マーメイプロジェクトビル2号棟の会議室、オニールの目の前にはつい先程アミアンによって作られた最新の告発リストが置かれていた。
オニールは何度も確認するように、リストをパラパラめくっては、閉じ、最後のページからパラパラめくっては閉じ、と。青ざめた表情で眺めていた。
頭の中には真っ白に違いない、最初のインパクトがあまりに大きく、2,3ページ後からは多分まったく見ていないと思われた。
「コクト、冗談なら、今すぐ冗談って言ってくれ、絶対怒らないから」
オニールは涙目になって訴えるように、コクトに懇願する。
「僕も最初見たときは同じ気持ちになったよ」
「残念ながら、事実だ」
「毎年、ルジウェイの運用予算の1割の金が、特定の人物達の懐に入っている、誰だって信じたくないはずさ」
オニールがもっとも驚いたのが、ルジウェイのあらゆる部署の上層部の名前が列挙されている点だ、最初のページはルジウェイ最高評議委員会の委員の名前で占められている。
「俺のところの長官もだぞ、・・・」
「ああ」
オニールは分厚いリストに頭を乗せ、黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、はっと、何かに気付くように起き上がった。
「コクト、このリストのことを知っているやつは何人いるんだ?」
「マーメイプロジェクトの何人かと、多分・・・・・、このリストに載っている、上の連中はうすうす気付き始めているころだと思う」
コクトはルナがモンヘ局長にわざと漏らしたことは黙っていた。
「ジョブズ警部がマーメイプロジェクトから更迭された理由はこれか、警部がこのことを知ったら、絶対に黙ってるはずないからな」
ルナはオニールに同意するようにうなずいた。
「このリストのために命を狙われてもおかしくないぐらいだぞ」
「そ、そうか、ルナがコクトの警護をすっぽかした俺をあんなに怒った理由もやっとわかったよ」
「すまんコクト」
オニールはほんとうに申し訳なさそうにコクトに謝る。
「そんな、謝る程でもないだろ、俺も慎重に事を進めるために、お前には今まで黙っていたんだ、しょうがないよ」
「ゆるしてくれるのか?」
「ああ」
「ありがとう、やっぱりお前は俺の親友だ」
オニールは隣に座っているコクトに冗談で抱きついてきた。
「やめろ、オニール!」
「痛い!」
コクトは抱きついてきたオニールを突き返した。
「おう、どうしたんだ、怪我でもしているのか?」
ルナが椅子から立ち上がり、コクトの後ろに歩いてきて立ち止まった。
「コクトさんは、この件で総務局局長モンヘの部下に暴行を受けています、余計なことをするなと、そして協力することを強要されているのです」
「何だって?」
「コクトさん、服を脱いで見せてください、オニール警部捕には、彼らの正体をみせてあげる必要があります」
「えっ」
「さぁ、早く」
「いやだよ」
「せっかく、薬箱も持ってきたのに、・・・」
ルナは甘えた口調でコクトにねだる。
「し、しょうがない、わかった」
コクトが上着の首元のボタンを外すと、ルナがやさしく上着を持ち上げて脱ぐのを手伝う、下着代わりに着けていたTシャツも脱がすと、コクトの背中と腹回りに青あざがところどころに出来ていた。
もっとも痛々しく見えたのは、恐らく電気ショック銃を当てられた部分だろう、赤く腫れ上がっていた。
「コクトさんはまだ彼等にとっては利用価値があるため殺されはしませんが、利用価値が無くなれば人殺しも平気な連中です」
オニールは固唾を呑み込む。
「マフィア並みだな」
「もう、いいか、自分でも見ているだけで、痛みが蘇ってきそうだよ」
「だめです、少し手当てします」
ルナは薬箱を取り出すと、打撲用のシップ薬を取り出しコクトの上半身を手当てしはじめた、ひととおり終わると、今度は。
「ズボンも脱いでください」
「いいよ、そこまでしなくても」
「だめです」
「お、おい、やめろ」
ルナは無理やりズボンを脱がして、シップ薬を塗りまくった。
オニールは邪魔しないように窓際へ逃げるように移動する。
「い、痛そう、・・・・・」
オニールは窓際にもたれながら、ルナの手当てを無理やり受けているコクトの方を見ていた。
オニールの手には分厚いリストがあった。
「コクト、こいつらを捕まえるには俺だけでは力不足だ、誰にも感づかれないようにジョブズ警部とコンタクトを取って見る」
「それと、信用できる連中も集めておく必要もありそうだ」
コクトは不恰好な姿勢でズボンをはき直しながらオニールの方を向いた。
「痛っ、そ、それとオニール」
「逮捕するタイミングなんだが、事件の概要をルジウェイ広報を通して、全市民、いや全世界に知らせてから、世界中の人々が見守る中で派手にできないか?」
「殆どが上層部の連中だ、うやむやにされないためと、・・・」
ルナがコクトに上着を着せるのを手伝いながら、コクトの次の台詞を奪った
「全世界の注目を集めることで、モルタニア軍の動きを牽制するのですね」
「そ、そのとおり」
コクトは自分の後ろに立っているルナを振り向くと首を横に曲げた。
ルナは人の心が読めるのか?
「まさか、全世界が注目している時に力ずくで占領しにはこれないだろう」
「なるほど、い、一石二鳥か・・・・」
オニールはクレイの言葉を思い出していた、コクトはあらゆる事象にテンポよく対策を出してくる、昔からそうだったけ?
たしかにこいつは、うだうだなかなか結論を出そうとしない上司と良く言い争っていたからな、・・・・そうか!上で邪魔する者がいないから今が一番仕事がしやすいってところか、・・・、それなら納得する。
オニールはコクトの才能を一つ発見したと思った。
こいつはゲーマーだ!と勝手に解釈することにした。
「その後は?、・・・・」
「痛っ」
ルナはコクトの肩を軽く叩くと、コクトの前のテーブルに腰掛て足を組んだ。ルナのすらっとした長い足が、コクトとオニールの視線を誘った。
「オニール、視線がもろだぞ、少しは遠慮しろ」
「おまえこそ」
「お、おう」
オニールは窓際からコクトの正面のテーブルのところまでくると、椅子に腰掛けた。
「そうだコクト、上の連中が全員逮捕されたら、ルジウェイは大混乱になってしまう、都市機能がストップしてしまわないか?」
コクトはオニールに一指し指を立てて見せて横に数回振る。
「チィ、チィ、チィ」
「順次、マーメイに未接続のシステムを接続していく」
「公表される前には、全てのシステムをマーメイへの接続を完了させる」
「と、どうなるかと言うと、都市機能は全てマーメイによってコントロールされるため、今まで以上に快適になる予定だ、たぶん」
「但し多くの間接部門の人材は、配置転換が必要になってくるなー」
「なんと、そこまで考えていたのか?」
オニールは身を乗り出して、コクトに迫った。
「当たり前だろ、上の連中の殆どを告発するんだ、一応考えてるつもりだ」
「形式的にせよ、暫定政府が必要ですね」
ルナはコクトの横でテーブルに座ったままうれしそうに足を前後にゆらし、重要なことをさりげなく口にする。
オニールは自分の口を塞ぐようにして、もごもごしなから、コクトに尋ねた。
「俺達は、もしかして、今、クーデターについて話し合っているのか?」
コクトもとまどいながら、答える。
「な、なんか、結果的にそうなりそうだな」
ルナは急に立ち上げって、コクトとオニールを睨みつけた。
「もう後には引けないところまできているのよ、怖気付いた?」
コクトとオニールは顔を見合わせる。
「ふぅー」とコクトは大きく溜息を漏らす。
「ああ十分怖気付いている、だが逃げるつもりは無いよ」
今度はコクトとルナがオニールの方を見る。
「うっ」
「ま、まさか、俺が抜けるわけないだろ」
「もちろん、一緒に戦うさ」
オニールは胸を自分の拳でぽんっ、と、叩いた。
そして弱弱しくコクトに近付くと、
「コクトぉーーー、何でおまえの側にいると、こう、スケールのでっかいとんでもないことが起きるんだ?」
「何かに取り付かれていないか、お払いしてこいよ」
「そんなの知るか!!」
コクトはオニールのお陰で、笑いながら怒ると言う妙技が出来るようになってきたと思った。
コクトは会議室の時計を確認する。
「ルナ、悪いがランロッドさんを呼び出してもらえないか」
「はい」
ルナは従順な秘書の役割を演じるかのように、コクトの依頼に応じて、会議室の電話機でランロッドを呼び出す。
しかし確かに不思議だ、自分の頭の中にレールが引かれているように、次々と打つ手が、浮かび上がってくる、そしてあらゆることがらが結び着き始め、一つの目的へ向かっている。
ルナか?ルナがそう仕向けているのか?
いや、ルナも僕と同じ様にそう仕向けられている一人じゃないのか?
バーン博士か?
わからん
行き着く先には一体何があるんだ、そして僕に何をさせようとしているんだ?
・・・・・
フレア!?
フレアに逢わなくては、・・・・
コクトが自分の思考の中に浸かっている間に会議室のドアを叩く音がした。
「どうぞ」
ルナが返事を返す。
「失礼します」
スケジュール管理室では年輩のランロッドが入ってきた。
コクトは会議テーブルの中央に座った、コクトを挟んでルナとオニールが左右に腰掛ける。
ランロッドはコクトの正面の会議テーブルの椅子に腰掛けた。
「ランロッドさん、顔はみたことがあるかもしれませんが、僕の右となりに居るのはルジウェイ警察のオニール警部補だ」
「ラ、ランロッドです、よろしく」
ランロッドは自分が尋問されるようなこの雰囲気に少し飲まれそうになった。オニールはランロッドと目が合うとゆっくりうなずいた。
30分は過ぎただろうか、ランロッドが血の気の無い顔で、スケジュール管理室に戻ってきた。
そして無言のままとぼとぼ歩いて自分の机の前までくると、なかなか座ろうとしなかった。
スケジュール管理室には、ランロッドとは親子程の年の離れた女の子、ベトラが一人で残っていた。他のメンバーは既に帰宅していたが、ベトラはランロッドに気を利かせて、待っててくれていたようだ。
「おやじさん、どうしたの?」
ランロッドはベトラに気付いてベトラを見ていたが、頭の中はコクトから依頼された重要案件のことで一杯だった。
「このおやじ、魂が抜かれてるわ」
「パッチン!!」
ベトラはランロッドの目の前で両手を強く叩いた。
「べ、ベトラ、まだいたのか?」
「まったく、ゾンビのような顔をして、何があったの?」
ランロッドは目を覚ますように首を横に強く振った。
「ふぅー」
思いっきり溜息を漏らすと椅子に腰掛け天井を見上げる。
「ベトラ、明日からしばらくは、定時に帰れそうもないぞーーー」
「何で?経理のシステム以外は順調じゃん」
ランロッドは姿勢を正すとベトラをまじまじと見つめた、いつもの冗談を言い合っているランロッドの顔はそこには無かった。
ベトラは毎日持参してきている保温ポッドからコーヒーをカップに入れ、行儀は悪いが飲みながらランロッドの隣に座った。
「おやじも飲む?、少しは落ち着くかも」
「明日から、スケジュール管理チームいやマーメイプロジェクトで暫定政府を作る準備作業を大急ぎでしなくちゃならなくなった」
「・・ん、ん、んんんんんんんんんん」
「ぶーーーーーーーーーーーーーーっ」
ベトラはコーヒーが喉元を通り過ぎる瞬間にランロッドが変なことを言ったので、堪えきれなくなり、口元から霧状になったコーヒーを吹き出してしまった。
もちろん、その先にはランロッドの顔があった。
「こ、こら」
「目が覚めた?」
ベトラは引きつった笑い顔でランロッドに尋ねた。
ベトラのお陰でいやでも落ち着いたランロッドは、コクトからの作業依頼の内容をベトラに要点を摘んで一通り説明し始める。
「ルジウェイ上層部の殆どは拘束される、無政府状態を避けるためにも、暫定政府を早急に立ち上げる必要があるんだ」
「と、同時並行して、ルジウェイの全システムをマーメイに統合し、都市機能の混乱を最小限に抑える」
「なんと次は、まだ公表されていないが、モルタニア軍が軍事演習と称してルジウェイに進行してくる可能性もありとのことだ、これはシュミレーションチームが対応しているらしい」
「えーっと、それと、それと」
「もったいぶらないでよ!」
ランロッドはベトラを足元から頭の先まで視線で舐めまわすように確認する。なるほど、少し幼いが良く見ると均整の取れたいい体をしている、コクトの目は確かかも。
「何よ、スケベおやじ」
「んんー」
「俺は反対したんだが、コクト、いや、うちのボスが、ベトラをマーメイプロジェクトの報道官として、つまり暫定政府の顔として、マスメディア対応を任せるらしい、報道官って知ってるか?」
「ルジウェイだけでなく、全世界へ向けてのメディア対応だぞ、化粧の仕方わかるか?すっぴんじゃ、まずいだろう」
ベトラは青ざめた顔で笑っていた、額には冷や汗が数滴流れている。
「へへへ、ゴジラが襲ってきたと言われても信じちゃいそう」
ランロッドも引きつった笑いを浮かべた。
「とどめはなんと、新しい体制が落ち着くまではマーメイプロジェクトで、ルジウェイの全権を押さえておくそうだぞ、どうだ!まいったか」
「まじ?」
ランロッドは深くうなずく。
「へへーーー、参りました将軍さまーー」
ベトラは観念したように両手を上げて拝むように頭をさげた。
ランロッドはコクトが自分の人生の中で最高の舞台を提供してくれたのかもしれないと思った、どこにでもいるような平凡な俺が暫定政府なんて、自分の国では考えられないことだ、俺はとんでもない奴に出会ってしまったのか?、年甲斐も無く武者震いがしてきた。
だが、これは明らかにクーデターだ、調子に乗ってると足元をすくわれるぞ、大丈夫か?
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