コクトとルナはゲスト区画からシュミレーションルームの出口へ向かった。出口の近くにくるとドアが自動で左右に開く、コクトとルナはドアを通り過ぎシュミレーションルームを後にする。
シュミレーションルームのある4号棟から3号棟を繋ぐ連絡通路を歩いていると、ルナが急に立ち止まりコクトの方へ向いた。
「コクトさん」
ルナはシャム猫の様な薄く青く澄み切った視線をコクトに向ける。
「は、はい」
フレアとは違ったタイプの冷たい美しさを持つルナに見つめられると、どうしても動揺してしまう。もし自分にやましい心があった場合は一発で見抜かれてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。
「モルタニア軍の大規模な軍事演習の目的が分かりました」
コクトは唾を飲み込んだ。
「モンヘ局長から聞いたのか?」
つい、口を滑らしてしまったかと、思ったが、ルナは何も反応しなかった。
「昨日モルタニア軍はブラックダイヤに関する詳細な情報をよこせと、要求してきたようです。もちろん非公式にです」
「もし要求を呑まない場合は、ルジウェイはブラック・ダイヤの情報を独占しようとみなし、各出資国及び企業の利益を守るために一時的にルジウェイをモルタニアの管理下に置くことも辞さない、と」
「現在、ルジウェイでの窓口は総務局の外務部ですが、実際はモンヘ局長が交渉に当たっています、残念ながら決裂寸前です」
「理由はもちろん、ブラック・ダイヤに関する情報なんて、モンヘ局長が持っているわけありませんから」
ルナの瞳が一段と輝いて迫ってくる気がした。ルナはいきなり本性をあらわし自分に襲ってくるような迫力があった。
「ルジウェイ上層部ではブラック・ダイヤに関して一番近い存在は、フィンレード・アーモンド・バーン博士とその娘フレア、そしてジャン・フィデル・コクトの三人と考えています。コクトさんとフレアさんに関してはあくまでも憶測の域をでませんが、・・・・」
「それと、レイモン教授がブラックダイヤの情報を持っていないことも確認済みです」
「とぼけられても困りますので言っておきます、ブラック・ダイヤとはレイモン教授が持っていた黒い鉱石のことを指します」
「お分かりですか?」
ルナは首を横にし微笑んだ。
コクトは「ち、ちょっと待ってくれよ」と、心の中でつぶやく、確かに黒い鉱石には関わっているが自分だって、未だにその鉱石についてあまり知らないからだ。
ルナはゆっくりと渡り廊下の窓から見える景色に視線を移した、そこには広大なセンターサークルの景観が一望できた。短く刈り取られた芝生と整然と配置されている木々はヨーロッパの宮殿の前にある庭園を連想させる。コクトも外の景色を眺めるように渡り廊下の窓に腕を乗せてため息を漏らした。
「どうします、コクトさん」ルナは外の景色を眺めたままコクトに尋ねる。
「どうします?って」
ルナはコクトの方を向くと、腕を組んでコクトを上目で睨みつける。
「モンヘ局長に全面的に協力し、ブラック・ダイヤに関する全ての情報を提供するか、それとも、・・・・」
「それとも、・・・?」
コクトはからからに乾いたのどで、無理やり唾を飲み込もうとしたが、緊張のあまり唾さえ出ない。
「あくまでも知らない振りをして、モルタニア軍の軍事介入をゆるし、ルジウェイを未曾有の混乱に陥れるのか」
「あなたにとってもルジウェイにとっても良い選択支は、あなたがこのルジウェイの全権を掌握し、都市ルジウェイの全機能を駆使しモルタニア軍を蹴散らしたあと、ブラック・ダイヤを手に入れてしまうことです」
「どうです?」
ルナは少しかわいく顎を上に上げて、コクトに返事を求めた。
「そんなの出来るわけがないじゃんか、な、何を考えているんだ君は!?」
コクトは窓にもたれていた両腕を離し、後ずさりしてルナから距離を置こうとしたが、ルナはそれを察し直にコクトの右腕を掴んで逆に迫るように近づく。
ルナから微かに花の良い香りが流れてきてコクトの鼻先を掠める。
「ジャン・フィデル・コクト、そろそろあなたは決断する時期にきています」
「何のためにマーメイプロジェクトの責任者になったと思います?」
コクトはルナの両腕を掴んで迫ってくるルナを地面に押し付けるように力を込めた、抵抗はなかったが意外にルナの体が華奢に感じられた。
「ちょっと待て!」コクトは語気を強める。
自分の心臓が激しく脈を打っているのを感じる、変だと思われるかもしれないが、まるで片思いをしていた女の子から心の準備のできていないまま告白され、結婚を迫られている、と言った表現が今のコクトの心情にはぴったりだった。
「ルナ、君はモンヘの指示でここにきたのだろう、どうしてモンヘに協力するように僕に進めないんだ?」
ルナは右手で口元を隠し微笑んだ。
「どうせ、そんなつもり無いくせに」
先程の強く淡々とした口調から、いきなりこの男心を突き刺すような微笑とは、コクトはルナのこのギャップに翻弄されている自分が情けなかった。
「残念ながら、モンヘ局長や評議委員会の方々には荷が重過ぎます、彼らは自分自身の保身と目先の欲望に頭が支配されていて、ブラック・ダイヤの情報を得るには力量不足です、ヘタすれば全てに対して悪い影響を与えるのではないかと考えてしまいます」
コクトは右手を額に当てうなだれる、ルナの言っている意味が分かるような気がするのだが、具体的に何を言っているのかさっぱり分からない。
「もう一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょう」
「うっ」
コクトは、またルナの屈託に無い微笑みに少したじろく。
「み、港町ティオリスで、僕らを監視していたのは君だったのか?」
ルナは両手でコクトの頬にやさしく触れ、コクトの顔が良く見るように近づきコクトの目をその怪しげな視線で覗き込んだ。
「はい、私はあなたが私を知る前から、ずーーーーっと、見ていました」
コクトの顔が赤くなる、ルナの仕草に翻弄されるコクトだが、冷静に考えるとかなり前から俺は監視されていたと気付くと、ぞっとした。
「・・・・」
数人の女の子が連絡用通路を歩いて近づいてきた、彼女らは小さく会釈をして通り過ぎていく、コクトもそれに返す様にうなずく。
少し距離が開くと何人かがチラッとコクトとルナの方を確認する様に振り向く、コクトと目が合うと、慌てて向き直り黄色い声をでキャッ、キャッとはしゃぎながら去っていった。
「完全に誤解いされた、・・・・」
小声でつぶやくが、雑念を振り払うように頭を横に数回振った。
「ルナ、今は僕の口から君の言うブラック・ダイヤについて話すことはできない、少し時間をくれないか」
数秒の沈黙の後ルナが笑顔で答えた。
「私のことは気にしないでください、私はコクトさんの部下として忠実に仕事をこなすだけです」
ルナはコクトに手を差し出した。
「それでは、外ばっかりうろつかないで、たまには自分の直近のメンバーの状況も把握して置くべきです、さぁ行きましょう」
「えっ、どこへ?」
「スケジュール管理室のメンバーをいつまでほっとくつもりですか?何かトラブルが発生しているみたいですよ」
ルナはコクトの手を素早く握ると強く引っ張り、早歩きで歩き出した。
「わ、わかった」
「手を離せよ」
「案外うぶですね、かわいい」
「なんだって!!」
スケジュール管理室は2号棟のシュミレーションルームと同じ階にあり、連絡用通路で直に行ける距離にある、コクトの執務室もそこにあった。執務室と言ってもスケジュール管理室のメンバーと同じフロアにコクトとルナの机が置いてあるだけである。
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