「じゃ、明日迎えにくるから、俺が来るまではどこにもいくなよ」
「わかってる、お休み」
コクトはオニールの運転する車から降りると、自分のアパートに向かって歩き始めた、まったくここ2〜3日は深夜帰りだ。
・・・、まぁ、交代で夜勤をさせている連中よりはましか。
コクトが2階の自分の部屋の前までくると、誰かがドアに背を持たれてうずくまっていた。
うっ!、誰だ?
体系から見てどうも女性らしい、しかもプラチナブロンドの美しい髪だ。
「おーそーいー」
女性はうずくまりながら、コクトに声を掛けた。
「フ、フレア!」
「何時間待ってると思ってるの?今日は帰ってこないかと思ったわ」
フレアの目は少し充血していた。
「寒いだろう、中に入ろう」
コクトはドアの鍵を開けようとしたが、フレアに止められた。
「ここではだめよ」
「私の車に来て、盗聴される心配はないから」
フレアはコクトの耳元で小声でささやいた。
「盗聴!?」
コクトは、はっとした、そんなこ考えもしなかった。
今の状況では十分ありえる、なんて自分は無防備だったんだろうと、自分の甘さにショックを受けた。
フレアはコクトの手を握り無言で自分の車まで引っ張るように連れてくると、目で早く助手席に乗って、と合図する。
コクトも無言のまま助手席に乗ると、シートベルトを締めた。フレアに話し掛けたがったが、今声を出したらまずそうな気がした。
フレアは運転席に座ると、ダッシュボードから筆箱程の大きさの装置を取り出し、コクトの頭からつま先へと、体に沿ってゆっくりと移動させて行く。
相変わらずフレアは無言だった。
コクトはこのような場面を映画で見たことがあった、盗聴器が無いかフレアが確認しているのか?と、生唾を飲んで喉の渇きをどうにか誤魔化す。
最初に襟元で装置のランプが点滅した。
「ほ、ほんとか?」
フレアはコクトと目を合わすと、無言で襟元のボタンを引きちぎって、小さなビニール袋に入れる。
確か映画ではポテトチップの入っていたアルミ袋だったとコクトは思った。
次に、コクトが昔から愛用している、1400ドルもしたプラチナで作られた腕輪で点滅した、この腕輪はコクトが学生時代、親父が怪しげな業者から購入したものだ、たぶん偽もだろう、親父が見るのもいやと言うことで、捨てようにも捨てられなくなっていた代物だった、それをコクトがもらったものだ。これもか?
今度はズボンのベルトで点滅する、フレアは有無を言わさずベルトの金具部分を取り外す、ビニール袋に放り込む。
フレアは少し首をかしげ、コクトのズボンのポケットに手をいれて無理やり、マイクとイヤホンが一体になったマーメイ専用の通信装置を取り出した。
フレアは念には念を入れて、マーメイ専用の通信装置を調べたが、どうやら盗聴用の電波は出していないようだった。それはコクトに返す。
反対側のポケットから携帯電話を取り出して、盗聴電波が出ていないかチェックすると、案の定、盗聴電波は出ているようだった。
フレアは携帯電話の電池部分を取り出し、電波の有無を確認すると、しっかりと電波は出していた。本体だけをコクトへ返し電池はビニール袋行きとなった。
最後に足元までフレアの調査がくると、分かりきった様に靴を取り上げ、かかと部分を無理やり捻って引き剥がした。中には丸い金属版に銅線が二本延びている盗聴器があった。もう一歩の靴も同様に盗聴器が仕掛けられていた。
いずれもビニール袋に入れられる。
フレアはちいさな溜息すると、ビニール袋の口を縛り上げ、盗聴器の入ったビニール袋を約5メートル先にあるゴミ箱めがけて、放り投げた。
「もう、あなたは、盗聴器のデーパート?」
コクトとフレアを乗せた車は路側からゆっくりと走行車線に入り少しずつスピードを上げて行く。
フレアはバックミラーで後ろから尾行されていないか注意深く確認していた。
「尾行はなさそうね」
コクトは盗聴されていたショックでだんだん言葉がでなくなってきた。
な、なんだ、告発リストの件をモンヘが知っていたのは自分のせいだったんだ、ルナが密告したんじゃない、自分で漏らしていただけじゃないか。
くっそ、ランロッドさんに依頼したことも全て漏れていたら・・・いや、オニールもルナもだ、僕に関わった全ての人が自分の不注意のせいで、危ない目に合わせてしまっていたのか!
コクトは拳を握り締め自分の太ももあたりを無言で強く何度も殴った。
心の中でくっそ、くっそ、くっそ、と何度も叫ぶ。
モンヘの部下に殴られて青あざになっている箇所にも拳は当たっているはずだが身体的な痛さよりも、このどうしようもない心の苦痛にくらべれば、無きに等しくさえ思えた。
フレアはやさしくコクトの拳を包むように握り締め、殴るのをやめさせる。
「私も盗聴されていることに気付いた時はショックだった、とても怖かった、どうしていいか分からなかった」
「もっと早くこうすべきだったのね、私のせいよごめんなさい」
フレアは握り締めている手に力を込めた。
「・・・・、ありがとう」
コクトの目から涙が溢れ出してきた、止めようが無かった、こんなに涙を流したことなんて今まで有っただろうか。
ボスと呼ばれ、リーダと呼ばれ、隊長とまで呼ばれ、ついさっきまでの自分が子供みたいに有頂天になっていただけかもしれないと思うと、情けなくてしょうがなかった。
モルタニア軍を監視しろ、クーデターだ、暫定政府だって、何様のつもりだったんだ、くっそ。
フレアは幹線道路沿いの水路の脇に車をゆっくりと止めて、ライトを消した。
「もう、おこちゃまね」
「はい、これで涙をふきなさい」
フレアはハンカチをコクトに手渡す。
「う、うん・・・・」
「コクト、ここがどこだかわかる?」
フレアは車のドアを開け外にでると背筋を伸ばし大きく深呼吸をした。コクトもフレアに続いて車を降りると、そこには懐かしい夜景が広がっていた。
そこはルジウェイを南北に縦断する4車線の道路の一つで道路の側には水路が道路と平行して作られていた、水路の両側は綺麗に芝生が敷き詰められている。永遠に続く川沿いの公園みたいで昼間だと気持ちのいいドライブコースだろう。上を見上げると天の川がはっきりと確認できた、星が降ると言う表現がピッタリの星空だった。
ルジウェイの全ての街灯は路面のみを照らす構造になっているため夜空を鑑賞するには支障はない。
フレアがボクシングのポーズをとって、シュッ、シュッ、とコクトにパンチを繰り出してきた。
「僕の記憶が正しければ、ボクシングじゃなく空手だろ」
「そうだった?」
「殴られた本人が言っているんだ、間違いない」
ここはフレアとコクトが始めて出逢った場所だった。
レイモン事件の時、フレアはこの場所で車の中で気を失っていた、そこへ偶然通りかかったコクトに助けられた場所だ、ただ目が覚めたフレアに痴漢と間違われ一発くらってしまった所でもある。
そして最も重要なのは、コクトが終わりのメッセージを受け取った日でもあるのだ。
「あそこに座りましょう」
フレアが指差した方向には、川のような広い水路が良く見える場所に石作りのベンチが置いてあった。
「ああ」
コクトとフレアは水路に向かって並んで腰掛けた、少しでも動くと肩が触れそうな微妙な間隔で二人は腰掛けた。
「あの盗聴器の電波を受信できる範囲は100メートル、障害物がなくて200〜300メートルぐらい」
「だから、マーメイプロジェクトのビル内に入っていた場合は微妙ね、でも会議室や機器が多く設置されている部屋なら大丈夫よ、ちゃんと盗聴対策がされているはずだから」
「どう、少しは落ち着いた?」
フレアはコクトの顔を覗きこむように首を横に曲げた。
「うん」
「でも、よく盗聴電波を検出する機械をもっていたね、どこで買ったんだ?」
フレアは少し吹き出した。
「あれは、人間の脳波をセンサーを頭に貼り付けなくても、離れた場所から計測できないかと、作られた試作機なの、完全な失敗作だけどね」
「へぇー、そんなこともできるんだ?」
「出来る予定だったの!、まだまだ道のりは遠そうだけど、何時かは実現させるつもり」
「でも、お陰で自分の体の周りから出ている変な電波に気付いた訳、意外でしょ」
「ははは、売れそうだね」
「何言ってるの、あれでも高いのよ、私の年収ぐらいはするわ」
「へぇー?」
「それより市販の盗聴専用の機械を買った方が早いわね、ゲームソフトと同じぐらいの値段で売られているから」
コクトは腕を組んで関心するように首を捻った。
「知らなかった、無知とは恐ろしいことだ、・・・・」
コクトとフレアは一ヶ月以上も逢うどころか会話すらしていなかった、それを埋めるように時を忘れ二人はいろんなことを語り合っていた。
コクトにとっては久しぶりの心が休まる充実した時間に思えた、たぶんフレアにとってもそうだろう。
「モルタニア軍はルジウェイを占領するつもりね、演習なんてルジウェイを安心させる口実に過ぎないわ」
「フレアもそう思うのか?」
「ええ、父が戻って来たのに鉱石について新しい情報がまったく入ってこないのよ、誰かが独占を考えていると疑ってくるのが自然と思わない?」
「それにいくら軍事的圧力を掛けても、ルジウェイ側はのらりくらりと先延ばしすることしかできないから、モルタニア側は軽く見られていると勘違いし、最後の手段としての軍事行動って訳」
「やっぱり、そうなるか」
「それにしても、コクトの考えた、電子認証偽装に伴う支出に絡んだ、ルジウェイ上層部の一斉逮捕は思い切ったいい考えね、今世紀最大の疑獄事件として世界中のマスコミが大喜びしそうな事件よ、そんな注目を集めている時にルジウェイを軍事的に占領するなんて、まともな国ならできないと思う」
「でも、・・・・・」
「でも、って?、気になることがあるのか?」
フレアはコクトの肩に自分の頭を乗せるようにしてもたれかかった。
「この件で、もたもたしたり、ルジウェイが中途半端な対応をすると、逆にモルタニアに、軍事占領の口実を与えてしまうわ、その辺は大丈夫?」
コクトはやさしくフレアの反対側の肩に手を差し伸べ自分の方へ引き寄せる。
「ありがとう、フレア」
「自分では分かってたつもりだったが、改めて言われると、少し考えが浅かったよ、さすがバーン博士の愛娘だ、僕とは格ちがう」
「ばか」
フレアは無言でさらにコクトにもたれ、コクトの背中に手を回して背中に触れようとした瞬間。
「痛っ!」
「どうしたの!?」
「いや、ちょっと背中を打撲、・・・」
コクトはモンヘらにボコボコにやられたことはフレアには知られたくなかった、あんな惨めな自分の姿も早く忘れたいと思っていたからだ。この場はどうにか誤魔化す。
「変な人」
しばらく二人は寄り添いあって上空の星々を映し出している水路を眺めていた。ふたりに言葉は不要となりかけていた。・・・だがそうもいかないようだ。
「コクト」
「ん」
「近いうち私達、評議会に呼ばれることになりそうよ」
「不正の件でか?」
フレアは首を横に振った。
「・・・・」
「鉱石か」
フレアはうなずく。
「ルジウェイ最高評議会が正式にあの黒い鉱石の存在を認め、その情報の全てを出せと、迫ってくるわ、今度はレイモンの時と違って正規の手続きを踏んでくるから私達が拒否することは出来ないのよ、どうする?」
コクトは少し間を置いてから答えた。
「そうなったらどうしようもない、本当のことを言うしかないさ」
フレアが少し「クス」っと笑った。
「そうね、ばっかみたい」
そう言うとフレアは目を閉じ唇をコクトの唇に近付ける、コクトもそれに答えるように近づけた、互いの唇の感触が分かるぐらい接近した瞬間。
「ふぇっくしょん!!」
コクトとフレアは、驚いて後ろを振り返って、車の方を見た。
フレアの車の後部座席に乗っていたバーンが博士が大きなくしゃみをしたのだった。
「ごめんなさい、一人にするのは怖いから、連れてきちゃった」
「き、気がつかなかった、・・・・」
砂漠の夜は冷える、ヘタすれば氷点下までさがるのだ、熱々のカップルには平気かもしれないが、ひとり後部座席で座っているバーンにとってはとても寒かった様だ。
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