モルタニア連邦共和国の首都トルン、豊富な天然資源がもたらす外貨のお陰でトルンの町並みは綺麗に整備されていた、かってのイギリス領ローデシアが比喩された、アフリカの真珠と言う名称は今の時代では、トルンを指していた。
首都の外見の美しさとは裏腹に、富の殆どは一部の特権階級に集中しているため、貧富の格差は酷かった。
首都トルンの中心部にモルタニア大統領官邸はあった、官邸は広大な敷地を大人の腰ぐらいの高さの石垣と、その上に取り付けられている鉄格子で囲まれている中にある。
建物は平屋で鮮やかなスペイン瓦で覆われている、高級リゾートホテルを思わせる作りだ。
「大統領いかがなされました?」
側近の一人が大統領執務室に入ると、大統領は頭を抱えたまま机の上に膝を付き座っていた。その横には乱暴に置かれた受話器があった。
「き、君か」
大統領は受話器を置き直すと、大きく溜息を漏らした。
「アメリカ合衆国大統領からだ」
「ルジウェイで起こっている問題について、モルタニア軍の介入は認めないと、ルジウェイの混乱はアメリカ合衆国海兵隊が集束させる旨を伝えてきた」
「ワゲフめ余計なことを、・・・、やつはアメリカに介入の口実を与えてしまった」
側近はゴクリと固唾を飲んだ。
「アメリカの要望どおりに?」
「ふっ」
と大統領は鼻で笑った。
「どうしようもあるまい」
「第6艦隊はもう直そこに来ている、やつらはワゲフの動向をじーっと観察してたらしい、上からな」
大統領は天井を指差した、上とは地上150〜500キロ上空を飛び回っている偵察衛星と無人偵察機を指していた。
「ワゲフ将軍が罠に掛かるのを待っていたのですか?」
大統領は無言でうなずく。
「それより、例の彼は連れてきたか?」
「はい」
側近は後ろを振り向くと「入れ!」と大きな声を出した。
「おじゃまします、大統領」
「情報部のジェイシンガー中佐です」
ジェイシンガーと名乗る男は、どこから見てもアフリカ系の顔立ちで、ポロシャツと七部ズボンを身にまとっていた。そこら辺の街中らひょっこり現れてきたような格好をしている。
「カービンとはまだ連絡は着くのか?」
男は腰にぶら下げていた分厚いアンテナが付いた携帯電話を取り出して、大統領に見せた。
「はい、ご子息とはこれでいつでも連絡可能です」
カービンの率いる15機の戦闘ヘリ小隊はワゲフ将軍率いる本隊より先に、ルジウェイ空港西10キロ地点へ到着していた、今カービンの目の前で最後の1機が砂埃を上げ着陸しようとしいるところだった。
「よーし、少佐、埃が収まったら、直に偽装工作を行え」
「イエッサ!」
カービンは一人小高い砂丘の頂上へ上がると、双眼鏡をルジウェイ方向に向けた、その方向には蜃気楼を思わせるような緑のオアシスが大地に広がっていた。
緑のオアシスの中心部には高さが500メートルはある4本の通信塔がかなり広い間隔で立っていた。インドのタージ・マハル廟の4本の塔の様に何かを取り囲むように配置されているが、その中心部は緑の木々が見えるだけで大きな建物は確認でき無かった。
4本の通信塔をよく見るとそれは通信塔と言うよりエジプトのオリベスクを連想させる形をしていた。
緑の木々の中にぽつんぽつんと建物の屋根が見えるが、ルジウェイでは建物の高が制限されているため全体的な印象は砂漠の真ん中にあるなだらかな緑の丘が広がっていると言ったところだろう。
目立つ建築物と言えば先程の4本の塔と、そこから数キロ離れたところにある病院らしき建物、そして一番手前にある空港の管制塔らしき建築物ぐらいであった。
カービンの双眼鏡が一番手前にある建物に照準を合わす、するとルジウェイ空港の管制塔がくっきりと浮かび上がった。
ルジウェイ空港はルジウェイの外郭を構成するアウトサークルより2キロ離れた場所にあり出島のような形をとっている、そのため最もカービンの率いる部隊の近くに位置する場所にあった。
カービンが見る限り空港は閑散としている様で航空機の離発着は確認できなかった。双眼鏡を降ろすと、目を細めて前面に広がる人工的に作られた緑の大地を肉眼で眺めていた。
「まるで、天空に浮かぶ緑の大地だ、・・・・」
ルジウェイ空港管制塔の窓からはルジウェイと外界を繋ぐ1本の滑走路が一望できた、管制塔の直横には駐機場があり、3機の旅客機が連絡用通路で繋がっていたが人の出入りは無かった。
「チーフ、受付に人が殺到して、大混乱しているみたいですよ」
「ああ、わかっている」
「しかし急に航空機の離発着を全て停止せよとの、指示がマーメイプロジェクトから来たまではいいが、それから数分も経たないうちに、人が押し寄せるなんて、何が起こったんだ」
「チーフ、マーメイプロジェクトにそんな権限ありましたっけ?」
「さぁな」
「それに管制システムが離着陸を拒否しているんだ、どうしようもないだろ」
「ピンコーン、ピンコーン、ピンコーン」
空港内に設置されている全てのスピーカから緊急連絡を知らせる電子音が流れ始めた。
『管制システムの緊急放送です』
『ルジウェイ空港はただいまより、閉鎖します』
『空港職員は速やかに空港より、全ての乗客をルジウェイサークル内へ避難させてください』
『繰り返します、・・・・』
「今度は避難命令かよ」
「チーフ、所長から電話です」
「わかった、回してくれ」
「1番です」
管制室でチーフと呼ばれている体格のいい男は受話器を取り上げると、ルジウェイ空港の責任者でもある所長からの電話を受け取った。
管制室にはチーフも含め、4人の管制官が居たが、所長の電話を受けているチーフ以外の3人の管制官は立ち上がり窓から滑走路の方へと視線が釘付けになっていた。
彼らの視線の先には、10台の装甲車が次々と滑走脇に50メートル間隔で停車し、停車した装甲車の後ろからは、歩兵ロボットが出てきて、滑走路に沿って並んで行く姿があった。
停車した装甲車の砲塔は全て西の空に向けれれていた。
「なんじゃあれは、空から誰かが攻めてくるのか?」
チーフはその様子に気が付き、受話器の話口を手で押さえて、外を眺めている管制官達に尋ねた。
「どうした?」
「そ、それがチーフ、滑走路が封鎖されました」
「何だと!?」
慌てて身を乗り出して滑走路を確認したチーフは肩を落として、話口を押さえていた手をどけると「所長、無理です、滑走路が装甲車とロボットによって封鎖されました」そう告げ、受話器を元の位置に戻した。
「チーフ、どうしました?、所長は何て?」
「緊急で直にルジウェイ出る必要があるから、1機だけでもいいから離陸させてくれと、・・・」
一人の管制官が窓の外を指差した。
「あれじゃ無理ですね」
「チーフ、マーメイプロジェクトのランロッドと名乗る者から電話です」
「マーメイプロジェクトのランロッド?」
「知らんな」
「1番でいいのか?」
「はい」
ルジウェイ空港から東へ一直線に伸びる幹線道路を進んでいくと、ルジウェイの行政機関が集中するコアサークルに行き着く。
そこにある総務局ビル局長室では、局長のモンヘが携帯電話を耳にあて窓際に立っていた。
視線は窓の外に向けられていたが、彼の目には整然と整備された美しいルジウェイの景色は映し出されていなかった。
『どうなっているんだ!』
『君のマーメイプロジェクトが作った告発リストが、世界中にばら撒かれているではないか?、まさか君の指示じゃないだろうな?』
「めっそうもない、そんなことありえません」
『ワゲフ将軍もそれに勢いづいてここに迫ってきているそうだぞ、金で、解決するはずでは無かったのか!』
「は、はい、ですが、送金がマーメイによって、止められてしまってどうにもならないのです」
『今度はマーメイのせいか・・・、まったく君には失望したよ』
『明日、ルジウェイ最高評議委員会を招集する、段取りをしてくれ』
『そのぐらいは、できるだろ?』
「は、はい」
『それと、そこにコクトとフレア、そしてバーンも連れてくれんだ、今回の事態の収拾は評議委員会が行う、いいな』
「はい、わかりました委員」
「・・・・」
「っくっそー!」
モンヘは持っていた携帯電話を「ガシャン」と床に叩きつけた。
「き、局長、その電話は、・・・」
「あっ」
モンヘはルジウェイ最高評議委員会の各委員と直通で連絡が取れる緊急用の携帯電話を床に叩きつけて壊してしまった。
「んんー」
「こんなのは後でも調達できる、それよりも、誰がリストをばら撒いたんだ!?、それにお前らはこのリストを作った小娘一人ここに連れてくる子ができないのか、何のために高い給料払っていると思っている」
二人の黒スーツの男は互いを顔をみると、小声でささやいた。
「やつあたりだ、かなわんな、・・」
局長室のドアを叩く音がすると、直にドアが空き女性秘書官が慌てて入ってきた。
「誰が入っていいと言った」
「す、すみません局長、総務局に電話が殺到しています、局長宛てにも多くの電話が寄せられています、全て緊急で直に連絡が欲しいとの催促を受けていますが、いかがいたしましょう」
モンヘは狼狽している秘書官を睨みつけると大声で叫んだ。
「そんなのほっとけ!」
「えっ?」
的確な指示を期待していた女性秘書官は少し固まってしまった。
「局長は機嫌が悪いんだよ、後で俺がデートしてやる、待ってな」
二人の男は、女性秘書官の腕を掴むと局長室より勢い良く放り出す様に追い出した。
「キャッ」
女性秘書官は転びそうになったが、どうにか踏みとどまった。
「バタン」
後ろで局長室のドアが閉まる音がした。
「なによ、局長付きの運転手のくせに・・・」
「でも、何で局長付きの運転手が大勢いるのかしら?」
女性秘書官は総務局局長秘書室と伴に局長直轄の局長付き運転手室と、変な部署があるのがいつも不思議に思っていた。
「あらっ」
女性秘書官の個人用の携帯電話に誰かから連絡が入ったようだった、マナーモードのため着信音はない。
「誰かしら?」
女性秘書官は内ポケットから小さなかわいい携帯電話を取り出すと、耳に近づける。
「はい、もしもし」
『初めまして、急で申し訳ありません、マーメイプロジェクトのランロッドです』
「はい、・・・・」
秘書官よりの数十メートル先にあるエレベータのドアが開いた、エレベータからはルナが降りると、局長室へ向かって真っ直ぐに歩いてきた。
ルナは秘書官と目が合うと、にっこりと微笑んで会釈をした。
慌て電話を切ろうとする秘書官に「そのままで、局長は中?」携帯を耳に当てたまま秘書官はうなずいた。
「アポイントは取ってあります、マーメイプロジェクトの進捗状況を報告に来ましたの」
そう言うとルナは秘書官の横を通り過ぎ、ノックもしないまま局長室のドアを開け中へ入っていった。
秘書官は呆気に取られたまま、局長室のドアが閉まるのを見ていた。
総務局からコアサークル沿いに東南方向へ進むと、南向けの幹線道路が見えてくる、そこを右折し南向けの幹線道路に入れば、センターサークル内に入ったことになる、しばらく進むと右側に4つのビルが渡り廊下で繋がれたマーメイプロジェクトビルが見えてきた。
マーメイプロジェクトの正面玄関には2台の警察車両が止まっている、そして玄関には8人の警察官がビルにで出入りする人の身分証明書を目視とハンディ端末を使って細かくチェックしていた。
少し離れた場所にある駐車場には報道関係者の車と一目で分かる車両が何台も止まっていた。
しかしその車両は全て乗用車タイプで、急ごしらえの小さなパラボラアンテナが空を見上げている。
わざわざ砂漠のど真ん中にあるルジウェイに通信装置がぎっしり詰まって巨大なパラボラアンテナを装備したバス並みの大きさの放送用車両を送ってくる放送局はなかった。
殆どの放送局は2名から3名、もしくは1名と常駐している特派員の数は少ない、建設当初とは違い、彼らにとってニュースソースとしてのルジウェイはそんなに魅力的ではないらしい。
「BBCさん、お宅も一人ですか?」
「そう言うあなただって、一緒ですなー」
「はっはははは」
「互いに、今日は何か報われそうな気がしませんか?、特ダネの匂いがプンプンしてきますよ」
「まったく、同感です」
各局の特派員は色めき立っていた、通常ルジウェイで何らかの発表がある場合は総務局の広報が行うのだが、今回は何故かマーメイプロジェクトと言う、総務局直轄の一組織が直接行うと言うのだ。
よっぽど何か重大な発表があるに違いないと誰もが特ダネを期待していた。
「おっ?」
特派員の一人がカメラを持って立ち上がって玄関先を見ると、何人かが警備の警察と小競り合いをしていた。
「さっそく、特ダネか!?」
少し痩せた中年の男と3人の部下と思われる4人がビルの中に入ろうとして、玄関先で警察官に食って掛かっていた。
「私達は総務局広報の部長命令で来ているのだぞ、中に入れたまえ」
「許可の無い者は誰であろうと入れません」
「何を言っているのだ、ここは総務局管轄のなんだぞ、入れたまえ」
「だめです!」
「なら責任者のコクトをここへ呼んできたまえ、直接話をつけてやる!」
自分の権威がまるで通用しないと思った少し痩せた中年の男の顔は、次第に真っ赤に膨れ上がってきた。
「しょうがね、こいつらしょっぴきますか?」
一際体格のよさそうな一人の警察官が手錠を出して、リーダ的な存在の警察官に確認した。
「な、なんだとう」
「か、課長・・・」
下っ端の職員が中年男のシャツをひっぱた。
「な、なんだ?、・・うっ」
いつの間にか大勢の報道関係者に囲まれ、カメラを向けられていた。
「き、今日のところは引き返すか、・・」
「は、はい」
4人の総務局職員はカメラから逃げるように去って行く、何人かの報道陣が追っかけようとしたが、玄関先に背の高い女性が現れ「報道関係の方はどうぞ、中にお入りください、本ビル3階に会見室も設けてあります」と大きな声で案内すと、直に戻ってきた。
各局の報道陣は背の高い女性の後に付いてマーメイプロジェクトビルの広いロビーをゾロゾロと歩いていた、その様子をロビーのソファーで寛いでいたマーメイプロジェクトのメンバーは何事かと、立ち上がって見ている。
外の厳重な警備にこの大勢の報道陣、マーメイプロジェクトビル全体が妙な緊張感に包まれていた。
一人の男が報道陣を引き連れている背の高い女性に声を掛けてきた。
「アーリ、いよいよ始まるのか?」
「ええ、もう直よ、あなた達もちゃんとテレビを見なさいよ、これから大事な発表があるんだから」
「おう、がんばれよ」
アーリは男に軽く手を振ると、報道陣を引き連れエレベータがある奥のフロアへと進んでいった。
「おい、何があるんだ?」
アーリに声を掛けた男の周りに何人かが集まってきた。
「あれ、お前ら知らないのか?」
「もったいぶるなよ」
男は周りを確認すように見渡すと、少ししゃがんで小さな声でささやくようにつぶやいた。
「クーデターだよ」
「ク、クーデター?」
「俺らの所属するマーメイプロジェクトがルジウェイの全権を掌握するらしい」
数秒の沈黙の後
「えぇええええええええええ!!」
「聞いて無いよ!!!!!!!!」
フロアは蜂の巣を突付いたような大騒ぎになった。
「だから、これから詳しい発表があるんだ!ちゃんと人の話を聞けって」
アーリが報道陣を引き連れエレベータで上に用意された記者会見場に昇っていった後、エレベータ前のフロアには数人がエレベータが来るのを待っていた。
隣のエレベータの表示版には地下から昇ってくるエレベータの様子が表示版に映し出された。
「あれ、このビルに地下なんてあったか?」
「ボイラー室かなんかだろ?」
「いや良く見ろよ、今まで表示してなかった地下を示す表示があるぞ、ほら結構深いところから何か上がってくるぞ」
エレベータの位置を示す表示が1階で止まった。
エレベータフロアで待っていた何人かは、ごくりと固唾を飲んだ。
電子音と伴にエレベータのドアがすーっと開いた。
「こ、コクトさん、・・・」
エレベータの中には、コクトとオニール、そしてオニールに背負われたアミアンが居た。
「すまん、急いでいるんだ、先に行かせてもらうよ」
「は、はい」
コクトがエレベータの「閉まる」ボタンを押すと、ドアは直に閉まり始める、アミアンがドアが閉まる瞬間にフロアに居る人達に「バイバイ」と手を振る。エレベータは上に向かって昇っていった。
「バイバイ、・・・・、だって?」
「何時の間にこのビルに地下室ができたんだよ!?」
3人がエレベータから降りると、タイミング良くアーリが記者会見用にセッティングされた会議室より出てきた、報道陣は会議室の中で待たせているようだった。
アーリは考え事をしている様で下をうつむいたままだった。
会議室のドアには二人の警察官も警備の為に立っていて、彼らは3人に気が付くと、直に敬礼をした。
「コクトさん、オニール警部補、お疲れ様です」
「よっ、問題はないか?」とオニールが二人に声を掛けた。
「はい、今のところトラブルはありません」
「あっ、コクトさん」
アーリは頭を上げると、3人に気がつく。
「ちょうど良かった、ベトラさんが執務室で待ってます、かなり緊張しているみたいです、行ってあげてください」
「わかった」
アーリはオニールに背負われているアミアンにも気づくと、
「アミアン!どうしたの?」
「へへへ、足をくじいちゃった」
オニールの背中の上でアミアンはぺろっと少し舌を出した。
「よっしや、コクト後は任せたぞ、俺は警備状況を確認してくる、記者発表の後は大騒ぎになるはずだからな、その後はシュミレーションルームだ」
オニールは少ししゃがんでアミアンを背中から降ろした。
「オニールさん、ありがとう」
「いいって、いいって」
「頼りにしてるぞ、オニール」
「ああ、身辺は俺達が守ってやる、心配するな」
「お前ら二人はここの警備をしっかりと頼むぞ」
オニールはそう言うと会議室のドアの両サイドに立っている警察官の胸を軽く叩いた。
「はっ、任せてください」
オニールは胸に掛けている無線機を掴み取り誰かに話し掛けながら、エレベータに乗り込み下の階へ降りていった。
執務室はカーテンが掛けられ外からは見えないようにされていた。コクトがドアを開け入ると、スケジュール管理室の全員がコクトの方を振り向いた、コクトの後からはアーリとアーリに支えられアミアンも入ってきた。
「コクトさん、アミアンさんも無事だったんですね」
ランロッドがほっとした表情で声を掛けてきた。
「ああ、ジョブズ警部も全面協力してくれることになった、いよいよだぞ」
執務室に居る全員が無言でうなずいた。
「ところで、ベトラは?」
ランロッドは自分の後ろにベトラが完全に隠れていると気がついて、体を横に移動する。
「ほ、ほんとうにベトラか、なんて変わり様だ、・・・・」
ベトラは普段着慣れていない女性用のビジネススーツを身に付け、髪は三つ網にして頭の上で束ねる様に綺麗にセッティングされていた。少しお化粧もしている様でいつもより大人びた雰囲気を出している。
「ルナさんが服装から髪型まで全てセッティングしたんですよ、それに歩き方や振る舞いまで、正直私も驚きました」
とアーリが補足するように説明してくれた。
「馬子にもなんとやらですよ」
ランロッドも関心したようにつぶやく。
「マーメイプロジェクト、いや、ルジウェイの報道官として文句無しだ!」
コクトがそう言うと、ベトラが泣き出しそうな顔をする、そして少し怒るような声で抗議する。
「もう、みんな、外見ばかり感心して、肝心の私のこことここは緊張でぼろぼろよ」
ベトラは自分の頭と胸を指差した。
コクトはこの重要な発表を自分ではなく、ハイスクールを卒業したばかりのベトラに押し付けたことを少し申し訳ないと感じていたが、思いつきでそうしたのではない、ベトラを使った方が最も効果的に世界にアピールできると確信していた。
「ランロッドさん、ベトラが発表する原稿は?」
「はい準備できています、確認しますか?」
「いや、いい」
コクトはそう言うと、ポケットからマーメイの通信端末を取り出した。そして耳に近付け「マーメイ、ベトラをフォローしてくれるか」と小声で確認する。
『はい、変な質問をしてきた記者は私の方で懲らしめてやります』
「たのむぞ」
コクトはベトラに近寄り、ベトラの耳にそのマーメイの通信端末を取り付けて、マイクがベトラの口元に近くなるように微調整する、そしてやさしくベトラを抱きしめ、耳元でささやいた。
「ベトラ、何も怖がる必要はない、堂々と準備した原稿を世界に向かって読み上げてくれ、もし記者が変な質問をしてきても大丈夫だ、君が困った時はマーメイがそれを察して最適な言葉を選び出して伝えてくれるはずだ」
「ちなみに僕はマーメイとのディベート(討論)でまだ勝った事が無い・・・、たのんだぞ」
ベトラは少し吹き出すように笑った。
それからコクトはベトラ以外が聞こえないように、さらに小さな声でベトラにささやいた。
「君の名が世界へ出ると、母さんは困らないか?」
「な、何で?、・・・・」
ベトラはコクトの横顔を横目で見つめた、コクトも横に視線を移しベトラと視線を合わせる。
「だ、大丈夫です、母は母、私は私ですから」
「よかった、安心した」
コクトはベトラを抱擁から解くと、ベトラの肩に手を掛けたまま、スケジュール管理室で一番、態度と体格がよさそうな二人を指さした。
「アッシュとフジエダ、しばらくはベトラの親衛隊だ、記者会見ではベトラを守るように付き添ってくれ、会見は多少混乱するだろうからベトラには指一本触れさせるなよ」
コクトに指差された二人は互いに顔をみると苦笑いをする。
「了解しました!」
「コクトさん」アーリが手を上げてきた。
「何だ?」
「記者会見の段取りは私がやっていますが、私も原稿の内容を一通り確認していますので、多少は何かの役に立てると思います」
「心強い限りだ」
「コクトさん、私は何をすれば?」今度はランロッドが手を上げてきた。
「ランロッドさんは、ベトラの発表のモニタチェックと次の記者会見のシナリオを考えてくれ、第二弾の準備だ」
「は、はい」
「ところで暫定政府の設立の準備は?」
「ええ、あらゆる部署の信用できそうな連中にかたっぱしから今の状況説明と協力依頼の電話を掛けまくっていますよ、これから後100人に電話を掛ける予定です」
ひゃ、100人か、と、コクトは予想以上の人数に驚く前に、吹き出しそうになった。なかなか期待以上にやるじゃないかと、ランロッドを頼もしく思った。
ベトラの発表の後は蜂の巣突付いたような大騒ぎになるはずだ、少しでも早く暫定政府を立ち上げる必要がある、・・・・・・・
コクトは目を閉じ少し考え込むが、直に見開いてランロッドに視線を向ける。
「気になることでも?」
「ええ、確認なんでけど」
「評議委員の中には不正受給を受けていない人も何人かいます、それに局長クラスでも何人かいるんです、各部局の部長クラスも同様です、彼らを無視して事を進めるのが少し気になるところです」
コクトもランロッドの言うことは最もだと感じたことがあり、ルナにそれとなく同じ事を尋ねたことがあった、その時ルナは一蹴した「同じ穴の狢って知ってますか?」と。
「だめです!!」
急にアミアンが大きな声で叫ぶように話に割って入ってきた。
「どうしたのアミアン」とアーリが驚く。
「そ、その人たちが本当の首謀者なんです」
「たぶん、・・・」
アミアンは急に声を小さくする。
コクトは胆を切る様に咳き込むと
「僕もアミアンと同じことを考えている、だけど確証を持って断言することはできないんだ、で、アミアンはどうしてそう思ったんだ?」
アミアンはうつむきながら、か細い声で答える、自信が無いのについ大声を出してしまったと、言う様に。
「自分が作った追跡プログラムでも証拠は掴めなかったけど、その人達抜きではこれほど大掛かりな不正操作はできないはずなの」
「私の作った追跡プログラムも完璧じゃないよ、ごめんなさい」
「また、泣き虫が始まった」
アーリは自分のハンカチでアミアンの目元に滲んでくる涙を拭ってあげた。
コクトは両手を広げると「まだまだ私腹を肥やしている連中は居そうなんだ」と呆れるように肩を落とす。
「そう言うことですか、了解しました」
ランロッドも少し納得したようだった。
「ところで、ルナは?」
「それが、評議会と総務局へ行くと言って、それからは、・・・・」
「まだ、戻ってこないのか?」
「ええ」
ランロッドが心配そうにうなずいた。
「そ、そうか」
「ランロッドさん、僕はしばらくシュミレーションルームに貼りついでいるから、何か問題が発生したら、携帯、いや、マーメイを通して連絡してくれ」
「は、はい」
しかしよくも次から次えと打つ手を持っているなと、ランロッドは改めてコクトの非凡さに関心してきた。
それに加え、コクトが必死に動き回っているのを申し訳なく感じ始めていた、コクトの負担を少しでも軽減してやりたいと思っても、自分ができる範囲は限られているし、多分他の人が代わりにできるものでは無いと思っていた。
ルジウェイそのものの運命がコクト一人の肩に掛かっているいるように思えてきた。
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