コクトとオニールを乗せた地下通路専用のバスはコアサークル南駅へ向け走っていた。
脳科学研究所はコアサークル南駅の手前にある、マーメイプロジェクトビルとも数キロしか離れていないため、数分で脳科学研究所の真下のホームが見えてきた。
バスがホームに横付けすると、ホーム中央のエレベータがスーッと音も無く降りてくる。その後エレベータから人影が降りるのが見えた。
運転ロボットがそれを確認すると、ハンドルの横にある操作版にあるスイッチを押す。するとバスとホームの出入口が結合しドアが開いた。
「待った?」
フレアはバスに乗り込むと、コクトとオニールの後ろの席に座った。
「いや、時間ピッタリだよ」とコクト
「よぉ、元気か?」
「ええ、オニールも元気そうね」
『ハッシン、シマース』
運転ロボットがぎこちない音声で出発の合図をするとドアがスーッと閉まり、バスは音も無く動き始める。
「初めて乗るけど、あまりかわいくない運転手さんね」
「だろ!」とオニールがコクトを小突く。
「んんー、検討してみる」
コクトとオニール、そしてフレアを乗せたバスは薄暗い地下通路をコアサークルへ向かってスピードを上げて走り出した。
「コクト、本当にマーメイ本体と合えるの?」
「ああ」
「よく、マーメイが許したわね」
「マーメイも僕らと直接合う必要があるはずだ、と思ってね」
フレアもそう感じていたのかもしれない特に疑問を投げ掛け無かった。
「おいおい、二人だけで理解するなよ、俺のも判るように説明してくれよ」
オニールが少しふて腐れながら話に割り込んできた。
コクトはフレアの方を振り向き目でフレアに確認すると、フレアも無言でうなずく。
「オニール前に黒い鉱石の話をしたことがあるが覚えているか?」
「あのオカルトじみた話だろ、レイモンが手に入れようとしたやつ」
「そうだ」
「まさか、またそいつが関係しているのか?」
「ああ、全てはその黒い鉱石を巡る主導権争いなんだ」
「不正リストもか?」
「多分」
「アミアンはもう気づいていたが、あるルジウェイの一部のグループは金をばらまくことのより、対立するグループを巧に取り込んでいった経緯が見え隠れするんだ」
「本来、研究や開発に回るはずの一部の金を、ルジウェイの上層部全体で分け合うことにより、ルジウェイ上層部全体が共通の利益を共有することになった」
「同じ穴の狢になってしまったってところだ」
「それを察したモルタニアがそうはさせまいと軍を送り込んできたって訳さ」
オニール後ろに座っているフレアの方を振り向いた。
「フレアもこのことを知っていたのか?」
「確証はなかったけど、薄々ね」
オニールは頭を横に振って姿勢を元に戻すと、深く座席に身を沈めた。
「まったく、お偉方の考えることは、・・・・」
コクトはバスの進行方向を見ながら話を続けた。
「ところがルジウェイ上層部とモルタニア以外に第三の勢力が現れたんだ」
「ま、待てよ、それって」とオニールが言葉を詰まらせた。
「そう、マーメイプロジェクトのメンバー、つまり俺達だ」
「お、俺も入っているのか?」
オニールは自分を指差す。
「主要メンバーの一人だ」
コクトはオニールを見ると苦笑いをする。
「ここまでくると何故僕達がマーメイに合いに行くのかが判ってこないか?」
オニールは首をブルブル横に振る。
「全然、判らん、もう少し説明を続けてくれ」
コクトは一度咳払いをする。
「す、すまない、手抜きしてしまった様だ」とコクトは謝る。
「バーン博士の突然の帰還、マーメイプロジェクト再開、不正リスト、モルタニア軍の進行と、全ての流れが誰かの意図に沿って動いている」
「要するに、マーメイプロジェクトがルジウェイの全権を掌握するように、誰かがそう仕向けているんだ」
「僕はバーン博士とルナ、そしてマーメイがその鍵を握っていると思っている」
コクトがそう言うと少し間を置いてオニールがつぶやいた。
「な、なるほど、なんとなく判った」
バスは地下通路を抜けるとコアサークル南駅がある巨大な空間に出でた。
「話には聞いていたけど、呆れる程凄いわねー」
フレアは窓から外を眺めていた。
バスは巨大な空間の中央にあるリニアの駅の手前を右に曲がり、暫くはそのままリニアの線路沿いを進んで行くと途中でリニアの線路とは分かれて別の地下通路に入って行った。但しリニアの線路とは並行で走っている様だ。
「コアサークルを半時計周りで走っている様ね」とフレア
「ところでコクト、マーメイの場所って知っているのか?」
「いいや、僕はデータセンターの地下にあると聞いたことがあるが」
「実際のところは、・・・・」
コクトが言葉に詰まるとフレアが若干補足してくれた。
「マーメイを構成するスーパーコンピュータは何重にも守られた場所にあるってことは確かだけど、セキュリティ上実際の場所は公表されていないの」
「一応データセンターの地下にあるってことになってるわ」
フレアもそれ以上は知らなかった。
「もしかしてネットワークコンピュータってやつか?映画とかでよくあるじゃん」
コクトとフレアは少し笑いそうになった。
「マーメイはそんな幽霊みたいなシステムじゃないよ」とコクト。
地下通路に入って数分でバスはホームに到着すると運転ロボットの頭が180°回転しコクトらの方を向く。
「うっ」
コクトとオニールが身を引いた、やはりロボットの動きに馴染めない。
『モクテキチニ、トウチャクシマシタ』
「やはり位置的にはデータセンターのある場所からかなり離れているな」
「降りよう」
コクトがオニールとフレアに合図する。
「ああ」
3人がバスからホームに降りると、目の前に小さな女の子型のかわいらしいロボットが立っていた。
「これまた、かわいこちゃんロボットだ」
「そうだコクトこれだよ、これ、運転ロボットもこの子みたいだと数百倍も馴染みやすいと思わないか?」
「た、確かにそう思う」
『マーメイのところまで案内します』
ロボットは丁寧にお辞儀をする。
その声はマーメイの洗練された女性の声を少し子供の声にアレンジした音質を使用していた。
「コクト良く見て、このホームの何処にも案内板や標識もないわよ、保守にしか使われることがなさそうな作りね」
フレアがそう言うと、コクトとオニールも周りを見渡す。
「人間様用ではないってことか」とオニールがつぶやく。
『こちらへどうぞ』
3人が案内されるままに付いて行くと後ろで地響きを交えて重低音で唸り声のような物音が聞こえ出した。
「ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・」
3人は後ろを振り向く。
ホームの左右から巨大なコンクリートの壁が出現し、ホームと地下通路を完全に仕切ろうとしていた。
「このホームは必要な時しか人目に触れさせないってことか、・・・」
「そうみたいね」
「俺達は帰れるんだろうな」とオニールは心配そうにつぶやく。
案内ロボットはホームの奥にあるエレベータのところまで3人を案内すると、エレベータの操作盤の方へ視線を向ける。
すると下の方からエレベータが上がってきた。
「ところで君の名前は?」
コクトが案内ロボットに声を掛けた。
案内ロボットはコクトの方を振り向くと首を横に少し曲げる、なんでそんなこと聞くのと不思議がっているような仕草だ。
『私には人の名前の様なものはありません、コードA0122345689で識別されています』
「呼びにくいね」
案内ロボットは今度は逆の方へ首を横にする。
『では私に名前をもらえますか』
「えっ」とコクトは少し焦った。
「ちゃんと責任とりなさいよ」
フレアはコクトの横腹を小突付く。
「わ、わかったよ」
「じゃ、君の名前は・・・・・」
『私の名前は?』
「マクロってどう?」
『マクロ?』
案内ロボットはまた首を横にする。
「だめ?」
『ありがとうございます、私の名前はマクロ』
フレアとオニールは顔を見合わせると、フレアは肩をすくめて呆れた様な笑顔を見せた。
『私の名前はマクロ』
案内ロボットはうれしそうに復唱する。
エレベータのドアが開くとマクロは3人に先に入るように促す、3人が入ると自分も中に入りエレベータの操作盤の方へ視線を向けた。
するとドアが閉まりエレベータが動き始めた、どうやら赤外線でエレベータをリモコン操作しているらしかった。
「このエレベータ斜めに降りているような気がするけど、気のせいか?」
オニールはキョロキョロと周りを確認しながらコクトとフレアに尋ねた。
「どうもその様だな」
5分ぐらいでエレベータがゆっくりと停止した。
ドアが開くと目の前には真っ直ぐな通路が伸びていた。
通路はトンネル状に丸みを帯びた透明な壁で作られており壁の中には無数の機器類が整然と配線されたケーブルで接続されている。まるで電子回路で作られたトンネルだ。
『さぁ行きましょう、マーメイのところまではもう直です』
「お、おう」
なかなかエレベータから降りようとしないオニールが慌ててコクトとフレア、そしてマクロの後を追い駆けていく。
「ところでマクロ、この壁に埋め込まれている装置は一体なんだ?僕らが歩くたびに、いちいち反応している様だぞ」
「そうね、まるで物珍しそうに私達を見ているみたい」
マクロは振り返ると後ろ歩きで3人と歩調をあわせながら歩き始めた。
『はい、彼らはあらゆるセンサーで私達が安全かを調べているのです、彼らにもたまには仕事をさせてください』
マクロは笑っているようだった。
マクロは分厚い鉄の扉の前で立ち止まると右手を宣誓するように上げた。すると鉄のドアは音も無くゆっくりと左右に開いた。
『ここがマーメイ本体のあるコンピュータルームです』
ドアを抜けると円柱形の空間が広がっていた。
そして円柱形の空間を囲むように八つの空間が取り囲む様に配置されている。
八つの空間には高さ2メートル横幅1メートル長さ3メートルのコンピュータが100台ずつ設置されており、無数のLEDが動作状況を示すように点滅している。
中央の円柱形の空間は高さは30メートル直径50メートルの円柱形で壁一面にモジュール化されたコンピュータが埋め込まれ状態を示すLEDが点滅していた。
そして床は透明なアクリルのパーティションで覆われて、その下には無数のケーブルが電子回路の様に整然と配線されている、中央には直径5メートルのホールがあり、ホールの底にはプラネタリウムの様な発光器が設置されそこから光の帯が無数に天井に向かって照射されていた。
照明は消されているので、まるで光り輝く銀河の中に居るような錯覚に陥ってしまいそうだった。
コクト、オニール、フレアの3人は暫くは言葉が出なかった、これほどのスケールのあるコンピュータルームは見たことが無かった。
「こりゃあぶったまげた、これ全部コンピュータか?」
オニールは口をあけたまま周りを見渡す。
「なんか喉が渇かない?」フレアは喉に手を当てていた。
「ああ、極端に空気が乾燥している様だ」
「マクロ、人間はここに何分いられるんだ?」
『大丈夫です、マスターコクト』
『もう少しで湿度の調整が終わります』
「そ、そうか」
なるほどこの部屋自体が機械優先に作られているようだ、人が介さなくても保守が可能になっているんだ、マーメイの本体らしいつくりだ。
マクロが首を左右に動かし人の目の役割をするCCDカメラをぱちくりとさせると、部屋中の照明が点き一瞬にして銀河の星空から現実世界に戻された。
「うっ」
3人は急な環境の変化に目を細めた。
「見ろよコクト、マクロみたいなロボットがあっちこっちにいるぞ」
「ほんとだ」
『オニールさん、彼女らはこの部屋専属の保守用ロボットです、あまり人と話すことが得意ではありません』
「へぇー・・・・、あれ?」
「こ、こらマクロ、何でコクトの場合はマスターコクトなのに俺はオニールさんなんだ!?」
マクロは首を横にかしげた、何て変な質問をするのだろうと思っている様だ。
『マスターコクトは、私の名付け親ですから』
フレアが手を口に当てクスクスと笑い出す。
「お、おい」とコクトが部屋の中央を指差した。
部屋の中央のホールにある発光器からは、照射されている光の帯がゆっくりと中央に集まり直径1メートルの太陽を思わせる球体状の立体映像を作り始めていた。
マクロはお辞儀をすると3人に気付かれない様に後ろに下がり身を引く。
『お待ちしておりました、コクト、フレア、そしてオニール』
マーメイの声は部屋全体から発せられている様に響く、それと同時に保守用のロボットもいつの間にか姿を消していた。
円柱形の巨大なコンピュータルームの空間には、コクト、オニール、フレアの3人と、ルームの中心に映し出されている直径1メートルの球体。
「マーメイ、真実が知りたい」
コクトは球体の少し上に視線を向け大きな声で尋ねた。
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