の側近がそう言うと再び銃弾の雨が彼らを襲った。
「ダダダダダダ」「ダダダダダ」「ダダダダダ」
「ひっ!」
しばらくすると銃声が止み辺りが静かになった。
側近の一人が恐る恐る顔を上げると、目の前には銃口が向けられていた。
彼は「降参します!!打たないでください!!」と両手を思いっきり高く上げた。
「モンヘはどうした?」とオニールが尋ねると、彼は非常口の方を指差した。
「ちっ」とオニールは舌打ちをると、非常口に走りより非常口のドアを空けると外を見渡す。
既にモンヘの姿は無かった、しかしビルの出入り口は大勢の警察官で固めているいくらモンヘでも逃げ通せることはできないはずだ、オニールがふと上を向くと、小型のヘリが飛び立って行くところだった。
あの野郎、ヘリまで用意していたのか!。
オニールは無線機に手を掛けるが、直に思い止まりコクトから渡されたマーメイの通信端末を取り出し耳に装着した。そしてスイッチを入れる。
「ま、マーメイ、オニールだ、聞こえるか?」
『はい、通信状態は良好です』
「たった今、総務局よりモンヘがヘリで逃走した、追跡できるか?」
『はい、可能です』
「で、では、追跡し随時報告するように」
『了解しました』
「では頼む」とオニールはマーメイの通信端末を取り外そうとするがマーメイが確認を求めてきた。
『オニール、確認です』
「な、なんだよ」
『モンヘがルジウェイの外に逃走する可能性もあります、そうなるとルジウェイの警察権が及びません、そうなる前に撃墜又は強制着陸の処置が必要と思われますが、いかがいたしましょう』
オニールはコクトがマーメイを頼りにする理由が少し理解できた、やはりマーメイは単なる会話型システムではない、人のサポートまでしてくれる未来型の優れたシステムだ、コクトが頼りにするわけだ。
「その場合は強制着陸で対応してくれ」
『了解しました、この命令は全てのシステムに伝達されます』
「ふぅー」とオニールは通信端末を耳から外すとポケットにしまい込んだ。
なんかマーメイに命令する時は緊張するぜ、まだマクロの様に形のある物がやり易いと思わんか?コクトよー。
オニールが愚痴を言い切らないうちに、マーメイの通信端末が振動する、オニールは慌てて通信端末を耳に装着し直した。
「な、何だ?」
『オニール、随時報告するにはこの通信端末は常時装着してもらわないと困ります』
『よろしいですか?』
「は、はい、ごめんなさい」
オニールは思わずマーメイに謝った。
モンヘの乗った小型ヘリは総務局屋上のヘリポートより飛び立ち、西に向かって飛行していた。
ルジウェイの監視システムをその航跡を確実に捉えている、街灯や信号そしてビルの屋上等の要所要所に設置されている監視カメラがリレーするようにヘリを追っていた。
ヘリのパイロットはしきりにヘリ後方を気にしているモンヘの方を向くと「局長、どこえ行くのですか?」とマイクで尋ねる。
「西だ、西へ向かえ」
「空港ですか?空港は既に閉鎖されていますけど?」
「空港よりもっと西だ」
パイロットは固唾を呑む。
「し、しかし局長、その方向にはモルタニア軍がいるのでは?」
「うるさい、お前は言うとおりにヘリを飛ばせばいいんだ」
モンヘは銃を取り出すとパイロットの頭に押し付けた。
「り、了解しました」
パイロットは震えながら操縦桿を握り締めた。
ルジウェイ警察の地下100メートルにある作戦室では、マーメイプロジェクトビルのシュミレーションルームから移って来たシュミレーションチームのメンバーが仮眠を取っていた。
起きているのはセティと数人だけだった。
「セティ、メインパネルを見て」
セティの隣で紅茶を口にしていた女性オペレータが前面にある巨大なメインパネルを指差した。
彼女名はカルメーラ、セティと仲の良いアフリカ系の美人オペレータである。
メインパネルには、小型ヘリの記号が西へ向け移動していた、それにその記号は赤く警告色で点滅している。
それと同時に、マイク近くのLEDが点滅をしている、マーメイからの通話要求だ。
セティは直に近くのマイクを口元に近づけた。
「マーメイ、西へ向かっているヘリがいるけど、詳しい情報は?」
『指名手配中の総務局局長モンヘダイムラーが乗ったヘリです』
「モンヘ?」
『ルジウェイの外に逃走する可能性があります、ルジウェイ警察より強制着陸させろとの命令が出ています、直に近くで待機しているしている無人ヘリを出動させます』
『セティ、それで問題無いと思われますけど、そちらの方は大丈夫?』
セティは立ち上がり、作戦室の片隅に置かれたソファーで寝ているクレイの方を見る、ここ数日殆ど寝ていない反動でぐっすり眠っているようだった。
「ええ、こちらは大丈夫よ、それよりマーメイ、ヘリのコントロールはあなたできる?、私がやろうか?」
『大丈夫です、この位はヘリの自動コントロールシステムがやってくれます』
セティは額に手を置いた。
「フッ、それもそうね」
「まかせるわ」
『では、行動に移ります』
「りょうかい!」
セティは椅子にすわると足を組んで、濃いコーヒー飲み干した。
「セティ、マーメイは私達に気を使っているの?」
カルメーラの質問にセティは首を横にする。
「さぁ?」
「それよりお手並み拝見と行きましょう」
モンヘを乗せたヘリは夜のルジウェイ500メートル上空を猛スピードで西へ向かって飛行していた。
ヘリのパイロットが前方から同じ高度で近付いてくる2個の赤色灯を確認する。
パイロットはそれが直に、ルジウェイ警察の無人ヘリだと判った。
ヘリの無線に男性の威圧的な言葉で警告メッセージが入ってくる。
『ザーザー、認識コードA1101のヘリに告ぐ、直に近くのエリアに着陸せよ』
『繰り返す、近くのエリアに着陸せよ』
『命令に従わなければ撃墜する』
『ザーザー』
「局長、どうします!!」
パイロットは大声でモンヘに指示を求めた。
モンヘは無表情で「無視しろ」とつぶやくが、パイロットには聞こえていなかった。
「えっ!?」と、パイロットは確認し直す。
「無視しろ!!」
モンヘは大声で怒鳴った。
「しかし、・・・・」
無人ヘリは速度を落とすことなく真っ直ぐに近付いてくる、パイロットの操縦桿を握る手が汗ばんできた。まさかぶつかるつもりか?
すざましいエンジン音が耳を襲う。
「ドドドドドドドドドドドド・・・・・・・・ン」
前方から近付いてくる2機の無人ヘリとモンヘらの乗った小型ヘリがすれ違ったのは一瞬だった、両方とも猛スピードで飛行しているため、風圧で小型ヘリは大きく揺れた。
「うわっ!」
2機の無人ヘリは直に反転するとモンヘらのヘリの後ろにピタリと着く、そしてバルカン砲の照準をモンヘらのヘリに合わせる。
『繰り返す、命令に従わなければ撃墜する』
無線には執拗に警告の無線が入ってくるが、モンヘは言うことを聞くつもりはまったく無いらしい。
『ザー、ザー』
『これは最終警告です、命令に従わなければ撃墜します』
「局長、撃ってきます!、降伏しましょう」
モンヘは再びパイロットの頭に銃を押し付ける。
「そのまま西へ向かえ、余計なことをすると頭をぶち抜くぞ」
「銃弾に当たらないように回避行動でもとれ」
「うっ」
パイロットはブルブル震えながら操縦桿を握りのが精一杯だった。モンヘはヘリの無線を口元に近付け、周波数を調整する。
「こちらはモンヘだ!もうすぐアウトサークルを抜けルジウェイ空港上空へで出る」
「ルジウェイ警察の無人ヘリに追われている、助けを求む」
「こちら、モンヘだ!!」
モンヘはしきりに無線で誰かに助けを求めていた。アウトサークルさえ抜ければルジウェイ警察の無人ヘリは多分追ってこないとモンヘは考えていた。
後数十秒でアウトサークルを抜ける位置まで来ていたのだ、アウトサークルを抜ければそこはもうモルタニアの領土だ、ルジウェイの警察権は及ばない。
しかしモンヘの無線にどこからも応答してくる気配は無かった。
モンヘはモルタニア軍が救出してくれるのに掛けているようだった。
2機の無人ヘリの照準がピタリと小型ヘリをロックする、その小型ヘリは必死に上下左右に回避行動をとってはいるが、無人ヘリの照準は正確に小型ヘリを捉えていた。
そのころオニールは数台の警察車両で武装警察を引き連れモンヘの後を追っていた。オニールには逐一マーメイから追跡状況が報告されていた。
そしてマーメイはオニールに対して最終判断を迫って来た。
『オニール、モンヘはこちらの指示に従うつもりは無いようです』
『後30秒程でモンヘの乗ったヘリはアウトサークルを抜けます』
『最終決断をお願いします』
『撃墜しますか?、それとも逃亡を許しますか?』
オニールはからからに乾いた喉で無理やり固唾を呑み込んだ。
数秒で判断しなければならないのか?
コクトは次々とマーメイやプロジェクトのメンバーに指示して出しているが、それはとんでもない重圧の連続なんだろうな、俺は隣でそれをただ感心してみているだけだったが、コクトの気持ちが少し判るような気がしてきた。
こ、このまま逃走することはゆるされない、・・・。
「げ、撃墜しろ」
『了解しました』
マーメイは即応する、しかしオニールの心臓の鼓動は激しく波打っていた、改めて自分の権限の重さを認識すると同時に、自分の判断で人の生死が決まるなんて、....。
無人ヘリのバルカン砲が唸りを上げた。
「ダダダダダダダダ」「ダダダダダダダダ」
「ダダダダダダダダ」「ダダダダダダダダ」
小型ヘリの後部プロペラがふっ飛んだ、ヘリはバランスを取ることができずに回転し始める、煙がそれを追う様に螺旋様に円を描いていく。
モンヘらの乗った小型ヘリはアウトサークルを抜けると、暫くは煙を出しながら飛行していたが、数秒後に砂漠の砂丘の影に消えた。
2機の無人ヘリはアウトサークとモルタニアとの境界線手前で追うのを止めホバーリングをしながら次の指示を待っていた。
そしてアウトサークルの数キロ先で爆発音と伴に砂丘の間から火柱が上がった。
『オニール、残念ながらモンヘの乗ったヘリはアウトサークルを抜け、1キロ先で墜落した模様です、生死を確認しますか?』
「いいや、モルタニア軍を以上刺激しない方がいいだろう」
「この騒ぎが落ち着いてから、確認するさ」
『判りました、無人ヘリは引き上げさせます』
「この件はクレイと、・・・」
「ベトラに早めに伝えてくれ、できるか?」
『はい、お安い御用です』
コクトならそうするだろうとオニールは思った。
オニールはマーメイの通信端末をはずしポケットにしまいこむ、それから警察署に車を向ける様に指示した、これからが自分の一世一代を掛けた勝負だと思った。
確かに治安系のシステムの最高権限を与えられたかもしれないが、実際にそれを使って仕事をする全警察官らに自分がルジウェイの治安を守る責任者だと認めさせなければならない。
反対するやつは必ずいるだろう、しかし今はいちいちそういう奴にかまっている時間はない、そういう奴は排除するしか無いだろ、くっそー、コクトよ俺になんてこををさせるんだよー、いや、マーメイか。
傍から見るとオニールは、警察車両の後部座席を腕を組んで凛として座って自信満々で頼もしそうに見えるが、内心は心臓が張り裂けそうな状態であった。
ただコクトもそうだが、傍から見るとそう見えるだけで内心は不安で一杯なんだろう、このような状況で自分の行動に自信が持てる奴なんてよっぽどの自信家か勘違い野郎しかいないだろう、な、そうだろコクト。
ルジウェイ警察署の地下100メートルにある作戦室で、一部始終を見ていた、セティとカルメーラは顔を見合わせて唖然としていた。
「セティ、本当に撃ち落しちゃったよ、・・・・」
「私達はシュミレーションではない、本物の戦争をしているってことよ」
「いろいろ覚悟しておいた方が良いわよ」
「そ、そうね」
戦争経験の無いカルメーラは小声でそうつぶやくのが精一杯だった。確かに今、目の前で人の命のやり取りが行われていのだ。
作戦室前面にある巨大なメインパネルに、ダンプトラックと歩兵ロボットを示す記号が表示され始めた。
「準備が出来たようね」とセティ。
「クレイを起こす?」
カルメーラはをソファーで横になっているクレイを横目で確認する。
「まだ寝かせて置いて、起こすほどでもないわ」
セティはモニタ画面を自分方に向けると、キーボードを激しくたたき始めた、セティが見ているモニタにはルジウェイを中心に描かれた気象図が表示される。
セティはモニタに映し出されている気象図の時間軸をずらしながら明日の天気の移り変わりを確認する、朝方は東南東の風で昼に向け南風になり徐々に東にと移っていく。
あまりこちらの都合のいい風向きじゃないわね、・・・・。
そ、そうか!
モルタニア軍の車両は自分達が舞い上げる砂埃で東北側の視界が悪くなる。
この場合、ダンプトラック軍団はアウトサークル北に配置した方がよさそうね。
セティは顔を上げカルメーラの方を向く。
「ねぇ、カルメーラ、やっぱり悪いけどクレイを起こしてくれる」
セティにそう言われたカルメーラは呆れた様に溜息を漏らすと、後ろを指差した。
「セティ、このような時は遠慮せずに起こしてくれてもいいんだぞ」
クレイはセティの後ろから、セティの肩に手を置いた。するとセティは無理やり作った笑顔でクレイの方を振り向いた。
「あら、クレイ、・・・」
「起きてたの?」
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