砂漠の東の空から朝日が昇り始めた。
桟橋の入り口には大勢の人々が集まり巨大ダンプトラックの出発を今か今かと待ちわびている。
娯楽の少ない港町である、巨大ダンプトラックのコンボイはちょっとしたイベントになっていた。
「ボス、見てください今日も見物人が大勢いますよ」
小さな子供達がシンに向かって両手を振りながら叫んでいた。それに答えるようにシンもダンプトラックの運転席の窓から身を乗り出して手を振っている。
コクトは右手を額に付けた。
「まったく」
「シン、お前が出発の指揮をとれ」
シンは窓から半分体を乗り出した状態でコクトの方を向き「ほんとですか!?」とうれしそうに目を輝かせた。
「ああ、まかせたぞ、俺は無線で桟橋の管理人と少し話をしなければならない、たのむぞ」
「了解しました、ボス!」
シンはコクトに向かって敬礼をする。
コクトは無線器を口に近づけた。
コクトは桟橋の入り口にある小さな管理室に常駐してもらっている初老の管理人に出発の報告をしたかった。
地元港町の人間で気さくな人柄にはコクトも親しみを感じていた。
「こちら、コンボイ、管理室どうぞ!」
少しノイズはあるが無線の感度は良好であった。
『ヘイ、こちら管理室、そろそろ出発か?どうぞ!』
「そうです、また近いうちにくると思いますのでその時はまたよろしく、どうぞ!」
『分かった!、砂漠の船旅を楽しんできてくれ!』
コクトは無線を切るとシンに合図を送った。
巨大ダンプトラック10台からなるコンボイの出発である。
シンがコントロール用のモニタに付いているマイクに向かって大きな声で少し緊張気味だが各ダンプトラックに指示を出していく。
「全車出発の汽笛をならせーー!!」
10台のダンプトラックはシンの命令に対して反応を示す。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー」
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー」
巨大ダンプトラックが大音量で吼えた、すると桟橋の入り口に集まっていた人々が、ダンプトラックの進路を妨害しないように道の左右に慌てて移動し始める。
「よーし、一号車から順次、ルジウェイに向けて出発だ!!」
シンがマイクを通してダンプトラックに命令すると、ダンプトラック1号車からそれに答える音声が返ってきた。
『イチゴウシャ、ハッシン、シマス』
外見は単なるダンプトラックだが、実際は無人で運用できるダンプトラックの形をしたロボットである。
マーメイほどではないが、基本的な音声認識はできるようになっていて、複雑な言葉で命令された時など自力で解析できない場合はマーメイに問い合わせを行い、人間がどんな指示を出したかマーメイから教えてもらう仕組みになっていた。
図体の割にはエンジン音は小さい、巨大なタイヤのゴムの軋む音の方が良く聞こえた。
タイヤはゆっくり回転しはじめ、先頭のダンプトラックが桟橋から離れ人々の見守る中を少しずつ速度をあげ東の砂漠に向かって走り始めた。
『ニゴウヤ、ハッシン、シマス』
ダンプトラックは50メートルの間隔を空け、次々と出発して行く。
最後に桟橋の一番奥にあるコクトとシンが乗っているダンプトラックのシステムも出発の音声を発した。
「ジュウゴウヤ、ハッシン、シマス」
遠くから見ると、1台で20個の大型コンテナ積んだダンプトラックの姿はまるで10棟のビルが桟橋から次々と砂漠に向かって移動しているように見える。
シンは桟橋から離れてもなお、手を振りながら追ってくる子供達に答えるように上半身を運転席の窓から出して手を振っていた。
「またくるからねー!」
こうして小さな港町でのイベントは終了した。
砂漠の道は起伏は激しいが単調で退屈だった、10台の巨大ダンプトラックのコンボイは、砂漠の灼熱の太陽を受けまるで巨大な怪獣が10匹、のろのろと陽炎の様に移動している様だ。
「ボス、聞いていいですか?」
「何だ?、ヒマだから何でも聞いていいぞ」
「僕達が運んでいるコンテナの中身はなんですか?」
「マーメイプロジェクトと関係ある荷物なんですか?」
コクトは隣に座っているシンを横目で確認する、それから視線を窓の外の砂漠に向けた。
「もちろん、マーメイプロジェクトと関係大有りだ」
「じゃ、スーパーコンピュータの部品がたくさん入っているんですね!」
シンは大きな目を輝かせてコクトの方を見る。
「残念ながらそれは入っていない」
「えっ?」
シンはマーメイプロジェクト=スーパーコンピュータの開発と思っているらしい、コンピュータ言語を駆使して色々なシステムのソフト開発、まぁプログラミングを行うのがマーメイプロジェクトと思っている。恐らくシン以外の一般の人もそう思っているだろう。
「いいかシン、俺達がやろうとしているマーメイプロジェクトと、とは!!」
シンは「ごっくん」と生唾を飲み込んで、コクトをまじまじと見つめた。
「はい、マーメイプロジェクトとは?」
「運用だ!」
コクトは早口で軽く言った。
シンとコクトの間にあった少し緊張した雰囲気ががらっと変わったのが分かる。
「はぁ?」
シンは自分の期待している回答とはまったく違う答えが返ってきたため、思考が一瞬止まってしまった。コクトはそれを見て吹き出しそうになった。
「すまん、シン、少し手抜きした答えだったな!!」
コクトはどうにか笑いを堪えて、まじめそうな顔を保った。
「もう、ちゃんと教えてくださいよ」
「わかった、わかった」
「そうだな、まずはシン、最初のマーメイプロジェクトの概要から簡単に説明しよう!」
「はい、ボス!お願いします」
「ごほん」コクトは偉そうに咳き込む。
「都市ルジウェイの維持管理を、全てコンピュータシステムによって自動化しようとするためのプロジェクトの総称をマーメイプロジェクトと呼んでいたんだ」
「まぁ、会話型システムマーメイと各専用のコンピュータシステムをネットワーク回線で結んで、システム同士で情報のやり取りをさせるのが主な作業だったがな」
「ボス、各システムって何ですか?」
「各システムかぁ、まぁ具体的な例として今俺達が乗っているこのダンプトラックについて話そう」
「はい、お願いします」
シンは相変わらず目を輝かしてコクトの方を見ている。
「このダンプトラックにも自動操縦用のコンピュータが取り付けられているが、かってに自分で動くことはまずない、誰かが命令する必要がある」
「で、命令は今乗っている俺達が出しているが、細かい命令系統は、今回はシンからダンプトラック、ダンプトラックはシンの命令をルジウェイデータセンターの運行管理システムへ問題がないか問い合わせ行う、運行管理システムは命令者のシンの権限をセキュリティシステムへ確認する」
「セキュリティシステムはシンの個人情報と所属している部署を確認してシンに命令の権限があるかチェックし、運行管理システムへ問題なしなら問題なしと回答する、そして運行管理システムはシンの命令を解析し最適な行動パターンをダンプトラックへ指示する。と言う流れだ」
「システム間の連携部分をマーメイが行っているんだ。ついでにだがシンの言葉の解析がダンプトラックのコンピュータができない場合は、マーメイが変わりに解析してあげてもいる」
コクトはシンをちらっと見た、シンは目をくるくるさせ一生懸命コクトの言葉を消化しようと努力している様子が伺える。が、あまり理解出来ていないようだ。
「どうだ!?話に付いて来ているか?」
「はい!、あっ、いいえ、すみません途中から付いて行けませんでした」
コクトはシンの頭へ手を伸ばし、髪の毛がぐしゃぐしゃになるまでなでた。
「心配するな、必要に応じてゆっくり教えてやるよ」
「すみません、ボス」
素直なシンを見ていると、コクトは若いときの自分を思い出して、俺もシンみたいに素直だったら先輩や上司連中にかわいがられていただろうなと思った。自分は扱いにくい後輩だっただろうなと思うと、一人でニヤニヤと苦笑いをした。
少し妄想にふけっているコクトを見て、シンは催促するように咳き込む。
それに気づいたコクトは少し恥ずかしそうな顔をした。そして何事も無かったように話を続ける。
「実は、マーメイプロジェクトは殆ど終わっているんだが残念ながら作ったシステムの半分も使っていないんだ、まぁ人間の方がシステムを使い切れていないと言った方が正しいな」
「どうしてですか?」
シンは不思議そうにコクトに尋ねた。
コクトは、大きくため息を漏らした後から、話を続けた。
「どこの国でも一緒だと思うが、効率の悪い公共事業と一緒だ、ルジウェイも例外でない、箱物をつくるのはみんな一生懸命やるが、肝心の運用のことを真剣に考えていなかったと言う事さ」
「信じられません、ルジウェイは世界中の頭の良い人が集まって作った都市だと思っていたのに」
シンはコクトの話でルジウェイに対しての憧れが少し薄れてきたようだ。
「どうだ、第二次マーメイプロジェクトでやることが少しは見えてきただろ?」
「はい、ボスが最初に言った『運用』ですね!」
「そうだ、マーメイプロジェクトで作り上げたマーメイを中心としたコンピュータネットワークシステムをどんどん稼動させることだ」
「二人でですか?」
シンが不安そうにコクトを見る。
「ははは、心配するな、まだまだチームのメンバーは増えるぞ!」
「よかった、」
シンは本気でコクトと二人でこの巨大なプロジェクトをやると思ったらしい。
「わっ!!」
ダンプトラックが砂丘を乗り越えようとして、前輪が大きく上へ持ち上がった。そのゆれでバランスを崩したシンが驚いて叫んだ。
「10号車、どうした?」
コクトは座席の両サイドのガードを掴みバランスをどうにか保ちながらダンプトラックのコンピュータに状況を確認する。
「ハイ、サキュウヲノリコエルタメ、シャリョウガオオキクカムイテイマス」
「モンダイアリマセン」
モニタの横にあるスピーカからぎこちない音声でダンプトラックのコンピュータシステムが返事を返してきた。
マーメイの洗練された女性の声に慣れたコクトには違和感があった、やはりマーメイとの会話が楽しいとコクトは思った。
「そうか、今度から走行状況が大きく変わる時は事前に知らせるように!!」
「・・・・、」
ダンプトラックのコンピュータシステムが数秒だが黙りこんだ、コクトの言葉を一生懸命解析しているのだろう。
「ワカリマシタ!」
コクトはシンの方を見て、両手であきれたような仕草をした。
「さて、シンの最初の質問のコンテナの中身だが、全てのコンテナには汎用ロボットの部品が積み込まれている、ルジウェイについたら直に製造ラインへ乗せるぞ」
シンは大きな目をさららに大きく見開いた。
「すごい、あの戦闘用の歩兵ロボットの部品ですか?」
シンは、コクトに迫るように質問する。コクトは近寄ってきたシンの頭を押さえ、シンを座席に押し戻した。
「ちゃんと座れ!」
「すみません、ボス」
「まぁ、戦闘用にもなるが半分以上は農業用にセッティングし、残りは都市の機能を維持するための清掃用と建設用かな、こいつらはマーメイプロジェクトの実働部隊となる連中だ。結構使い方次第ではいい働きをするぞ」
コクトは歩兵ロボットを使って、ルジウェイから武装集団を追い出したことを思い出していた。
「人間みたいに働くんですか?夢見たいですね」
「ルジウェイはただでさえ人手不足だからな、ロボットなしではいつまでたってもゴーストタウンみたいな都市のままだ。はやく環境を整えて大勢の人々が住むにぎやかな都市にしたいもんだ」
「若くかわいい女の子がいっぱい来てくれるとなお良いがな」
「へへ、そうですね、ボス」
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