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作品名:ルジウェイU 作者:ナルキ辰夫

第15回   ★☆ブラック・ダイヤ☆★
 アーリとアミアンが経理統合チームへ戻り、スケジュール管理室のメンバーもそれぞれ自分の席に落ち着いたころ、コクトは一人使われていない会議室にいた。

 そこには20人ぐらいは座れる長方形の丸みを帯びた会議テーブルがあり、真ん中の席にコクトはぽつんと座り、携帯電話を耳に近づけたまま少しイライラしていた。

 「・・・・・・・」

 「フレア、早く出てくれよ、忙しいのか、・・・・・」

 携帯を耳から離すとキャンセルボタンを押し上に置いた、コクトは深くため息を漏らす。そして腕を組み目を閉じてフレアが着信履歴に気付いて電話してくれるのを待った。

 モルタニア軍があの黒い鉱石の情報を要求して軍事演習で圧力を掛けてきているとなると、バーン博士とフレアも無関係ではいられないはずだ。

 モンヘ、いやルジウェイ上層部が動き出す前に何とか知らせないと、フレア、早く電話をしてくれ。

 数分の間は、イライラしながらフレアからの電話を待つが、コクトは腕を組んだまま、コクリ、コクリ、と頭をゆらしはじめた、昨日今日とずーっと緊張しっぱなしだったのだ、睡魔がコクトを虜にするにはそう時間は掛かからなかった。


 時は、レイモン教授の事件の数週間後のことだった。


 コクトとフレアはまだ銃弾の跡が生々しく残る、高エネルギー研究所の地下深くにある、加速器コントロールルームに立っていた。

 フレアの掌には全ての始まりの原因である、黒い鉱石が乗せられていた。黒い鉱石はこの世のものとは思えないぐらいの異質さを漂わせていた。

 「コクト分かるでしょ、日毎に質感が変化しているの」

 フレアは掌に乗っている鉱石をコクトの目の前に近づけた。

 「ああ、・・・」

 コクトは鉱石を眺めながらつぶやく。

 「これはここに存在してはいけないものだと思うの」

 「コクト、あなたはどう思う、レイモンや行方不明になった私の父のように、こいつの謎を解くべき?」

 「それとも、・・・・」

 フレアはこれ以上この鉱石に多くの人々が振り回されるのが、怖くてたまらなかった。たとえ完全に解析できたとしても、それが人類の未来に貢献すとは思えなかった。

 「人間なんて核ですら未だにコントロールできないぐらいよ、こいつは核以上にに多くの人々を不幸にしてしまいそうな気がするの」

 「私一人では決めきれない、コクト、どうすればいい?」

 フレアは震えていた。

 コクトはフレアを抱き寄せた。

 「今も誰かに監視されているのか?」

 フレアは小さくうなずいた。

 「私の気のせいかもしれないけど、時々視線を感じるの」

 「今思えば、ライエン大佐はこの鉱石を自分の国へ持っていくこともできたはずなのに、あえてそうせずに、フレアに託した」

 「自分の国のレベルでは、こいつを扱いきれるとは思わなかっのだ、きっと」

 コウトは震えているフレアを強く抱きしめ、ささやいた。

 「やろうか」

 コクトは語気を強めた。

 「でも物凄い可能性があるものを処分しようとしているのよ?」

 フレアはコクトの腕の中に身を埋めながら、つぶやく。

 「人間以外の何者かが作ったものなんだろ、人類はこんなのを宛てにしなくても、自分達の力でゆっくり進歩していくさ」

 「・・・・・」

 「もしかして私達、人類史上最大のチャンスを潰した犯罪者ね、世界中の科学者達から恨まれそう」

 「大丈夫、もともとこいつの存在を知っている人はごく一部の人々だし、どんなに問い詰められても知らんふりすればいい」

 「あと、公の歴史に残るとは思えないが、子供達、そしてその子供と、子孫代々に我が家の恐るべき秘密として語り継がそう、いい考えだろ」

 フレアはコクトの胸の中に深く顔を埋め直し、小声で小さくささやいた。

 「あら、私と結婚するつもり?」

 「うっ」

 コクトは顔を引きつらせた、そして自分の顔が恥ずかしさのあまり真っ赤になるのを感じた。

 「冗談よ!」

 フレアはそう言って笑いながらコクトから離れると、真空発生装置の近くまで歩いて行き立ち止まった、そして振り向いてコクトの方を見る。

 「さぁ、ルジウェイの全システムを乗っ取ったハッカーさん、マーメイに命令して」

 コクトの頭の中ではそれどろこじゃなかった、フレアの言った「冗談よ」は一体どういう意味だ、肯定なのか否定なのか、どっちなんだよ、と。

 コクトは額に手を宛てて、頭の中のもやもやした煩悩を吐き出すように、大きくため息を漏らした。

 「まいった、」と、ボソッとつぶやく。

 「早く、気が変わらないうちに始末しましょう」

 フレアは完全に吹っ切れたようだ、さっきまでの不安に満ちた顔は影も形もない、雲一つ無い青空の様にすっきりしていた。

 「ち、ちょっと待てよ」

 「もう」フレアは腕組みをしぶすっとする。

 「もし、もしだよ、君のお父さん、バーン博士が戻ってきたらどうする、怒られないか?」

 コクトが唯一気がかりな点は、自分が戻ってくるまでは黒い鉱石の解析を中断してくれと、行方不明にのままのバーン博士のことだった。

 フレアは悲しそうに少しうつむいた。

 「コクト、私は父からこれの処分の仕方を教わっているの、そしてその手順もマーメイには組み込まれているのよ、何故だと思う」

 「戻ってこなかった場合は、処分してくれってことか」

 フレアは悲しそうにうなずいた。

 「わかった」

 コクトはそう言うと、ポケットから小型の通信装置を取り出して、右の耳に装着し、スイッチをONにする。

 「マーメイ、聞こえるか?」

 『・・・・・』

 マーメイから返事が来る前に、コクトはフレアの片腕の異変に気がついた。

 「フレア、持っている鉱石を直に離すんだ!」

 コクトは大声で叫んだ。

 「えっ?どうして」

 フレアは鉱石を持っている左手を見ると、青ざめた。鉱石の周りの空間が歪み始めているのだ、自分の左手も空間に合わせてゆがんで見えた。

 「ひぃ」

 フレアはとっさに鉱石を手放と、コクトのところへ逃げるように走ってきて、コクトの腕にしがみつく。

 「何よあれ?」

 黒い鉱石は、フレアが手放した高さで床に落ちずに浮いていた、そして空間の歪みは丸みを帯びながらゆっくりと広がり始める。

 「フレア、腕は何ともないか?」

 「ええ、大丈夫みたい、・・・でも何も感じなかったわよ」

 フレアは自分の左手の指を動かしながら、異常が無いか確認していた。

 『コクト、何でしょうか?』

 少し遅れてマーメイから返事が返ってくる。コクトはいいタイミングだと思った。

 「マーメイ、どのカメラでもいい、加速器コントロールルームの真空発生装置の横に異様な空間がある、確認できるか?」

 『しばらくお待ちください、直に確認します』

 加速器コントロールルームにある数台の監視カメラのLEDライトが激しく点滅し、上下左右に動き始めた。一台のカメラがコクトとルナを捉えると、そこからゆっくりと前に照準を移動し、真空発生装置のところで停止した。

 「どうだ、マーメイ」

 『・・・・・』

 「マーメイは、何て?」

 フレアが心配そうにコクトの顔を覗きこむ。

 「まだ、返事がない」

 コクトは鉱石の作り出す異様な空間を凝視していた。

 『コクト、確認できません』

 「何?」

 『真空発生装置の周りには異常と思われる現象は確認できません、コントロールルーム全体も確認しましたが、特に異常な現象はありません、映像解析で見る限りではコントロールルームは通常の状態です』

 「ばかな!あれが見えないのか?」

 コクトは鉱石の方を指差すと、さらに驚く。鉱石も、その周りの異様な空間も跡形も無く無くなっていたのだ。

 フレアの視線は、鉱石が浮いていたであろう空間の位置を凝視していた。

 「フレア、何が起こったんだ?」

 フレアはからからに乾いた喉で無理やりに唾を飲み込むと、独り言の様につぶやき始める。

 「消えた、・・・・」

 「なんてこと、鉱石は既に解放されてしまっていたの、・・・・・・?」

 「コクト、どうしよう」

 「コクト、もう後には戻れない」

 「コクト、」

 フレアは顔は悲しみと恐怖の入り混じった顔をして、コクトの両腕を掴み激しくコクトを揺さぶっていた。

 コクトはフレアの動揺する様子を見て、黒い鉱石をこの世から消し去ることはもう不可能になったと悟った。

 「コクト、」

 「コクトさん」

 「コクトさん、起きてください」

 自分の腕を揺すっているはずのフレアの顔がだんだんルナの顔とかぶさってくる。次第にフレアの面影は姿を消し、ルナの顔の輪郭がハッキリしてきた。

 「ル、ルナ!」

 コクトは椅子から立ち上がり思わず叫んでしまった。

 ルナはやさしく微笑む。

 「よっぽど、フレアが恋しいのですね、名前を連呼してましたよ」

 「・・・・・・・・・」

 「す、すまん、つい眠ってしまった」

 「自分の部屋に戻ってゆっくり休まれるといいです、護衛兼監視役のオニールさんが下で待ってますよ」

 「も、もうそんな時間か?」

 コクトが会議室の時計を確認すると、時計の針はもう少しで日付変更線を越えようとしていた。

 「モルタニア軍の動きは?」

 「大丈夫そうです、オニールさんが言うには、今日は動き出す気配はなさそうだと、自分もコクトさんを送った後はアパートでゆっくり眠りたいと言ってました」

 「そ、そうか」

 コクトは机の上に置いてあった携帯を取ると、着信履歴が無いか確認する、フレアからの連絡はまだ無かった。

 「他のメンバーは?」

 「とっくに帰りました」

 コクトはルナが自分に付き合って残ってくれたのかと思い、「君は帰らなかったのか?」と、尋ねた。

 「やることはうんざりするぐらいありますから」

 ふたりが会議室を出ると、ルナはコクトを無理やりエレベータの前まで連れて行くと「では、お疲れ様、私はもう少し片付けてから帰ります」と言って、コクトを無理やりエレベータの中に押し込んだ。

 「お、おい」

 「オニールさんにもそう伝えてください」

 「わかった、じゃ」

 コクトが手を振ると同時に、エレベータのドアが閉まり下の階へ下って行った。

 コクトがエレベータから降り、人気の無い広いフロアを出口に向かって歩いていると、1台の監視カメラが自分を追う様に動き始めたのに気付く。

 コクトはカメラに向かって「お疲れさん、先に帰らせてもらうよ」と、軽く敬礼をし、マーメイプロジェクトビルを後にする。

 玄関には、相変わらず今の自分には不釣合いな、黒塗りの高級そうな車が停車していた。その隣ではオニールがヒマそうに夜空を眺めている。

 「遅いじゃないか」

 「あれ、ルナは?」

 オニールは背伸びをしてコクトの後ろにルナが隠れていないか確認する。

 「まだ、仕事があるそうだ」

 オニールは残念そうな顔をした。

 「あんな美人をあまりこき使うなよ」

 「わかった、わかった」

 「助手席に乗るぞ」

 オニールはため息を漏らした後、運転席に乗り込んだ。

 「男ふたりで深夜のドライブか、・・・」

 コクトとオニールを乗せた車は、ライトを点けると音も無くゆっくりと動きはじめる、電気自動車特有のタイヤのゴムの音が少し気になるぐらいの静かな発進だった。

 「オニール少し寄り道してくれないか」

 「おう、いいけど、どこに寄るんだ?」

 「フレアのアパートだ」

 普通なら突っ込みたくオニールだが、こんな時間にフレアのところに行くなんて、少し疑問に思った。

 「どうした、何かあったのか?」

 「いや、少し気になるんだ」

 オニールはコクトの肩を叩き「了解」と、だけ言うと、車をフレアのアパートの方向に向け走らせた。


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