「この辺から車のライトを消して、ゆっくり近づいてくれないか」
「お、おう」
オニールはコクトの指示にためらいながらも、車のライトを消してスピードを落とした。オニールの運転する車は、フレアのアパートの手前200メートル付近に近づいていた。
深夜の住宅街に人通りはまったく無い、路面だけを照らすように工夫されて作られた街灯は上空の星明りの美しさを壊さないように配慮されていた。
「止めてくれ」
コクトがそう言うと、オニールは路側に車を静かに停車する。
「コクト、フレアのアパートまでは後80メートルぐらいはあるぞ、いいのか?」
オニールは不思議そうに尋ねた。
コクトは黙って薄暗いフレアのアパートの付近を目を凝らして何かを探すように視線を動かしていた。そして視線はフレアのアパートから30メートルほど離れた反対側の路側で止まった。
「オニール、監視用のカメラを持っているか?」
「ちょっとまってくれ」
オニールはダッシュボードの中から小型の暗視カメラを取り出しコクトに渡した。
「コクト、そろそろ説明してくれないと、俺はひねくれるぞ」
コクトは無言で小型の暗視カメラを受け取ると、先程視線が止まった場所を暗視カメラで確認すようように覗いた。
観念したようにため息を漏らす。
「すまんオニール、俺の単なる勘違いだったら笑って誤魔化すつもりだったんだが、ヘタなシナリオライターが書いたシナリオどおりの展開だ」
コクトは暗視カメラをオニールに渡し、見る方向を指差した。
「どういう意味だよ?」
オニールはコクトが指差す方向を暗視カメラでみると、そこには、黒塗りの中型乗用車が停車しており中には人影がふたつあった、まるでフレアのアパートを監視している様だった。
「何だ、やつらは」
オニールは暗視カメラを下ろし助手席に座っているコクトの方を振り向いた。
「逆に質問したい、ルジウェイ警察ではないのか?」
困惑した表情でオニールは答えた。
「いや、そんな命令はでていないはずだし、それに警察なら古臭い張り込みなどしなくても、ルジウェイに張り巡らされた監視システムで十分監視できるするはずだ」
「確かに」コクトはオニールに同意する様にうなずく。
「オニール、監視システムを借りるぞ」
コクトは運転席と助手席の間に設置されている、小型のモニタとキーボードが一体になった端末を自分の近くに引き寄せた。
「何するんだよ、コクト」
「決まってるだろ、やつらの正体を確かめるんだ」
コクトはキーボードの横にあるマイクを口元に近づけた。
『マーメイ、監視システムを使って調べて欲しいことがあるんだ、いいか』
モニタの画面が少しちらつくと、監視システムのトップ画面が表示された。
『コクトですね、誰の権限で使用しますか?』
そしてマーメイからの返事も返ってきた。
「オニールだ」
コクトはモニタとマイクをオニールの方に向け「オニール、あの二人の正体を探ってくれ」と、オニールに半分強制的にたのんだ。
「お、おう」
いきなり頼まれたオニールは動揺するが、少し気合を入れてからマーメイに命令した。
「マーメイ、フィンレード・アーモンド・フレアのアパートの向かいに停車している、黒塗りの車に乗っている連中の正体を探ってくれ」
『・・・・・』
『了解、しばらくお待ちください』
オニールは「ふぅー」と、息をはいた。
「拒否も確認もされなかったが、こんなもんでマーメイは探してくれるのか?」
「大丈夫、彼女は優秀だ」
コクトはモニタ画面が二人で見れる様に位置を中央に調整する。
ルジウェイには都市の隅々まで監視できるように監視カメラが設置されている、設置場所は街灯や信号機、ビルの屋上等、一般には公表されていないが多くは目立たないようにカモフラージュされていた。
また各ビルの内部にも数多く設置されて外のカメラとの連携も可能である。
監視カメラは全て監視システムのコントロール下にあり、監視システムはルジウェイに無数に配置されている監視カメラ群を利用して、特定の人の追跡や検索に利用できる。
むろん使用できるのはルジウェイ警察のみである、但し全ての警察官が無条件に使用できるのではなく、任務によって監視システムを利用できる範囲は事細かく決められており、個人のプライバシーにある程度は配慮されている。
端末のモニタには最初、フレアのアパートが映しだされ、それから次々と近くの車が映し出されていった。何台か映し出された後に、オニールの指定した黒塗りの乗用車でカメラが固定された。
「ビンゴ!、さすがマーメイちゃん、俺の命令をちゃんと理解しているな」
『二人の人物を捕らえました、拡大します』
「お、おう」
オニールは自分の命令が正確に実行されているのが、少しうれしそうだった。
「あっ」
「げっ」
しかし、モニタに拡大されて映し出された映像には、二人の男女が激しく抱き合ってキスをしてるシーンが映しだされていた。
『男性の方は、・・・』
「マーメイ、もう報告しなくていい」
『はい、分かりました』
コクトがマーメイの報告を途中で止めた。
「オニールすまん、やっぱり俺の考え過ぎだった、フレアに電話してもなかなか繋がらないんで、心配で様子を見にきてもらったんだが、夜も遅いんでフレアも連絡しなかったんだろう」
「明日もう一度、電話してみる」
コクトは両手を合わし拝むようにオニールに謝った。
オニールも呆れた顔で腕時計を見ると、時計の針は深夜の2時を指していた。
「まったく、あのアベックもまぎらわしい」
オニールは車のライトを点灯し車を発進させた。コクトとオニールを乗せた車は、アベックがいちゃついている車の隣を通り過ぎていくが、アベックは気付く様子もなく励んでいた。
フレアが住んでいるアパートの窓には、薄明かりが灯されていたが人の動きは無かった、フレアは深い眠りについている様だ。
アベックの車の後30メートルに、同じ様に黒塗りの怪しげな車両が止まっていた、中には黒ずくめの男ふたりがシートに隠れるように身を潜めていた。
「行ったか」
「ああ、もう大丈夫だ」
助手席に座っている男の手には、望遠レンズが装着されたカメラと、レトロ感のある小さなパラボラアンテナタイプの集音マイクが握られていた。
「ルジウェイ警察が見回るなんて聞いてなかたぞ」
「たまたま通りかかったんだろう」
助手席の男は大きなあくびをしながら背伸びをした。
「まったく、深夜の監視も楽じゃないぜ、てっとり早く拉致して白状させれば直済むと思うんだがな」
「何を白状させるんだ?」
「さぁー?、下っ端の俺らにわかるわけないだろ」
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