「よっ、オニール今日は本部勤務か?」
「いや、ちょっと野暮用でね」
オニールは朝早くから警察本部へ来ていた、ジョブズ警部に会いに来たのだが、ジョブズ警部がどこを探しても見当たらない、携帯に連絡をしても電源が入っていないか電波がなんとやらで、繋がる気配がなかった。
「ジョブズ警部がどこにいるか分からないか?」
「いや、そのうち出勤してくるんじゃないの」
「そうか」
「どうした、マーメイプロジェクトでトラブルか?、上の連中が妙に慌しいぞ」
上の連中?告発リストのせいか?、オニールは知らない振りをする。
「サンキュー」
オニールは同僚の警察官に敬礼をすると、警察本部ビルを後にする。
マーメイプロジェクト経理統合チームのエンジニア、アミアン・カノコは、寮を出ると食パンを一口がぶりと噛み付く、口をもぐもぐさせながら駐車場に向かって歩いていた。
やはりどこから見ても遅刻した小学生が開き直って、ゆっくり学校に行くっと言ったところだ。
アミアンの背後から黒いスーツを着た男がアミアンの歩調に合わせて後を付ける。が、小学生並みの歩幅なので合わせるのが難しそうだった。
あれ?
アミアンは自分の車の所に、黒いスーツの男が立っているのに気づくと、気味が悪がって立ち止まり、後ずさりする。
「痛っ」
「こら人の足を踏むな!!」
アミアンは、後ろを付けてきた男の爪先を踏んでしまった。
「あっ!」
アミアンは直に危ないと感じて、男の横をすり抜け走り出そうとした。
「おっと、お嬢さん逃がさないよ」
爪先を踏まれた男は、アミアンの後ろ襟を掴むと、持ち上げるように引き戻した。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「助けてー!、変態ロリコンに襲われる!!!!」
手足をバタバタ動かすが、アミアンの体は半分中に浮いている状態なため、逃れようが無かった。
「このガキ、誰が変態ロリコンだ!」
車の方にいた男が小走りで近寄ってきた。
「何ぼけっとしてる、口を塞げ誰かに見られると面倒だ」
「へ、へい」
アミアンの口は男の手で直に塞がれた。
「むぐむぐむぐ、・・・・」
「このガキで間違いないんですか?」
「ああ、早く車に乗せろ」
「へい」
二人の男はアミアンの車の横に止めてある黒色の車のところまでくると、後部ドアを開けアミアンを放り投げようとした。
すると誰かが男の肩を叩いた。
「女の子はやさしく扱うもんだぞ」
「何だてめぇ!」
「バッキ!」
頬を拳で殴られると、黒スーツの男は地面にへばりついた。
「いてぇーっ、何するんだこの野郎!、昨日歯医者さん行ったばかりなんだぞ、奥歯が取れたじゃないか」
もう一人の男がスーツの中から拳銃を取り出して構えた。
「何者だ、・・うっ」
拳銃を向けた先には、ジョブズがアミアンをかばうように立っていた。ジョブズは両拳をボキボキと鳴らし、もう一人の男を殴る準備をしていた。
「おや、ルジウェイでは警察以外、銃器を所持してはいけないはずだが、わかってる?」
「何だと!」
男は警察官が出てきたのには驚いたが、怯むそぶりは見せなかった。
「警部、手伝いましょうか?」
男らをを囲むように、数人の警察官が近付いてきた。
「いや、一人で十分だ、久しぶりに暴れたいんでね」
二人の男は周りの警察官を見るとオロオロし始める。
「こ、これは銃ではありません、ただのおもちゃです、・・・」
「じゃ自分の頭に押し付けて、引き金を引いてみろ、安全装置ははずしてからな」
「そ、そんな、殺生な、・・・・」
「こ、こいつの頭でいいですか?」
銃を持っている男は、ジョブズに殴られ立ち上がろうとして中腰になっている男のあたまに銃を向けた。
「俺はかまわないが」
「ばか、やめろよ、当たったら痛いじゃないか!」
男は慌てて銃を払いのけた。
ジョブズは半分あきれるように、顎を横に振り、あっちいけ、と、二人に指示する。
「お、おい、引き上げるぞ」
「へ、へい」
「見回りご苦労さんです、へへへ、・・・」
黒スーツの男らは車に乗ると、警察官らにペコペコしながら、何事も無かったように車を走らせ、その場を逃げるように去っていった。
「やつらをほっといていいんですか?」
ジョブズは鼻で笑う。
「いや、あんな下っ端は後でゆっくりと捕まえよう、今は彼女の方が大事だ」
ジョブズは自分の後ろでズボンを必死に掴み震えている、アミアンへ視線を向けた。
「アミアン・カノコ、少し付き合ってくれ」
アミアンは無言でうなずく、ジョブズは何度かマーメイプロジェクトビル内で見たこともあり、どう見てもさっきの二人組みの変な男達よりはましだと思った。
ジョブズらは2台の警察車両でアミアンが住んでいる寮へ来ていた、アミアンは2台目の車の後部座席にジョブズともう一人の警察官に挟まられように座る。
アミアンは運転席と助手席の間にマーメイの端末を見つけると、隣に座っているジョブズを見上げた。
「おまわりさん」
ジョブズは吹き出しそうになった。
「ジョブズで、いい、ジョブズと呼んでくれ」
「ジョブズさん、マーメイをちょっと借りていい?」
「いいが、何するんだ?」
「確認したいことがあるの」
「おい、マーメイの電源を入れてやれ」
ジョブズはこの幼く見える女の子が何をするのか検討がつかなかったが、特に断る理由もないので、望みどおりにさせてやった。
「はい、警部」
運転席の警察官がマーメイの電源を入れると、端末のLEDが激しく点滅し始め、やがて点滅の感覚がゆるやかになってきた。
「マーメイ、アミアンよ聞こえる?」
『はい、音声認識は正常に済みました』
アミアンは安心したように大きく溜息を漏らした。アミアンは再びジョブズを見上げると、ジョブズもそれに気付きアミアンと目が合った。
アミアンはにこっと微笑む。ジョブズの頭の中には「?」マークが1本。
「マーメイ、今ジョブズさんと、えーっと、ええーっと、そう、2台のパトカーに8人の警察官と一緒にいるのだけど、この人達は悪い人?、いい人?」
『・・・・・』
ジョブズを始め同じ車に乗っている警察官全員が、咳き込んでしまった。
『確認します、・・・・』
助手席の警察官が信じられないと言った顔で、運転席の警察官と目を合わした。
「確認しますって、どうやってするんだよ?」
マーメイの端末に備え付けられている小型のCCDカメラが忙しそうに動き出し、一人一人の顔を確認し始めた。
『アミアン、あなたの左に座っている人物の顔が特定できません、カメラが見える位置に顔を持ってきてください』
アミアンは左隣の少し大柄の警察官のほっぺたを両手で掴むと、無理やりカメラの方へ引き寄せた。
「お、おひい、ひゃめてくれよ」
『確認できました、ありがとうございます』
「ううぇ、きたな・・・」
アミアンは手に付いた男の顔の油を男の制服の袖元で拭き取った。
「あ、ああーー、・・・・」
『すみません、前の車両の端末も電源を入れていただけないでしょうか、電源が入っていないようです』
アミアンは又ジョブズを見上げるように見つめた。
ジョブズはわかったわかったと無言の笑顔で答えると、無線で前の車に指示をだした。
「ジョブズだ、直にマーメイの端末の電源を入れてくれ」
『は?、はい』
『入れました』
「うむ、後でまた連絡する」
『了解』
数十秒後、マーメイから結果が報告されてきた。
『若干数名、東洋の人相学的に問題がある方はいますが、現時点で法に触れるような悪い行為、又はそれに加担する行為、法とは別に人に迷惑を掛けている方はいません、いい人の部類に入ると思われます』
「良かった」
アミアンは胸を撫で下ろした。同じ車両に乗っているジョブズをはじめ4人の警察官達も冷や汗をかきながらも胸を撫で下ろす。
「あっ、それと、一番大事な質問」
『はい、なんでしょうか?』
「この人達は、コクトさんの敵?味方?どっち?」
ジョブズは頭を抱えた、質問が単刀直入すぎる、いったいマーメイはどうやってこの問いに答えることができるんだ。
『・・・・・・・』
マーメイが黙り込んでしまった、いくら高性能なスーパーコンピュータに組み込まれている会話型システムマーメイでもこんな質問に答えられるとは思えない。質問の内容が特定できませんで、終わるのが目に見えてる。
しかし、そうなら直に回答が返ってきそうなもんだが、とジョブズは思った。
『それは、アミアン、あなたが判断してください』
美しい女性の声で合成されたマーメイの声には何故か重みが感じられた。
アミアンの顔から幼さが消え段々緊張した大人の女性の真剣な表情になってくる。
「ありがとう、マーメイ」
『・・・・・・・』
その隣でジョブズが固唾を呑み込だ。
マーメイは本当にマシンなのか、コンピュータの技術はここまで進歩してきてると言うのか、信じられない。ジョブズは邪気を払うように頭を横に振る。
「アミアン、少なくてもここにいるメンバーはコクトの敵にはならないと思う、今我々には、ルジウェイで何が起こっているのか正確な情報が必要なんだ」
「君は疑問に思うかもしれないが、コクトに内緒で君に協力をお願いするのにも訳がある、ある場所へ一緒に来てもらいたい」
「どこ?」
「高エネルギー研究所だ」
高エネルギー研究所の場所は、都市ルジウェイのセンターサークル内の東端に位置し、概観は扇型で階数はルジウェイの他の研究施設と同様の3階建てである。ビルの周りは幅200mに亘って芝生が植えられておりその周りを鉄条網で囲まれ他の施設より警備が厳重になっていた。
ルジウェイの誇る巨大な加速器の管理・運用を行うところである。しかしレイモンの事件の後は使われることも無く、放置されている状態だった。
2台の警察車両が高エネルギー研究所のゲート前に停車した、ゲートは鎖で縛られ太い鍵が掛けられていた、その横には警備員用の部屋があるが誰もいない。
さらに不気味なのはゲートを入った先の研究所ビルのあちらこちらに銃弾の跡が生々しく残っていた。
アミアンはジョブズらと一緒に車を降りると、目の前の異様な景色に目を見張った。
「幽霊屋敷みたい」
「警部この鍵はどうしましょう?」
「かまわん銃で壊せ」
警察官が銃と抜くと安全装置を解除し、鍵を打ち抜こうと構えた。
「ガチャ」
「ねぇー、ここ空いてるよ」
アミアンはゲートと警備員室の間にある人一人が通れるぐらいの鉄パイプで出来た扉を開け、ジョブズ警部らに手を振っていた。
「んんーっ」
「あそこから入ろうか」
ジョブズは咳払いをすると、アミアンの居る方向を指差す。
「は、はい」
ジョブズらが高エネルギー研究所の玄関に近付くと、玄関の両脇にうずくまっている鉄の塊があった、塊の上部にあるLEDが人が近付くのを検知し、激しく点滅し始める。
「警部!」
「待て、慌てるな、警備ロボットだ」
LEDの点滅が少し収まると、LEDの横にあるCCDカメラが顔を覗かせた、カメラは目前に迫ってくる男達の顔を捉え、認識し始める、最後にアミアンを捉えた。
「うっ!」
「ガシャ、ガシャ、ガシャ」「ガシャ、ガシャ、ガシャ」
2体の鉄の塊は音を立てならが、最初に2本の足で立ち上がり、次に胴体が2つに割れ頭と2本のアームがゆっくりと出てきた。一つのアームには銃が取り付けられていて、ジョブズらに銃口を向けた。
『ココハゲンジュウケイカイチクデス、キョカノナイモニハ、タチイリデキマセン』
『ナオ、ソウビシテイルジュウハ、サッショウリョクガアリマス』
1体の警備ロボットがぎこちない音声で警告メッセージを読み上げた。と、同時に赤外線を使った照準器で、8人と1人の人間達を順序良くターゲットとして確認していった。
「警部!」
「まて、慌てるな、俺に任せろ」
ジョブズは警察手帳を内ポケットから取り出すと、写真と認識コードが載っているページを開き、警備ロボットに示した。
その後ろでアミアンはジョブズのズボンを強く握り隠れるようにしているが、頭半分を横に出し警備ロボットの方を恐る恐る見ていた。
「私はルジウェイ警察のジョブズ、後ろは私の部下だ、このビルを調査したい、入れてくれないか」
1体の警備ロボットのCCDカメラがジョブズの手帳を捉え、写真と認識コードを読み取ると、隣のもう一台の警備ロボットの方を向いた。
するとLEDが激しく点滅し始める、互いに情報交換をしているように見えた。
情報交換が終わったのか、ジョブズの写真と認識コードを読み取った警備ロボットが再び8人と1人の人間達の方を振り向いた。
『キョカデキマセン、ソウソウニ、タチサッテクダサイ』
『クリカエシマス、コノジュウワ、サッショウリョクガアリマス』
ジョブズの顔に焦りが出てきた、こんなところで足止めか、これじゃ本題にはいれないじゃないか、・・・・、しょうがない、やるか。
ジョブズはこの警備ロボットを破壊することを決めた、いちいちここに入る許可を取りに行っている暇などないし、許可が取れるとも思えないからだ。
「おまわりさん、私が聞いてみる」
「え、何!」
ジョブズの後ろに隠れていた、アミアンがひょいと、警備ロボットの前に進み出てきた。
ジョブズはそれを止めようとしたが、アミアンの方が早かった。
「ロボットさん、私はマーメイプロジェクトのアミアン・カノコよ、私とこの人達をこのビルに入れてくれない?」
警備ロボットのCCDカメラがアミアンの顔を再度捉えた、が、聞き入れてもらえそうな雰囲気はなかった、アミアンの額に赤外線照準器の赤い光が映し出されていた。
「アミアン、離れるんだ」
ジョブズは危険を察し、アミアンをロボットから遠ざけようとしたが、アミアンがジョブズの手を振り払った。そしてロボットを睨みつけた。
「あなた達!ちゃんとマーメイに確認したの?」
「私はマーメイプロジェクトのアミアン・カノコよ!」
アミアンの一喝に警備ロボットが怯んだように感じたのは、ジョブズだけではなかった、機械が本当に一瞬怯んだように見えたのだ。
『シ、シバラク、オマチクダサイ』
「冗談だろ?、機械に脅しが聞くのかよ」
一人の警察官がぼそっとつぶやく。
警備ロボットは自分の親玉、監視システムに問い合わせを行っているようだった、通信中を示すLEDが激しく点滅していた。
恐らく監視システムはその親玉、マーメイに問い合わせているころだろう。順序から行くと、マーメイはセキュリティシステム最終問い合わせ行い、結果を監視システムそして末端の警備ロボットへと送るはずだ。
『シツレイシマシタ、ドウゾオハイリクダサイ』
「ガシャ、ガシャ、ガシャ」「ガシャ、ガシャ、ガシャ」
2体の警備ロボットは手足を引っ込めると、元の鉄の塊に戻った。そしてLEDだけがゆっくりと点滅していた。
「なに、しているの?、早く行こう」
「お、おう」ジョブズは慌てて返事をする。
アミアンを先頭にジョブズら8人の警察官が高エネルギー研究所の玄関脇の警備ロボットの間を通り抜け、自動ドアの前に着くと、ジョブズが自動ドアを力ずくでこじ開ける、鍵は掛かってないようだった。
「お前達4人は、ここに残ってビルの周りを見張っててくれ、誰も中にいれるな、何かあったら直に私に連絡するんだ」
ジョブズは肩に取り付けてある無線機を指差す。
「はいっ」4人の警察官は敬礼を返す。
アミアンが玄関の方を振り向くと
「ロボットさん達、あなた達もおまわりさんに協力するのよ!」
一瞬LEDが激しく点滅した、残された4人の警察官は迷惑そうだった、引きつった顔で笑っていた。
ジョブズも額に手を当て、心なしか背中を丸めてアミアンの後ろを残り3人の警察官と伴について行く、が、アミアンが立ち止まると、「どこにいくの?」とジョブズに目で訴える。
ジョブズはフロアの一番奥にある、エレベータを指差した。
地下へ向かって降りていくエレベータの中で、ジョブズはこの小さな女の子の存在が大きくなってくるのを感じていた。警備ロボットを一喝し従順にさせるなんんて、この小さな女の子は警察官よりも権限があるのか、一体マーメイプロジェクトって何なんだ!?
「ん?」
ジョブズはアミアンと目が合う。
「だ、だめですよ、私はコクトさん一筋ですから」
「ジョブズさんも素敵ですけど、・・・・」
アミアンは両手で頬を被い顔を赤らめて、もじもじしながら下をうつむいた。
ジョブズはつい、アミアンの頭を軽く小突く。
「勝手に勘違いするな」
「いった!」
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