東の空が薄っすらと明るくなってきていた、あと数十分で太陽が顔をだすだろう。そうなれば容赦ない砂漠の灼熱の地獄がやってくる。
モルタニア軍の若き将校、ムハメド・カービンは輸送部隊のトラックの前を歩いていた。燃料輸送用のドラムカンを積載量ぎりぎりまで積んだトラックや食料を積んだトラック、そして弾薬を積んだトラックと、総数200台の輸送トラックが整然と並んで駐車していた。しかし偽装は施されていなかった。
モルタニア機甲師団の生命線である。
まったく、これではどうぞ攻撃してくださいと言っているようなもんだ、モルタニア軍の精鋭部隊の頭の中は未だに第二次世界大戦、いや第一次大戦時のレベルか。
いくら見た目だけの装備を充実させても、これじゃ、・・・・。
カービンは背中に太陽のぬくもりを感じたような気がした。後ろを振り返ると地平線から太陽が昇り始めていた。
砂漠の夜明けである。
起床ラッパの音がした、砂埃も一切舞っていない透明な朝の空気に心地よく響き渡っている。
なかなかいい音だ、こんなところでラッパ兵をさせてはいてはもったいないとカービンは思った。
「入金が確認できないだと、間違いないのだな」
司令部のテント中でワゲフは顔を真っ赤にし怒りながら携帯電話でなにやら話し込んでいた。むろん衛星通信が可能な特別な携帯電話である。
『・・・・・・』
「わかった、もういい」
ワゲフは携帯電話を地面に叩き付けた。
ルジウェイめ約束を破りたがったな。
「誰か、誰かいないか!」
ワゲフはテントの外に向かって叫んだ。
「イエッサ!お呼びでしょうか」
「全将校に至急ここに来るように伝えろ」
「イエッサ!」
お前らがそうくるなら、もう容赦はしない、予定通り力ずくでルジウェイを占領するまでだ。
ワゲフはテーブルに広げられている、ルジウェイを中心に描かれた作戦地図を凝視していた。
ワゲフの一声でモルタニア軍の陣中は慌しさを増してきた。
次から次へと司令部のテントの周りに軽装甲の車両が停車すると、小走りに司令部のテントの中に入っていく将校の姿が数多く確認できた。
テントの中央にあったテーブルは撤去され将校らの座る椅子が並べられていた、テントに集まった将校達がその椅子に到着順に座り始める。
少し遅れてカービンも到着する、カービンは一番端の椅子に腰掛けた。
将校らが座っている椅子の前には、マイクが用意され、その後ろにはモルタニアの国旗と機甲師団の旗が並んで掛けられていた。
カービン以外の将校らは、この招集はいよいよ本格的な演習に入る指示がくるものだと考えていた、ルジウェイ機甲師団の全部隊の集結もほぼ終了していたし、長い部隊でもう3日間もここで待機しているのだ、そう考えるのが普通だ。
全将校が全てそろったとの報告を受けたワゲフがマイクの前に立った。
全将校が席を立ち敬礼をする。
ワゲフも敬礼を返す。
「全員座りたまえ」
少しざわついたが、全将校が席に座るとテントの中が急に静かになった。
ワゲフは一度咳払いをして、演説をし始めた。
「おはよう諸君、これから大事な事を話さなければならない、・・・・・」
一番後ろの隅に座っているカービンのその後ろに、日本製の高級ビデオカメラが三脚に設置されワゲフの演説を録画していた。
二人の広報担当の兵士が緊張した顔でそれを操作している、絶対に失敗はゆるされない仕事と認識しているようだった。
カービンにはワゲフの演説の内容はおおよそ予測していた、いよいよ全軍にルジウェイ占領に向けての号令と、その大義名分の説明、そして今後のルジウェイ運用に向けての方針などなどである。
演説も中盤に入ったと思われたころに、カービンの携帯に連絡が入った、もちろん消音モードにしているため回りには聞こえていない。
カービンは目立たないように司令部テントの外に出ると、周りを確認し誰にも聞かれない場所に移動し通話ボタンを押し話し始めた。
「私だ」
『カービン、あまり待たせるなよ、もう進軍が始まったのか?』
電話の相手は昨日ルジウェイに関する情報を依頼した諜報部員だった。
「まだだ」
『それはよかった、さっきお前宛てにルジウェイに関する最新の情報をメールで送っておいた、できるだけ早く見ることを勧めるよ』
『ところで、メールが受け取れる環境はあるか?』
「ああ、直に確認する」
『一応、暗号化してある、パスワードはいつもの店の名前だ』
「助かるよ」
『メールには詳しく記述してあるが、無人戦闘システムを操っているのは、ジャン・フィデル・コクトってやつだ、少し厄介な人物らしい』
「フィデル?、ふざけた名前だな、キューバの偉大な議長の名前の一部を使うなんて」
『はっははは、確かに』
『だが、気をつけろ、公にはされていないが、やつはライエン大佐率いる300人からなる部隊をたった二人でルジウェイから追い払った実績があるそうだ』
『例の無人戦闘システムを使ってな』
「あのライエン大佐か!?」
『そうだ、俺は知らなかったが、軍人連中にとっては有名らしいな』
「ああ、将校クラスで彼の名前を知らないやつはいない」
カービンは執拗に偵察ヘリを繰り出して、挑発とも取れる行動をさせているのがそいつか、と思うと。妙に納得した。
フィデルは挑発なんかしていない警告をしているんだ、我々は何時でもお前たちを攻撃できるんだぞ、と。
『それとな』
「お、おう、なんだ」
『送ったメールにはルジウェイの戦力を詳しく記述しているが、圧倒的にお前達の方が有利だ』
『しかし、空軍の支援なしではモルタニア機甲師団も無傷ではいられないだろう、万が一戦闘になったらそれなりの犠牲は出ると思った方がいい』
「やはり空軍は支援してくれそうも無いのか?」
『それは、お前の父、大統領次第だ』
『まぁ、今のルジウェイはどうも色々問題があってごたごたしているようだ、コクトってやつがクーデターでも興し全権を握りでもしない限り大した抵抗は無いだろう』
『その辺の詳しい情報もメールに書いてある、後で確認してくれ』
「ありがとう、J」
『おっと、俺の名前を言うのは控えてくれ、いくら通話が暗号化されているとはいえ、ばれたら銃殺もんだ、お前と違って俺は平民なんでね』
「今後は気をつけるよ、・・・・」
『じゃな』
「ああ」
カービンが司令部のテントに戻ったころには、ワゲフの演説も終盤に近付いているらしく、テント内は将校らの熱気に包まれていた。
最後の言葉が終わると、興奮した将校らがワゲフの名前を連呼し始めた。
「ワゲフ将軍、万歳!」
「ワゲフ将軍、万歳!」
「ワゲフ将軍、万歳!」
全戦全勝を誇る、モルタニア機甲師団の最高司令官であるワゲフ将軍の信頼は絶対的であった、誰も異を唱える者などいるはずも無い。
但し全戦全勝と言っても、装備の貧弱なゲリラや少数部族の民兵らを圧倒的な戦力で蹂躙しただけの実績でしかなかった、近代化された軍隊との戦いは一度も経験したことがない。
カービンが最も危惧することでもあった。
ワゲフの演説から2時間後、モルタニア機甲師団が砂埃を上げ動き始めた、まずはカービンが率いる戦闘ヘリ部隊が飛び立ち、その後を追うように、戦車部隊、装甲車部隊、軽装甲車両群、自走砲部隊、トラック部隊、自走式高射砲部隊と次々と出発し始める。
モルタニア機甲師団の現在位置とルジウェイとの距離は100キロもあり、いきなり攻撃するには遠すぎた。
そのため目的地はルジウェイ西10キロ地点、ワゲフは一旦そこまで機甲師団を進め、体制を整えた後、一気にルジウェイを占領するつもりである。
カービンはヘリの窓から双眼鏡で辺りを見渡しているが、あんなにしつこく自分達を監視していた無人の偵察ヘリが見当たらないことに気づく。
もう監視する必要も無いってことか?
ジャン・フィデル・コクト、ライエンを負かした男、いったいどんな奴だ。
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